ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2015年02月

ハシボソカラス(46番目に写した野鳥)

カラスにはハシブトカラスとハシボソカラスの2種類があり、それぞれの
くちばしの大きさで見分けることは知っていましたが、いつでも
写せると思いまだ写していませんでした。
一覧表を作ってみて、まだ写していなかった事に気づき2月25日
ハシボソカラスを南前川で写しました。
特徴は全身が光沢のある黒色で、くちばしが細く、額が出ていな
い、ハシブトカラスよりやや小さい。

ハシボソカラス 2015,02,25 寝屋川市 南前川にて

ハシボソカラスはハシブトカラスに比べて額が出ていません。



  
 関連ブログ ハシブトガラス(花博記念公園)

2月28日:51809歩

南前川を歩く(寝屋川市の川)

2月25日に歩いた、南前川は寝屋川市三井元町にある三ツ池
(成田公園内)を起点に寝屋川市幸町で寝屋川右岸に注ぐ全長
1334mの川です。
大阪府が管理する事を示す、95の河川の一つでプレートが張って
ありました。



南前川(みなみまえかわ)の起点三ツ池(成田公園)

南前川の始まり(池の水の出口)

三ツ池の出口付近にあったプレート

南前川は同志社高校前を通過

青樹会病院の東を通過

左のビルは国土交通相職員宿舎、右の高架は外環状線

南前川の終点、寝屋川右岸に注ぎます。

庄所神社(高槻市中川町)

2月20日、高槻市内で5番目に見つけた神社は庄所神社(しょう
どころじんじゃ)で正式名は素盞鳴尊神社(すさのおのみことじん
じゃ)と言い、庄所神社は通称です。
神社の由緒などは説明板がないため分りませんが、高槻市のホ
ームページによると「二人だけの結婚式が出来る神社」として知られ
ているようで、創建は不明ですが、慶長年間にはすでに建ってい
たといわれています。

庄所神社((しょうどころじんじゃ):高槻市中川町4-27

庄所神社=素盞鳴尊神社   石碑は庄所神社

鳥居の額は素盞鳴尊神社


2月27日:23086歩

永井神社(高槻市野見町)

永井神社は野見神社の境内にありました、説明板によると
永井神社は野見神社の摂社で、江戸時代の中期、寛政5年
(1793)9代藩主永井直進が、初代直進を祭紳として勧請
創建したとありました。

摂社(せっしゃ)とは:神社に付属する関係深い神社を摂社と
呼び、それに次ぐ小社を末社で、その本社境内にあるものを
境内摂社、境内末社と呼び、本社境外にあるものを境外摂社
、境外末社と呼びます。
ということは永井神社は境内摂社ということになります。
勧請(かんじょう)とは:分霊を他の 場所に移し祀ること。



2015,02,20 撮影


寝屋川導水路を歩く

寝屋川市を流れる河川の全てを調べ、その川の起点と終点
を調べるウオーキングを始めて打上川、たち川を歩き終えて、次
に寝屋川導水路を2月24日歩きました。
寝屋川導水路は名前の通り自然の川ではなく平成7年に完成
した人工の川です。
寝屋川導水路の狙いは、ふだんは最大一秒間に20㎥の水を
淀川から取水し、寝屋川の浄化を行い、大雨の時は逆に寝屋
川の水を太間排水機場から淀川へ排水する役割を果たします。

寝屋川導水路の起点、淀川

取水口はゴミが入らないように工夫しています。

淀川の堤防の下を通過します。

太間排水機場の中を通過

寝屋川導水路の長さ1700m、幅16m、水深4m

2015,02,24 撮影

寝屋川導水路の終点、淀川の水が寝屋川に流れ込んでいます





2月26日:24469歩

野見神社(高槻市野見町)

2月20日、高槻市春日町の春日神社の次に見つけたのが高
槻市野見町の野見神社でした。
この神社の由来は9世紀末、この地方に疫病がはやり、多くの
死者が出ました、この時「社殿を造り牛頭天王をお祀りすれば
疫病が収まる」というお告げがあり、社殿を設けて崇拝したとこ
ろたちまち疫病は終息しました、村人たちは喜び、牛頭天王社
として祀ったのが、この神社の始まりで、明治元年に神仏分離
令により「野見神社」と改称しました。

野見神社:高槻市野見町6-6

2015,02,24 撮影




2月25日:32030歩

ツグミ(45番目に写した野鳥)

昨日は寝屋川市内を流れる川の内「寝屋川導水路」の起点
と終点を見つけるウオーキングをしたとき淀川の河川敷でツグミを
見つけて写すことに成功しました。
渡り鳥で日本には冬にやってくるので一年中見ることは出来
ません、以前から何度も見つけるのですが写したのは初めて
でした。

ツグミ(45番目に写した野鳥):淀川河川敷にて2015,02,24 撮影

スズメより大きいムクドリくらいの大きさです。

春日神社(高槻市春日町)

高槻市市は七つの春日神社があります、2月20日、最初に
見つけたのが高槻市春日町にある春日神社でした。
神社に由緒書き等は無く、ネットで調べても、詳しいことはわか
りませんでした。

春日神社:高槻市春日町8-14



可愛らしい地蔵さんがありました。


高槻市内七つの春日神社(太字は探索済)
 ①桜ケ丘南町の春日神社(五百住神社、八坂神社ともいう)
 ②上牧町の春日神社
 ③東天川町の春日神社
 ④春日町の春日神社
 
宮田町の春日神社
 ⑥野田の春日神社
 ⑦成合北の町の春日神社
   

2月24日:27679歩

八幡大神宮(高槻市八幡町)

ネットで調べたら高槻市の神社は全部で48社ありました。
(そのうち11社は以前に見つけています)
ただ適当に歩いていては全てを見つけるには大変な時間が
必要なので2月20日は、あらかじめ調べて出かけました。
結果は七つの神社を見つけることができました。
後何回で終わるか分りませんが残り30社を見つけるのが今
現在の目標です。

2月20日 2番目に見つけた八幡大神宮:高槻市八幡町2-9








五代友厚像(大阪取引所前)

大阪取引所の前に大きい銅像があり五代友厚(ごだい ともあつ)とい
う人物の像でした、調べら明治期の大阪経済界のリーダーでした。

五代友厚の主な経歴
 天保6年(1835)薩摩藩士五代秀尭の次男として生まれる
 明治元年(1868)初代大阪税関長に就任
 明治11年(1878)大阪株式取引所(現・大阪取引所)を設立する
 明治12年(1879)大阪商業講習所(現・大阪市立大学)を創設する
 明治17年5月 五代らの努力により大阪商船(現・商船三井)が開業
 明治17年12月 大阪堺鉄道(南海鉄道)を設立
 明治18年9月25日 糖尿病により没する、享年50歳。

 五代友厚は明治の大阪の指導者で近代大阪の企業家が話題になる
 とき真っ先に上がる人物で、大阪企業家ミュージアムでも一番最初に取り
 上げられていました。

五代友厚像(大阪取引所前)




なお五代友厚の銅像は出身地の鹿児島県の泉公園にもあります。
そして今大阪に五代友厚記念館を建設しようとする計画もあるよう
です。

大阪企業家ミュージアムでも一番最初に取り上られている五代友厚



2月23日:11781歩

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