ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

大阪市(福島区)

天神社(大阪市福島区玉川)

以前、大阪市福島区の神社めぐりをして、すべて参拝したつもりが、一社
(天神社)が抜けているのに気が付き、10月6日、「なにわの企業が集め
た絵画の物語」の展覧会(福島区堂島)を見に行った時に参拝してきまし
た。
調べたら天神社は福島三天神の一社で「下の天神」と呼ばれています。

福島三天神
 ・上の天神:福島天満宮 福島区福島2丁目8-1
 ・中の天神:第二次世界大戦の空襲で消失したため、神の天神に合祀。
 ・下の天神:天神社 福島区玉川1丁目4-5



天神社:大阪市福島区玉川1丁目4-5

2018,10,06  02:26 PM







10月27日:30415歩

「なにわの企業が集めた絵画の物語」展

新聞に載っていた「なにわの企業が集めた絵画の物語」の展覧会が堂島
で開催されているので、それを観るのが第一の目的で10月6日は大阪市
内のウォーキングをしました。
大阪・関西の企業が所有する普段非公開の絵画を一堂に集めた展覧会が
10月4日から18日まで開催されているのです。
ロートレック、黒田清輝など国内外のすぐれた絵画、24点が展示されていました。
このような展覧会は撮影禁止が多いのですが、禁止ではありませんでした。


開催場所:堂島リバーホ-ラム 4F 大阪市福島区堂島1-1-17



2018,10,06  03:11 PM


アルバール・マルケ「パリ市役所」  コクヨ株式会社 所有


山口華陽「虎児」  丸一鋼管株式会社 所有

上のトラの絵には、エピソードがあります、丸一鋼管の社長であった吉村タキノ氏が
黒田華陽の虎の絵を購入して自宅にかけていましたが、火事を免れたため、
強運の象徴として会社に寄贈されたものです。




10月12日:26398歩

野田城跡(大阪市福島区)

7月1日はサンケイトラベルの日帰りツアーに参加しました。
集合時間が8時20分、場所がJR大阪駅近くだったので、家を早く出て集合時間
までにその近辺の史跡を探索しようと調べたら「野田城跡」がありました。
現在は城跡を示す遺構は何も残っていませんが、「野田城跡」石碑が2か所あり
ます。

野田城跡 石碑1:大阪市福島区玉川
               地下鉄玉川 2号出口を出てすぐ。玉川4丁目11番地交差点付近
        (旧地名 城ノ内)
 
2017,07,01 06;47 AM 撮影

 戦国時代、畿内一円に勢威をふるった三好一党がこの地に築いたが、後に改築され
、石山本願寺ついで織田信長方の重要拠点となった。字「城之内」と呼ばれたこの辺
りがその中心である     平成二年三月  大阪市建立





野田城跡 石碑2:大阪市福島区玉川

            地下鉄玉川駅 2号出口を出て細い道を南東へ徒歩1分。
       玉川4丁目3番地  極楽寺の門前(旧地名 奥ノ町)

2015,04,25  09:39 撮影(2年前 野田藤めぐりの時)

大阪城がまだ本願寺であった室町時代に野田城(玉川四丁目交差点(旧名城の内)
より東は恵比寿神社の東側(旧名弓の町)迄が城域で、その中心地が当地(旧名奥
の町))を訪れた本願寺第十世証如上人が六角定頼に包囲されたときに、蓮如上人
の教化を受けていた野田福島の念仏者が証如上人を守護せんとして、二十一人が
殉教された(天文二年八月九日)これらの討死衆の菩提寺として建立されたのが当
寺極楽寺で、その後、本願寺南御堂の掛所となり、野田御坊と名付けられ、今日に
至っている。  




2017,07,07:19487歩




豊光神社(福島区野田)

