関ケ原町内ウォーキング
関ヶ原の合戦古戦場めぐりで小西行長陣跡の次に「石田三成陣跡」を見
つけました。


石田三成陣跡:関ケ原町大字関ケ原4008     後の山が笹尾山        

2019,08,25  05:00 PM





              石田三成陣跡
笹尾山は北国街道を押さえる位置にあり、高所で盆地を一望でき
、防御に適している。
石田三成隊約6千は、西軍諸隊とともに前日の午前1時頃ここへ布
陣した、午前8時頃に戦いの火蓋が切られると、黒田長政や細川忠
興ら兵力で勝る東軍諸隊が猛攻を仕掛けるが、島左近(清興)を中
心に石田隊は獅子奮迅の働きを見せ、東軍を幾度も押し返す。しか
し左近が黒田隊の射撃で負傷し戦線から脱落すると、石田隊も徐々
に押し込まれる。
西軍は善戦していたが戦っていたのは一部の部隊だけだった。
島津義弘は三成の度重なる参戦要請を拒否、午前11時頃、三成は
ここから総攻撃の烽火を上げたが、松尾山の小早川秀秋、南宮山の
毛利秀元らは動こうとしない。
その最中、正午頃に秀秋が東軍に寝返り均衡は崩れる。
大谷吉継隊が壊滅すると、西軍諸隊は徐々に崩れ敗走。
勢いに乗って押し寄せる東軍諸隊を相手に、石田隊は決死の覚悟で
踏み止まり奮闘したが、午後2時頃にはついに壊滅 三成は再起を期
して、背後の伊吹山方面へ逃れていった。