2月1日松坂市内ウォーキング
松坂城跡は松坂市役所の近くにありました。

松坂城跡:松阪市殿町1539                                                               2021/02/01  00:39 PM





            国史跡 松坂城跡
                           指定 生成23年2月7日
                           面積 47337.30平方メートル
松坂城は、蒲生氏郷が天正16年(1588年)この四五百森(よいほのもり)に
築城した平山城である。
 蒲生氏郷が陸奥黒川(現在の福島県 会津若松 市)へ移封後、天正19年(
1591年)に服部一忠、文禄4年(1595年)に古田重勝と城主が変わり、元
和5年(1619年)に徳川頼宣が和歌山藩主となると同時に和歌山藩領となり
、以降明治になるまで勢州領(松坂・田丸・白子等)18万石を統轄する城代
置かれてきた。
城は北を大手、南を搦手とし、本丸・二の丸・三の丸・隠居丸・きたい丸からな
り、本丸・二の丸等には高い石垣を築き、外郭に土塁や堀をめぐらせていた。
3層の天守と金ノ間・月見・太鼓等の櫓(やぐら)がそびえ立っていたが、正保
元年(1644年)の台風で天守は倒壊したと伝えられている。また、二の丸に
は寛政6年(1794年)に着工された御殿(別名徳川陣屋)があった。
明治14年(1881年)松坂公園となり、現在に至っている。

搦手(からめて): 城やとりでの裏門。陣地などの後ろ側
城代(じょうだい):中世から近世の日本で大名から城郭及び周辺の
           領土の守備を任された家臣をいう。城主の留守中
           に代理として城を管理した者。