ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

大阪市(港区)

築港赤レンガ倉庫(大阪市港区)

赤レンガ倉庫といえば函館や横浜が有名ですが大阪にもありました。

港区の神社めぐりで最後に参拝した港住吉神社のすぐそばで、赤レンガ
倉庫を見つけました。
この赤レンガ倉庫は大正12年住友倉庫によって建設されたもので、倉庫
は2棟あります、1999年(平成11年)に倉庫としての役割を終え、管理も
住友倉庫から大阪市に移管され、再生策が検討されていましたが、昨年
(2015年)にクシックカーのミュジアムとしてオープンしました。

築港赤レンガ倉庫:大阪市港区海岸通2丁目6-1

2016,02,05 撮影








2月8日:16084歩

港住吉神社(港区築港)

1月28日に大阪市港区の神社めぐりをして、全ての神社を参拝した
つもりでしたが、大阪府の神社データ-に載っていないが「港住吉神社」
があることが分り、2月4日に大正区の神社めぐりをする前に「港住吉
神社」を探して参拝し、その後大正区の神社めぐりをしました。

この神社の由来は、天保十三年に幕命を受けた当時の大坂城代が
住吉大社より分霊を戴き大社の境外末社としたのが始まりで、当初
は天保山にありましたが、現在地には大正六年の運河開削の際に鎮
座しました。

大阪府神社庁のデーター 港区の神社 全5社

港区築港の「港住吉神社」は載っていません。

港住吉神社:大阪市港区築港1丁目5-20



2016,02,05 AM7:50 参拝 大阪市港区の神社めぐり完結(全6社)

神社の境内に船があるのを初めて目撃しました。


2月7日:27651歩

「市岡パラダイス跡」(港区)

1月28日、港区の神社めぐりの時、オリックス ダライビングスクールの建物
の側面に説明板があり、よく見ると「市岡パラダイス」がこの場所にあ
ったことが分りました。
市岡パラダイスは大正14年に開園した娯楽施設で劇場、温泉、動物
園や東洋最大の飛行塔がありました。
昭和5年に閉鎖され、大浴場のみ営業していましたが、昭和9年の
室戸台風の被害を受けてそのまま閉鎖となりました。

「市岡パラダイス跡」:大阪市港区磯路3丁目9-15










屋根を土で覆った「大阪市中央体育館」

大阪市港区の神社めぐりの時、朝潮橋駅の前で見つけた大阪市中央
体育館を紹介します。
一見人工の山でその山の下に体育館がありました、山の高さは10m
位でした。
調べたら体育館は地下3階で地上の屋根の上に土をかぶせて公園に
していました。
1997年に開催された「なみはや国体」の主会場になり、1996年に完成
しました。
メインアリーナは一万人の収容を誇ります。

人工の山の下(中)にある大阪市中央体育館

2016,01,28 撮影

山からの眺め、天保山の観覧車やコスモタワーなどが 見えました。

山の名称は市民から公募して「グリーンヒルズ」と命名されました。




2月6日:21298歩

住吉神社(港区池島)

大阪市港区の神社めぐりで最後に参拝したのは通称「湊屋住吉
神社」です、由緒等は調べても分りませんでした。
大阪市営池島住宅の敷地内にあり、神社の規模も小さく、歴史は
あまり古くないと思われます。

住吉神社:大阪市港区池島2丁目8-4 通称「湊屋住吉神社」

大阪市港区の神社めぐり5社目(残り無し完結)

鳥居の前に「天満宮行宮所」の石碑がありました。


三先天満宮(港区三先)

大阪市港区の神社めぐり4社目に参拝したのは通称、三先天満宮
です。

天保初年(1830年)葦屋勇助なる人物がこの土地の開発を試みます。
しかし度重なる水害に遭い、功半ばにして池田屋大吉なる人にその開
発を譲ります。池田屋大吉は開発に先立ち天保6年(1835年)、成功を
祈願して大神様を勧請しお祀りします。

開発は無事成功し、開発された土地は「池田新田」と称されるようになり
ました。この成功を以て神域を整え(現在の港南公園北東隅付近)大神
様を産土神とされました。現在の三先、池島をお護りされる氏神様です。

