ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

桑名市

町屋橋のうつりかわり(桑名市・朝日町)

9月7日の桑名市内ウォーキンクで゙町屋川の手前で大きい常夜燈を見つけた後
そばの安永第一公園で東海道五十三次 町屋橋跡の説明板がありました
、そして、その100m下流の現在の町屋橋の桑名市側の橋詰めで「町屋橋
のうつりかわり」の説明板をみつけました。

町屋川:員弁(いなべ)川の河口に近い桑名市・朝日町付近が町屋川と呼ばれています。


安永第一公園                                                              2017,09,07  03;34  PM


安永第一公園の東海道五十三次 町屋橋跡の説明板      2017,09,07  03;35  PM

               東海道五十三次 町屋橋跡

江戸時代、ここ安永は桑名入口の立場(旅人が休憩する茶店が集っている所)
であり、また町屋川の舟運の船着場 でもあったので、大いに賑い、茶店では街
道名物の安永餅を売っていた。
この地点から対岸の繩生(三重郡朝日町)の間に町屋橋がかかっていた。寛永
12年(1635)にはじめて架橋され、川の中州を利用した大小二本の板橋であっ
たり、一本の板橋であったり、しばしば変っている。下図の橋は江戸時代中頃の
もので、中央は馬が退避できるように幅がやや広くなっていた。
昭和8年(1933)国道1号線の橋がかけられ、旧東海道の町屋橋は廃止された。
                                桑名市・桑名市教育委員会



町屋橋北詰にある「町屋橋のうつりかわり」説明板          2017,09,07  03;38  PM

                   町屋橋のうつりかわり

 員弁川(町屋川)にかかる町屋橋と呼ばれる橋は、東海道 の一部として、寛永
12(1635〉年に架けられたといわれています。場所はここよりも上流約百メートル
でした。享和ニ(1802)年発刊の「久波名名所図会」に、当時の町屋橋周辺の賑
わいを見ることができます。

 この橋は明治8(1875)年に、幅二間(約3.6メートル)、長さ120間半(約220メー
トル)の木橋となりました。

 東海道が国道一号線として整備されていくに従って、昭和七(1932)年、現在の
位置に近代的なコンクリート橋が完成し、新たな町屋橋となりました。開通時には
夫婦三代による渡り初など盛大な祝賀が催されました。
 昭和38(1963)年にはこの橋の両側に歩道用の橋が増設されました。
そのときの親柱がこの広場に残っています。

 そして昭和61(1986)年、現在の橋が架けられました。非常に経済的な設計でシ
ンプルな形の鋼桁橋です。なお国道1号線は幅員25メートル四車線の計画ですが
、そのうちの半分の幅で架けられています。

 しかしこの橋の歩道の幅員は1.5メートルしかなく、またコンクリートの壁式の高欄
であったこともあり、歩行者や自転車利用者には使いにくいものでした。そこで平成
15(2003)年から、歩道の拡幅整備事業を地域の皆さんと一緒に検討し、平成17
(2005)年歩道拡幅と高欄や照明の整備、橋詰広場の整備が完成しました。

 町屋橋周辺の員弁川(町屋川)は自然が豊かで、魚釣りや散策に多くの人が訪れ
るとともに、桑名を代表する石取り祭りの舞台ともなります。また東海道と縁の深い
歴史性を踏まえた整備が行われました。親柱は昭和七年完成のコンクリート橋に見
られた形を踏襲しています。高欄の笠木には肌触りがよく、耐久性のあるドゥッシーとい
うアフリカ産の木材が使われています。
              平成17(2005)年5月    国土交通省中部地方整備局三重河川国道事務所
                                                                                          桑名市・朝日町










                                                                                   2017,09,07  03;39  PM


町屋橋から上流を写す。                     2017,09,07  03;40  PM


9月30日:29932歩

伊勢両宮常夜燈(桑名市安永)

9月7日の桑名市内ウォーキングは城南宮を参拝して終り、帰りはJR桑名駅に
戻らず町川(員弁川)を渡ってJR朝日駅から帰途に着きました。
その町屋川の手前で大きい伊勢両宮常夜燈を見つけました。
両宮とは伊勢神宮の内宮と外宮のこと)

