地球市民点描・麻川明(黙雷)

大衆欺瞞の弁証法から大衆啓蒙の弁証法へ 自然権なき市民法は無効である

刑罰に処せられる者がほとんど常に貧しい人々に限られているのは一体どういうわけなのだろうか? 人を無知の状態においておくことは可能であろうが、人を無知にすることは不可能である。 ひとたび何かある対象を見たとなると,見ない以前の状態へ心を戻すことはできない。 ひとたび迷いが覚めると,再び元通りにすることはできない。 人間にそのもっている知識を忘れさせたり,そのいだいている思想を忘れさせたりする方法は かって一度も発見されてはいない

東芝に 原子炉2基の完成求める =米電力会社


 

東芝に
原子炉2基の完成求める
=米電力会社

サザン・カンパニーのファニングCEO(写真)はジョージア州で建設中の原子炉2基の完成を東芝に求める
サザン・カンパニーのファニングCEO(写真)はジョージア州で建設中の原子炉2基の完成を東芝に求める PHOTO: AARON M. SPRECHER/BLOOMBERG NEWS

 【東京】米電力大手サザン・カンパニーのトム・ファニング最高経営責任者(CEO)は、米原子力子会社ウエスチングハウスの破産法適用に動いた東芝に対し、ジョージア州で建設中の原子炉2基の完成を求めると述べた。

 ウエスチングハウスは29日、米連邦破産法第11条の適用を申請した。同社はサザンのボーグル原子力発電所の拡張や別の電力会社スキャナ向け原子炉2基の建設にかかる費用の予算オーバーで苦境に立たされている。

 ファニングCEOは30日に東芝や日本政府との協議に臨む予定。ボーグル原発の拡張プロジェクトは米政府からの支援を受けているとし、今回の問題についてマイク・ペンス副大統領、リック・ペリー・エネルギー長官、ウィルバー・ロス商務長官と意見を交換したことを明らかにした。

 東京訪問中のファニングCEOは29日のインタビューで「財務や経営面の約束だけでなく、倫理面での約束もある」とし、「良きパートナーとして、東芝にこれらの約束の履行を期待する」と話した。

 東芝やウエスチングハウスの幹部と以前会談した際、良い時にも悪い時にも互いを見捨てない約束を交わしたと語り、「互いの目を見て長期的に続くパートナーシップであることを確認した」と続けた。

 だがこうした立場は、現在の東芝や債権者の思惑とは異なる可能性が大きい。東芝は29日、自らが保証したおよそ6500億円のウエスチングハウスの債務では責任を負うとしたものの、

原発建設からは撤退する方針を示した

そのため損失がこれ以上拡大する見通しはないと説明している。

 ファニングCEOは「東芝が義務を果たせるよう」規制や財政面での支援を日本政府に要請すると述べた。

 サザンとしては30日間の建設費用の負担を申し出ており、この期間に今後の工事をどのように進めるかで東芝やウエスチングハウスなどと合意できるよう望むとした。

改めて再読⬅︎【日本権力構造の謎】ウォルフレン著


昨今
ムキ出しの東芝やデタラメな東電、チマチマ権力の自民党⬅︎露見実態
【日本権力構造の謎】早川書房 再読、実態に即してわかりやすく読めた。

著者 ウオルフレン氏(撮影 麻川黙雷)
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目次は下記

❶章 ジャパンプロブレン「見逃されてきた権力の役割」 
❷章 姿を見せない権力
❸章 政治的な競争の欠落
❹章 システムに従う教育制度、座敷牢の日本新聞、便宜を図ってもらう暴力団
❺章 構造汚職、自民党内の官僚と族議員
❻章 服従と秩序、サラリーマン文化の演出者
❼章 保護されない人々
❽章 権力者の上と下の法

下巻
❾章 矛盾の政治的利用、論理性の蔑視
➓章 文化にかこつけた権力、日本人らしさのイデオロギー
11章 宗教としてのシステム、非宗教化の危機感
12章 支配する権利
13章 儀式とオドシ、オドシを通しての秩序
14章 支配強化の一世紀
15章 国家動員の遺産
16章 世界にあって世界に属さず、 政治的選択の不在、孤立感
 

農業労働問題の抜本的解決策⬅︎山下一仁


 

