自転車で痩せぬオタクブログ

 自転車が趣味のデブオタクのブログです。  自転車始めてそろそろ5年になりますが、全く痩せる気配がありません。  基本的に自転車に乗った話と映画を見た話しか書きません。  カテゴリ「スポーツ」に「自転車」がないのは何故なんだか と思ったのカテゴリを変えました。  

資金源強奪

コミックマーケット90 当選しました。

日曜日 東ピ39a です。


まだ全然進んでいません。
表紙①

 昨日何とはなしに家でダラダラしながらテレビを見ていると

 資金源強奪 という映画が放送されていました。



 監督はふかさくきんじ(クレジットが平仮名、というのはこれだけのようです)。1975年公開ですので、仁義なき戦いをはじめとする実録ヤクザ映画も一段落した頃の映画です。

 敵対する組の組長を殺して8年の懲役をつとめてきたタケシ、彼が出所した時には、組の抗争もすでに終わり、彼が組長を殺した組と自分の組はすでに仲良しこよし。居場所もありません。腐るかと思われたタケシですが、彼は意に介せず飄々としています。それもそのはず、タケシはすでにヤクザに見切りをつけてある計画を立てていたのですから。
 その計画とは、自分の組が主催する賭場に集まった現金を、刑務所で知り合った仲間と共謀して強奪してしまおう、というものでした・・・


 いわゆるギャング映画、というやつですね。ヤクザ映画か、と思って特に期待しないで見ていたのですが、これが大変面白い。いや、ストーリーも面白いんですよ。

 主人公のタケシ、強奪計画に参加する仲間たち、金を奪われたヤクザに、ヤクザに依頼されて強奪犯を探す不良刑事、とろくでもない人間たちが欲まみれで走り回る様がわかりやすく、生き生きと描かれている上に、それまでのヤクザものにありがちな重さが一切ありません。それより何よりこの手の映画には状況を動かすために馬鹿なことをしでかす奴が出てきがちですが、この映画の登場人物にはバカが登場しません
 群像劇を描かせたら天下一品の深作演出が冴え渡ります。

 が、同時に、それまで散々撮ってきたヤクザ映画の文脈があちらこちらで顔を出し、なんとも珍妙な味わいを醸し出しているのです。例えるなら、

フランス料理を食べていたら、ライスの皿に漬物がのっているような感じですかね。

とは言いながらあまりに拾い物感が強かったので書いてみました。

 

帰ってきたヒトラー

コミックマーケット90 当選しました。

日曜日 東ピ39a です。


まだ全然進んでいません。とりあえず表紙は出来ましたが。
表紙①

 
 さて、1992年、コロンブスによるアメリカ大陸発見から500年ということで、リドリースコットが映画を作ったり、



色々なイベントがありました。その際、同時にでたのが、

コロンブスのせいで南北アメリカ大陸のネイティブが苦難の歴史を歩まなくてはならなかった、

という彼の罪状を非難する声でした。まぁ事実ですし、映画もそこらへんを考慮した内容でしたしね。

 また、1987年、フランス革命200周年で沸くパリで、学生がこんなテーマのディスカッションを行ったそうです。

マリー・アントワネットの量刑はどれくらいか。

結論は、「国家疲弊に対して責任がないとは言えないが、処刑されなければいけないほどのものではない」でしたっけ。

 でも、コロンブスによる西洋文明とアメリカ大陸の接触は歴史の転換点であったことは事実ですし、国王一家処刑を含むフランス革命が世界を良い方向にも変えていたことはよく知られています。

 まぁことほど左様に、歴史上の出来事を別の時代の価値観で判断するのは難しい、ということですね。


 てなことを考えてしまったのが、この度見た映画、

 帰ってきたヒトラー です。



 1945年、自決したと思ったアドルフヒトラーが目を覚ましたら、そこは2014年だった。最初こそ混乱したものの、自分の置かれた状況を理解した彼は、これを天から与えられた使命と理解し、行動を開始した。

