大津市内ウォーキング②
近江国一宮の建部大社を参拝後、「堂の上遺跡」を見つけました。
発掘調査により奈良・平安時代の「瀬田駅家」の可能性が考えられ
ています。

駅家(えきか・うまや):公務旅行者に乗用馬、宿泊、休憩、食事など
              を提供する施設。

堂ノ上遺跡:大津市神領3丁目4                                                      2019,07,15  09:05 AM





       史跡 堂ノ上遺跡(昭和53年3月14日指定)
奈良・平安時代において、この瀬田の地は近江国の中心地として
繁栄していた。ここより東北方約800mの丘陵上には近江国一国を
治める役所・近江国庁が置かれ、その周辺部にはそれに関連する
官衙(役所)や国分寺・国分尼寺があり、これらを中心に八町ないし
九町(約980m)四方の町並みの整えられたと想定されている。
この堂ノ上遺跡は伊勢国(三重県)や美濃国(岐阜県)を経て東国に
通ずる東海道や東山道の官道に隣接し、湖上交通の要衝でもある
瀬田橋を見下ろす小丘陵上に営まれている。
昭和48年・50年・51年の三次にわたる発掘調査により、この丘陵上
には近江国庁と同様の瓦を用いた官衙の存在したことが判明した。
建物群は二時期にわたり、最初は奈良時代後半に建てられた瓦葺
き、基礎石建ちの立派なもので、築地塀に囲まれた内部に東西棟や
南北棟の建物が整然と配置された様子がうかがえる。その後瓦を用
いない堀立柱建物に建て替えられ、平安時代中頃まで存続していた。
この官衙がどのような役割を果たしたものかは明らかでないが、近江
国庁と密接に関連する役所であることは疑いなく、この時代、官道の
要所に於かれた駅家のうち「瀬田駅家」の可能性が考えられている。
                平成元年三月    滋賀県教育委員会

官衙(かんが):昔の役所

堂ノ上遺跡からの景色



8月18日:18778歩