ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2018年10月

三輪神社(川西市出在家町)

三田市波豆川で墓参りの後、帰り道の川西市出在家町で三輪神社を参拝
しました。

三輪神社:川西市出在家町21-5

2018,10,10  01:04 PM

あいにく雨が降ってきました、地面が濡れているのがわかると思います。



                三輪神社の由来
出在家の氏神は古い記録によりますと、はじめの社は現在のみこし庫の
北のあたりの地にあったとあったように記されています。その後天正年間
(1570年代)に大和(現奈良)の三輪明神の祭神の大巳貴命(大国主命)
の文神(みたま)を村に迎えて氏神としてお祀りしたと伝えられます、寛永
16年(1639年)に現在地に社を移し三輪社と称しましたが当時の境内は
、東西5.4メートル(三間)南北9メートル(5間)という狭いものでした、寛文12年
(1672年)に宮社を新しく造営しましたが、この社はこけら葺の小さなお社
でした、このお社は約50年間雨ざらしのまゝのようでしたので享保6年
(1721年)お社に雨覆を建てて覆い、その後大修理がなされていますが、
これが現在の瓦葺の本殿です。 またこの年に石燈籠が建てられましたが
、この石燈籠は現在神社の入口に移されています、文政7年(1824年)
には駒狗男女一対が寄附され、明治2年(1869年)に境内地が大拡張
されました。現在の拝殿、末社、渡り廊下は明治13年(1880年))に造営
されたものです。その後昭和11年(1936年)にかけて数度境内地が拡張
されています。
昭和11年には玉垣が氏子の寄付によりまして築造されて神社の周囲が
整備されました、そして昭和49年(1974年)には末社を除く本殿、拝殿、
渡り廊下などの屋根瓦の葺替えられ、また昭和59年(1984年)には拝殿
の模様替がなされるなど三輪神社は創建以来氏子の厚い敬神と信仰に
よって氏神として祀られています。


10月31日:20891歩

八坂神社(三田市波豆川)

10月10日は三田市波豆川にある墓にお詣りに行きました。
墓の近くの神社と帰路に2社、合計3社を参拝することができました。
最初に参拝した八坂神社を紹介します。
神社の前の休耕田にはコスモスが美しく咲いていました。

八坂神社:三田市波豆川(はずかわ)1527









                        八 坂 神 社
鎮座地 波豆川八坂神社1527番地
祭神 素戔嗚命と日本武尊
由緒 創立年月は不詳であるが、大永6年(1526年、室町時代)
   4月に本殿が再建されている。明治43年10月10日、波豆川
   字大阪谷鎮座 宝殿神社と、波豆川字鳥の上鎮座昊大神社
   を合祀した。
境内 742.5 坪
祭日 正月 1月4日~10日の日曜日
   種籾祈願祭 3月第一日曜日
   新祭    4月第二日曜日
   夏祭    7月第一日曜日
   本祭 宵宮 10月本宮の前日
      本宮 10月体育の日の前日
   新嘗祭   12月第一日曜日
  (勤労感謝祭)
宝物及び貴重品 正月と本祭りに行われるお當神事では、氏子中から精進代と
                 称する當人二人の受け渡しの儀式を行う。當人は任期中、精
                進潔斉して祭事には神饌を供え、祭典には紋服袴・山高帽を
                着用して奉仕する。
本祭           宵宮には天下泰平、五穀豊穣、氏子繁栄を祈願し、歌舞伎より
                取材した所作事のお練り(併催3年3月市指定無形文化財)を
                行う、本宮は當人に 太鼓、引地車が続いて行列を作って宮
                           入の神事を行う、その際に舁太鼓の音高く、掛け声勇まし
                く10m余もある急な石段を登る。
                                                       三田市観光協会・波豆川区

舁太鼓(かきたいこ)
:読み かく  意味   物をかつぐ。


鳥居の前にはコスモスが美しく咲いていました。

2018,10,10  11:25 AM



10月30日:19364歩

アゲハモドキの幼虫

10月8日のウォーキングは飯盛山へ行きました、帰り道で道路に白い
物が動いたので近づいてみると白い今までに見た事の無い毛虫
でした。
写して、後で名前を調べたら「アゲハモドキ」という、蛾の幼虫で
した。

アゲハモドキの幼虫               四條畷市南野   御机神社の近くにて

2018,10,08  03:38 PM







10月29日:25172歩

豊前国 中津藩蔵屋敷之跡(大阪市)

