ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

池田市(大阪府)

寒山寺の鐘(池田市・慈恩寺)

11月24日、池田市神社めぐりで細川神社を探しているとき、紅葉の美しい
寺院があり中に入ってみると「寒山寺の鐘」の案内板がありました。
その鐘は池田市の友好都市である中国の蘇州市から贈られた鐘でした。

寒山寺の鐘:慈恩寺(じおんじ)大阪府池田市中川原町485(吉田町に飛地)

2017,11,24  11:57 AM



                  寒山寺の鐘
この梵鐘は、中国江蘇省蘇州市にある名刹寒山寺の梵鐘の複製品です。
この寒山寺の梵鐘は、唐の詩人張継の「楓橋夜泊(ふうきゃくやはく)」に
詠まれた有名な梵鐘であり、除夜の鐘としても広く知られています。
この梵鐘は、池田市と蘇州市が友好都市締結25周年を記念して
平成18年に蘇州市より贈られ、池田市からは本山慈恩寺で使用されていた
300年の歴史のある鐘を、寒山寺の博物館に寄贈しました。
鐘と金の音を内外の皆様に鑑賞していただき、池田市と蘇州市、そして、日本と
中国の友好の鐘の音が、いつまでも響き合うことを願っています。
 「案内板作成元」
   池田市 池田市都市提携委員会 細河自治連合会 慈恩寺総代一同

慈恩寺境内の美しい紅葉




12月3日:27276歩

細川神社(池田市)

11月24日は今年4月5日に池田市神社めぐりで残っていた2社を参拝しました。
東山神社(12月1日のブログに掲載)の次に細川神社を参拝し、池田市の神社
14社、総てを参拝することができました。
(大阪府神社庁に登録9社、無登録5社)
細川神社は大阪府神社庁に登録されており、延喜式内社です。


細川神社:大阪府池田市吉田町一番地

2017,11,24  11:37 AM







12月2日:57212歩

東山神社(池田市東山町)

大阪府池田市の神社めぐりは今年4月5日に実施して13社を参拝しました。
(大阪府神社庁に登録8社、無登録5社)
大阪府神社庁には9社登録されており、細川神社をまだ参拝していません
でした。
残っていた細川神社を参拝するために下調べをしているとき、同じ地域に
東山神社という、まだ参拝していない神社をグーグルの地図で見つけました。
11月24日、茨木市の見山の郷に行った帰りに、細川神社と東山神社を参拝
して池田市の神社をすべて参拝することができました。
最初に参拝した東山神社を紹介します。



東山神社:池田市東山町

2017,11,24  11:07 AM






東山神社についてはグーグルの地図に神社名が載っているのみで、ネットで
調べても何の情報もありません、住所も東山町のみで番地もわからない
のでナビで、そばまではいけますが神社までは分かりませんでした。
地元の方が庭先にいたので聞いてわかりましたが、私のように東山神社を
参拝する方のために神社手前の郵便受けの住所を写しました。

神社手前の住宅の住所「東山町151」

石橋村高札場跡(池田市)

池田市の神社めぐりを終えて阪急石橋駅の手前の踏切付近で「石橋村高札
場跡」を見つけました。

「高札」とは、立て札ともいい、江戸時代 法度掟書、犯罪人の罪状などを記
し、交通の多い市場、辻などに掲げられた板札をいう。その目的は一般の人た
ちに法令を徹底させるためのものでした。

法度(はっと)       :法令。特に、禁止のおきて
掟書(おきてがき):中世後期から盛んになった公布法の一形式。初めに「掟」
             「定」などと書かれた。在地領主・土豪などが用いた


石橋村高札場(こうさつば)跡:阪急石橋駅の近くの踏切そば

2017,04,05  05:12 PM



                                  旧石橋村の高札場跡
 ここは、京都と山陽地方とを結ぶ「西国街道」、大阪と池田・能勢方面とを結ぶ
「能勢街道」(江戸時代は「大阪道」あるいは「池田道」)が交わる場所です。
かつて、多くの人々や物資が行き来したこの辻には、幕府や奉行所などから庶
民に周知させる法令や禁令、生活の規範などを掲げた高札場 がありました。

江戸時代の石橋村は麻田藩青木家(一万石)の領地になっていました。この時代
の戸籍台帳である『宗門御改帳』などによると、元禄三年(690)に29軒1928人、
幕末の文久元年(1861)には24軒104人の人々が暮らしていたようです。
江戸時代の村の様子はあまりわからないものの、次のことがうかがえる史料が
あります。   嘉永6年(1853)の黒船(アメリカ艦隊)来航以降、幕府は初版に海
岸の防備を強化するよう命じました。
同年七月、石橋村庄屋元二郎が江戸に行っていた同村の仁右衛門・徳次郎に宛
てた手紙が残されており、そこには「異国船が来たと驚いている、幕府をはじめ諸
藩の苦労がしのばれる。旱魃やほうき星が外国の仕業であると皆が評判している
」といった内容がしたためられています。アメリカ、ロシアの相次ぐ来航という歴史
を動かした幕末の動揺が、ここ石橋村にも及んでいたことがわかります。

