ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

河内長野市(大阪府)

後村上天皇陵(観心寺境内)

3月25日に参拝した観心寺の中に第97代天皇、後村上天皇陵がありました。

後醍醐天皇の第9皇子であった後村上天皇(1328~1368年)は、1359年
南朝2代目の天皇としてこの地に約10か月滞在し政務を見ているので、この
寺は一時皇居でありました。
 後村上天皇は、1368年に住吉大社で崩御されましたが、ゆかりの深い観心
寺に運ばれて金堂の東側の山中に埋葬されたので、観心寺の境内には宮内
庁が管理する御陵(後村上天皇檜尾陵)があります。

後村上天皇陵:観心寺境内

2018,03,25  02:53 PM



後村上天皇檜尾陵(ごむらかみてんのう ひのおの みささぎ)



4月24日:25049歩

楠木正成公御首塚(観心寺境内)

3月25日に参拝した観心寺の中に楠木正成公の首塚がありました。
1336年(延元3年)湊川の合戦で敗れた楠木正成は、弟の正孝と刺し違えて
自刃しました、正成の首級は京都の六条河原で梟首された後、足利尊氏の
命により観心寺に届けられ首塚として祀られました。

首級:読み(しゅきゅう、しるし) 意味(打ち取った敵の首)
梟首:読み(きょうしゅ)、意味(首を主要街道沿いの刑場に3日(2夜)晒(さら)
    すこと、一般には、「晒首」(さらしくび)と呼ばれました。

楠木正成公御首塚:河内長野市 観心寺境内

2018,03,25  02:40 PM




大阪市東淀川区にも楠正成の首塚があります。
楠正成首塚(東淀川区東中島)

4月23日:24573歩

観心寺(河内長野市)

櫻の開花にはまだ早い吉野山を散策後、帰路の途中にある観心寺に
立ち寄りました。

観心寺:大阪府河内長野市寺元475

大楠公の像は上の画像、寺の入り口の手前左側(西側)にあります。

2018,03,25  02:40 PM





                    観 心 寺
奈良時代の役小角が開き、弘法大師の弟子実恵が827年に創立したこの
寺は、楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺としても有名
広い境内には、国宝の金堂をはじめ後村上天皇の槇尾陵・楠公塚・楠公
掛塔などがあり、国宝の如意輪観音坐像をはじめとする重要文化財や、楠
木家文書などの重要な資料が多数所蔵されている。境内は、昭和9年国の
史跡に指定された。


建掛塔:楠正成の発願によって三重塔として建て始めましたが湊川の戦い
      で戦死したことにより、建設途中で未完のままとなったものです。


4月22日:20827歩

吉年邸のくすのき(河内長野市)

河内長野市の長野神社を参拝後、神社のすぐ北側で「吉年邸のくすのき」の
説明板を見つけました。

この吉年家は江戸時代1800年頃、大阪で鋳物が製造できるのは3家しかなく
吉年家は有名寺院や京都御所に梵鐘等、鋳物製品を収めました。
現在も大阪最古の鋳物会社、株式会社 吉年として続いています。
株式会社 吉年

吉年邸のくすのき:河内長野駅前            2018,03,18  01:27 PM



           市指定文化財   吉年邸(よどしてい)のくすのき
     文化財の種類 記念物 天然記念物
     番号 天二
     指定年月日 昭和45年11月26日
  クスノキは、クスノキ科の常緑樹であり、関東南部よりも南のあたたかい地方に多くはえて
  います。樹皮に特徴があり、縦に細かい割れ目があります。巨木に育つことがあり、
  神木に育つことがあり、神木として祀られている場合もあります。また、上品な香りが
  することでも知られています。
  五月から六月にかけて花が咲きます。実は丸く、黒く熟します。
  吉年邸のくすのきは、市の指定を受けた昭和45年時点で、樹高が約20メートル、幹周囲
  が約4.7メートルありました。
  幹や枝を四方に伸ばし、大地にしっかりと根をおろした姿は、生命力にあふれており豊
  かな葉をつけています。クスノキは市の樹木に選ばれています。
                            河内長野市教育委員会 平成15年3月
  常緑樹 一年中 緑の葉をつける樹木




4月12日:27846歩

長野神社(河内長野市)

河内長野駅前の高野街道の碑と説明碑を見た後、そばに大きいい樹木のある
神社のようなものが見えたので近づいてみると長野神社でした。

長野神社:大阪府河内長野市長野町8−19



2018,03,18  01:33 PM



                   長 野 神 社
旧長野・吉野の一部を氏地とするこの神社は素戔嗚大神を祀っている。
また長野恵比寿としてもよく知られている 江戸時代中期の頃までは、木屋
堂宮・牛頭天王宮とも言われ、明治元年に長野神社と改称された。
本殿は重要文化財に指定され一間社流造・正面に千鳥破風の軒唐波風をつ
けた檜皮葺で室町時代末期の建築と考えられている、秋祭りの10月11日に
は古くから伝わる松明神事がとり行われる。これは神社境内に用意された直
径1m50cm、高さ5mの大松明に点火する荘厳な祭りである、なお境内の一角
にあるカヤの木は大阪府の天然記念物である。  
                              昭和60年3月  河内長野市

大阪府の天然記念物  カヤの木


4月11日:15489歩
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