ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

滋賀県

八王子神社(彦根市小泉町)

7月20日青春18キップでの福井市内ウォーキングを終えて帰りに南彦根駅で
途中下車して駅付近を散策しました。
駅南側には、「ビバシティ彦根」があります映画館やボーリング場などがある
滋賀県最大級のショッピンセンターです。
八王子神社は駅の北側で見つけました。

八王子神社:滋賀県彦根市小泉町621                       2019,07,20  04:25 PM





南彦根駅


ビバシティ彦根   滋賀県彦根市竹ヶ鼻町43-1





9月8日:18174歩

井伊直政公像(JR彦根駅)

7月20日青春18キップでの福井市内ウォーキングを終えて帰りに南彦根駅で
途中下車したくなったのでそのためには彦根駅で各駅停車の電車に乗り
換える為彦根駅で約15分の待ち時間があったので駅の外に出て散策中
に駅前で「井伊直政公像」を見つけたので紹介します。

井伊直政公像:JR彦根駅     滋賀県彦根市古沢町                            2019,07,20  03:55 PM





               井伊直政公像
永禄4年(1561年)現在の静岡県伊谷に生まれ、幼少の頃から文武
両道に励み、慶長5年(1600年)に徳川四天王の一人として天下分
け目の合戦で知られる関ケ原の戦で功をあげ石田光成の居城であ
った佐和山城を与えられ18万石の大名となった。
その後、城を現在の彦根山に移そうとしたが、同7年(1602年)41歳
で病没し、子らが直政の遺志を受け継ぎ20年の歳月を費やし元和8
年(1622年)彦根城を完成させた、こうして、彦根35万石初代藩主井
伊直政公は、今日の彦根市発展の礎を築いたのである。

大川神社(滋賀県長浜市)

7月20日青春18キップで福井市内ウォーキングを終えて帰りはJR福井駅
から敦賀駅で網干行きに乗り換えて、次に近江塩津駅で約25分の
待ち時間がありました。
駅から神社が見えたので急いでいけば待ち時間の間に行けると考え
参拝しました。
神社の名前は大川神社でした。

大川神社:滋賀県長浜市西浅井町余1146                      2019,07,20  02:49 PM







                     大川神社略歴
 1  祭神  土居通増朝臣
 1  由緒 祭神は南朝の忠臣にして伊予の豪族河野通信の後裔なり、元弘3年
       義兵を挙げしより建武の役に際し屡々賊軍と戦いて功あり新田義貞
       氏 詔を以って恒良親王尊良親王を奉護して敦賀に到る殿軍となりし
                 が大嵐雪のため此の地付近において一族三百余騎と共に軍没せらる
                 時に延元元年10月11日なり
                 明治天皇17年その功績を追賞し賜い朝臣に正四位を贈らる 朝臣の外
                 一族の英霊摂社に合祀す
1  大正8年4月11日創立許可
1  祭日大祭 4月11日
                                                                          右大川神社社務所


  朝臣(あそん、あそみ):684年(天武天皇13年)に制定された八色の姓の制度で新
                たに作られた姓(カバネ)で、上から二番目に相当する。
                一番上の真人(まひと)は、主に皇族に与えられたため、皇
                族以外の臣下の中では事実上一番上の地位にあたる。
  屡々(しばしば)
     殿軍(でんぐん)    :  大部隊が移動する時、その最後部(=殿)に位置する軍勢。
                                     特に、退却軍の後部で、敵の追い討ちを防ぐ軍勢。しんがり。
                      後衛ともいう。





9月7日:22065歩

大津市内ウォーキング②逢坂の関跡(大津市)

小倉百人一首の有名な「これやこの 行くも帰るも わかれては しるもしらぬも
逢坂の関」に出てくる関所の跡を見つけました。


逢坂の関跡 京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑







 歴史と自然あふれるまち 大津市
大津は、京都に隣接していることもあり、歴史の舞台に何度も登場して
きた地です。このような背景から、世界文化遺産の比叡山延暦寺をは
じめ、三井寺や石山寺など歴史遺産を有し、平成15年10月には、全国
で10番目の「古都」指定を受けました。
また、日本一の大きさを誇る琵琶湖、比良山系や比叡山などの自然に
恵まれ、これらが生み出す美しい風景と自然を、四季を通じて楽しもこ
とができます。
数多くの歴史遺産と豊かな自然、それらを育む温かい人情にあふれる
大津は、多くの人々を魅了しています。



 逢坂の関
逢坂の関の初出は、平安京遷都の翌年延暦14年(795)に逢坂の関の
前身が廃止されたという「日本書紀」の記述です。
その後、逢坂の関は京の都を守る重要な関所である三関(鈴鹿関・不
破関・逢坂関)のひとつとして、弘仁元年(810)以降、重要な役割を果た
していましたが、平安後期からは徐々に形態化されその形を失ってきま
した。
逢坂の関の位置については関蝉丸神社(上社)から関寺(現在の長安寺
のある辺り)の周辺にあったともいわれますが、いまだにその位置は明ら
かになっていません。




