ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2015年12月

旭神社(吹田市出口町)

12月25日、吹田市の神社めぐり、泉殿宮の次に参拝したのが旭神社
です。
アサヒビール吹田工場の前、先人の碑(迎賓館)の敷地内で見つけました。

旭(あさひ)神社:吹田市出口町387-4:

2015,12,25 撮影  吹田市の神社めぐり残り13社




 旭神社の由来
  旭神社は明治39年(1906年)当時の大阪麦酒株式会社が吹田工場
    内に創建しました。
  お祀りしている神様は下記のとおりです。
  天照大御神
  伏見大神
  松尾大神
  少彦名大神
  神農大神
 平成元年(1989年)業容拡大にともない吹田工場校内(吹田市西の庄
 町1の45)から当時(吹田市出口町378の4)へ遷座しました。
 平成元年10月吉日 アサヒビール株式会社



12月31日:15292歩

先人の碑(アサヒビール迎賓館)

泉殿宮に参拝した後、次の神社の向かって歩いているときアサヒビール
の工場がありました、工場見学は予約していないので、諦めましたが
、その道路向かいに「先人の碑 アサヒビール迎賓館」がありました、ここは
予約なしで見学できるので中にはいりました。
この先人の碑に祀られているのはアサヒビールの問屋、飲食店、原材料
供給会社、お客様と社内の諸先輩方ということが分りました。

この碑の二本の白い柱は創業以来アサヒグループを力強く支援されたお得意
先や関係業界の皆様方と社業の発展を念じて、業務に尽くされた 社内の
諸先輩方を象徴し、この柱に支えられた黒い翼はアサヒグループ全体の社業
発展を表現しているそうです。

先人の碑(アサヒビール迎賓館)の場所:アサヒビール吹田工場の前









12月30日:15208歩

万国博覧会の無事を祈った「泉殿宮」

大阪府吹田市の神社めぐりを12月25日に実施しました。
事前に調べたら吹田市の神社は全部で15社あり、25日は6社の神社
を参拝することができました。

最初に参拝したのは西の庄町の泉殿宮です。

泉殿宮(いずどのぐう):大阪市西淀川区西の庄町10-1

2015,12,25 撮影 吹田市の神社めぐり残り14社


昭和45年に開催された日本万国博覧会は6400万人の観客を迎え
大成功に終わりましたが、昭和42年の起工式に先立ち、この泉殿宮
で立柱祭という神事が行われ博覧会の無事を祈りました。





12月29日:33844歩

天保山(2等三角点のある山で日本一低い山)

12月21日、海遊館を見学後、そばにある日本一低い山「天保山」に
登ってきました。
ツアーの添乗員の人に登頂証明書も頂きましたが、但し書きがあり、
2014年3月現在の日本一低い山で、現在は宮城県仙台市の日和山
(ひよりやま)が日本一低い山であるそうです、理由は高さ6,06mだっ
た日和山が2011年の東日本大震災の津波や地盤沈下の影響で低く
なり2014年4月9日に国土地理院の測定により3mの山として認定され
、天保山の4.53mを下回り日本一低い山となったのです。
但し2等三角点のある山としては天保山が日本一低い山です。


天保山:大阪市港区

2015,12,21 撮影

2等三角点

2014年3月現在 日本一低い山「天保山」


登頂証明書の裏


日本一低い山に登る「蘇鉄山」(堺市)


12月28日:45553歩(大阪市西淀川区の神社めぐり)

海遊館(大阪市港区天保山)

大阪に日本最大級の海遊館が出来て25年になりますが、いつかは
行こうと思いながら、なかなか行けませんでしたが、12月21日、日帰
りツアーで初めて行きました。
テレビ等で大きいジンベイサメが泳いでいるのを良く見ますが、魚類以外
にカワウソなど多くの動物や、特にクラゲが印象に残っています。
8階建てのビルの中に14の水槽があり、外人観光客にも人気があり
多くの外人が来ていました。

サンタマリア号から写した海遊館

2015,12,21 撮影




「サンタマリア号」に乗る

12月21日の日帰りツアーで乗った「サンタマリア号」を紹介します
海遊館の西波止場から出航する帆船型観光船で、コロンブスの
「サンタマリア号」の約2倍の大きさで、の大阪湾の景色を楽しむこ
とが出来ます。

