11月3日の奈良県五條市内ウォーキングで最初に見つけた史跡が「天誅組
本陣跡」です。

天誅組とは、幕末に勤王の志士達で構成された尊皇攘夷派の武装集団
のことで天誅組がこの地で一時的に新政府を作った事から明治維新の魁
と言われています。

天誅組の変とは:
1863年(文久3年)尊王攘夷を実行にうつそうとした公家の中山忠光
が起こしました。大和[やまと](奈良県)で代官所を襲うなどしましたが失
敗に終わり、中山は長州藩へ逃れました。
代官所を襲撃して鈴木源内ら役人を殺害、代官所轄の約8万石の領
地を朝廷直轄地と定めて、「五條御政府」という新しい政治機関を
おいた。幕府の出先機関を葬り、いわば新政府を築いたことが、の
ちに天誅組が「明治維新の魁」と評される由縁になっています。


天誅組本陣跡:奈良県五條市須恵1丁目3-26          2019,11,03  00:53 PM    







             天誅組本陣跡
桜井寺は、幕末期に五條で有数の規模を誇った寺だった。
天誅組は代官所を焼き払った8月18日から「8月18日の政変」
を受け急いで天辻へ本陣を移す20日(いずれも旧暦)までの間、
この寺に「御政府」の看板を掲げ本陣とした、寺には代官の首
を洗ったとされる水盤が残されている。

天辻(てんつじ):五條市にある集落

天誅組の碑(錦織神社境内)
天誅組上陸記念碑(堺市竪川左岸)

11月14日:16039歩