ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

京田辺市(京都府)

二月堂竹送りの地(観音寺)

京田辺市の神社めぐりで最後に参拝した、地祇神社のある観音寺の
境内で「二月堂竹送り復活の地」の石碑を見つけました。
現地には説明板はありませんでしたが、調べたら1200年以上続く奈良
東大寺の「お水取り」の儀式の時に使う竹は京田辺市の竹が使われて
いましたが、33年前に復活して、この観音寺で「竹送り」の儀式が行わ
れているそうです。

観音寺:京田辺市普賢寺下大門13番地










11月10日:33574歩

地祇神社(京田辺市普賢寺)

全部で25社あった、京田辺市の神社めぐりは合計5回の京田辺市
訪問で終わりました、最後に参拝したのは地祇神社です、明治の
始めまでは地主神社と呼ばれていました。
広い敷地の観音寺境内の西側にありました。

地祇(ちぎ)神社:京田辺市普賢寺下大門65番地

2015,10,28 撮影 京田辺市の神社めぐり完結




11月9日:24354歩

火鑚とは(朱智神社境内にて)

京田辺市の神社めぐりの時、朱智神社境内で第43回国体の採火記念
の石碑が建っているのを見つけました。
その石碑に採火方法「火鑚(ひきり)」の文字があり、聞いたこともない
言葉だったので調べてみると、木と木をこすり合わせて火をおこす方法
でした。

採火記念碑の場所:京都府京田辺市 朱智神社境内

石碑の文字:第43回国民体育大会
        田辺町実行委員会
        採火年月日 昭和63年10月2日

石碑の文字:採火地 朱智神社
        火の名称 やまざとの火
        採火方法 火鑚


11月8日:20158歩

地名「天王」の由来「朱智神社」(京田辺市)

朱智(しゅち)神社は京田辺市の山の中、枚方市との境界に近い所に
ありました。
バスの本数も少なく、車かバイクが無ければこの神社を参拝するだけで一
日かかるほど不便な場所にあります
現地の説明板によれば以前は朱智天王と言われ、地名「天王」の由来
とされています。

朱智神社:京田辺市天王高ケ峰25番地









京田辺市の神社めぐり残り1社

11月7日:24207歩

石船神社(京田辺市高船里)

石船(いわふね)神社は笠上神社と同じ京田辺市高船里にあります。
言い伝えによると、神様がまずこの地に降りてから、その後、交野市
にある磐船(いわふね)神社に降りたとされています。

石船神社:京田辺市高船里111番地

2015,10,28 撮影

京田辺市の神社めぐり残り2社




一日に2本しかないバスの停留所から徒歩3分です。

時刻表

                                


笠上神社(京田辺市高船里)

笠上神社は瘡(かさ)神社とも言い、京田辺市高船里78番地にあり
ました、高い所にあり遠くに京都や奈良方面が見えました。

笠上神社:京田辺市高船里78番地

2015,10,28 撮影



京田辺市の神社めぐり残り3社


11月6日:20875歩

打田小学校分校跡(京田辺市打田)

須賀神社のそばで「打田小学校分校跡」の石碑を見つけました。

打田小学校分校跡:京田辺市打田宮本四番地



2015,10,28 撮影





11月5日:22517歩

須賀神社(京田辺市内田宮本)

10月28日の京田辺市神社めぐりでこの日、3社目に参拝したのは
須賀神社です、生駒市と精華町との境界近くにありました。

「氏神牛頭天王造供神社牘之控」に、普賢寺郷の惣社牛頭天王社
(現朱智神社)に遠く、打田村にも天王社を造営したとある。明治に
須賀神社とあらためられた。府の登録文化財である本殿は、東に面
した一間社流造(いっけんしゃながれづくり)、高欄擬宝珠銘から安永
5(1776)年の建立であることがわかる。正面の木鼻はバクの、桁隠
しは菊花の彫り物など手のこんだ彫刻が施された、18世紀中期を代
表する神社建築である。京田辺市ホームページより

須賀神社:京田辺市内田宮本1番地

2015,10,28 撮影

京田辺市の神社めぐり残り4社

新宮社(京田辺市多々羅)

京田辺市多々羅にある新宮社は一度目の神社めぐりで見つからず
二度目でやっと見つけた神社です。
同志社大学の敷地内にありますが、神社のある場所は塀や柵なども
無く自由に参拝できました。

新宮社:京田辺市多々羅新宮前35番地

2015,10,28 撮影

京田辺市の神社めぐり残り5社



神社以外の場所に立ち入り禁止の立札が参道にあります。


11月4日:24952歩

伽和羅古戦場跡(京田辺市)

京田辺市河原の天満宮のそばで「伽和羅古戦場跡」の石碑と説明板
を見つけました。

伽和羅(かわら)古戦場跡:京田辺市河原里ノ内

後ろの石垣は天満宮のものです。

2015,10,28 撮影
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