10月6日、大阪市内ウォーキングの時、堂島リバーホーラムの近くで「豊前国 中津藩
屋敷乃跡」の石碑を見つけました。
江戸時代の大坂は「天下の台所」と謳われ、物流や商業の中心地として大い
に賑わっていました。諸国の米や名産品、物資や情報が行き交う中之島周辺
には諸国各藩の蔵屋敷が建ち並び、最盛期には100以上の蔵屋敷が軒を連
ねたと伝えられています。
文化3年(1806)に刊行された「増脩改正攝州大阪地圖」には、堂島川河畔の
田蓑橋北詰から玉江橋北詰にかけて東から順に、長岡藩、上田藩、秋田藩、
壬生藩、延岡藩、中津藩の6つの蔵屋敷が描かれています。
天保5年12月12日(西暦1835年1月10日)この中津藩蔵屋敷に務めていた福
沢百助に子どもが生まれました、それが福澤諭吉です。
百助は妻お順が、大きな瘠せて骨太な五番目の子を産んだ時「これはよい子だ
、大きくなったら寺へやって坊主にする」と語ったと伝えられています。
百助は諭吉が1歳8か月のとき急死、そのため母につれられ中津へ戻りました。
中津では儒学を学び、安政元(1854)年長崎遊学を終え江戸へ上る途中大坂の
蔵屋敷へ立ち寄り、兄のすすめで翌年3月、緒方洪庵の適塾に入門し、後に塾
頭になりました。
3度にわたる幕府の遣外使節に随行し、明治維新後は文明開化啓蒙思想家とし
て活躍し、慶応義塾を開設しました。


豊前国 中津藩蔵屋敷之跡:大阪市福島区堂島1-1-17   豊前国(現在の大分県)





10月28日:29752歩

天神社(大阪市福島区玉川)

以前、大阪市福島区の神社めぐりをして、すべて参拝したつもりが、一社
(天神社)が抜けているのに気が付き、10月6日、「なにわの企業が集め
た絵画の物語」の展覧会(福島区堂島)を見に行った時に参拝してきまし
た。
調べたら天神社は福島三天神の一社で「下の天神」と呼ばれています。

福島三天神
 ・上の天神:福島天満宮 福島区福島2丁目8-1
 ・中の天神:第二次世界大戦の空襲で消失したため、神の天神に合祀。
 ・下の天神:天神社 福島区玉川1丁目4-5



天神社:大阪市福島区玉川1丁目4-5

2018,10,06  02:26 PM







10月27日:30415歩

茶屋町の由来「鶴乃茶屋跡」(大阪市北区)

大阪市北区のウォーキングで「川崎東照宮跡」の次に見つけたのが
「鶴乃茶屋跡」です。
この周辺は明治の初め頃まで、与謝蕪村が「菜の花や 月や東に
日は西に」と詠んだように、春には菜の花が一面に咲く美しい野原
であったといわれ、人々の憩いの場所となっていました。
蕪村句碑(梅田芸術劇場前)
茶屋町の地名の由来ともなった、茶屋(料理屋)多く、かってこの地
あった「鶴乃茶屋跡」の石碑を見つけました。

鶴乃茶屋跡:大阪市北区茶屋町8-6

2018,10,06  00:40 PM





この周辺は明治の初め頃まで、与謝蕪村が「菜の花や 月や東に
日は西に」と詠んだように、春には菜の花が一面に咲く美しい野原
であったといわれ、人々の憩いの場所となっていました。
この町を縦断する旧池田街道筋に「鶴乃茶屋」、「車乃茶屋」、「萩
乃茶屋」、などの料理茶屋が賑わっていたことが、茶屋町の地名の
由来ともなっています。
かってこの地には「鶴乃茶屋」にゆかりのある江戸時代の豪商「松
並竹塘」の業績を讃える石碑が建立されていました。


10月26日:24970歩

川崎東照宮跡(大阪市北区天満)

大阪市北区のウォーキングで松乃木神社参拝後、次に見つけたのが
「川崎東照宮跡」です。
徳川家康が没すると、その子で江戸幕府の二代目将軍である秀忠
は、家康を東照大権現という神様としてまつり、各地に東照宮という
神社を建てることを命じました。

