ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

尼崎市(兵庫県)

東園田東 白井神社(尼崎市)

7月1日、東園田東 白井神社を参拝して、尼崎市全66社の神社を参拝する
事が出来ました。
 全66社の内訳は下記です。
    2013,11,22  2社    2016,06,17    9社
    2015,01,11  2社    2016,06.19  11社
    2016,03,10  1社          2016,06,29      4社
    2016,05,26  4社      2016,07,01   20社
    2016,06,04  13社 
  2016,5,26 までは他の目的で尼崎市内をウォーキングしている時に偶然見つけ
 て参拝したもので、2016,5,26からは全66社の内、残りの神社の住所を調べ
 て参拝したのです。

同じ東園田町に白井神社が2社あります、4丁目の白井神社は2016年5月26日
に参拝しています。   白井神社(尼崎市東園田)
境内に由緒書き等の説明板はありませんでした。

東園田東 白井神社:尼崎市東園田町5-73

7月1日の尼崎市神社めぐり20社目、全66社の神社を参拝を完結しました。

2016,07,01 PM 05:02 撮影


尼崎市立園田東中学校の前(西側)にあります。


7月16日:20153歩

春日神社(尼崎市田能)

7月1日は尼崎市の神社めぐりで20社参拝しました、19社目に参拝した
のが田能春日神社です。

市バス「田能口」下車、北へ歩いて、藻川の手前。明治三十九年に、当村
の素盞嗚神社(旧村社)とを、合祀して出来たお宮である。昭和三十五年
には、同村の奥津彦神社をも合わせ祀るようになった。
 末社に恵比須社・愛宕社がある。ホームページより

春日神社:尼崎市田能5丁目7-1

7月1日、尼崎市の神社めぐり19社目(残り1社)

2016,07,01 PM 04:12 撮影


境内末社 恵比寿神社

塚口神社(尼崎市)

7月1日は尼崎市の神社めぐりで20社参拝して、全66社あった神社を全て
終わりましたが、塚口神社を紹介して、残りは2社となりました。

塚口神社:尼崎市塚口本町2丁目11-28

7月1日、尼崎市の神社めぐり18社目(残り2社)

2016,07,01 PM 03:03 撮影

             塚口神社
 御祭神 恵比寿大神 須佐男大神 櫛名田姫大神
当神社は創立年代は詳らかではありませんが天正年間(約1250年前
)行基菩薩がこの地方ご巡鍚の契りこの地の守護神としてお祀りになっ
たのが創めだと伝えられております摂陽群談に牛頭天王社川辺郡塚口
村にあり洛陽祇園社に同じとあります、五社神社前の狛犬は寛政二年
九月(約200年前)本社前の石灯籠は天保七年丙申二月(約150年前)
と記されています。


摂陽群談(せつようぐんだん):江戸時代に編集された摂津国の地誌

地誌
(ちし)とは、地理上の特定地域を様々な諸要素(自然・地形・気候
  ・人口・交通・産業・歴史・文化など)を加味してその地域性を論じた
   書籍。郷土誌。

古墳の上にある「南清水須佐男神社」

7月1日の尼崎市神社めぐりで17社目に参拝したのは南清水須佐男
神社です。
説明板によると、この神社は古墳の後円部の上にあります。

由緒
御祭神;須佐男命
創祀は、詳かでないが、現在の社殿は、2~300年前、江戸時代に創建され
たものと思われる。
豊かな鎮守の森に囲まれ、境内地は、南清水古墳の後円部にあたる。この
古墳は古墳時代中期の前方後円墳で、全長40メートル、後円部が異常に大
きい帆立貝式古墳という珍しい墳形である。
古墳の上に神社が建てられる例は、尼崎の他のお宮にもみられるが、ここも
その一例。 「スサノオ社」のひとつ。
末社に、稲荷社がある。 尼崎市神社案内ホームページより

南清水 須佐男神社:兵庫県尼崎市南清水16-12

7月1日、尼崎市の神社めぐり17社目(残り3社)

2016,07,01  PM 02:36 撮影



南清水古墳
この古墳は、古墳時代中期の前方後円墳で、東西に主軸をおいています。
現在は後円部に須佐男神社が祭られています。原型を失っていますが古墳
規模は、全長約40mで、後円部が異常に大きい、いわゆる帆立貝式古墳で
す。この墳形は珍しいもので、周辺部の古墳では伊丹市の御願塚古墳がこ
の帆立貝式古墳の典型として知られています。また、北方200mには大塚山
天狗塚)古墳(大塚山公園内)南西600mには、池田山古墳(消滅)、南1km
には、御園古墳などの前方後円墳があり、先の御願塚古墳と共に猪名野古
墳群を形成しています。        尼崎市教育委員会


