長浜市内ウォーキング
長浜市内ウォーキンクで豊公園を散策後、駅に向かって歩いている時、
「伊右衛門屋敷と山内一豊」のモニュメントを見つけました。
伊右衛門は山内一豊の通称で、その屋敷があった場所でした。
山内一豊は秀吉に次ぐ出世頭で、信長・秀吉・家康らに仕えて最後は
土佐藩初代藩主までなった人物。この屋敷跡が出世の登竜門だった
ようです。
 
山内一豊屋敷跡:長浜市公園町                                                 2019,09,01  08:45 AM





             伊右衛門屋敷と山内一豊
明治6年(1873)の「長浜町地籍図」によると、当地の周辺は、字名を
「伊右衛門屋敷」と読んでいました。また、延宝3年(1675)9月15日
付け「長浜古城址御検地帳」でも、「伊右衛門屋敷」という地名が載り
、この字名は江戸初期からある地名であることが分かります・
「伊右衛門」は、豊臣秀吉の家臣であった山内一豊(1545~1605)の
通称なので、ここは秀吉が長浜城主だった時代に、その屋敷があった
場所と伝えられてきました。
山内一豊は、その妻・千代の「内助の功」により名馬を購入し、土佐国
高知城主二十万石の大名に出世したことで有名です。
彼は、天正13年(1585)から5年間長浜城主もつとめています。
このモニュメントは一豊とその妻・千代が仲睦まじく「夫婦円満」に「立身出
世」していった事に因み一豊と千代の夫婦像をイメージし建立しておりま
す。


10月21日:18587歩