2010年04月20日

孤高と天才


今更ながら、戸川純の魅力と素晴らしさに気が付いてしまった。

あんなに歌が上手いだなんて、知らなかったよ。

もっと早くにちゃんと歌を聴いていれば良かった…。



彼女は幼少時代から、いじめられていたそうだ。

「普通じゃない」って。

だから子供の頃からずっと、死にたいなって思っていたって。



天才は理解されにくい。

人と同じことをしている時点で非天才=凡人なわけだから、理解されなくて仕方ないことなのかもしれないけれども…。

しかし、幼い頃からそうやって変わってる子を「キ●ガイ」とか言って執拗にいじめるような奴こそが、本当のキ●ガイじゃないかと私は思うのです。



私は昔から結構、変わってる人が好きだった。

自分が凡人だという自覚があったからかもしれない。

「あんたって変なヒト好きだよね」って、よく言われたしな。

だって、自分だけの世界観を持っている人って、かっこいんだもの。

触れてみたくなってしまう。



それでも今はまだ理解されやすくなったというか、「差別しちゃいけません」みたいな偽善的思想があるせいかは知らんけど、個性として認めてあげましょう、という風潮もある。

個性的な人が、自分を表現する手段を見つけて、いじめられっ子がスターになっちゃった。

みたいなシンデレラストーリーは、今でこそありきたりなものになっている感じだが。



いつも思うことだけど、それって本人たちはどう感じているのかな。

変わり者だとか社会不適合だとか言われていた半生と、天才ともてはやされる半生。

その両方を経験してしまう人たちは、例外なく感受性が鋭く繊細な人たちなわけで。



人に認められたくてしていたことが、認められた瞬間に意味を為さなくなってしまう。

だって、本当に必要なのは他人からの賞賛や崇拝ではなく、自分自身をどう評価できるかなのだと思うから。



天才と呼ばれる人や、頂点に立ってしまった人って、そういう人たちにしか持ち得ない孤独があると思うのです。

極端に言えば、ライバルもいないし認めて欲しい人もいないわけだ。

他人と比べるレベルでは、もう生きていないのだから。



地位も名声も富も得たとしても、それでは満たされない孤独感を、どうやって埋めているのだろう。

認められない人生も地獄だけれど、認められたからって解決するものでもないんだろうな。

孤独を道連れに、終わりのない旅をしているように見える。

どっちに転がっても終わりはなくて、唯一解き放たれるときが訪れるとすれば、そのときにはもう「凡人」になっているのだろう。



私は、天才じゃなくて本当に良かった。

そんなツライ人生、耐えられないもの。

天才を羨む反面、ツライだろうなと気の毒になる。



っていうか天才の人生を心配する暇があるなら、自分の人生を心配してろよって話。


aeri46 at 09:20│