4月28日の奈良市内ウォーキンクで「開化天皇 春日率川坂上陵」を見つけ
た後、猿沢の池で「悲恋の采女と衣掛柳の伝説」の石碑に埋め込まれた
説明板を見つけました。
奈良の帝(おそらく平城天皇)にお仕えしていた采女(女官)が、天皇に一
度だけ愛されてその後は愛されなかったことを悲しく思い、猿沢池に身を
投げた、という悲しい伝説です。

猿沢池                                                                                               2019,04,28  01:48 PM








猿沢池こんなお話し 

 悲恋の釆女(うねめ)と衣掛柳(きぬかけやなぎ)の伝説 

「昔、平城の帝に仕う奉る釆女あり顔かたちいみじう清らにて、人々よばい
殿上人などもよばひけど、あはざりけり そのあはぬ心は、帝を限りなくめで
たきものに なん思ひ奉りける・・・云々」(「大和物語」より) 

しかし常なきものは男女の仲、やがて帝の寵愛の衰えたことを嘆いて釆女
は身を投げてしまいました。
そのとき衣を掛けたのが衣掛柳といわれています。
これを不びんに思われた帝が釆女の霊を慰められたのが池の北西の釆女
神社です。
釆女の古里福島県郡山市にも釆女の霊を祭る神社があります。
この歴史の縁により奈良市と郡山市は姉妹都市提携を結んでいます。

 

采女神社(奈良市樽井町)



5月17日:20141歩