ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

2019年11月

三里古墳(平群町三里)

11月23日の奈良県平群町内ウォーキングで船山神社の次に三里古墳
を見つけました。
ここにも三里古墳を案内する標識があり迷わずに行けました。

三里古墳:平群町三里(みさと)958番地

2019,11,23  11:03 AM







             県指定史跡 三里古墳
本古墳は、石棚のある特異な横穴式石室をもつ古墳で、墳丘は原形が
そこなわれているが、全長約40mの北向きの前方後円墳の可能性も考
えられている。
外部施設としては葺石があるが埴輪はみられない、昭和50年に横穴式
石室の発掘調査がじっしされた。石室は南西に開口する両袖式で、天井
石や側壁の大半を失っている。
玄室の長さ4.4m、幅2.4m、高さ約3m、羨道の長さ4.6m、幅1.4mで、奥
壁に接して床から0.7mの高さのところに石棚が設けられている。
石室内しは排水溝があり、玄室から羨道の中央を通り石室外に至ってい
る。
玄室内には組合式石棺に底石が、羨道部には箱式石棺があり、さらに鉄
釘の遺存から玄室、羨道にもそれぞれ木棺があったと推定されている。
石室内から、銀環、棗玉、ガラス玉、馬具、直刀、鉄族、刀子、須恵器、土
師器、釘、中世土器などが検出されている。
石棚をもつ横穴式石室は、近畿地方では和歌山県の紀ノ川流域など限ら
れた地域にみられるもので、奈良県下ではほかに紀ノ川上流の吉野郡下
市町岡峯古墳、同郡大淀町槇ケ峯古墳の二例が知られるのみで、本例の
存在はきわめて注目される、なお、本墳の築造年代は、副葬遺物などから
六世紀後半と推定される。             奈良県教育委員会

棗玉(なつめだま):
古墳時代に用いられた装飾用の玉。琥珀こはく・硬玉・ガラス・水晶などで作
られ、ナツメの実に似た形をしている。
刀子(とうす):
古代から雑用に用いられ、しだいに装飾化されていった。後世の小刀 (こが
たな) 。


11月30日:20923歩

船山神社(平群町三里)

11月23日の奈良県平群町内ウォーキングで烏土塚古墳の次に船山
神社を見つけました。
またもや神船山神社を案内する標識がありました。
私は今まで各地の神社めぐりウォーキングをしてきましたが、平群町
が一番だと思います。

船山神社:生駒郡平群町三里(みさと)475

2019,11,23  10:45 AM









           船山神社 平群町三里
三里大字の安明寺と中之宮の氏神で、祭神は船山神と天児屋根命
(春日神社の祭神)、住吉大明神。
当地は安明寺の氏神である春日神社の境内地で、大正4年頃に中
之宮の氏神で式内社の船山神社(旧社地は南東大阪市ぢ200mの
東光寺東側)を合祀したものである。
境内後方の矢田丘陵八合目付近には丸木船状の三つの巨石があ
り、神が乗って地上に下ってきた船石として信仰されてきた、この三
石については「紳祇資料」にもみえ、近世に船石附近に祀られていた
船上(船神)神社を山麓の船上神社に合祀したものともいう。
磐座信仰を伝える古社であり、拝殿横には立派な陽石が旧社地か
ら移されている。

船山神社から見えた景色




11月29日:19562歩

烏土塚古墳(平群町春日丘)

11月23日の奈良県平群町内ウォーキングで平群神社の次に烏土塚古墳
を見つけました。
平群神社と同じく烏土塚古墳を案内する標識に助けられました。
竜田川つり池の東側すぐでした。



烏土塚(うどづか)古墳:平群町春日丘1丁目6−4                            2019,11,23  09:27 AM







              史跡 烏土塚古墳
所在地 生駒郡平群町春日丘1丁目(大字西宮)
史跡指定  昭和46年7月30日
        文部省告示大180号史跡の部第一(古墳)
説明 信貴生駒山系より東にのびる丘陵の端部に全長60.5m、後円部径
    約32m、高さ約6m、前方部との比高は約2m。
    主体部は南に開口する横穴式石室で、後円部の中心に玄室奥壁を
    配している。
    玄室の長さ約6m、幅約1.9m、高さ約4.4mで、両袖式の形態を備え
    ている。
    羨道部は天井石を欠くが長さ約8.2m、幅約2.1m、ほぼ中央から墓
    域外へ約66mの暗渠式排水溝が設けられ、石舞台古墳に匹敵する
    巨石古墳に数えられる。
    玄室には、大型の二上山産の白色凝灰岩製の組合式家形石棺が置
    かれ、羨道部にも同形式の石棺底石が検出されている。
    玄室の石棺の内側及び蓋石には赤色顔料の痕跡があり、側面には、
    斜格子状の線刻も認められる。
    盗掘を受けていたが、出土遺物は、鏡(四獣鏡)金銅装太刀、金銅装
    馬具、玉類、土器類(須恵器、土師器)等豊富で、立体的な副葬状況
    が明らかとなった、また、羨門付近で巫女形埴輪や子持器台が出土し
   、横穴式石室の墓前祭祀を考える上でも貴重。
    築造時期は古墳時代後期半と考えられ、平群氏族長の墳墓であると
    推定される。               平群町教育委員会

烏土塚古墳は丘の上にあり、平群公園方面を写しました。



11月28日:21743歩

平群神社(平群町西宮)

11月23日の奈良県平群町内ウォーキングで最初に見つけたのが平群神社
です。
事前にネットで調べた手書きの地図が頼りのウォーキングですから、簡単には
見つからないと覚悟をしていましたが、平群町は史跡を案内する標識が
あり探しやすかったです。