川崎東照宮跡:大阪市北区天満1丁目24−15   滝川小学校前

2018,10,06  10:40 AM



               川崎東照宮跡
元和二年(1616)に徳川家康が没すると、その子で江戸幕府の
二代目将軍である秀忠は、家康を東照大権現という神様として
まつり、各地に東照宮という神社を建てることを命じた。
大阪には、翌年、この滝川の地に、当時の大阪城主である松平
忠明たちによって東照宮が建てられた、一説には豊臣氏をうやま
う大阪の人々の思いを薄れさせるために建てられたとも言われて
いる。
一般の町人は、日ごろは東照宮の境内に入ることが許されなかっ
たが、毎年家康の命日である4月17日を中心に5日の間にわたっ
て行われた権現まつりのときは特別におまいりすることができた。
明治6年(1873)になって川崎東照宮は廃された。
                          大阪市教育委員会

10月25日:22760歩

松の木神社(大阪市北区)

大阪城から大坂橋を渡って歩いている時、松之木神社を案内する
標識がありました。
ビルとビルの間に小さな神社がありました。

松ヶ枝町は明治6年に、このあたり一帯が大阪市に編入されたときにつけられた町名
で、松の大木があったことに由来しているのだそうです。
その大木は、南北20mに、横たわる龍のようにひろがった臥龍の松で、なかなかめで
たい松でした。
天保8年(1837年)の大塩平八郎の騒動や明治42年の北の大火にも焼け残り、火除け
の霊松として崇められていました。
数々の火から生き延びてきたこの松も、大正9年、残念ながら枯死しました。
その翌年、早速、この松の霊を祀った祠と霊松碑が建てられ、将来にわたって長く火災
が起こらないように祈念したとのことです。
昭和20年、空襲で祠も碑も焼けてしまいましたが、昭和25年、祠を再建して、現在の松
乃木神社としたそうです。


松の木神社:大阪市北区松ヶ枝町2-41

2018,10,06  10:24 AM





霊松碑



10月24日:23836歩

「大坂橋」命名の由来

第二寝屋川の終点は大阪城のそばで寝屋川に合流して第二寝屋川の名前
は無くなります。
合流後すぐの橋が「大坂橋」です、その橋を渡っているとき橋の上に命名の
由来を書いた碑がありました。
下記の由来を書いた碑には載っていませんが、東横堀川の浚渫中に見つか
った擬宝珠には「大坂橋 天正13年」(1585年)の銘が刻まれていました。


大坂橋                                                2018,19,06  09:54 AM

大坂橋から東側(寝屋川上流)を写す。                                            2018,19,06  09:54 AM

大坂橋から西側を写す。                                                                   2018,19,06  09:55 AM

                                                                                                       2018,19,06  09:56 AM

                      大坂橋 命名の由来
大阪城築城の翌々年の天正13年(1585)7月に架けられた大阪橋のその後の消
息は定かではないが、大正末期に東横堀川をしゅんせつした際 鋼製 擬宝珠
見つかった 本 人道橋の架設にあたってはその由緒をしのび 特に土橋の坂を
用いて「大阪橋」と命名した。                       昭和48年3月  大阪市


擬宝珠(ぎぼし):伝統的な建築物の装飾で橋や神社、寺院の階段、廻縁の高欄
                         (手すり、欄干)の柱の上に設けられている飾りである。
                          ネギの花に似ていることから「葱台(そうだい)」とも呼ばれる。 
 擬宝珠の見本




10月23日:18655歩

筋鉄門跡(砲兵工廠跡):大阪城

第二寝屋川の起点から終点を歩くウォーキングは10月2日に、起点の八尾市
から東大阪市の稲葉本町まで、10月6日に稲葉本町から終点の大阪城
まで歩きました。
大阪城の出口付近で「筋鉄門跡」の説明板と「砲兵工廠」の石碑を見つけ
ました。
説明板によると、この門は、徳川幕府による大阪城再築のときにできた門
で、その後、軍事工場(大阪砲兵工廠)の正門になったところでした。

筋鉄門跡(砲兵工廠跡):大阪城                                 2018,10,06  09:49 AM



                          筋鉄門跡(すじがねもんあと)
元和6年(1620)に開始された徳川幕府による大阪城再築工事
では、同年の第一期工事により二の丸の北外側に北外曲輪(
三の丸)が築かれた。筋鉄門はその西の入り口で、門扉は筋状
の鉄板で補強されていた。 ここは鴫野方面への通路にあたるこ
とから一般の通行が許され、特に鴫野の弁財天の縁日には多数
の市民がここを通った。門は明治維新後も残り、北外曲輪跡に設
置された軍事工場(大阪砲兵工廠)の正門とされたが、現在は左
右の石組だけが残る。




10月22日:21695歩
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