8月28日:19285歩

大津市内ウォーキング②蝉丸神社

大津市内ウォーキング②
京阪 上栄町で下車し関蝉丸神社下社を参拝して、次に上社を参拝し
大谷駅近くの蝉丸神社を参拝して大谷駅から帰りました。

蝉丸神社:大津市大谷町23-11   



2019,07,15  03:40 PM



       蝉丸神社(逢坂山の関の明神)と謡曲蝉丸
蝉丸神社は、{逢坂山の関の明神」ともいう。逢坂山の上場にある
この神社は「蝉丸神社」と呼ばれている。近隣に「関蝉丸神社」の上
社・下社がある。醍醐天皇の第四皇子「蝉丸の宮」は、幼い頃から
盲目となり早く世を捨てた琵琶法師となって、この地、逢坂山の草
庵に住み、往還の人々に琵琶を弾じて世を送っていたという、蝉丸
神社は、このこの蝉丸を祭神であると伝えられている。
謡曲の「蝉丸」をまた、「逆髪」ともいう。醍醐天皇の第三皇女「逆髪
の宮」(蝉丸の姉)は、前世の因縁から頭髪が逆さまに生え立ってい
たといい、世を捨てて流転の生涯を送っていたが、ここ逢坂山で、偶
然にも弟蝉丸の宮と巡り会う。姉弟は互いの哀しい運命を宿縁の因
果と嘆きつつ、再び姉宮はこの地を去り、二人は別れていく・・・という
今昔物語を出展とした謡曲は、この人の悲しい人生譚として現代に語
り伝えられている。

往還(おおかん):行き来する。
人生譚(じんせいたん):ものがたり。

京阪 大谷駅



8月27日:18143歩(sT)

大津市内ウォーキング②関蝉丸神社(上社)

大津市内ウォーキング②
関蝉丸神社(上社)は下社から西へ国道1号線の道路に沿って逢坂山
を約7分登った所に鎮座していました。 
(逢坂山の別名が関山 標高325m)

蝉丸:平安前期の歌人 小倉百人一首の有名な「これやこの 行くも帰るも
     わかれては しるもしらぬも 逢坂の関」の作者。

関蝉丸神社(上社)大津市逢坂1丁目20                                  2019,07,15  03:14 PM






大津市内ウォーキング②天孫神社

大津市内ウォーキング②
滋賀県庁(京町4丁目)の近くで天孫神社を見つけました。

天孫(てんそん)神社:大津市京町3丁目3−36                           2019,07,15  01:50 PM










                           天  孫  神  社
      御祭神
          彦火々出見尊
          国常立尊
      大巳貴尊
      常中津目子尊
  御例祭
       歳旦祭 1月1日
       月次祭 毎月10日
       例祭   10月10日
  御由緒
     社殿によれば人皇台50代恒武天皇の勅命により其地鎮護の神として
     四座の神を煽ぎ奉らせ給う今の四宮の社であります。
     当社は歴代国司の崇敬を受け文禄4年10月近江守源朝臣高次より当郷
     の内参拾石之地を寄附せられ又元亀年中の御遷宮につき佐々木家より
     造営寄進あり豊臣秀吉公の大津城築城以来善城下の鎮護神として当時
     の摂家たる近衛家の尊崇殊の他篤く文政13年 寅年6月拝殿拝所の造営
     に預ったのであります。
     例祭を10月10日にして曳山13本祭禮の行粧として綾羅錦繍の帷帳を垂
     れ笛鉦鼓を以て囃し種々の木偶人を載せて機械の巧を為し所望と云ふて
     権者に乞うことあれば諾して傀儡をなし氏子の町々を巡行するその美観
     壮麗は大津祭と称し湖国一の大祭であることは人の良く知るところであり
     ます。
     当社は元四宮神社または天孫第四大明神とも奉称せしを明治維新の際単
     に天孫神社と改称したのであります。
                            昭和47年9月 記 宮司 滋賀行明

傀儡(かいらい):あやつり人形のこと。


8月26日:18665歩

大津市内ウォーキング②平野神社

大津市内ウォーキング②で7社目に参拝した平野神社は毎年8月9日、境内
では古式ゆかしい蹴鞠の奉納があり蹴鞠神社とも呼ばれています。

平野神社:大津市松本1−8−25                                                     2019,07,15  01:19 PM







