尾道市内ウォーキング
「みはらし亭」のそばで中村憲吉旧宅を見つけました。

中村憲吉はアララギ派のリーダーとして現代日本歌人の第一人者として
短歌界に重きをなしました。
昭和8年12月25日、おだやかな尾道の千光寺山中腹に転地療養し、昭
和9年5月5日に46才で惜しまれながら世を去りました。


中村憲吉旧宅:尾道市東土堂町15-10                   2019,08,11   01:08 PM









             中村憲吉略歴
明治22年 1月25日、広島県三郡布の村上村上布の(現三次市布野町)に生まれる
明治34年 広島県立三次中学校に入学
明治39年 同校を卒業、第七高等学校造士館(鹿児島県)
明治40年 学友の堀内卓造のすすめで短歌をはじめる
明治42年 上京し、伊藤左千夫を訪問、「アララギ」にはいる
明治43年 第七高等学校造士館を卒業、東京帝国大学(現東京大学)に入学
大正2年  柿の村人(島木赤彦)との合著「馬鈴薯の花」を刊行
大正5年   東京から帰郷した、家業に従事、第二歌集「林泉集を刊行
大正10年 大阪毎日新聞社経済部記者となる
大正13年 第3集「しがらみ」を刊行
大正14年 自選歌集「松の芽」を刊行
大正15年 家督相続を期に大阪毎日新聞社を退社、大阪から帰郷して家業に従事
昭和5年  現代短歌全集「中村憲吉全集・土屋文明全集」を刊行
        斉藤茂吉、平福百穂と山陽を旅行する
昭和6年    第四歌集「軽雷集」を刊行
昭和7年  2月~10月、五日市町へ転地転地療養
昭和8年  1月~7月、再び五日市町へ転地療養、12月25日、尾道市へ転地療養
昭和9年     5月5日、尾道市にて死去、10月、遺歌集「軽雷集以後」が刊行される。