2017.03.27

農業労働問題の抜本的解決策

『週刊農林』第2309号(3月5日)掲載

農業を工業化しよう


 
外国人労働者を需要しているのは
どのような農家だろうか。
それは水田作以外の、野菜・果樹、畜産など
の農家である。

これらの農業では、労働が不足しており、さらに
農業所得も高いので、
追加的な労働を雇用したいという需要がある。
しかし、

日本人の賃金を払うと採算が合わなくなるので、
外国人労働者を需要することになる。逆に言うと、
労働は不足しているものの、
日本人並みの賃金を払うほど農業収益は高くはない
ということである。

前号で示した、
これ以上報酬が上がると外国人労働者の受け入れはきつい
という野菜農家の発言には、
このような経済的な背景がある。

労働供給が過剰な水田作と
不足しているそれ以外の農業とでは、
異なる対策が必要となる。

 
水田以外の農業では、
労働に対する需要はあるが、
収益が低いので、正当な報酬が払えない。

農産物価格が上昇すれば収益が上がるが、
グローバル化の下で海外の農産物と競争しなければならないうえ、
そもそも農産物価格だけ上げるのは不可能だ。

 
経済学的にみると、これらの農業の問題は、
日本では労働が稀少であるにもかかわらず、
労働を多く使う労働集約的な産業であるということである。

資本が相対的に豊富で安い日本で、これらの農業を
存続させようとすれば、労働集約性を減じて、
資本集約性を高めればよい。

具体的には、
機械や装置という生産要素の比重を高めるのである。
労働に対する需要を減らせば、
これらの農業の問題は解決する。

 
モデルは
オランダの装置型農業と日本の水田作農業である。

農産物輸出第二位のオランダ農業は、
安い外国人労働者に依存しているのではない。

高度な先端技術を農業に応用し、資本集約的な農業を実現している。
センサー、ロボット、IT技術など、労働集約性を減じる技術を
日本農業へ適用するのである。

日本の水田作農業も労働集約的だったが、
機械化によって労働節約的、資本集約的な産業に転換した。
残念なことは、農政自身が
規模拡大等を阻み、その能力を発揮することを妨げている
ことである。

 
農業を工業化するのだ。

明治年間、農業保護主義が蔓延する中で、
農業の構造改革を主張したのは、柳田國男だった。
しかし、柳田の主張は
農業界にはほとんど受け入れられなかった。東畑精一は、
農業が工業と違うことを力説する農業界と柳田との違いを、
次のように解説している。

 
「柳田氏の言論はまさにただ孤独なる荒野の叫びとして
あっただけである
。だれも氏の問題意識の深さや広さを感得するものはなく
、その影響を受けうるだけの準備を持つものは
無くして終わったのである。

(中略)農村・農民・農業は、他の社会・商工業者・他産業とは、
いかに同一性格を持つかの大本を知ろうとしないで、
差異を示し特殊性を荷っているかを
血まなこに探し求めるに過ぎなかったのである。
どうして柳田國男を理解し得よう。
『あれは法学士の農業論にすぎない』のである。」
(東畑精一『農書に歴史あり』1973年、P80)


労働供給の増加策


 他方で、農業への労働供給を高める努力も必要である。幸い
農業に関心を持つ人たちが増えている。しかし、農業技術を取得して
農業をしようとしても、ムラ社会では農地を取得することは簡単ではない。

それだけではない。それ以前の問題として、
農地の取得を認めない農地法という制度がある。

農政自身が
農業への労働供給を制限してきたのである。

 
農業に新しく参入しようとすると、農産物販売が軌道に乗るまでに
機械の借入れや生活費などで最低500万円は必要である
といわれる。

農業と関係のある企業は、「農業は装置産業だ」
と言っている。装置産業とは、一定量の生産のために、巨大な装置が必要
になる産業である。

農業にとって
装置としては農地がまず考えられる。

農地の性能がよくなければ、作物の生産性はあがらない。
地面があるから、そこに何か植えれば、それで収穫ができるという
ものではない。肥料や農薬などの運転費用も当然必要であるが、

堆肥を入れたり、土の腐食化を図ったりして土づくりをして、さらに、
暗渠や明渠など、土木的な措置を施して、田や畑を作り上げていかなければならない。

そのための初期投資が必要になる。また、田植え機、トラクターや
コンバインなどの機械への投資も必要である。農業には、大きな投資が必要になる。

 
それだけではない。農業には技術が必要である。また、
土地の条件や周りの環境によって肥料や農薬のやり方など微妙な調整が必要だ
し、仮に上手くいったとしても、天候によって作物が収穫できないことも覚悟
しておく必要がある。

