ツアー旅行、小豆島ともう一つのメイン見学地「東洋のマチュピチュ(別子銅
山)」へは小豆島からフェリーで高松へ渡り、新居浜市の山の中にあ
る別子銅山へと向かいました。
元禄4年(1691)から昭和48年(1973)の約280年間の歴史を閉じる
まで住友によって経営された銅山で、日本3大銅山の一つで、かって
は世界一の産銅量を誇りました。日本の貿易や近代化に寄与し、関
連事業を興すことで発展を続け、住友が日本を代表する巨大財閥と
なる礎となりました。
その銅の保管庫の跡が今でも残り標高750mの高い所にあるため
東洋のマチュピチュと呼ばれているのです。

新居浜市内から車で30分、そこで小型バス乗り換えさらに30分の山
の中、東平(とうなる)という所にあります。


8月31日当日は霧で東洋のマチュピチュと呼ばれる全景は写せませんでした。


霧がなければ写せるはずだった景色(カタログをコピー)


小型バスに乗り換えた端出場(はでば)と呼ばれる場所にあった由来記


9月16日:22263歩