7月15日:24467歩

上食満稲荷神社(尼崎市)

7月1日の尼崎市神社めぐりは一日で20社を参拝することが出来ました、
、16社目に参拝したのは上食満稲荷神社です。

神社ホムページより
真新しい感じの鳥居は、阪神大震災の後修復された物だからです。このお社
が受けた被害は甚大でしたが、氏子の方々のお力で復興されました。
鳥居をくぐって右手に石柱があります。伊勢の神宮を遠くからではありますが
参拝する為の「遙拝所」と記されています。この石柱に正対すると、ちょうどお
伊勢さんに向かうことになるわけです。皇紀2600年を記念して、昭和15年
に設けられた物です。
味わい深い木造の拝殿、ご本殿、その前には何組もの献灯籠。往時より大切
にされてきたお社であることが偲ばれます。食満という地名からも稲作に適し
た地域であることがわかりますが、その氏神としてお稲荷さんが祭られている
わけです。神様のお供えの事を「御食(みけ)」と言いますが、御食が満たされ
る、そんなところから食満というのでしょうか。
  お祭りには子供だんじりが巡行し、また「食満かぐら」という獅子舞がよく知
られています。どうぞご拝観いただきたく存じます。

上食満(かみけま)稲荷神社:尼崎市食満3丁目16-2

7月1日、尼崎市の神社めぐり16社目(残り4社)


2016.07.01 PM 01:57 撮影 社務所の住居表示

中食満稲荷神社(尼崎市)

7月1日の尼崎市神社めぐり、15社目に参拝したのは中食満稲荷神社
です。

阪神大震災で甚大な被害を受けた当社ですが、氏子崇敬者の方々により復興
されました。社殿、鳥居にかかるしめ縄はたいへん立派ですが、これは氏子の
方々の手作りです。お祭りには子供だんじりが巡行します。   食満という地名か
らも稲作に適した地域であることがわかりますが、その氏神としてお稲荷さんが
祭られています。神様のお供えの事を「御食(みけ)」と言いますが、御食が満た
される、そんなところから食満というのでしょうか。   神社の杜は尼崎市指定保
護樹林で、社殿の後ろのひときわ立派な木には特別にしめ縄を廻らせています
。その足下の丸い石は、皇紀2600年の記念です。(ホームページより)

中食満(なかけま)稲荷神社:尼崎市食満5丁目14-21

7月1日、尼崎市の神社めぐり15社目(残り5社)

2016.07.01 PM 01:37 撮影





7月14日:15681歩

下食満稲荷神社(尼崎市)

7月1日の尼崎市神社めぐり、14社目に参拝したのは下食満稲荷神社
です。尼崎市食満地区には上、中、下と3社の稲荷神社があります。

下食満神社の由緒(ホームページより)
昭和50年に現在の社殿と社務所が竣工されました。阪神大震災で甚
大な被害を受けた当社ですが、氏子崇敬者の方々により復興されまし
た。社殿、鳥居にかかるしめ縄はたいへん立派ですが、これは氏子の
方々の手作りです。
お祭りには子供だんじりが巡行します。また、9月1日には「湯上神事」
といって、巫女が煮立った釜の湯を笹で掬って飛び散らせる所作を行
うのですが、その湯に当たると無病息災で過ごせるというので、子供だ
んじり拝見を目当ての方々とともに、お参りが詰めかけます。
食満という地名からも稲作に適した地域であることがわかりますが、そ
の氏神としてお稲荷さんが祭られています。神様のお供えの事を「御食
(みけ)」と言いますが、御食が満たされる、そんなところから食満という
のでしょうか。 神社のムクノキは尼崎市指定保護樹木となっています。

下食満稲荷(しもけまいなり)神社:尼崎市食満7丁目18-18

7月1日、尼崎市の神社めぐり14社目(残り6社)

2016.07.01  PM 01:25 撮影

御園 素戔嗚神社(尼崎市)

7月1日の尼崎市神社めぐり、13社目に参拝したのは御園素戔嗚神社
です。

由緒(ホームページより)