はじめてから数年間は収入がない
ことを見越して生活資金を用意しておかなければならない。

 
本来装置産業の場合は、
長期の資金やリスクマネーによって設備投資し、その設備によって
生産性を高めて、競争力をつけていく。そのために望ましい資金は、

金利のつかない投資資金、すなわち"出資"である。

融資の場合には元金と利子を返済しなければならないが、
出資の場合には、失敗したら返す必要はない。

リスクの高い事業を行おうとする一般企業の世界ではそれが常識である。

ところが、農業の担い手たちは、必要な資金もリスクも高いのに、
運転資金も設備投資の資金も借金で賄うしかない。

友人や親戚に出資してもらい、株式会社を作って
農地を買うことは、
農地法で禁じられているからだ。

 
当初、農地法は
法人が農地を所有したり耕作したりすることを想像すらしていなかった。

しかし、節税目的で農家が法人化した例が出たため、
これを認めるかどうかで農政は混乱した。ようやく、1962年に

「農業生産法人制度」が農地法に導入されたが、これは
農家が法人化するものを念頭に置いたものであり、
株式会社形態のものは認められなかった。

厳しい要件を課したうえで、株式会社を認めたのは
2000年になってである。

以降規制緩和がなされてきたが、
農地所有も可能な株式会社を作って農業に参入することは、
これらの出資者の過半が農業関係者でない限り、農地法上認められない。

 
このため、新規参入者は銀行などから借り入れるしかないので、
失敗すれば大きな借金が残る。

農業には自然条件による経営リスクがあるほか、法律制度上も
農業は参入リスクが高い産業となっている。

株式会社なら失敗しても友人や親戚等からの出資金がなくなるだけで、
「ごめんなさい」と頭を下げれば済む。

株式会社のメリットは、事業リスクを株式の発行によって分散できる
ことだが、農地制度は、意欲のある人がベンチャー株式会社を作って
農業に参入する道を
自ら絶っている。

 
農家の子弟だと、たとえ郷里を離れて東京や大阪に住んでいようと、
農業に関心を持たない人であろうと、相続で農地は自動的に取得できる。

耕作放棄しても、おとがめなしである。
それなのに、農業に魅力を感じて就農しようとする人たちには、
農地取得を困難にして、農業という「職業選択の自由」を奪っている
のだ。

 
逆に言うと、農政は
農業の後継者を農家の
後継者からしか求めてこなかったのだ。

農家の子供が農業は嫌だと言ってしまえば、農業の後継者はいなくなる。
これが高齢化の一因でもある。

農家以外の新規就農者は全体の15%に過ぎない。これに対し、
デンマークでは、新規就農者の6割が非農家出身である。

 
農政は新規就農者のために多額の予算を投下している
(農林水産省は、青年就農者1人に年間150万円、最長7年間
、計1,050万円を交付する事業を推進している)が、

自らの制度が新規就農を阻んでいることに気がつかない。
出資によるベンチャービジネスを認めれば、
新規就農者は自由に資金を調達できるので、多額の補助金を新規就農者に
与える必要はない

 
農地制度にはもうひとつ問題がある。
不十分なゾーニング規制である。

ヨーロッパでは、土地の都市的利用と農業的利用を明確に区別する
ゾーニングが確立し、農地資源を確保している。その下で、

他産業の成長が農村地域からの人口流出をもたらしたので、
自動的に一戸当たりの農地面積は増加した。

 
我が国でも「都市計画法」で市街化区域と市街化調整区域が区分され、
「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)により
指定された"農用地区域"では、転用が認められないことになっている。

しかし、これらのゾーニング規制は十分に運用されなかった。
農家が、農地転用が容易な市街化区域内へ自らの農地が線引きされる
ことを望んだからである。

 
我が国で農業の規模が拡大しないのは、
二つの原因がある。

ゾーニング規制が甘いので、簡単に農地を宅地に転用できる。
農地を貸していると、売ってくれと言う人が出てきたときに、
すぐには返してもらえない。さらに、

高米価政策でコストの高い農家も農業を続ける。
以上から、主業農家が農地を借りようとしても、農地は出てこない。

 
食料安全保障の見地から農地資源を確保するためにも、農業を振興する
ためにも、ゾーニングを徹底したうえで、

農業後継者の出現を妨げている
農地法は、廃止すべきである。

これが、シンプルで抜本的な解決策である。
真剣に農業問題を考えている人たちなら異存はない
と思うのだが、いかがだろうか?

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