ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2014年12月

北田原城跡(生駒市北田原町)

平群の城を調べているとき、同じ奈良県の生駒市に北田
原城跡
があることが分かりました、

ただし城の由来も、はっきりせず、資料もないので生駒
市の観光
地図等にも載っていませんが、城のマニアの人が書
いているブログで、
北田原城跡の場所が私の家からでも近い
生駒市北田原町にあることが
分かり、1226日ウオーキングを
兼ねて探しに行きました。

国道163号線と168号線が交差する奈良交通バス停「北田
原口」から
徒歩20分くらいの山の上にあることが分かって
いたので、適当な登り
口から山に登りましたが、見つから
ず、一度山から下りて、地元の農家の人に聞いたら、
その
場所を教えてくださいました、私としては「そのような城
跡はありません」
という言葉が返ってくることを予想して
いたのですが、本当にあったことが
分かり今度は自身を持
って探し見つけることができました。

北田原城跡:生駒市北田原町 画像中央の鉄塔付近です。

バス停「北田原口」  2014,12,26 撮影

地元の人の説明のとおり竹藪があり墓地を通過します。

鉄塔付近には城跡を示す遺構は残っていませんでした。


12月31日:8927歩

天武天皇皇孫 長屋王墓(平群町)

天武天皇の孫、長屋王は悲劇の人物で、当時の政治の中
心人物でした、政治のライバルであった藤原四子(藤原不比
等の子四人)により謀判(クーデター)を企てていると密告
され、自殺しました、
45歳でした。

その後、藤原四子が天然痘により相次いで逝去したため、
長屋王の呪いと噂されました。
なお、長屋王の邸宅跡は2014,8,21の私のブログを参照下さ
い(
長屋王邸跡(奈良市二条大路南)

長屋王墓の場所:平群町梨本字前758番地

2014,12,23 撮影

宮内庁が管理しています

宮山塚古墳(椿井春日神社西)

宮山塚古墳は椿井春日神社西側にあり、横穴式古墳で東西
26m、南北24mで高さ7.1mの円墳です。

宮山塚古墳:奈良県生駒郡平群町  2014,12,23 撮影






12月30日:20520歩

椿井春日神社(生駒郡平群町椿井)

椿井春日神社は椿井城に登る山の入口にあります、平群氏
やその子孫の椿井氏のゆかりの神社で、神社の西に隣接す
る宮山塚古墳から出土した甲をご神体とし、甲大明神とも呼
ばれていました。

椿井春日神社:生駒郡平群町椿井1278番地

2014,12,23 撮影


高槻市内を歩く(芝生町~)

昨日は高槻市内をウオーキングしました、芝生町(しぼちょう)か
ら歩き始め阪急富田駅、JR摂津富田駅付近を、神社等を探
しながら歩きました。

高槻市立市民プール:50m、9コースの本格的公認プールもあります。


女瀬川(にょぜがわ)

小寺池:高槻市 西五百住(にしよすみ)町

阪急富田駅

JR摂津富田駅


12月29日:27641歩

菅原神社(大東市三箇)

12月18日の私のブログで平野区の菅原神社を取り上げた時
日本全国の菅原神社の数を調べましたが、わからなくて、日
本全国の神社を数がわかったので載せました。
その菅原神社を調べていたら、大東市に三つあることが分り
以前大東市の神社をすべて探索したので、ブログに大東市の
カテゴリを作りチェックしたら、大東市の神社でまだ見つけていない
神社が4つありました。

大東市には神社が22か所あり、私がまだ見つけていない神
社は下記です。
 ①菅原神社(三箇)
 ②菅原神社(御領)
 ③菅原神社(深野北)
 ④坐間神社(平野屋)
    産土神社(灰塚)=素戔嗚神社と判明:2013,1,8に探索済

さっそく三箇の菅原神社は12月22日、深北緑地公園を歩いた
時、近いので見つけて参拝してきました。

菅原神社:大東市三箇5-2-3 (通称 三箇菅原神社)

2014,12,22 撮影






地名の由来「椿井井戸」(平群町椿井)

椿井城跡は山の上にありもした、その登り口に、「椿井井戸」
があり、その説明板に、この地域の地名の由来になった事が
記載されていました。
平群の神手将軍が春日神社に戦勝を祈願して椿の杖を突き
立てたところ、一夜にして芽吹いて葉が茂り、傍らから冷泉が
湧き出し、汲めども尽きなかった、これを飲んだ兵士の士気が
大いに上がり戦いに勝利することができ、以来「椿井」と称して
地名の興りとなりました。

「椿井井戸」:平群町椿井


2014,12,23


12月28日:36977歩

標高と比高・「椿井城跡に登る」

12月23日、平群町内を歩いた時、電信柱に「椿井城跡」と書
いた案内板の矢印のとおり進むと山の中にはいり、それでも
、どんどん進むと山の上に「椿井城跡」がありました、今は石
垣とか城の跡を示す遺構は残っていませんが、城があった
事を示す幟(のぼり)が沢山建っていました。
後で調べたら標高238m、比高190mでした。
標高は知っていましたが、比高は去らなかったので調べてみ
ました。

標高(ひょうこう):平均海面からの高さ、海抜とも言う。
比高(ひこう)  :山の麓(ふもと)からの高さ。

椿井城跡の場所:奈良県生駒郡平群椿井

山に入ると10m間隔で幟が建ってあり迷わずに行けます。

2014,12,23 撮影

椿井城跡から見えた道の駅

西宮古墳(平群町西宮)

平群中央公園の中に西宮城跡がありましたが、その近くに
西宮(にしのみや)古墳がありました。

西宮古墳の場所:平群中央公園の南側 平群町西宮543番地

2014,12,23 撮影


古墳の内部  くり抜き式石棺は蓋が失われていますが、
         兵庫県産の石が使われています。






12月27日:23055歩

西宮城跡(平群中央公園)

12月23日、平群町内を歩いた時、平群中央公園で「ここは西
宮の城跡です」と書かれた説明板を見つけました、今は城を
示す遺跡は残っていませんが、丘の上にある城跡からは平群
町を見渡すことができる見晴らしの良い場所にあります。

西宮城跡(平群中央公園):平群町西宮1丁目



2014,12,23 撮影




(注)上記説明板の見えにくい部分は「天正5年(1577)」です、


12月26日:16633歩
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