ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2015年10月

蒲の穂(因幡の白兎伝説)

昨日の生駒山ウォーキングで蒲の穂を見つけて、以前に因幡(いなば)の白
兎の伝説に蒲の穂が関係あることを教えて頂いたことを思い出し、その
一つを家に持ち帰り、伝説の皮を剥かれた白兎が蒲の穂を体につけて
元通りに戻ったといわれる穂をはがして写してみました。

生駒山に行く途中にあった蒲(がま)の穂

2015,,10,30 PM 2:51 撮影

白兎の体につけたとされる蒲の穂の粉


因幡の白兎伝説のあらすじは下記です。
昔々、隠岐の島に住む1匹の白兎が、ある姫神に会いたいと思い因幡
の国へ行きたいと考えていました。しかし、隠岐の島と因幡の間は海で
とても自力では渡れません。
そこで白兎はワニザメをだまして向こう岸に渡ろうと考え、『ワニザメさん
、君たちの仲間と僕たちの仲間とどちらが多いか比べてみようよ』と提案
し、ワニザメを因幡の国まで並べさせ、その上をピョンピョンと渡っていき
ました。
そしてもう少しで向こう岸に着こうというとき、あまりの嬉しさについ、『君た
ちはだまされたのさ』と言ってしまいました。それに怒ったワニザメは、白兎
の体中の毛をむしり取り、あっという間に丸裸にしてしまいました。
丸裸にされた白兎がその痛みで砂浜で泣いていると、そこに大国主命の兄
神様が大勢通りかかり(大国主命の兄神達は、隣の因幡の国に八上姫とい
う美しい姫がいるという噂を聞きつけ、自分のお嫁さんにしようと、因幡の国
に向かっている途中でした)、面白半分に『海水で体を洗い、風に当たってよ
く乾かし、高い山の頂上で寝ていれば治る』と言いました。白兎が言われたと
おりにしてみると、海水が乾くにつれて体の皮が風に吹き裂かれてしまい、ま
すますひどくなってしまいました。
あまりの痛さに白兎が泣いていると、兄神達の全ての荷物を担がされて大き
な袋を背負った大国主命が、兄神達からずいぶんと遅れて通りかかり、白兎
に理由を尋ねました。そして、『河口に行って真水で体を洗い、蒲の穂をつけ
なさい』と言いました。
白兎がその通りにすると、やがて毛が元通りになりました。たいそう喜んだ白
兎は『八上姫は兄神ではなく、あなたを選ぶでしょう。あのような意地悪な神
様は、八上姫をお嫁にもらうことは出来ません』と言い残し、自らが伝令の神
となって、兄神達の到着より前に、この事実を八神姫に伝えたのでした。
これを知らない兄神達は、先を競って姫に結婚を申し込みましたが、姫はそっ
けなく対応し、『私はあなた方ではなく、大国主命の元へ嫁ぎます』と言い、兄
達を追い返したのでした。



10月31日:25006歩

無くなっていた白馬モニュメント(阪奈道路)

今日のウォーキングは生駒山の山頂まで、四條畷総合センターを7時30分出発
、往復歩きで午後5時、総合センター帰着の所要時間9時間30分でした。
生駒山に行く途中にある白い馬のモニュメントが以前あったのを思い出し、も
う一度見ようと思って阪奈道路の以前に白馬のモニュネントがあった場所へ
行くと、無くなっていました。
老朽化して危険だから取り外したのかなと思いましたが、そこに行く前に通
過した乗馬クラブが塀で囲われて廃業をしていたのを思い出して白馬のモニュ
メントが無くなった理由がやっと分ったのでした。

無くなっていた白馬モニュメント(阪奈道路)  2015,10,30 撮影

以前あった白馬モニュメント




10月30日の歩数:46211歩

「山本驛旧跡」(京田辺市)

京田辺市三山木塔之島で八幡宮を参拝した後、そのそばにある
寿宝寺の横に大きな石碑があり、石碑には「和同4年設定 山本驛
旧跡」と刻まれていました。
和同4年(711)に、古代山陰道と近江に通じる交通の要所として設
置された驛の一つです。

驛とは:中央と地方との連絡のため30里(約16キロ)ごとにおかれた
      設備で馬を乗り換えるための中継所の事。

「山本驛旧跡」:京田辺市三山木塔之島20番地

2015,10,15 撮影

八幡宮(京田辺市三山木塔之島)

10月15日の京田辺市神社めぐりで最後に参拝した八幡宮は現地に
神社名を示すものがありませんでしたが、予め調べた住所をナビに打
ち込みナビの案内する住所に到着した場所にあった事、及び約200メー
トル手前で八幡宮の場所を聞いた人に教えて頂いた場所にあったので
間違いがないと思いますが、絶対の自信はありません。

小さい祠があるだけの「八幡宮」:京田辺市三山木塔之島17

佐牙神社山本御旅所と寿宝寺に挟まれた小さい神社です。

京田辺市の神社めぐり残り7社


10月29日:24027歩

三山木小学校の由来(山本小学校跡)

10月15日、京田辺市の神社めぐりで最後に参拝した八幡宮を探し
ているとき小さい公園の中に何かの説明板と石碑がありました。
「山本小学校跡」のものでした。
この山本小学校は後に三山木小学校に改称されました