大阪中央卸売市場を過ぎて安治川トンネルの手前で大阪ダイヤビルの敷地内に
豊光神社という、神社がありました。
以前に福島区の神社めぐりをしたとき、大阪府神社庁の神社一覧表には載
っていない神社で、現地に神社の由緒などを書いたものはなく、後で調べて
も由来は分かりませんでしたが、グ-グルの地図には載っていました。
したがって、読み方も「とよみつ」と読むのか又は「ほうこう」と読むのかも分か
らず、家の敷地や背後の山裾などに祀り、災除けや家内安全などを祈るとさ
れる屋敷神(やしきがみ)かもしれません。

豊光神社:大阪市福島区野田6丁目5-20

2017,03,22  08:11 AM







3月28日:23770歩

富島渡船場跡(大阪市福島区)

JR京橋駅から西九条の「大阪市電創業の地」を目指して歩いているとき
大阪中央卸売市場付近で「富島渡船場跡」の記念碑を見つけました。

富島(とみじま)渡船場跡:大阪市福島区野田一丁目

2017,03,22  08:11 AM


富島渡船場跡の記念碑がある場所


この渡しの歴史は比較的新しい。明治18年の淀川大洪水のとき、約500
メートル上流に架かっていた二代目の安治川橋が、上流から流れてきた
流木、さらに流失した上船津橋をせき止める形となり、周辺住民に被害を
及ぼす危険な状態になったため工兵隊によって爆破された。以来、この
付近に橋が架けられることはなく、個人営業で始められたこの渡しが唯一
の交通手段となった。その後明治40年に大阪市営となり、昭和6年11月
に中央卸売市場が開設されてからは、仕入れに通う商人の専用渡しの感
があったという。やがて、自動車の普及に伴い利用者が減少し、昭和57年
にその歴史を閉じた。               大阪市ホームページより


3月27日:25829歩

路面電車の敷石(阪神電鉄本社前)

12月9日、西淀川区の神社めぐりをして、JR大阪駅に戻る途中で
福島区野田の阪神電鉄本社前で、昭和50年まで使われていた、
阪神路面電車の敷石が記念に残されていました。
阪神電気鉄道100周年を記念して2005(平成17)年に設置された
ものです。


路面電車の敷石(阪神電鉄本社前):大阪市福島区海老江1-1-24

2015,12,09 撮影




12月18日:32636歩

福島聖天(大阪市福島区鷺洲)

4月25日、野田藤めぐりで最後に見つけた、福島聖天は正式名は
「如意山 了徳院」ですが、通称「浦江聖天」や「福島聖天」と呼ばれ
ています。
入口に鳥居があり、神社と思っていましたが、寺院でした。
昔は海に近く、浦江の地名であったので、浦江聖天とよばれていま
した。
本尊の十一面観音菩薩は漁師の網にかかったものと伝わっていま
す。

福島聖天:大阪市福島区鷺洲(さぎす)2丁目14-1






5月4日:20337歩

八坂神社(福島区海老江)

大阪市福島区海老江(えびえ)にある八坂神社は4月25日、野田藤めぐり
ウォーキングの時に見つけました。

八坂神社:福島区海老江6丁目4-2  通称、海老江の宮・又は海老江八坂神社

2015,04,25 撮影




由緒 当神社の創建に関しては、境内に天治・大治と読み得る石灯籠
    がある、又村の旧記に永徳三年霜月社殿再建と書かれている。
    足利三代将軍義満の頃で再建とあるから、これより更に事前に
    祀られていた事は申すまでもない、元亀元年織田信長が石山本
    願寺攻めで野田城の三好党を討たんとした時、先陣の将荒木村
    重をして戦勝を祈り陣馬陣刀を献じたといい、細川家の記録に
    海老江堤の田の中に陣したと記されている。
    文禄三年延宝五年の検地帳に境内除地として免税された記録が
    ある、又慶応九年氏子の先覚 道意翁が尼崎新田(道意新田)を
    開発その氏神として当社の御分霊を奉遷して祀った(現道意神社
    )と伝えられている。

2015,07,19追記:大阪市福島区の全ての神社を参拝しようと思い調べた
            所,その他の神社は参拝済でした。

松下幸之助創業の地(大開公園)

