弥次右衛門記念碑は守口市藤田(とうだ)町3-4にあります、
江戸時代、この地域は水はけが悪く、村人は苦しんでいました、
村の下流部文に樋を設け水を抜く必要がありました、しかし下流
の人たちの了解を得られないため、藤田(とうだ)村の庄屋であっ
た小泉弥次右衛門は自らの責任で幕府の許可を得ないで、配水
樋をつくりました、南寺方で14年前に「義民喜左衛門」(3月27日
ブログ「義民 喜左衛門記念碑」を参照ください)の事件があり弥次
右衛門は処刑を覚悟のうえでした、幕府は樋の存続は認めたが
弥次右衛門一家4人を処刑しました。
事件後、村民は弥次右衛門を偲んで道標を建てました。

義民 喜左衛門記念碑


弥次右衛門記念碑

弥次右衛門の墓

現在、排水路は埋められています

同じく公園内にある記念碑。この碑は戦後1951年(昭和26年)
頃から約10年の歳月をかけ、当地の土地改良事業が行われた
が、これの完成を記念し併せ、弥治右衛門の先駆者としての徳
を称え、赤間文三知事が建てました。

そばにある公園は弥次右衛門の名前がついています