近代以降 明治22年(1889)の町村制の施行によって、石橋村は北豊島村の大字
となりました。昭和10年(1935)、北豊島村は、秦野村、細河村、池田町と合併、昭
和14年には市制が施行されて池田市になり、「石橋」は町名としてその名を今日に
残しています。                                           平成22年4月   池田市教育委員会


4月25日:25841歩

十二神社(池田市)

4月5日の池田市神社めぐりで最後の14社目に参拝したのは十二神社です。
神社名の由来は、祭神が天神七代(伊弉諾尊など)・地神五代(天照大神な
ど)の十二神であることからこの神社の名がついています。
また境内に防空壕跡がありました。

十二神社(池田市)豊島南1丁目2−9

2017,04,05  04:50 PM




防空壕



                十二宮神社境内防空壕跡
この地域は大阪第二飛行場(現、大阪国際空港)に近く、太平洋戦争の激化
にともない空襲の可能性が強くなり、この防空壕は地域住民の避難場所と
して、旧北今在家町、北森本町、西市場町の人々の手によって、昭和18年に
つくられました。
防空壕の大きさは、おおよそ長さ10m、巾3mから4m、高さ2mのコンクリート製で
、30人程度の人が避難できる大規模なものでした、当時は住宅の庭や床下な
どに防空壕がつくられておりましたが、今はほとんど残っておりません。
あの悲惨な戦争を後世に伝えるため、戦後50周年を記念して、「この戦争の傷
跡」碑を設置するものです。
この防空壕は、危険防止のため内部は埋められています。 大阪府・池田市


上記の説明に現在の大阪国際空港が大阪第二空港であったとあるので、それ
では第一空港はどこにあったのかを調べたら大阪第一空港(堺市大和川の辺)
は計画のみに終ったことがわかりました。


4月24日:20831歩

亀之森住吉神社(池田市)

4月5日の池田市神社めぐりで13社目に参拝したのは住吉神社です。

由来
社伝によりますと、此の辺りは大昔には、広々とした入海でしたが、第15代
応神天皇の頃、忽然として亀形の小島が現われてより次第に土地が開け、
第49代光仁天皇の御代、ある夜、里人の夢に「吾ハ住吉大神ナリ、汝等、
吾ヲ信ズル者ハ、白箭(矢)ノ止ル処ヲ見ン」というお告げがありましたので
、翌朝、里人等が集って、森に来てみると果して、お告げの通りでした。
里人らは驚き、畏み、かつ喜びまして、ここに住吉大神を奉したのでありま
す。 時に、光仁天皇宝亀元年庚戊年(西暦770年)でありました。爾来「風
雨順に民豊ナリ依テ郡名ヲ豊島ト呼ビ、其里ヲ豊島ノ庄ト謂ヒ、世々亀之森
住吉神社ト云フ」と社伝にありますように、豊島郡(今の豊中市、池田市の
地域)の総鎮守、大産土神(うぶずなのかみ)として崇敬されてまいりました。 
                                                                                         
ホームページより

住吉神社:大阪府池田市住吉2丁目3番18号  通称:亀之森住吉神社

2017,04,05  04:25 PM





猪名津彦神社(池田市宇保町)

池田市神社めぐりで12社目に参拝した伊名津彦神社は大阪府神社データ
の池田市神社一覧表に載っていませんでしたがグーグル地図で見つけたの
です。

猪名津彦神社は,穴織媛,呉織媛らを中国から連れて帰った阿知使主と都
加使主の父子二柱を祀ります、 社殿の場所には円墳があり石室がありまし
たが、盗掘されたため,池田市綾羽の伊居太神社境内に,あらたに猪名津彦
神社の社殿を建て,そこに石室の破片や人骨を遷して祀っていましたが、そ
の後あらためて旧社地(現在地)に社殿が再建されました。