 国民を正しく導くために。


 いわゆる転生ものに分類されるようなお話ですね。日本での転生ジャンル、というのは未来の人間が過去の世界に行ってしまったり、という形式が多く、現代に過去の人物が登場する話は稀、といっていいでしょう。何しろそれをやってしまうと、コントにしかなりませんから。

fb03cbc6



 つまりはこの映画はそんなコントが2時間ほど続くものだと思っていただければ間違いありません。原作は2012年、ドイツで発表されて大ベストセラーとなった風刺小説。日本でも昨年翻訳されています。




 現代に蘇り、状況を把握(キオスクに泊まり込んで新聞を読みまくったりします)そたヒトラーが具体的に何をするのかといいますと、

悪辣な謀略を巡らし

民衆をあざむき

恐怖によって支配する



わけではありません。彼は自分が行ったことによる歴史の結末を知りながら、それでもアドルフヒトラーとして、自分の思想を世に広めようと活動し始めるのです。

 そんな彼を見出すのが映画監督志望の青年、ザヴァツキ。彼はヒトラーを彼の物まねをする芸人、だと理解し、現代ドイツをヒトラーが旅して社会を語る、という動画を作成します。
 アップされた動画は大ヒット、テレビ局からコメディアンとして声がかかるや、ヒトラーは万を辞して出演~と物語は続きます。

 こう書いていて凄く面白そうにみえますし、実際面白い映画なのですが、そもそもが現代ドイツ人を対象に制作されている作品ですので、一部のギャグが日本人には理解しにくくなってます。

 例えば、ヒトラーは「現代の政党で支持できるのは?」とインタビューされて「同盟90/緑の党だ。我がナチスの政策と共通点が多い」と答えますし、NPD(ドイツ国家民主党)本部に突撃取材をかけて「キサマらと話すなんて時間の無駄だ!」と叱責します。

 これって、「同盟90/緑の党」が左翼系の環境運動が母体だとか、NPDがネオナチだってことを知らないとわかりにくいですよね。何しろNPD本部には鉤十字がありませんから。(日本やアメリカだとわかりやすさ重視でネオナチの人たちは鉤十字を掲揚してますが、実際のネオナチでは処罰対象なのでそんなもの掲げてないです)。

 ヒトラーはぶれません。かつてそうであった主張をただただ大衆に訴えかけ、大衆はそれをギャグと思いながらも「主張自体は正しいこともある」と受け入れていきます。何しろ、ヒトラーの主張全てが間違っていたわけではないのですから。

 唯一の問題はユダヤ関連ですが、それも苦になりません。何しろタブーなもんですから誰もヒトラーにユダヤ問題について尋ねません。尋ねられなければ答えることもないのが道理なわけで、彼のユダヤ観を誰も知らないまま物語は続きます。そして、それが明らかになったとき・・・

 

以下ネタバレありの感想

 ひょんなことから彼が本物のヒトラーだと気づいた人物が暗殺を決意します。この展開を見ていて、上記の2例を思い出しつつ、

 これは正しいのか?

 と思わずにいられませんでした。ヒトラーがヒトラーであることで現代で殺されなければならない理由ってなんでしょう。何せ、戦争責任、ユダヤ人虐殺なんかは、既に1945年に自決しています。現代で彼がやっていることには犯罪行為はありませんし、ユダヤ人を蔑視していたとしても、それが理由で殺されるのは正しいのでしょうか。

 ドイツ人にとってヒトラーがどういう存在なのか、東夷の私には理解しきれません。ただ、差別者が差別者であることを理由に殺されることが認められる、というのは別の意味で問題のような気がします。

 期せずして、英国でEU残留派の議員、ジョー・コックス氏が殺害されました。その後の国民投票の結果など諸々語られてはいますが、私は彼女が殺害されたとき、

 殺害犯が未来人から「彼女は将来多数の犠牲者を出す戦争を指導するから今のうちに殺害しなければならない」とか指令を受けていたら、

 自分は殺害犯を許せるのかどうか考えてしまいましたよ。雁屋哲が許す立場なのは知ってますが。


 

