江戸・明治の時代の
日本男児は、家事育児のできない男は『無能』
バカにされていました。

時代劇観ているとわかります。
学問や周囲との協調性、家庭のあり方を子どもに継承しているのは、父親です。

 大正時代以降に、サラリーマン化が進み家庭内で分業が始まりました。 

わたしは、生まれた時には
祖父母と叔母が、家族としておりました。

 幼稚園のときには包丁(手にはキズが残っていますが(^_^;)や針を持ち、家族の仕事を仕込まれました。

 包丁の研ぎ方や、運針・編み物、大工仕事などの基本は、明治生まれの祖父から習いました。
この技術は、平成の今には便利ですよ~


 洗濯やアイロンがけ、かつをや鮭などの大魚のさばき方、大工仕事塗装や設計は父から教わりました。

礼儀作法は、伯母・叔母・祖父母・父と総動員で仕込まれました。


教育という面では、母は何もしませんでした。
母は、愛情担当でした(*´∀`*)

 
 長兄は庭の掃き掃除も、食事の支度も洗い物もします。
ねえさんは、専業主婦ですが兄は普通に家事をします。

 次兄は、不器用な質で料理や洗い物などは、破壊行動になってしまいますが、それ以外の家事はこなします。


 さて、わたしの夫は。。。。自分が飲んだコップすら、机の上から下げません。
自分の欲しいものには、糸目をつけずに即購入です。
主人の実家同様に我が家も、物に溢れてゴミ屋敷~~~
潔く、貯金はしません(^_^;)


核家族の若夫婦は自由な(平成っぽいです)子育てをしました。
その結果が、自分が飲んだコップすら、机の上から下げることのできない大の大人を生んだのです。
 
 舅姑は、それぞれの子どもが、人も羨む学歴や職業を手に入れ、鼻高々のようです。
50代前半では育児は終わり
趣味だ海外だと、時間もお金も潤沢に使い放題で楽しそうです。


でも。。。。わたしは、
 子どもたちがそれなりに大きくなり、これで良いのか? と思うのです。

 現実的に。。。。
自分のコップすら洗えない配偶者のお世話を、本当に
わたしは100歳まで続けるのでしょうか?

 何よりわたしは、娘の未来にそんな生活を望みません。

 
平成も終わる現代では、定年60歳の男性一人の給料では
夫婦が80歳まで生活できる収入を確保できません
もはや、外で働いているだけでは「役立たず」です。

 我が子の生きる時代は、夫婦100歳までの資金が必要になるのです。

仮に30歳で結婚したとして、
その日から70年間も毎日まいにち、
要介護の家族(夫)をお世話していくのと同じです。

その間に、娘には自分の勤めや、育児や、趣味や。。。いろいろあるわけです。
その殆どを、犠牲にして夫の介護をする????


また嫁や子どもに「コイツ、無能だ。厄介者だ」と思われ続ける生活を100歳まで息子に送らせたくはありません。


子育てに、本当に望むもの。。。。
それは、何なのだろ?IMG_20180802_102353

ということで、講座で使う考え方を用いて整理してみました


当たり前かもしれませんが、
わたしが、祖父や父に教わったことだけが残りました(^_^;)

わたしは殆どの養育時期を、家事の仕込みに費やしていたようです

結果、わたしは今に困っていないので、子どもたちにも同じ教育をするのかもしれませんね


親の数だけ、子どもに望む未来予想図はあるのでしょう(*´∀`*)