それでは、特別に、
私が持っている様々な(肉体的な)障害について、
話していきたいと思います。

1998年に受けた手術の後遺症による障害が1番大きくて、
まず、首の動きの著しい制限があります。
普通の人達は、首を前後左右に動かすことは、
全く問題なく、普通に行えると思うのですが、
私の場合は、首の神経(頸神経)を切断していますから、
首の動きは著しく制限されているのです。
でも、長年のリハビリのお陰で、
首の可動域は、普通の人と遜色ないくらいにまで、
広がってきたとは思います。
しかし、首を素早く動かすことは難しくて、
普通の人と比べたならば、スローでぎこちない動きです。


それから、同じく1998年の手術の後遺症として、
軽度の言語障害を持っています。
この言語障害に関しても、
長年のリハビリ、ボイストレーニング等によって、
普通に人と会話ができる(意思疎通ができる)くらいまでは、
回復しています。
しかし、このリハビリやボイストレーニング等を、
もし仮に、1週間でも行わなかったとしたならば、
すぐに、意思疎通ができない(自分の話が相手に聞き取れない)
状態になると思います。

でも、意思疎通は何とかできることはできるのですが、
自分が本当に言いたいことを、口に出して言えない、
自分の頭の中で思いついたことを、すぐに口に出して言えない、
等々の障害は残ったままです。
例えば、発音が難しい言葉を言いたい時は、
自分で、自然に、発音が簡単な言葉に置き換えて、
言うことしかできないのです。
これらのことについては、いくらリハビリ等を一生懸命に行ったとしても、
回復は困難、不可能だと思っています、
(しかし、その代わり、歌を歌ったり、詩を朗読したりといったことは、
普通の人達よりも上手にできると思います。
つまり、決められた台詞でないものに関しては、全くアドリブが利かないということ。
決まりきったものであれば、練習を積めば、上手に出来るということ。)


それから、1998年に、私は、実は2回手術を受けていて、
先程述べた障害に関しては、2回目の手術(計7回目の手術)の後遺症による障害です。
1998年の1回目の手術(6回目の手術)による障害は、
左僧帽筋支配の副神経の切断により、
左腕を真横にまっすぐ伸ばすことができないといった障害です。
この障害については、日常生活において困ることはほとんどありません。
例えば、ラジオ体操とか西野流呼吸法において、
腕を真横にまっすぐ伸ばす動作は、少々きついですが、
しかし、完璧にまっすぐ伸ばすことができないというだけで、
少しだけ腕を曲げて、ごまかして伸ばすことはできますので、
ラジオ体操や西野流呼吸法を人前で行ったとしても、
その障害に気付かれないで過ごすことはできると思います。
(西野塾へ行くことは、至高のお方のお許しが出ないので、
人前で、西野流呼吸法を行う機会は、ほぼありませんが。)

1998年の手術による後遺症の代表的なものは、上記の3つです。
その他にも後遺症は色々あったのですが、
それらの後遺症は、現在では、ほぼ回復したみたいです。


それから、1995年に受けた手術の後遺症としては、
左脳の定位脳手術を受けましたので、
右半身に若干の運動障害が見られることです。
具体的に言ったならば、字を書くことが上手にできないといったことです。
これも、リハビリによって、大分回復はしてきましたが、
しかし、自分がこういう風に筆(ペン)を動かして書きたいと思っても、
必ずと言っていいくらい、自分の意志通りには、
ペンは動いてはくれないのです。
(自分の意志とは、かけ離れた方向に、
ペンは動いていくのです。)
でも、達筆とは言えない程度の文字であれば、
普通の人が読むことができる程度の文字であれば、
普通に、書くことはできます。


元々は、私は、特発性ジストニアという病気で、
左腕を初めとする左半身が右半身と比べたならば、
著しく不自由であるという障害を抱えていたのですが、
それらの障害は、様々なジストニアの手術、
長年のリハビリテーション、
2012年に受けた左腕の骨折の手術、
それから、西野流呼吸法を行うことによって、
ほぼ普通の人達と遜色ないくらいにまで、
回復したみたいです。


それから、私が高校1年生の時(16歳)に、
体育のハンドボールの授業中に、同級生の男子に、
ボールを思い切り投げつけられて、
それで、左中指に酷い突き指をして、
骨折もして、腱も切れたのです。
そして、10年後くらいに腱の再建手術を受けたのですが、
でも、今でも、左中指は物凄く不自由です。
それから、私が、ギターを始めたのは、高校3年の時ですから、
ギターを全く弾いたことがない頃の怪我です。
ギターの弾き始めの頃は、本当に苦労したのですが、
でも、何年も、何十年も、一生懸命に、ギターの練習をしていったならば、
左中指も結構器用に動くようになってきたのです。
(もちろん、今でも、ギターを弾くことは、苦労はしていますが。)


どうして、私は、様々な障害を持っているのかと言ったならば、
私は、人々の悪いカルマを、
ずっと、自分の身に背負って、
生きてきたためです。

私の現世での使命は、イエス・キリスト様が、
自らの死において、成したことを、
私は、生きたまま、成すということなのです。




合   掌




ジョージ・アーナンダ・クリシュナ
George Ananda Krishna