ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

豊能郡豊能町(大阪府)

大歳神社(豊能町寺田)

7月31日、豊能町の神社めぐり最後(3社目)に参拝したのが豊能町寺田に
鎮座する大歳神社です、豊能町牧の太歳神社は「太歳」の「おお」が「太」
ですが、こちらの神社は「おお」が「大」です。
境内に由緒書きはなく、ネットで調べても詳しいことは分りません
また、神社名を確認できる社号標や鳥居に神社名の入った額もなく、神社名
は鳥居前にある集会所の名前が「寺田公民館」であったのと、近くにいた地
元の人に聞いて、大歳神社で間違いないことを確認しました。

大歳(おおとし)神社:大阪府豊能郡豊能町寺田上東谷15

2016,07,31  10:27  撮影




太歳神社(豊能町牧)

豊能町の神社めぐり、2社目に参拝したのは太歳神社です。
現地には由緒書きなど説明板はなく、ネットで調べてもわかりませんでした。
地図では国道423号線の道路から距離があるように感じますが、道路から
鳥居が見えるので分かります。
後で紹介する大歳神社と違いこちらの太歳神社は「大」の字の中に点があ
り、「太」と書きます。(近くで農作業をしている人に次に参拝する大歳神社
の場所を尋ねたときに教えて頂きました)

太歳(おおとし)神社:大阪府豊能郡豊能町牧西口1-34

矢印の位置に鳥居が見えます。

鳥居から神社までの長い参道



2016,07,31  10:10  撮影



8月4日:51826歩

走落神社(豊能町木代)

7月31日は、茨木市見山の郷に行った帰りに隣の町、豊能(とよの)町の神社め
ぐりをして3社を参拝することが出来ました。
最初に参拝した走落神社を紹介します。

走落(はしりおち)神社:大阪府豊能(とよの)郡豊能町木代1556



2016,07,31  09:24 撮影





     走落神社の由緒
当神社はもと小玉神社といった。
明治40年に東能勢村にあった八つ社の神社をこの場所にあった小玉神社
に合併して社名を走落神社と名付けた。
元々走落神社は切畑にあり寛平元年(889)藤原氏が創立したといわれ、
延喜式神名帳(平安時代の国家の法制)の巻一にのっていて、これは全国
より3123社が選ばれており、現在でも「式内社」といって由緒ある神社とされ
ています。
室町、桃山時代戦国動乱の時代となり、当地にも織田信澄等が乱入して、
神社、仏閣を兵火にかける恐れがあったので大永年中(1546)同社の天照
大神を木代の小玉神社に、少彦名命を切畑の稲荷神社に移したという。
この時走落神社の社名も「藤の森神社」にあらためた。
明治の神社合併で9つの神社が、合併したわけであるが、この時神社の名前
を合併神社の中でも由緒のある、式内社の「走落神社」を社名とせられた。
走落の名称の由来は、文書が残っていないので分からないが、古来神社、仏
閣が生まれる場合、病気の人が温泉などに治療にきて、平癒を祈って神社を
まつることがあり、初めは小さくてもだんだん大きくなる場合があると思う。
「ハシル」は水が流れる形容であり、「オチ」は水が流れ落ちていたと言うことであ
る。
事実この当りには、湯谷、湯山、風呂の前の地名もあり、石風呂もあり、藤の
森から移した「稲荷神社」も後に「走湯天王社」と改められている。


8月3日:13582歩
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