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京都からわざわざ僕の映画を見にはるばる上京してくださった京都造形大学出身の
将来有望株の孝学直監督と渋谷で初対面しました。
僕の前作『イヌ』を高校生の時にレンタルビデオ店で発見して以来僕と『イヌ』に
興味を持ち続けていたらしく、とっても有り難い。し、彼の自身のブログに書き込
まれてた『イヌ』の評伝に僕も随分、精神面で助けられた。
23歳の彼は自主制作映画の監督だが将来必ず大物に化ける素質は、以前見た彼の短
編実験映画『二十歳』から伺える。
何より名前がいい!孝学直監督。
http://blog.livedoor.jp/coelacanth0321/archives/1129610.html
(こうがく)なおではない、ただしと読む。
だいたい『イヌ』みたいな知名度の全くない映画を京都の片田舎で発見し評価する
位だから、それだけでただ者ではない。しかもデカイ。190近い大男だ!黒沢明も
デカイ!関係ないか。
まぁ、そんなこんなで渋谷で初対面を果たし、三時間ばかり焼鳥屋で映画談議した後、
渋谷駅周辺のネオンやらをビデオ撮影する任務がある孝学監督に同伴することにする。
彼が交差点で撮影している隣で僕は腕を組み突っ立っているだけなのだが、カメラの
横に立つのは演出家みたく気持ちいい。いつも金ないから自分でカメラを回してるが
一度でいいからデレクターチェアーにふんぞり反って演出してみたいものだ。
本当、いつも身銭叩いて、皆なに胡散がられ笑われ、ボロボロの服で、飯も睡眠もと
らないから疲れマラで直ぐに勃起状態で撮影している。何歳までこんなやり方で撮影
が出来るのだろう? まぁ、そんな話は置いといて京都。
京都と言えば二十歳の頃、敬愛する山中貞雄監督の墓にお花を手向ける二泊三日の一
人旅をしたことがある。日本が中国・アジアに侵略した戦時中、無理矢理中国戦線に
派兵させられメガホンの替わりに銃剣を背負わされ28歳で赤痢か何かで無念の病死を
した伝説の映画監督。そういえば僕の母方の祖父は戦場から脱走したらしく、その話
を聞かされた時は幼いながらもカッコイイと思ったものだ。そのかわり家族がどんな
目に遭わされるかもお構いなしに『こんなんやってられっか!』と言って逃げ出たら
しい。大阪と福島部隊が一番弱かった逸話を昔何かで読んだが頷けそうだ。
今、戦争時代に突入したら僕は逃げる勇気があるだろうか?国の方針と策略・洗脳で
他国を侵略、蔑称を用いた国民と、平和な時代に平和を謳う国民は潜在的に同等のも
のだろうか?悲しいかな多分、同じだろう。
そうそう京都。僕の映画原体験は中学生の時にプチ家出して京都大学の百万遍だった
かの西部講堂で見た怪奇映画のオールナイト上映。バスター・キートンの遺作で映画
大学の学生が監督した16ミリ短編実験映画『THE FILM』やブレイク前の無修正『ピ
ンク・フラミンゴ』などでド頭カチ割られた経験がある。その頃から鴨川近辺を散策
するのが好きになった。
昔、彼女と金閣寺と清水寺にいったこともあったなぁ。
近く、亡くなった彼女のこともブログに書かなアカンなぁ。

アップリンク初日に偶然お客さんの一人とお話しさせて頂く機会を得たのだが、その人こそ今月末からシネマート六本木にてロードショー公開される『ロックアウト』監督・高橋康進氏であり、作品の内容も僕好みなので是非足を運ぼうと思っている。コレは宣伝でも何でもなく高橋監督の許可なく書かせて頂いている。因みにHPはhttp://ontheroadfilms.com/lockedout/index.html
あとシネマンブレインの稲田志野さんとお茶する。『朝子』の妹役やってくれた人。
芸術に対し真摯に造詣が深く、こんな子が奥さんなら僕にも少しは将来も有るのになぁ
と他人を不幸にするだけの自分を忘れ妄想の扉をノックしそうになった。
そのまま『の・ようなもの』のラストみたく真夜中の都心をテクテク歩いてた。