お金がないと言うことは本当に心まで侘しいものだ。少し買い物でもと立ち寄ったスーパーで所持金がないことに気付いた。財布を持たない人は貯金ができないと言われるが僕も財布を持たない主義で今まで生きてきた。銀行に預金残高もない。借りれるキャッシングローンも、もうない。ここ数ヶ月の巡回公開で数百万の全財産を使い込んで、頼れる家族もなければ不動産も持ち合わせていないし、全くもってどうしようもない。二匹の捨て犬抱えて首吊ることも出来ず、ただひたすら空を見ながらタバコに火を付ける。こういう時に次回作の構想が生まれるからだ。長谷川和彦監督作品『太陽を盗んだ男』で一人で原爆を製造し日本国家に無茶な要求ばかりする主人公の脅迫用の変声機片手に自答するシーンを思い出す。『お前は誰だ?』『俺は・・・(答えられない)』『お前は何がしたいんだ?』『俺は・・・俺は・・・(同じく答えられない)』か、又は柳町光男監督作品『十九歳の地図』の少年が鉄道会社に電車を爆破するとかガス会社にガスタンクを爆破すると公衆電話から脅迫いたずら電話をし、フッとガラスに映った己の無能な姿を見て現実に引き戻されたような、惨めな有様である。
4gastank_s[1]
昔、僕が小学生の低学年程の時に母親に聞いたことがある。ずっと疑問だった。『ねぇ母ちゃん、映画監督って何する仕事?』と。母親は突然この子は何を言うねん、といった素振りで一瞬唸りながら『頭のおかしな人がする仕事や』と更に疑問符の付く様な答え方をしたのを覚えている。それ以上は追求しなかったし、大人になった僕はその職業としての映画制作にも背いたばかりに、この一月の冷たい風に耐えることなく自身と将来に怯え嘆いている。
090725[1]
そういえば七年前くらいに第一回長編監督作品『イヌ』の劇場公開が決まってしばらくした時に、お腹が空いて立ち寄った立ち食い蕎麦屋で所持金が数十円しかなく、素蕎麦も食べれずに店を出た時は本当に惨めだった。あとは19歳の頃に16ミリで映画を準備していた時も半年間、風呂も入らず6枚切りの食パンにマヨネーズをかけ三日間もたすこともあり、たまに空いた日に夜勤のガードマンで芝大門あたりで誘導灯を振っていたが自宅に帰るお金もなく交番に嘘をついて指紋採られて300円とか400円を借りて帰ったことがある。300photo6[1]
日本がバブル絶頂期だった頃、皆な浮かれていた街で誰とも目を合わさず映画を完成しても未公開の儘、夜勤ガードマンで二十歳を向かえた。その後すぐに佐川急便のこれまた夜勤の日払い荷下ろしのバイトを数ヶ月続けた。僕の人生はずっと金とは無縁だ。今だに何年も前の『イヌ』の借金が数百万残っている。話し変わるが僕が世話しているダックスフントが二年前に近所で箱に入れられ捨てられていた時に周りに15人程の住民が居たのに皆、口々に『私の所では飼えない』『可愛いけど内では無理』と挙げ句に警察官が登場し署で保管しましょう、ときたもんだから例の七日間落とし主が現れるないと090704_0829~02
処分というアレである。仕方ないので僕が貰って帰ったのだが、どう考えても僕がその中で一番年収も少なく飼える環境にないのにと世間に怨み節だったけど今では逆に結構癒されている。現代の不景気で僕の様な貧乏人が巡回公開で有り金数百万を叩いているんだから、世間の金持ち世帯はもっとケチらず、こんな時だから浪費しろよ!と言いたいくらいだけど、それより僕の次回作に二千万ほど出資して頂きたい。いや、ケチってケチって5百万で35ミリ長編映画を作ってみましょう!しかも傑作作品を。

arif35bl[1]