猪名津彦神社:大阪府池田市宇保町6−18

2017,04,05  03:27 PM



                猪名津彦大明神由来
当猪名津彦神社は、後漢の孝献皇帝(霊帝)の聖裔阿智王都加王の両人を
祀る所で延喜式に云う摂津國豊島郡鎮座の神社である。
日本書記に応神天皇20年秋9月  阿智使主其子都加使主は部下17県の人
達を連れて我國に渡来し大和國桧隈に住吉を興へられ同天皇37年春2月
両人を勅使として呉國に縫工女を求めしめんとされ呉王より兄媛弟媛鳥沙
架女幾利区珥女の四婦女を興へられ同41年春2月阿智使主等呉國より筑
紫に帰省したが胸形大神の乞に兄媛を差し上げ他の三婦女を伴い摂津國
武庫にいたる時に天皇崩御の報に接し献するを得ず後仁徳天皇は居館を
豊島郡為那野に造営し羅綾織維の業を専らにされその功績により此の地
を呉服と名付け反正天皇は勅命を持って送り名をされ猪名津彦大明神とし
之が倭漢直の祖である。
降って允恭天皇の時その子孫忘奴手直に阪上姓を弟奴留間直にはれ奉姓
を賜う文化年間に古墳の盗堀がはやり阿智使主の古墳と傳えられた所も其
の例にもれず行はれ此の所より珠塗の棺の破片人骨の若干を持ち帰へり猪
名津彦大明神跡に埋葬し御霊は現地に御祀りしものであります。
 右文は、伊居太神社の御文章を書写したのもであります。
         平成17年10月吉日


4月23日:29526歩

鉢塚古墳(池田市)

鉢塚古墳は、五社神社本殿の真裏にあります。
直径約40m、高さ約9m、周濠幅10mの円墳で、横穴式石室は玄室長
6.48m、幅3.5m、高さ5.2m、羨道部は長さ8.4m、幅1.8m、高さ2.m
。その規模は京都府の蛇塚、奈良県の石舞台古墳に次ぐ大きさで、大坂
府では最大です。
玄室内に安置されている石造十三重塔は国の重要文化財。

鉢塚古墳 (五社神社境内):池田市鉢塚2丁目4-28



2017,04,04  02:52 PM

           大阪府指定 史跡鉢塚古墳
本墳は上円下方墳と言う特異な墳形と巨大な横穴式石室を有する大阪
府下有数の古墳であるその兆域は五社神社境内に含まれ南西の周壕
や墳丘の一部が削られている他は累々完好な状況を保ち周壕の形跡も
明瞭である石室は両袖式で南西に開口し奥行全長15米(内玄室7米羨
道8米)玄室高さ5米幅4米羨道高さ2米を算える被葬者は不明であるが
六、七世紀頃この地方を統轄した首長の墳墓と見られる。
尚玄室内には重要文化財の石造十三重塔が祀られ相輪が後補である
以外はよく旧規をとどめ各室に上層の軸部を造り出す形式のもので軒口
厚く隅反りがあり鎌倉形式の特色を示している。

兆域(ちょういき):墓の区域



石室内部撮影禁止のため下の画像はウイキペデァより借用。
Hachizuka Kofun.jpg

五社神社(池田市鉢塚)

池田市の神社めぐり11社目に参拝したのは五社神社です。
境内には鉢塚古墳があります。

五社(ごしゃ)神社:池田市鉢塚2丁目4-28

2017,04,05  02:52 PM


PIC_0361
                   五 社 神 社
                                               御祭神 
          国常立尊 建速素戔嗚尊 五十猛尊 住吉大神 穴織大神
                     由緒  
 社伝によれば、聖武天皇の神亀元年、僧行基当地に多羅山若王寺を創建
   し、その鎮守として当神社を勧請する。
 鎌倉時代若王寺が真言宗に属し、社殿の背後の鉢塚古墳(史跡)石室内に
  石造十三重塔(重要文化財)を造立、この金剛界曼荼羅の五智如来を木地
  として五社大明神と号した。
  天正元年兵火にかかり、烏有に帰したが、同17年若王寺の伝誉法印再興
  する。 明治初年神仏分離により五社神社と改める。
                                                祭日 
        夏祭 7月13日  招魂祭 8月15日  秋祭 10月第二日曜日

烏有(うゆう)に帰す:跡形も無くなる事、特に火災で何も無くなること。
 


4月22日:30967歩



二子塚古墳(池田市井口堂)

畑天満宮を参拝後、次の神社に向かう途中の井口堂1丁目付近で
小さな森の中にある、二子塚古墳を見つけました。
地元では古墳の上に稲荷社があるので、稲荷山古墳とも呼ばれて
います。

二子塚古墳:池田市井口堂1丁目

2017,04,04  02:15 PM





               二子山古墳
秦野台地から南へ派生する丘陵南端部に築造された古墳で墳頂に稲荷
が祀られていることから地元では「稲荷山古墳」として親しまれています。
築造時期は古墳時代後期前半(六世紀前半)で、猪名川流域最後の前方
後円墳と考えられています。古墳の全長は約45メートルで葺石、埴輪はあり
ません。
前方部と後円部それぞれに横穴式石室が構築され、後円部の石室は全長
6.7メートルで両袖式の平面プランをもちます。
前方部の石室は埋没しており詳細は不明です。
        平成23年4月  池田市 教育委員会 公園管理者

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