ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

木津川市(京都府)

個人住居内の「白髪須稲荷神社」(木津川市)

8月28日の木津川市神社めぐりで最後(4社目)に参拝したのは白髪須稲荷
神社です、この神社は京都府神社庁の神社一覧には載っていませんでした
がグーグルの地図に載っていたので最初から参拝の予定に入っていました。
場所はJR木津駅の東側でしたが、グーグルの地図の場所には見つからず、近
くの住宅で、丁度家のまえにおられた方に「この近くに白髪須稲荷神社はあり
ますか?」と聞くと親切に「少し待って下さい」と言われて家の中に入り自治会
発行の地図を見せて下さり神社の位置を教えて下さいました。
その方も一度行ったことがあるらしく、「この神社は個人の家の中にあるので中
に入れません」と説明してくださいました。
地図の場所に着くと確かに個人の住宅の中にあり、広い庭があり門はありませ
んが誰も外に出ていなく、無断で入るのは住居侵入罪になるので外から参拝し
ました。

「白髪須稲荷神社」:木津川市JR木津駅近く 



2016,08,28  15:34 撮影

JR木津駅から写す

グーグルの地図にはっきり載っています。

八王子神社(木津川市鹿背山)

鹿背山城跡へ行く手前に右に道が分かれており、そちらの山道を約20分
歩くと八王子神社に着きます。
京都府神社庁の登録名は「八王子神社」ですが、現地の社号標や鳥居
の額の神社名は八王子恵比須神社となっていました。
(8月28日、木津川市の神社めぐりで4社参拝した内の3社目)

八王子神社(八王子恵比須神社):木津川市鹿背山宮ノ谷

2016,08,28  13:31 撮影

本殿前の幕には右に「八王子神社」、左に「恵比須神社」と記載

神社手前の案内板は「八王子恵比須神社」

鹿背山城跡(木津川市)

木津川市の神社めぐりウォーキングで8月28日、3社目に参拝した、八王子神社
に向かう途中で「鹿背山城跡」の石碑を見つけました。
石碑のある所から徒歩10分ほど山に登ると「鹿背山城跡」の木製の記念碑が
建っていました。

鹿背山(かせやま)城跡:京都府木津川市鹿背山字鹿曲田



途中はこのような竹藪を通過して登ります。

城跡から木津川方面を見る。

城跡の登り口には西念寺というお寺があり、寺の前には説明板があります。





9月5日:20058歩

西宮神社(木津川市相楽西ノ宮)

8月28日木津川市神社めぐりウォーキングで2社目に参拝したのは西宮神社
です。
現地に駒札等、由来を書いた説明板は無く、またネットで調べてもわかり
ませんでした。
場所は、木津川市女性センターの近くに鎮座しています。

西宮(にしのみや)神社:木津川市相楽(さがなか)西ノ宮1

2016,08,28  11:30  撮影

社号標は「西ノ宮神社」となっています。(神社庁登録名は西宮神社)





9月4日:15249歩

歴史と伝統の門(木津中学)

木津川市内をウォーキングしている時、木津中学校の前で石柱が二本立って
いるのを見つけ、何かいわれがあるのではないかと思い近づいてみると、
木津中学校の昭和22年開校当時の門でした、卒業生は一万人以上にの
ぼり、全国で活躍しています。

歴史と伝統の門(木津中学校) :木津川市相楽高下4番地8

2016,08,28 10:57 撮影


開校当時の木津中学校



この石柱は木津川市立木津中学校の開校当時からの校門の一部で平成26年
の校舎の改築に際し「歴史と伝統の門」として、ここの設置しました。
木津川市立木津中学校は、戦後の社会的な混乱、経済的な国柄がまだ残る中
、新制中学校として昭和22年に木津小学校の南校舎(木津町内垣外、現在の
木津小学校の場所)を借用して開校し、昭和23年に当時の綾部製糸工場跡地
(木津町南垣外、現在の市役所庁舎の場所)に地域の様々な方々の善意や関
係機関の熱意により独立した校舎が完成しました。その後昭和27年に木津町と
相楽村との合併を機に相楽高下4番地5に校舎が建てられました。
開校以来、卒業生は1万人以上にのぼり、木津川市市内のみならず京都府や全
国で活躍されています。
この「歴史と伝統の門」から続く木津中学校のさらなる飛躍を祈念します。
平成26年4月(2014年)

現在の木津中学校


9月3日:21059歩

木津惣墓五輪塔(木津川市木津清水)

JR木津駅から田中神社へ向かって歩いて行く途中10分程の住宅地の中
で大きな五輪塔を見つけました。
説明板によると「木津惣墓五輪塔」で木津川市の重要文化財に指定され
ています。

