ahisats3のブログ

ウオーキング中に見つけた神社、史跡、珍しいもの等を紹介します。

神功皇后

みなと八幡神社(神戸)

 2月4日、神戸市の神社めぐりウォーキングで3社目に参拝したのが湊八幡神社で
す。

湊八幡神社由緒  ホームページより
兵庫区兵庫町(旧湊町1丁目)に在り、御祭神は応神天皇をお祀りしておりま
す。 神功皇后三韓征伐の帰途、摂津国岡野村にお立寄りになられた時、応
神天皇がお生まれにならんとしたため、その地の霊石をお探しになりご誕生
の延期をお祈りしました。
 その祈りが通じた為、その後其の霊石を岡野村より福原街東溝下旧長谷川
楼の辺りに迎えて一社を創立し、その後現在の地に奉遷、湊玉生八幡宮と称
されておりました。そのことは天和二年壬戌八月十五日識すところの旧記によ
り天和以前に創祠されていたことを確認できます。

湊八幡神社:神戸市兵庫区兵庫町1丁目4-37



2017,02,04  09:47 AM



2月14日:27748歩

鉾立ての松(京田辺市)

神功皇后に関係のあった「不違の池」を見つけてさらに歩いて行くと
同じ道沿いで「鉾立ての松」の石碑と説明板を見つけたのです。
説明板によると、この史跡も神功皇后に関係がありました。

鉾立ての松:田辺市興戸北鉾立  2015,10,09 撮影

古事記、日本書紀に神功皇后の軍勢がここを通るときこの松
と杉の間に整列したと記載されています。


説明板によると「鉾立ての杉」が1キロメートル手前のJR同志社前駅付近にある
のを私は見落としていたので次回京田辺市神社めぐりの時に探したいと思
っています。

10月18日:19662歩

神功皇后「不違の池」(京田辺市)

10月9日、京田辺市の神社めぐりウォーキングを終えて戻る途中で
池のそばで説明板と石碑を見つけました。
石碑には「不違(たがわず)の池」と刻まれており、横の説明板に
は、神功皇后がこの池の水で髪を洗い清め、帰りにも必ずここを
通ると約束をして、その通り約束を違え(たがえ)なかったので「た
がわずの池」と呼ばれるようになったと記載されています。

神功皇后「不違の池」の場所:京田辺市興戸



2015,10,09 撮影


神功皇后陵(奈良市山陵町宮の谷)

8月13日、奈良市内を歩いた時に、山陵町(みささぎまち)で
神功皇后陵を見つけました、神功皇后は第14代仲哀天皇
の皇后で、天皇の死を伏せ、自ら男装をして新羅に攻め入
ったとされている人物で、江戸時代までは第15代天皇として
歴代天皇に数えられていましたが、実在しなかった説もあり
、現在では教科書にも出てきません。
また、日本書紀には邪馬台国の卑弥呼が神功皇后であった
と思わせる記述があるようです。

神功(じんぐう)皇后陵:
  古墳の大きさは120mで前方後円墳です。



2014,8,13 撮影

疣水 磯良神社(神功皇后由来)

昨日、見山の郷に行った帰り、総持寺に行く途中に珍しい名
前の神社があったので駐車場も道路に面してあり立ち寄って
みました、境内に水が湧いており、その水で洗えば疣(いぼ)
を取るのに御利益があるそうです。
 
 疣水 磯良神社(いぼみず いそら神社)

 住所:大阪府茨木市三島丘1丁目4-29
  最寄駅:阪急京都線総持寺駅より北へ徒歩14分







御神水 疣水拝受所(御利益のある水を頂くところ)



水は無料ですが紙コップ代が必要です


疣水の由来:
神功皇后が朝鮮へ出兵するとき自分が女であったことから、敵
に嘗(な)められないように男装をして、疣(いぼ)をつけて
顔をいかめしくしようと思い、この神社に立ち寄り、祈願して
湧き出ている水で顔を洗いました。美しかった顔がみるみる大
きな疣だらけの黒い顔になったそうです。

戦いが終わり、皇后の朝鮮出兵のときに水先案内をつとめた志
賀島(福岡県)の安曇磯良をここに残して磯良大神を祀られた。
その時に磯良神社に戦勝の報告をしたあと、再び清水で顔を洗
うと醜い顔が消え、もとの美しい顔に戻ったので喜び勇んで大
和の王城に帰ったそうです。今もこの水を汲みに来る人が大勢
こられています。疣がとれるだけでなく、邪念のけがれを清め
られるともいわれている。

また昔は桜の名所であり、花見には大変賑やかであったそうで
す。

以前は天然記念物「いぼ桜」と呼ばれた淡い紅白色の八重桜が
あったそうですが、昭和19年に枯れてしまったそうです。


5月23日の歩数:21166

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