2:23 「これらのことは、ひとりよがりの礼拝とわざとらしい謙そんと、からだの苦行とをともなうので、知恵のあるしわざらしく見えるが、実は、ほしいままな肉欲を防ぐのに、なんの役にも立つものではない」

私の信仰が律法的、偽善的、よく見せようとする時、
一見、良さそうに見えたとしても、
結局のところ、肉の思いに過ぎないので、肉に負けます。

キリストと共に死に、キリストと共に生きるということ、
そこにこそ真の力があることを覚えます。

【参照】
2011年8月4日 2:7「キリストにねざす」 
2013年6月28日 2:3「知恵と知識の宝
2015年8月13日 2:18−19「キリストなるかしら」 
2017年8月23日 2:14「証書」