尾道市内ウォーキング
千光寺公園の頂上の展望台から下山する途中に「文学のこみち」がありま
した。

尾道ゆかりの25名の作家・詩人の詩歌・小説の断片等を千光寺山山頂から
中腹にかけて点在する自然石に刻み、その静かな散歩道を「文学のこみち
」と名づけられました。
その一部を紹介します。
 

文学のこみち:尾道市東土堂町15−1                                            2019,08,11   00:52 PM


正岡子規


                  正岡子規
           のどかさや 小山つづきに 塔二つ

    松山の人、俳詩「ホトトギス」を発刊、俳句革新の大先達となった。
     この句は、日清の役に、日本新聞の従軍記者として尾道を通過したときの
    作で西国寺の三重塔と天寧寺の海重塔を眺めたものであろう。


林芙美子


                                          林芙美子
  海が見えた、海が見える、五年振りに見る尾道の海はなつかし
  い 汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が
  提灯のように 拡がって来る 赤い千光寺の塔が見える。
  山は爽やかな若葉だ 緑色の海向うのドックの赤い船が、帆柱を
  空に突きさしている。私は涙があふれていた。(放浪記より)

    下関の人、大正5年尾道に移り住んで尾道第二尋常小学校(現土堂小学
    校)尾道高等女学院(現東高等学校)を卒業後、上京して、苦をしのいで精
    進し、昭和4年に出世作「放浪記」を出し、新進作家として大成した、この碑
    の筆者小林正雄氏は小学校当時の恩師である。




志賀直哉

                         志賀直哉
       六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく ごーんとなるとすぐゴーンと
       反響が一つ 又一つ、又一つ、それが遠くから帰ってくる
       其頃から昼間は向島の山と山との間に一寸頭を見せている百貫島の
       灯台が光り出す それがピカりと光って又消える造船所の銅を溶かした
       ような火が水に写りだす。         (暗夜行路より)

        宮城県の人、大正元年の秋から同2年の中頃まで、千光寺山の中腹に居を構えて
        いた。同10年から大作「暗夜行路」を発表、昭和12年に至って完成した、その寓居は
        現存している、この碑は、小林和作画伯が特に筆をとられたものである。






9月17日:19248歩