山本小学校跡:京田辺市三山木八反坪




          山本小学校跡

              京田辺市三山木八反坪

明治6年(18735月西蓮寺跡に開校した小学校である。通学区域は高木、
山本、山崎
南山、出垣内、江津、宮の口、飯岡の八村域であった。

入学時期は毎年正月と7月の2回で8歳または9歳で入学し1314歳で卒業
した。
毎月1日と13日は休日で午前8時始業、午後3時就業の規定があった、
また盆、正月や
村の休日には休みとなった。

明治14年(1881)に宮津小学校が分離、15年には飯岡に分校(明治21
からは
草内小学校に属した)

明治20年(18878月、宮津小学校と合併し教育令の改正にともない三山
木小学校
と改称、今日に至っている。
           京田辺市教育委員会 京田辺市文化財保護委員会


芝山神社(京田辺市三山木)

10月15日の京田辺市神社めぐりで4社目に参拝した柴山神社は
現地に由緒等を書いた説明板は無く、ネットでも神社名と住所が載
っているだけで詳しいことは分りません。
建物等を見ても年代は古くはありませんでした。

芝山神社(京田辺市三山木南垣内34番地-1

2015,10,15 撮影

京田辺市の神社めぐり残り8社


10月28日:30752歩

蟇股とは「佐牙神社」(京田辺市)

京田辺市の神社めぐり、東山神社の次に参拝した佐牙神社は西暦
573年に創建(今から1442年前)の非常に歴史の古い神社です。

佐牙(さが)神社:京田辺市宮津佐牙垣内164番地

2015,10,15 撮影

京田辺市の神社めぐり残り9社


現地説明板を書きに転記します。
               佐 牙 神 社
「社伝によると、敏達天皇2年(573)の創建と伝える式内社である。
造酒司の奉幣があったとも伝え、我が国の酒づくり発祥と深いものとみ
られる、大同元年(806)頃には摂津国に封戸九戸があった。
地元の古文書によると山本にあったものを永亨年間(1429~1441)に
現在地に移すとある。
今も山本に御旅所があり、祭日には神輿の渡御がある、なお江津の遠
藤川南側の木津川との合流点付近にあったとも伝える、佐牙弥豆男神
(北殿)と佐牙弥豆女神(南殿)を祭る。元本殿(二棟・国指定重要文化財
は、天正13年(1585)の再建とされるが、形式は古く、ことに身舎蟇股
は左右対称の図案で室町時代初期
と考えられ、旧建物の一部の再利用
とみられる、南北二棟とも同形式の春日造で、屋根は檜皮葦である。」

 奉幣(ほうへい):神様に供え物など をささげること。
 身舎(もや):母屋とも書き、建物の中心部分。
 蟇股 (かえるまた):神社仏閣で、高さの異なる二つの平行した横架材
 の間につき 上の荷重を 下の横架材 に、伝達するための部材 かえる
 のまたのような 形をしている。

蟇股 (かえるまた)の見本

東山神社(京田辺市三山木谷垣内)

京田辺市三山木谷垣内にある東山神社は京田辺市の神社一覧表
には載っていませんが、他の神社を調べるためにグーグルマップを検索
していたら東山神社が載っていたので参拝したのです、したがって東
山神社の場所は分りますが住所は分からないので、そばにあった「
三山木老人いこいの家」の住所を調べて三山木谷垣内という事が分
った程度で神社の詳しい事は何も分りません。

東山神社:京田辺市三山木谷垣内6番-1 赤い鳥居の右が「三山木老
       人いこいの家」です

画像では読み取れませんが提灯の間に神社名「東山神社」があります。

京田辺市神社めぐり残り10社

グーグルマップに乗っている東山神社

マップを更に拡大すると「市立三山木老人いこいの家」が出てきます。

上記、東山神社の住所はいこいの家の住所です。

10月27日:23816歩

天神社(京田辺市三山木野神)

10月15日、4回目の京田辺市神社めぐりウォーキングで5社を参拝する
事が出来て、25社ある京田辺市の神社めぐりも、いよいよ残り一桁
の7社となりました。
最初に参拝した京田辺市三山木野神にある天神社を紹介します。
ネットで調べても住所と神社名が載っているのみで詳しいことは分りま
せん。
現地にも由緒書き等はありませんが、古い神社でした。

天神社:京田辺市三山木野神38番地

住宅と住宅の間にある敷地の狭い神社です。

2015,10,15 撮影

京田辺市の神社めぐり残り11社

10月26日:23413歩

モールウォーキング(イオンモ-ル四條畷)

イオンモール四條畷には屋外に「俳句で巡るウォーキングコース」がありましたが、
今度は屋内(一階)の床面のタイルに描かれた絵を見ながら歩けるように
「モールウォーキング」のコースを見つけました。



床の絵を見る子供

2015,10,21 撮影


自然環境がよくなったのか、最近カワセミをよく見かけます。
ウォーキングロードにカワセミ(イオンモール四條畷)

わが町にもカワセミ(四條畷市岡山東)

私は今年初めて飯盛山で「オオムラサキ」を写す事に成功しました。

国蝶「オオムラサキ」を初めて見る(飯盛山)


初めてサギソウを見る(四條畷市)



10月25日:35840歩
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