                  平野神社御由緒略記
御祭神 平野大明神 大  皇命
      精大明神 猿田彦命
祭儀 例大祭 5月5日
    古式祭 8月5日
平野大明神は 第16代仁徳天皇であります 天智天皇が近江滋賀に
大津の宮を遷都されたとき都の三里以内に守護神として祭祀せられた
天智称制7年(668)鎮座され藤原鎌足公の創建と伝えられる。
精大明神は猿田彦命で 第35代皇極天皇の御代 京都西洞院滋野井
に勧請ありし精大明神を御神託により、大津本宮弧谷に奉遷になり『衢
』びきの神 蹴鞠の守護神として白鳳元年(642)奉遷された 御鎮座当
時封戸数千戸 摂社80社あまり 四時神事怠る事無く代々の帝王特に
後鳥羽天皇は深く崇敬せられ 又武将の崇敬も篤く宮殿の広大な社殿
で実に湖南の壮観な神社であった
然るに応仁の乱で社殿等焼失し その後天正2年現在地に鎮座なる平
野大明神の相殿に遷座し現在に至る 村上天皇の天得年中大宮内に
 蹴鞠の技芸さかんに行われ 飛鳥井・難波両家は晴れのまり会には
必ず御社参されまり遊びや和歌など奉納された 境内には蹴鞠神社の
社標や鞠の形の石灯籠などがある。




8月25日:54136歩(岐阜、関ケ原ウォーキング)

大津市内ウォーキング②石坐神社

大津市内ウォーキング②では合計11社の神社を参拝することが出来ましたが
6社目に参拝したのが石坐神社です。


石坐(いわい)神社:大津市西の庄15−16                                      2019,07,15  00:29 PM







                                             石 坐 神 社
この神社は延喜式に近江国志賀郡八社の一に数えられていることからその
創建の古いことを思わせる。
祭神は海津見神を主神とし天智天皇、弘文天皇、伊賀采女宅子、豊玉比古
命、彦坐王命を祭っている。
むかし千害にあったこの地の人が雨乞いをしたら、ひじょうな応験があって里
人の信仰が深かったと伝えられている。
またこの社は八代竜王社とか高木宮の社号を有したことがある。
重要文化財   木造天命開別命坐像(平安)
    ”      木造伊賀采女宅子媛坐像(平安)
          木造天智天皇坐像(平安)
          木造彦坐王坐像(鎌倉)
県指定文化財 本 殿(鎌倉)


応験:ききめ。効能。神仏などのあらわす不思議な働き。霊験と同じ意味



大津市内ウォーキング②和田神社

大津市内ウォーキング②
膳所城跡公園の散策後、近江大橋の西側で和田神社を見つけて参拝
しました。
境内にある大きい「いちょう」の木は石田光成が関ケ原合戦後、捕われ
て京に護送される途中、休止の際につながれた樹でもあると伝わってい
ます。


和田神社:大津市木下町7−13                                      222019,07,15  00:12 PM







                神社縁起(由緒)
 神社名  和田神社
 御祭神  高龗神(たかおかみのかみ)
 創 建   白鳳4年5月勧請(紀元675年)
   社  殿    本殿(重要文化財)(一間社流造軒唐破風附)
   建  物    拝殿、神饌殿、収蔵庫、社務所、表門、石鳥居
   境内社  五社ノ社、祭神 天照大神、菅原道真公
         稲荷社、 祭神 蔵稲魂命(天保5年3月勧請)
         山神社、 大山祇神
   境   内  743坪
   縁   起   持統帝の朱鳥年頃(678年)から八代竜王社と呼ばれ仁明帝
                 承和2年(825年)から正霊天王社と改称さる,現在の本殿は鎌倉
                  時代の建築様式を代表する他に比類稀な特色を誇り古代建築技
                 術を保存するものとし著名である明治35年国宝の指定を受けその
                 後、昭和39年文化財保護法第115条の規定により重要文化財とな
        った。

持統帝:第41代天皇、持統(じとう)天皇のこと。
仁明帝:第54代天皇 仁明(にんみょう)天皇のこと。






           大津市指定文化財
          天然記念物 和田神社のいちょう 一株
                             大津市木下町
  このいちょう(公孫樹)は滋賀県下において他に例をみないほどの巨木で
  、樹高約24メートル目通り周囲約4.4メートルあります。
  樹齢はおよそ約600年を経ていると推定され多数の気根(地上の幹から出
  て空気中に露出した根)を垂れています。樹勢も均斉のよくとれた美しい姿
  を保つなど貴重な名木です。
  また、このいちょうは和田神社の神木として、されに琵琶湖上から和田の浜
  の目標樹となっていたと思われます。石田光成が関ケ原合戦後、捕われて
  京に護送される途中、休止の際にたながれた樹でもあると伝わっています。
  昭和51年12月に大津市保護樹木に、昭和53年2月に大津市の指定文化財
  となりました。
              大津市教育委員会 平成3年2月



8月24日:18874歩
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