伊勢両宮常夜燈:桑名市安永           2017,09,07   3:32 PM



     伊勢両宮常夜燈   ISERYOGUJYOYATO 一基
         有形民俗文化財 昭和46年4月15日指定

 この常夜燈 は、文政元年(1818)に東海道 のみちしるべとして、また伊勢神宮
への祈願を兼ねて桑名・岐阜の材木商によって寄進されたものである。石工は桑
名の根来(ねごろ〉市蔵(いちぞう)とある。
 安永は、町屋川(員弁川)の舟運や東海道筋の通行客を相手とする茶店などで
賑わった場所であり、この常夜燈はその頃をしのばせる遺物である。
竿正面 大神宮常夜燈
右面 五穀成就
左面 国家安全
裏面 文政元年寅九月吉日
基壇正面 材木屋中 中嶋八郎右衛門・加藤平八郎・山田彦九郎・平野九郎八・
佐々部茂左衛門・小林興左衛門・林宗兵衛・谷小兵衛・平野助左衛門・谷勘六 
長谷川小平次・吉川傅七・中嶋孫兵衛・市橋久右衛門・多儀市左衛門・岩田左衛
門・多儀市右衛門・岐阜 桑原善吉
裏面 根来市蔵藤原恭備
    文化財を大切にしましょう         平成27年 桑名市教育委員会



城南神社(桑名市安永)

9月7日の桑名市内ウォーキングで神館神社の次に参拝したのが城南神社です。

この神社は伊勢神宮と縁が深く、平安時代、皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)
が太陽の神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る場所を探していた
途中で立ち寄った。以来、伊勢神宮遷宮の度に内宮の一の鳥居を移築する慣わ
しになっています。

城南神社:三重県桑名市安永816                   2017,09,07  03:15 PM

桑名市の神社めぐり最後の9社目



                   城 南 神 社
   御祭神 天照大御神
   配祀 豊受比賣命外五柱
御由緒
当神社は垂仁天皇の御代皇女倭姫命天照大御神の御杖代として御神慮のまに
まに大和の国より日出づる伊勢の国に御巡幸ありし時御停座の旧地と伝承され
ております。
桑名の神戸でもあり伊勢の神宮との御縁故殊の外深い御社であります古来神宮
式年遷宮ごとに皇大神宮一ノ鳥居及び古殿舎の一部を拝戴改築の古例になっ
ております。
   例祭 十月十七日

皇大神宮とは伊勢神宮のことです。



9月29日:30284歩

神館神社(桑名市江場)

9月7日の桑名市内ウォーキングで八重垣神社の次に参拝したのが神館神社
です。
この神社には下記の由緒に出てきますが、多くの文化財を保管しています。

神館(こうたて)神社:桑名市江場1441番地                 2017,09,07   02:53 PM

桑名市の神社めぐり8社目







                   神 館 神 社
古代に神宮鎮座の地を探して倭姫命が大和・伊勢を巡幸した時、ここに休憩所
として館が建てられ、神宮が伊勢と定った後、神領の神明社として館後に神館
神社が創建されたといわれ、神館神明宮・神館明神とも称される。
神宝として、永享7年(1435)の銘がある獅子頭(県指定文化財)桑名の焼き物
の草分け的存在である信行作で貞享4年(1687)の銘のある鉄袖菊花文御神
酒壺(市指定文化財)と宝永元年(1704)銘の狛犬、桑名の刀工村正の作で天
正22年(1553)の銘のある剣と太刀(市指定文化財)など、貴重な文化財が納め
られている。                       平成9年 桑名市教育委員会

八重垣神社(桑名市)

9月7日の桑名市内ウォーキングで天武天皇社の次に参拝したのが八重垣神社
です。
桑名市指定無形民俗文化財の大門祭が毎年、7月最終日曜日に行われて
います。


八重垣神社:三重県桑名市大字大福262番       2017,09,07  02:51 PM

桑名市の神社めぐり7社目







                     大門祭
    桑名市指定無形民俗文化財  
    八重垣神社 大門祭 昭和33年10月1日市定
大門祭とは、大福の氏神である八重垣神社の例祭として毎年、7月最終日曜日
に行われています。
八重垣神社は、以前この場所にあった大福田寺(現在は市内東方に所在する)
の鎮守であったと言われており、寺の大門がこの地にあったことが名称の由来
となっています。
神社の祭神は素戔嗚尊(牛頭天王)であり、悪疫の流行や農作物の害虫を防除
し豊作を祈る、虫送り(いもち)の行事として行われてきました。
数多くの松明を灯して行列する様子が描かれていますが、現在では都市化によ
り松明はなくなり、鐘や太鼓を打ち鳴らして町内を巡行しています。