10 クローバーフィールド・レーン 見ました

10クローバーフィールド・レーン 見ました。



2008年、正体不明の予告編&完全な秘密主義のもと公開された クローバーフィールド HAKAISHA と同じタイトルを冠する上に、↓前作を彷彿とさせる予告編。



 これは期待せずにいられません。が、このポスターはないだろう(ネタバレなので見ないほうがいいです。)公開前に見ずにすんだのは幸運でした。いくら想像できるからってこれはないよなぁ。

 彼氏と別れて家を飛び出したミシェル、彼女が車で走っている間も彼からの電話がひっきりなしにかかってくる。無視する意味も含めてラジオを付けたら大停電のニュースが流れていた。突如衝撃が襲い掛かり、彼女の車は横転。彼女は気を失ってしまった。

 気が付くとそこは正体不明の地下室。怪我は治療されていたが、携帯も通じない場所で彼女は何があったのか途方に暮れる。そこに現れた男、ハワード。彼は食事を持ってきて、こう言った。

 ここはシェルターだ。正体不明の敵から攻撃されていて外には出れない。

 さて、この映画、クローバーフィールド と付いてる上に、流れるBGMがやたらおどろどろしており、何かあるに違いない、と見てる人たちは当然考えてしまいます。しかし登場人物であるミシェルにはそんな常識は通じません。
 私はどっかのサイコオヤジに誘拐、監禁されているんだ、とか思ってしまうのも無理からぬところです。

 このシェルター、実は他にももうひとり、エメットという青年も住み着いています。彼は町が雷のような攻撃を受けたのを見てここに逃げ込んできた、と証言します。

 しかし突然地下に閉じ込められ、そこで初めて会った人たちの言うことを信じられるものでもありません。



 この映画の上手いところは、観客たちも、 実はこの二人が嘘ついてんじゃね? と思ってしまうところにあります。これはハワード役の ジョン・グッドマン の演技によるところが多いですね。彼の、滅茶苦茶あやしいのけど、それは自分の置かれた状況(世界滅亡)によるものなのか、何か隠しているからなのか区別がつかない、圧倒的な存在感が映画を支配してます。

 関係ありませんが、彼が踊るシーンを見て、彼がいきなり Looking for a fox とか歌い始めないかとか期待してしまいました。まぁ無理でしょうが。

 

 果たしてその先には何があるのか、という緊張感が延々と続く2時間、極上の映像体験でございましたよ。

でも ラスト20分、コレいらないよなぁ。








以下ネタバレありの雑感。見てない人は絶対に読まないでください。




 序盤、宇宙人か何かは分からないけど、外に出たら確かにやばい、ということははっきりします。結構あっさりなので拍子抜けするほどです。仕方がないので3人、優雅に地下生活を始めるわけですが、時々上を通過する謎の怪音、エラーを起こす生命維持装置、など緊迫した状況が続きます。

 ところが、ある出来事をきっかけに、ハワードが実は本当にサイコ野郎なんじゃないか疑惑が持ち上がってきます。
 
 ミシェルはエメットと二人、ハワードを無力化して外に通報する計画を立てるわけで、物語後半は、サイコ野郎が決定してしまったハワードと二人の戦いにシフトしていくわけです。


以下私の妄想。

 が、嘘をついているのが、エメットという可能性はないのでしょうか。彼が2年前、奨学金を得たけど大学に行かなかった時期と、彼がいう、女子高生が行方不明になった時期は重なったんじゃないのか?

 誰も入ることができない空気清浄機コントロール室、ここで犯罪を犯すのは、ハワード、エメットどちらもできます。

 さらにラスト、上空を飛び交っていたのが、生存者を探す味方ではないことがはっきりした以上、ミシェルが向かう先も、欺瞞情報の可能性があるんじゃないでしょうか。




 これはもう一度見直してみないといけませんね。 あと、ネイティブスピーカーの人の解説も欲しいところ。何せ字幕は 戸田奈津子大先生ですから。


livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