「松下幸之助創業の地(大開公園)」は4月25日の野田藤めぐりの
ウォーキングで見つけた史跡です。

松下幸之助創業の地:大阪市福島区大開(おおびらき)公園内



2015,04,25 撮影

由来の説明文は日本語、英語、中国語、韓国語で書かれていましたが
下記に日本語の全文を転記しました。

記念碑「松下幸之助 創業の地」由来
 松下幸之助氏:1894.11.27~1989.4.27 (和歌山県海草郡和佐村出身)

 この地大開(おおひらき)は, 松下電器産業株式会社の創業者 松下幸之
助氏が大正7年 (1918)3月7日, 同社の前身「松下電気器具製作所」を創
立した創業の地 です。のちに経営の神様と呼ばれ世界中にその名を馳せ
た松下幸之助氏は 23歳の若さで配線器具の製造・販売を始め, 昭和8年
(1933)に門真市に 移転するまでの15年余をこの地で過ごし, 事業の進展
とともに逞しく大開 から巣立っていきました。
 松下幸之助氏は大開の人情や風土に育まれ, 大開小学校の保護者会会
長や 大正14年(1925)には区会議員に当選するなど, 文字通り大開の一員
と して充実した日々を過ごしました。松下電器の業容の発展にともない移転
を 余儀なくされたものの, 終生本籍をおいていたことが物語るように 大開は
 同氏ときわめてゆかりの深い土地であります。
 平成15年(2003)3月, 大開連合町会は, 大開に松下幸之助氏の事蹟を 偲
ぶよすがもないという現状に鑑みて, 福島区「大開町と松下幸之助に 関する
事業」委員会を結成し, その一貫としてかつて松下電器製作所の 第二次本
店・工場のあったここ大開公園に記念碑「松下幸之助 創業の地」 を建立する
ことを発意しました。
松下幸之助氏の記念碑を建立することは大開の願いと誇りであると共に 一
企業の創業者にとどまらず, 社会, 経済, 国家や人間のあり方についての 思
索, 探究を重ね, 世界文化の進展に貢献しようと諸活動を続けた同氏の 類い
なき功績を顕彰するものとして大きな意義があるものと考えます。
この趣旨に沿い, 広く一般有志の皆さまにご協力をお願いしたところ 多くの
ご賛同をいただき, 平成16年(2004)11月27日, 同氏生誕110年の よき日に,
生誕の地和歌山を代表する緑泥片岩を碑石としてこの記念碑を 建立し, 大阪
市へ寄贈することができました。
 ご支援をいただきました皆さまに, 心より感謝と御礼を申し上げます。

  建立 : 平成16年(2004)11月27日
  福島区「大開町と松下幸之助に関する事業」委員会
  協力  松下家
    協力団体
      大開連合町会 福島区地域振興会
      福島区歴史研究会 大阪福島ライオンズクラブ
      松下電器産業株式会社 松下電器松愛会 松下電工松寿会
    設計・施工 株式会社乃村工藝社





    自分には
    自分に与えられた道がある
    広い時もある
    せまい時もある
    のぼりもあれば くだりもある
    思案にあまる時もあろう
    しかし 心を定め
    希望をもって歩むならば
    必ず道はひらけてくる
    深い喜びも
    そこから生まれてくる
        松下幸之助











5月2日:31552歩

恵比寿神社(大阪市福島区玉川)

野田恵比寿神社は4月25日、「野田藤」見物で福島区内を歩いて
見つけた神社です。
ウイキペディ゙ア(フリー百科事典)によれば、この神社がいつ創建された
かは記録が残っていないため不明だが、神社に保存されている「御
影石」の建石には「ゑみすのみえ」て刻まれ、その側面には「永久
乙未年三月」と刻まれているため、今から900年前というlことになり
ます。

恵比寿神社:大阪市福島区玉川4丁目1-1

2015,04,25 撮影

鳥居の横にあった狛犬の説明板。


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