平群(へぐり)神社:奈良県生駒郡平群町西宮617               2019,11,23  08:55 AM







                                        由 緒 記
鎮座地      奈良県生駒郡平群町西宮617
本社御祭神   大山祇神
境内社御祭神  天照大神
由緒
御祭神大山祇神は山野を司どる神で、平群氏の祖武内宿根が神功
皇后と共に朝鮮へ出兵の際、戦勝を祈願しこの地に祀ったと伝う。
のち五穀豊穣と、武運長久、家内安全の守護神として信仰を集め今
日に至る。
延喜式神名帳に「平群神社五座(並大。月並、新嘗)」とあり神宮寺と
しても龍華山西宮密寺があった古い社格の神社である。
秋季大祭10月15日
                         延喜式内社 平群神社

平群氏(へぐりうじ):
大和国平群郡平群郷(奈良県生駒郡平群町)付近を本拠地とした豪族
で、武内宿禰の後裔氏族と伝わる。


平群神社を案内する標識



11月27日:21563歩

平群町内ウォーキング

11月23日は奈良県平群町内をウォーキングしました。
以前(2014年12月)いった「道の駅大和路へぐり」のモーニングが良かっ
たので平群町の史跡巡りを兼ねてでかけました。

おすすめモーニング(道の駅大和路へぐり)



平群町内をウォーキングした順に紹介します。
      平群神社                                                         2019,11,23  08:55 AM

竜田川つり池 平群町西宮1丁目18-35                                                2019,11,23  09:22 AM

 宇土塚古墳                                    2019,11,23  09:26 AM

竜田川                                      2019,11,23  09:43 AM

道の駅大和路へぐり                               2019,11,23  10:21 AM

船山神社                                     2019,11,23  10:44 AM

三里古墳                                    2019,11,23  11:04 AM

長屋王墓                                     2019,11,23  11:16 AM

吉備内親王御墓                                 2019,11,23  11:20 AM

紀氏神社                                     2019,11,23  11:50 AM

樽本神社                                     2019,11,23  00:19 PM

平群小学校                                    2019,11,23  00:29 PM

平群中央公園の紅葉                             2019,11,23  03:02 PM



11月26日;22913歩

大阪市立大学理学部付属植物園②

11月17日にウォーキングをした大阪市立大学理学部付属植物園の中で
見つけた美しい花や変わった名前の木等を紹介します。

変わった名前の「バリバリの木」 2019,11,17 03:09 PM



変わった名前の「バクチの木」



美しい紫色の代表「デレクターG. T.ムーア」



綺麗な黄色「セントルイス・ゴールド」



金色のキャンドル「ハネセンナ」



カボチャの様な実のなる「ヒラナス」




11月25日:22073歩

「オスキナフクハ」秋の七草の覚え方

11月17日にウォーキングをした大阪市立大学理学部付属植物園の中で秋
の七草の覚え方を「オスキナフクハ」と覚えれば覚えやすいと言う、立札があ
りましたので紹介します。

  オ:オミナエシ
  ス:ススキ
  キ:キキョウ
  ナ:ナデシコ
  フ:フジバカマ
  ク:クズ
  ハ:ハギ


「オスキナフクハ」秋の七草                                                2019,11,17  03:37 PM






11月24日:20351歩

大阪市立大学理学部付属植物園①(交野市)

11月17日のウォーキングは大阪市立大学理学部付属植物園へ行きました。
昭和25年に大阪市立大学理工学部附属の研究施設として発足しました。

広い園内は約26haあり、東京ドームの約5.3個分の広さです。




大阪市立大学理学部付属植物園入口                                 2019,11,17  03:17 PM


大阪府交野市私市2000













11月23日:35438歩

院田の由来(交野市 廃千手寺)

11月17日のウォーキングは交野市私市近辺を歩きました。
JR河内磐船から植物園を目指して歩いている時小さな公園の
奥に寺院の様な建物の前に、この付近の旧地名「院田(いだ)
」の由来に関する説明板がありましたので紹介します。

廃千手寺:交野市私市3丁目14番1号                                     2019,11,17  01:39 PM





                院 田
このあたりを院田(いで)と言います、亀山上皇(1249~1305)が
御病気の時、獅子窟寺の薬師如来に平癒の御祈願になり、この
地に行宮をお作りになりました。
その後、病気はよくなり、大変お喜びになって、ここに観音寺(千
手寺)をお建てになりました、この寺の維持のため、田をお与え
になったので院田(上皇の田)という地名が残りました。
                          交野市 教育委員会

亀山上皇
日本の第90代天皇。諱は恒仁。 後嵯峨天皇の皇子。母は西園寺
実氏女、中宮・西園寺姞子。

行宮(あんぐう):
天皇の、一時的な宮殿として建設あるいは使用された施設の事を
言われる。他に行在所、御座所、頓宮ともいう。


11月22日:31506歩

ムラサキシキブ(花博記念公園)

11月5日のウォーキングは花博記念公園鶴見緑地を歩きました。
美しい紫色の実を見つけて、眺めていると、そばに「ムラサキシキブ」
と書いた木札がありました。

ムラサキシキブ
  名前の由来
     紫色の実の清楚な美しさを、平安時代の美女の「紫式部」にたと
     えた。
     また、紫色の実をびっしりつけることから 「紫重実、紫敷き実(
     むらさきしきみ)」 と呼ばれていたものが、 いつのころからか源
     氏物語の作者・紫式部を連想させて「紫式部」となっていった、と
     の説があります。
 花言葉
   『愛され上手』『上品』『聡明』

ムラサキシキブの実:大阪市鶴見区 (花博記念公園)                              2019,11,05  02:03 PM













11月21日:20765歩
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