ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

宇陀市(奈良県)

「重伝建」とは松山西口関門(宇陀市)

松山西口関門は松山城の西門で建築は江戸時代初期と推定され、当
時のままの位置にある城下町の門としては希少であることから、1931
年(昭和6)に国の史跡に指定されました。
松山城はもとの秋山城を改称したもので、秋山城は町の東の古城山(標
高472m)にあり、宇陀の国人秋山氏の本城だったが、1585年(天正13)
、大和に入国した豊臣秀長によって追放され、その後城主となった福島
高晴によっ
て松山城と改名されました。
この門を含むこの地域が平成18年に国の重要伝統的建造物群保存地区
重伝建)に選定されました。
なお重伝建は全国に110か所、奈良県に3か所、大阪府には1か所しか
ありません。

重伝建の抜粋                             選定年月          面積k㎡


松山西口関門:宇陀市大宇陀区下元



地元では黒門と呼ばれています。

春日神社(宇陀市大宇陀春日)

宇佐市大宇陀春日の春日神社を参拝して、こうしてブログに取り上げる
時、宇陀市内に春日神社が何社あるか調べっると12社もありました。
旧大宇陀町だけでも5社あります、大宇陀春日の神社からは宇陀松山
城への登り口があります。

春日神社:宇陀市大宇陀春日59

宇陀市の神社めぐり3社目




無題ksga

藤沢薬品創始者の生家「薬の館」

宇陀市大宇陀の古い町並みを歩いていたら「薬の館」があり、
当日は休館日で屋敷内の見学は出来ませんでしたが、入口に張り
紙があり、この屋敷が藤沢薬品(現アステラス製薬)の初代社長藤沢友
吉の生家であることが書いてありました。


宇陀市大宇陀歴史文化館「薬の館」 :宇陀市大宇陀上2003

毎週、月曜日と火曜日が休館日で3月22日(火)は休館日でした。




3月29日:23140歩

神楽岡神社(宇陀市)

宇陀市大宇陀をウォーキングして神楽岡神社は2社目に参拝した神社
です、創建時期や詳しい由緒などは、分りませんが、江戸時代中期
までは大将軍神社と呼ばれていたようです。
古い町並みの残る通りを歩いていると下の写真のような社号標を
見つけたのです。

神楽岡(かぐらおか)神社:宇陀市大宇陀上新(かみしん)1903

2016,03,22 撮影



神社は少し高い場所にあり、神社境内からの眺めです。

阿紀神社(宇陀市)

宇陀市内ウォーキングで最初に参拝したのは阿紀神社です。
神社の由緒書きによると、古文書がこの神社に残っていて、当社
が天照大神を祀る所以を次のように記しています、神武天皇が紀
州熊野の難所を越えて宇陀の地まで進軍してきたとき、この地で
御祖の神(=天照大神)を祭って大和の方へ押し出すと、日神の威
勢に背中を後押しされて賊軍を打ち払うことができた。そのため、こ
の地に天照大神を祭祀するようになった、というのです。

阿紀(あき)神社:奈良県宇陀市大宇陀迫間(さこま)252

2016,03,22 撮影





3月28日:56834歩

宇陀松山城跡(宇陀市)

宇陀市内をウォーキングしているとき「史跡宇陀松山城跡」の石碑を見つけ
その方向に向かって歩いて行くと山の中に入りました、約25分歩いて、
やっと頂上に着き城跡がありました、建物などはなく、石垣が少し残って
いました、頂上からの眺めはよく、大峰山脈が見えました。

大和国3大城(大和郡山城、高取城、宇陀松山城)の1つで、秋山氏が居
城として古城山に山城を築いたのに始まる。築城時期についてはわかって
いませんが、南北朝時代には構えられていたと思われ城名は秋山氏が居
城としていた頃は松山城とは呼ばれず、秋山城と呼ばれていました。

元和元年(1615年)、大坂夏の陣において豊臣方についたとして、徳川幕
府に城破却され廃城となりました。

この石碑から約25分山道を登ります。

山の途中に「秋山城跡」の案内板があり、別の城があると
思っていましたが、松山城=秋山城であることが分りました。

2016,03,22 12:44 撮影

頂上の城跡への行き方:宇陀市大宇陀 春日神社の境内に登り口あり。

この説明板で遠くに見える景色が大峰山脈であることが分りました。

城跡から見える大峰山脈

万葉公園(かぎろいの丘)

宇陀市のウォーキングはまず、道の駅「宇陀路大宇陀」で観光イラストマップ
を入手して、「阿騎野・人麻呂公園」を散策し、次に「万葉公園(かぎろ
いの丘)」を歩きました。
公園はは宇陀市の大宇陀地域支所のすぐ西の丘の上にありました。
「かぎろい」とは柿本人麻呂が読んだ有名な歌「ひむがしの野にかぎ
ろいのたつ見えてかへりみすれば月かたぶきぬ」にでてくる言葉で、

「かぎろい」を辞書で引けば、「良く晴れた日の明け方の空に見られる
現象」でした。

万葉公園(かぎろいの丘):宇陀市大宇陀迫間(はさま)25

2016,03,22 撮影

柿本人麻呂の歌碑(短歌 5、7、5、7、7)
「ひむがしの  野にかぎろいの たつ見えて かへりみすれば 月かたぶきぬ」


3月27日:21317歩

又兵衛桜(宇陀市)

宇陀市にある又兵衛桜(またべえさくら)を見てきました、花はまだつぼ
みで咲いていませんでしたが、この桜は大阪夏の陣で活躍した、後藤又
兵衛が豊臣方が敗れたあと、再興の時をこの大宇陀で待っていたといわ
れる人物で後藤家の屋敷跡にあり、樹齢は300年の古木です。

又兵衛桜(本郷の滝桜):奈良県宇陀市大宇陀本郷

2016,03,22 撮影




又兵衛桜

後藤又兵衛の碑(柏原市玉手山)


阿騎野・人麻呂公園(宇陀市)

3月22日、ウォーキングした宇陀市を紹介します、宇陀市(うだし)は、奈良
県北東部の
市で、2006年(平成18年)1月1日、宇陀郡大宇陀町・菟田
野町・榛原町・室生村が合併して誕生した市で、人口30778人、面積
247,50k㎡(四條畷市 18.68k㎡)。
とにかく市の面積が広く、四條畷市の約13倍で、事前に調べた時、宇陀
市の全ては一日で探索するのは不可能と考え、3月22日は合併前の旧
宇陀郡大宇陀町の神社等、名所を探索しました。

宇陀市で最初に訪れたのは「阿騎野・人麻呂公園」です、万葉歌人、柿
本人麻呂の名前を付けた公園で、平成7年の発掘で弥生時代、飛鳥時代
、中、近世の3時代にわたる遺構が発見された中ノ庄遺跡でいにしえの生
活の痕跡が残る遺跡公園として整備されています。公園には柿本人麻呂
が馬に乗った石像があります。 
なお阿騎野は古代の狩場で、この地の地名です、

阿騎野・人麻呂公園::宇陀市大宇陀拾生76番地の1




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