素盞嗚神社の社号標をみて注連柱をくぐると、尼崎市指定保護樹林で
もある杜のもと、堅牢な御本殿を真ん中に、東側に末社榎大明神の号
のお稲荷さん、西側に碑と、社務所がみえます。御本殿は昭和48年、
氏子の人々のご協力により竣工されたもので、最近化粧直しをしました
(平成21年6月現在)。 御園という地名からも、この地域が稔りに恵ま
れてきたことがうかがえますが、当素盞嗚神社も、五穀豊穣、無病息災
を願う農家の方々の信心の拠り所だったようです。
毎月1日15日に月例祭が行われます。また、9月17日には「湯上神事
」といって、巫女が煮立った釜の湯を笹で掬って飛び散らせる所作を行
うのですが、その湯に当たると無病息災で過ごせるというので、子供だ
んじり拝見を目当ての方々とともに、お参りが詰めかけます。
また、当社は西面しての御造営なのですが、その謂われなど興味深く感
じております。

御園 素戔嗚神社:尼崎市御園(みその)2丁目14-1

7月1日、尼崎市の神社めぐり13社目(残り7社)

2016,07,01 PM 00:51 撮影


7月13日:19646歩

河辺郡の範囲 「伊佐具神社」(尼崎市)

7月1日の尼崎市神社めぐり、12社めに参拝した伊佐具神社は、尼崎市内
唯一の式内社で由緒書きの説明板には、地名「坂部」や「神崎」の由来が
記載されていました。

伊佐具(いさぐ)神社(尼崎市上坂部)

7月1日、尼崎市の神社めぐり12社目(残り8社)

2016,07,01 PM 00:23 撮影


伊佐具神社
「延喜式」(10世紀初めに編さんされた法令集)のなかで
神名帳にしるされた摂津国河辺郡七座の第一の神社で
す、当社は市内で唯一の式内社の格式をもち、祭神は、
伊狭城入彦皇子と言われています、上坂部、下坂部は
大彦命の子孫である坂合部連が住んでいた土地ともい
われ、久々知の地名も命の子孫久々智氏から名付けら
れたとようです。
当社は朝廷より神酒を賜る例になっていたといわれ、ま
た、神酒を上坂部で醸造したため、酒部といったともい
われています、さらに一説では、神崎の地名が当神社の
前という意味の神前から起こったと伝えられています。
またこの地域一帯は、元弘の変(1333年)の時、後醍醐
天皇のため奮戦した赤松円心ゆかりのところで、境内に
は円心の墓と伝えられてきた五輪塔も残されています。
尼崎市教育委員会

河辺郡の範囲
  • 川西市の全域
  • 伊丹市の大部分(旧武庫郡時友村、西昆陽村だった部分を除く)
  • 尼崎市の大部分
  • 宝塚市の大部分(武庫川以北)
  • 三田市の一部(末吉・布木・川原・十倉・田中・酒井・鈴鹿・下里・木器・
      上槻瀬・下槻瀬・市ノ瀬・波豆川)
  • 大阪府豊能郡豊能町の一部(旧横地村だった部分)
  • 久々知 須佐男神社(尼崎市)

    7月1日の尼崎市神社めぐり、11社めに参拝したのは、近松公園と地続き
    の久々知須佐男神社です。

    久々知 須佐男神社:尼崎市久々知1丁目3-28

    7月1日、尼崎市の神社めぐり11社目(残り9社)
     
    2016,07,01  PM 00:12 撮影

                  久々知須佐男神社
    当社は、妙見、牛頭天皇を主神とする神仏習合の社でした、明治初年
    の神仏分離政策により、妙見神のみ転出し、須佐男神社と改称しました、
    同社は平安時代の天徳元年(957)、摂津一帯に勢力を持っていた源氏
    の棟領、多田満仲の勧請により建立されたと伝えられています。
    妙見とは、北斗妙見菩薩を指し、北辰星(北極星)を中心に北斗七星を
    神格として祭ったものです、これは大阪府下の能勢妙見宮を川西に本
    拠する多田満仲が特に崇敬したため、その配下武将も同じ妙見信仰を
    持つようになったと考えられています。当社の境内にある満仲ゆかりの
    「矢文石」も強肩の人物であった満仲の錆矢伝説と結びついたものです。
    江戸時代に刊行された「摂津名所図会」にも描かれている風影は現在も
    地元の人々によって大切に保たれているところです。
                   尼崎市教育委員会
                   久々知須佐男神社
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