明治45年・大正元年(1912年)には当時の地主、田中市蔵なる人が私財
を投じ修築されました。昭和20年(1945年)には、この辺りは空襲に遭い
焼け野原になりました。しかし当社は、大神様のご加護により消失は免れ
ました。

その後、戦災からの復興と、度重なる台風などの水害を回避するため大阪
市により盛土工事が行われました。この盛土工事の根拠となった風害水害
は当天満宮にも被害をもたらし、その都度改修工事を繰り返しました。

抜本的改修が必要とされていた折、大阪市による盛土工事の施行と隣接の
港南中学校の拡張が決まり、これを機に昭和40年(1965年)に現在地に遷
宮御造営(移築・改修工事)がなされました。天満宮ホームページより


天満宮:大阪市港区三先(みさき)1丁目5-40   通称:三先天満宮

大阪市港区の神社めぐり4社目(残り1社)

2016,01,28 撮影


2月5日:53710歩

住吉神社(港区福崎)

大阪市港区の神社めぐりで3番目に参拝したのは福崎住吉神社です。

福崎住吉神社は、もと北福崎新田(現福崎1丁目)にありました。天保6
この地が漁村であったころ、海の守護神として創建されたものですが、大
49月尻無川改修にあたり現在の地に移転しました。

住吉神社:大阪市港区福崎1丁目1-39     通称:福崎住吉神社

2016,01,28 撮影

港区の神社めぐり3社目(残り2社)




三津神社(港区夕凪)

1月28日、港区の神社めぐりで2社目に参拝したのが三津神社です。

明和元年(1764年)に石田新田開発に際し、工事の安全と成功を祈り、
勧請したものです。創建にあたり天照大神を祭り、石田皇大神宮と称し
ました。その後、明治40年10月に田中産土神を、大正2年10月に八幡
屋住吉神社をそれぞれ合祀し、昭和7年4月に三津神社と改称しました。
その後、戦災により焼失し、仮社殿に移りましたが、昭和42年に盛土工
事と換地により現在に至っています。祭神は天照大神・宇迦魂大神・住
吉大神・生国魂大神・大海大神。 港区ホームページより


三津(みつ)神社:大阪市港区夕凪2丁目6-11 

2016,01,28 撮影

港区の神社めぐり2社目(残り3社)


2月4日:16325歩

波除山跡(港区)

港区の神社めぐりの時、見つけた「波除山跡」を紹介します。
江戸時代、この付近に人工の山がありました。

昔から大阪は、淀川や旧大和川の洪水で大きな被害をうけていた。
江戸時代前期には、根本的対策として種々の工事が行われた。貞
享(じょうきょう)元年(1684)市内では淀川の治水対策として河村
瑞賢(かわむらずいけん)が幕命をうけ九条島を開削し、新川(元禄
11年1698、安治川と命名)を通した。そのときの土砂を南岸に積み
上げてできたのがこの山で、一名瑞賢山ともいわれ幕府の管理する
ところであった。現在は平坦化されてしまったが、山の崩壊を防ぐた
め植林した松が茂り、遠望できて有名であった。港区ホームページ

波除山(なみよけやま)跡の場所:大阪市港区弁天5丁目12 弁天東公園の中






2月3日:23760歩

三社神社(港区磯路)

港区神社めぐりで最初に参拝したのは三社神社です。

1698(元禄11年)11月、伊勢国桑名の市岡與左兵衛宗勝が新田開発の
工事の安全と開発の成功と開発された地域の守護神として、天照皇大神
・豊受大神・住吉大神の3柱を祭神として勧請して、社殿を建立したことを
起源とする。創建当初は、三社宮と称した。

後に相殿として、熱田大神・斎主大神・秋葉大神を合祀し、三社大神と称す
るようになった。 フリー百科より

三社神社:大阪市港区磯路2丁目18-23 JR弁天町駅の西300m

港区の神社めぐり1社目(残り4社)

2016,01,28 撮影

2月2日:27467歩

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