木津惣墓五輪塔:木津川市木津清水

惣墓の読み方:「そうぼ」または「そうばか」



重要文化財 木津惣墓五輪塔 木津川市木津清水
木津惣墓五輪塔は、花崗岩でできた高さ3.6メートルの典型的な鎌倉時代の
五輪塔です。
惣墓とは、一般庶民の間に個人墓が普及する以前の葬礼の一形態で、い
わゆる共同墓地を意味しています。 現在は、五輪塔を残して他の地蔵や
石碑は木津川市木津片山の東山共同墓地に移されています。
五輪塔は、上から空輪・風輪・火輪・水輪・地輪から成り立っています。
木津惣墓五輪塔の空輪は、他の部分とバランスがとれていないので後に補
われたものと思われます。 また、水輪には阿弥陀を現す「キリータ」と呼ばれ
る梵字が刻まれ、地輪の東・北・南面には左記の刻名があります。

東面 同七月十五日阿弥陀経 一方道元明真言 和泉木津僧泉等
    廿二人同心合力  正応五年壬辰八月日
北面 木津郷ロロロ廿坪内自 未申角本所一段目 藤ロロ木以光明真言
    永仁四年八月十九日
南面 永禄五年壬戊  妙林 道心禅門 妙心道心 

東面の正応五年は西暦1292年、北面の永仁四年は西暦1296年、南面の
永禄五年は西暦1562年にあたります。
木津惣墓五輪塔の建立要因は、銘文にも記されておらず不明ですが、伝承
によれば、木津川の氾濫で死亡した人々の供養のために建立されたとして
います。 なおこの五輪塔は、昭和32年2月19日に重要文化財に指定されま
した。     昭和60年3月 木津川市教育委員会


9月2日:25909歩

田中神社(木津川市木津田中前)

8月28日木津川市神社めぐりウォーキングで最初に参拝した田中神社は
木津3社の1つです。

木津三社。
①岡田国神社(木津大谷):2014,07,04  参拝
②田中神社(木津田中前):2016,08,28 参拝
③御霊神社(木津宮ノ裏) :2014,07,04 参拝

田中神社:木津川市木津田中前34

2016,08,28  10:31  撮影

御本殿

田中神社の森


9月1日:23515歩

若宮神社(木津川市吐師医王寺)

8月14日、木津川市神社めぐりウォーキングで最後6社目に参拝したのが
若宮神社です。
白山神社から、徒歩2~3分の所に鎮座しています。

若宮神社:木津川市吐師医王寺(はぜいおじ)48

2016,08,14  17:10  撮影






京都府神社庁の登録名は「若宮社」となっていますが、現地の額は「若宮神社」
となっていました。


8月30日:20603歩

白山神社(木津川市相楽大徳)

8月14日の木津川市神社めぐりウォーキングで6社参拝しましたが、
5社目に参拝した白山神社は、京都府木津川市の神社リストに
は載っていませんが、グーグルの地図で見つけた神社です、した
がって正確な住所は分かりませんでしたが、後でわかりました。
読み方も「しろやま」か「はくさん」か、分りません。


木津川市には京都府神社庁に登録の白山神社が3社ありますが
下記3社とは別に見つけて参拝しました。
 ①木津川市岩舟上ノ門94
 ②木津川市大畑榴谷64
 ③木津川市市坂幣羅坂100

8月14日に参拝した白山神社はスーパー「平和堂アル・プラザ木津」 の近くで
上記の住所ではなく、京都府神社庁に登録されていない神社と思われま
す。

白山神社:正確な住所不明 木津川市 スーパー「平和堂木津アル・プラザ」そば
 (グーグル地図の白山神社をクリックすると住所が出ました、木津川市相楽大徳)           

2016,08,14 16:54  撮影

神社名「白山神社」の入った石灯籠

石灯籠の日付は今年の日付(平成28年6月)です。

グーグルの地図に載っている「平和堂アル・プラザ木津」そばの白山神社

白山神社境内から見えた「平和堂 アル・プラサ木津゙」


8月29日:18227歩

「大仏鉄道」とは(木津川市)

JR加茂駅前で「木津川市誕生記念碑」を見つけてブログで紹介しましたが、
そのそばで、もう一つの説明板「大仏鉄道ってなに?」を見つけたので紹介し
ます。

今はJR線になっていますが、1897年(明治30年)に名古屋~加茂間を開通さ
せた関西鉄道株式会社は、名古屋方面から奈良への観光客の誘致を図るた
め、引き続き加茂~奈良間に木津を経由しない新線の建設を始めました。
翌明治31年には加茂~大仏間8.8キロメートルが、明治32年には大仏~奈良
 間1.1キロメートルが開業し、ここに加茂~大仏~奈良間全長9.9キロメートル
 の大仏鉄道が完成をみたわけです。
しかし、大仏鉄道はそのルートを最短距離となる奈良山丘陵に設定していたた
め、勾配がきつくイギリス製の新鋭機関車でも途中で留まることもあり、乗客が
おりて押したことがあったそうです。
明治40年8月21日に加茂~木津~奈良間に平坦な現在のJR関西本線のルー
トが開通したため、大仏鉄道は廃止され、11月には駅舎とレールの撤去が開始
されました。大仏鉄道は、開業からわずか9年余りでその姿を消したこととなった
のです。

この説明板はJR加茂駅前


城山台公園(大仏鉄道公園)




この説明板は城山台公園(大仏鉄道公園)


この路線図をみて、放出から網島まで線路があったのに新しい発見がありました。




8月28日:42375歩

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