9月28日:25284歩

天武天皇社(桑名市東鍋屋町)

9月7日の桑名市内ウォーキングで立坂神社の次に参拝したのが天武天皇社
です。
天武天皇を祭祀する全国唯一の神社です。

天武天皇社:桑名市東鍋屋町89                  2017,09,07  02:20 PM

桑名市の神社めぐり6社目





                 天 武 天 皇 社
任申の乱(672年)の際に大海人皇子(のちの天武天皇)が桑名に駐泊された
ことにちなみ、建立された神社。古くは新屋敷の地にあったと言われるが、寛
永12年(1635)新屋敷を武家屋敷としたため、鍋屋町南側に移転。
のち鍋屋町北側の現在地に移る。市指定文化財として固山備前介藤原宗次
銘の刀がある。 天武天皇を祭祀する全国唯一の神社。

立坂神社(桑名市新矢田)

9月7日の桑名市内ウォーキングで赤須賀神明社の次に参拝したのが。立坂神社
です。
創建は不明ですが、十世紀にはすでに存在が記録されており、明治時代に矢
田八幡社を合殿し、矢田八幡社となる。
その後、紆余曲折を経て現在の「(延喜式内)立坂神社」の名称となりました。
 
立坂神社:桑名市新矢田2丁目24

桑名市の神社めぐり5社目

2017,09,07  01:59 PM




0



9月27日:24691歩

赤須賀神明社(桑名市赤須賀)

9月7日の桑名市内ウォーキングで 「三重県立桑名高等女学校創立地」の石碑
を見つけた後、赤須賀神明社を参拝しました。


赤須賀神明社:三重県桑名市赤須賀1817−1        2017,09,07  00:57 PM

桑名市の神社めぐり4社目





   桑名市指定無形民俗文化財
  赤須賀神明社石取祭
    昭和56年12月11日指定 指定団体 赤須賀神明社石取祭保存会
赤須賀神明社のの石取祭は、8月14、15、16日に行われ、開勢町・市場町・
蛭子町・辨天町・港町が祭車をだし、鐘や太鼓を打ち鳴らして神明社へ巡行
します。古くは、桑名石取祭の祭車行事(春日神社の石取祭)にも参加をし
ていたようですが、独立し街区の整備とともに祭の形が整い、現在のような
形となりました。
赤須賀の地は、永禄4年に三河国より渡米した士族によって開発された魚師
町で、久波奈名所図絵にも赤須賀神明社で「石取り」を行うとの記録があり
、古くより赤須賀にても石取祭が行われていたことがわかります。
石取祭が現在のような形になったのは、明治33年木曽川の河川改修により
街区が整備された後ですが、以前は船石取にて祭礼をしていたと言われて
います。
昭和20年の空襲により、辨天町を除く5台の祭車は焼失しましたが、その後
各町とも祭車を建造し、現在は6台の祭車が揃い盛大に行われています。
                           平成26年 桑名市教育委員会

桑名高等女学校創立地

9月7日の桑名市内ウォーキングで九華公園のそばに立教小学校があり、その東側
で 桑名高校の前身の一つ 「三重県立桑名高等女学校」の創立跡の石碑があ
りました。

  • 1910年 - 桑名郡立高等女学校開校(後の三重県立桑名高等女学校)。
  • 1923年 - 三重県桑名町立桑名中学校開校(後の三重県立桑名中学校)。
  • 1924年 - 桑名町立桑名実業女学校(後の桑名市立高等女学校)。
  • 1948年5月12日 - 学制改革により三重県立桑名中学校・三重県立桑名高等
  •   女学校・桑名市立高等女学校の三校を統合して、三重県桑名高等学校を設置。

    ・ 1955年3月22日 - 三重県立桑名高等学校と改称。

  • 三重県立桑名高等女学校開校100周年。


  • 三重県立桑名高等女学校創立地                            2017,09,07  00:32 PM









    三重県電話発祥の地

    9月7日の桑名市内ウォーキングで九華公園内の鎮国守国神社参拝後、
    桑名市博物館の前で「三重県電話発祥の地」の記念碑を見つけま
    した。
    三重県で最初の電話は桑名市だったのですね。

    三重県電話発祥の地 :桑名市吉津屋町                       2017,09,07  00:13 PM







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