ツアーの人は旅行代金に含まれていますが、個人で行く場合は
大人 1600円 所要時間約45分です。

サンタマリア号は1990年に就航、大阪水上バス(京阪グループ)が運営






12月27日:17016歩

「地磁波発生の処」(小倉神社)

12月18日、京都府大山崎町の天王山に登った時、登り口にある
小倉神社本殿の裏で「地磁波発生乃処」と刻まれた石を見つけ
ました。

2015,12,18 小倉神社の本殿裏にて撮影

丸い石に刻まれた文字:「小倉神社磐座 地磁波発生の処」




地磁波:地球の持っている磁気が特定の場所で強く表れ機器測定に
     よると此の周辺の空間に磁力波として流れ出しています。

磐蔵(いわくら):古来自然崇拝の中心として山を崇高な神の宿るとこ
          ろとの考えから御神体の中心とされた岩の多い場所
          です。

12月26日:20054歩

インスタントラーメン発明記念館(池田市)

12月21日、日帰りツアー、最初の訪問地は池田市のインスタントラーメン発明
記念館でした、いまや世界で年間1000億食以上消費されているインスタ
ントラーメンを発明した安藤百福は大阪・池田市の自宅で研究を重ねチキン
ラーメンを生み出しました。

インスタントラーメン発明記念館:池田市満寿美町8-25

阪急池田駅 徒歩5分 入館無料









12月25日:38582歩

梅田停車場跡(大阪駅 梅三小路内)

12月21日、日帰りツアーの、集合場所は大阪駅のそばで時間は午前8時
20分でした、私は1時間前に到着して付近をウォーキングしていたら、大阪
駅の桜橋口出口を出て信号を渡ったところに「梅三小路」という専門店
街の中程で「梅田停車場跡」の説明板を見つけました。
初代の大阪駅は現在の大阪駅より西200mの所にあったことが分りまし
た。

梅三小路の入口  2015,12,21 AM7時20分撮影





説明板は上のビリケン人形の裏にあります。



初代大阪駅 明治7年

梅三小路(うめさんこうじ)の場所


12月24日:28434歩

17烈士の墓(天王山)

京都府乙訓郡大山崎町の天王山で豊臣秀吉と明智光秀の歴
史上重要な戦いがあった事は有名ですが、実はもう一つ重要な
戦いがありました。
明治維新のきっかけになった、京都で起きた禁門の変(1864年)
で総崩れとなった長州藩の17名が天王山に踏みとどまり、新撰
組や幕府軍と一戦を交えましたが、もはやこれまでと17名全員が
割腹自刃しました。
その17名の墓が天王山の頂上の近くにありました。



2015,12,18 撮影






幕末、王政復古の運動を推進した長州藩が、文久3年(18638
18日の政変のため、三条実美以下七郷と共に京都を脱出し、しば
らく本国に退いた。このとき筑後水天宮神官
真木和泉守始め尊王
攘夷の志士たちは、長州藩の京都回復運動に同調し、清側義軍を

編成して元治元年(1864)夏、長州藩軍兵と共に上京し、ここ山
に布陣した、その強硬な上京軍に対し、幕府側はついにこれを
追討
することを決したが、先に上京軍は伏見・天竜寺及び山崎の
三方から
進撃を開始した、かくて御所の幕府軍との間に激しい戦
いが展開されたが
上京軍は蛤御門・堺町御門において敗れ。退却
を余儀なくされた、
この山崎に退いて長州藩主力兵の国元引き揚
げを見送った真木以下
17は、禁裏のある京都の地を去るに忍び
ないとして天王山に登り、
721幕府追討軍の来襲を前に、烈
士そろってこの地で壮烈な自刃をとげた
その直後、敗兵掃討によ
って離宮八幡宮・神宮寺等の社寺や、
民家二百戸を焼失したが、
やがて烈士たちの念願が成って明治維新
を迎えるに至った、かく
して、
17烈士は現位置に改葬され、永遠の眠りについたのである
。今日、その志を忍ぶ人々の手によって毎年
1021日、墓前祭が
挙行されている。 昭和
591021天王山17烈士奉賛会

禁裏(きんり):(みだりにその中に出入りすることを禁じる意味から)
         天皇の住居、皇居


12月23日:23869歩

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