2020年07月04日

第二夜 4

夏目漱石「夢十夜」、第二夜から  





 懸物が見える。行灯が見える。畳が見える。和尚の薬缶頭がありありと見える。鰐口を開いて嘲笑った声まで聞える。怪しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香がした。何だ線香のくせに。

 自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやと云うほど擲った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思に身を巨巌の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。

 それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。   





夢十夜 第二夜 4   
Posted by aimotokiyotaka at 09:26Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2020年06月08日

第二夜 3

夏目漱石「夢十夜」、第二夜から  





 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ這入った。そうして朱鞘の短刀を引き摺り出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃が一度に暗い部屋で光った。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、九寸五分の先へ来てやむをえず尖ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇が顫えた。

 短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽を組んだ。――趙州曰く無と。無とは何だ。糞坊主めとはがみをした。

 奥歯を強く咬み締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。   





夢十夜 第二夜 3   
Posted by aimotokiyotaka at 09:24Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2020年05月04日

第二夜 2

夏目漱石「夢十夜」、第二夜から    





 立膝をしたまま、左の手で座蒲団を捲って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して、その上にどっかり坐った。

 お前は侍である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向をむいた。怪しからん。

 隣の広間の床に据えてある置時計が次の刻を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室する。そうして和尚の首と悟りと引替にしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。

 もし悟れなければ自刃する。侍が辱しめられて、生きている訳には行かない。綺麗に死んでしまう。





夢十夜 第二夜 2   
Posted by aimotokiyotaka at 11:10Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2020年04月10日

第二夜 1

夏目漱石「夢十夜」、第二夜から   





 こんな夢を見た。

 和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

 襖の画は蕪村の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。床には海中文殊の軸が懸っている。焚き残した線香が暗い方でいまだに臭っている。広い寺だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す丸行灯の丸い影が、仰向く途端に生きてるように見えた。  



夢十夜 第二夜 1   
Posted by aimotokiyotaka at 14:58Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2020年02月08日

平泉の法華経を授かった女 現代ギリシャ語

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平泉の法華経を授かった女 現代ギリシャ語 

  
Posted by aimotokiyotaka at 08:52Comments(0)撰集抄

2019年12月07日

平泉の法華経を授かった女

 私は、平泉の洌と言う所に住んだことがある。見回すと、さか柴山と呼ばれる山が見えた。すくっと上がる樹々の立ち姿、岩々が見せる形、走る水流の線の具合、それらの美しさは、絵に描こうとしても、どう筆を置いたら良いのかも分からない程だった。 

 私は、集落を離れてあたりを歩き回った。すると、川端に人の背丈の倍ほどの石塔があるのに行き当たった。柵で囲まれて、きれいに草刈りもされて、手入れが行き届いていた。

 集落に戻って、あれは何だろうと村人に尋ねた。こういう話だった。 

「昔、ここに居た豪族に娘が一人ありました。その娘は、法華経を学びたいと思っていました。けれども、教えて呉れる僧もいません。嘆き暮らしていると、ある日、天井から「教えて遣ろう」と声がしたのです。不思議に思ったのですが、声の言う通り、下に座って教わりました。八日が経って、法華経を一通り読み終わったのです。そこで、娘は思い切って、天井裏を覗いて見ました。そこには苔に覆われた髑髏がありました。けれども、その舌は、生きている人の様だったのです。驚いた娘は、「これは、一体、どなた様なのですか?」と尋ねました。髑髏はこう答えました。「これは延暦寺の僧、慈恵大師の頭なのだ。お前の志しに感心してここに来たのだ。教え終わった今、直ぐに、柴山に埋めなさい」。そこで、ここに埋葬して、塔などを建てたのです。」

  
Posted by aimotokiyotaka at 09:19Comments(0)撰集抄

2019年11月16日

第一夜 4

夏目漱石「夢十夜」、第一夜から  






 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。  

 すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。    





夢十夜 第一夜 4

  
Posted by aimotokiyotaka at 14:27Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2019年09月28日

第一夜 3

夏目漱石「夢十夜」、第一夜から  





 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑かな縁の鋭

どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

 それから星の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったんだろうと思った。抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。 




 自分は苔の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。

 しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと上って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。   





夢十夜 第一夜3   
Posted by aimotokiyotaka at 08:42Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2019年08月09日

第一夜 2

夏目漱石「夢十夜」、第一夜から  





 しばらくして、女がまたこう云った。

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」

 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」

 自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、

「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。   


夢十夜 第一夜2 

  
Posted by aimotokiyotaka at 13:05Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2019年07月15日

第一夜 1

夏目漱石「夢十夜」、第一夜から 



 こんな夢を見た。

 腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。

 自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに睜たまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。

 じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。 


夢十夜 第一夜.001   
Posted by aimotokiyotaka at 08:46Comments(0)夏目漱石 夢十夜

2019年04月09日

雲林院の説法で発心した人 現代ギリシャ語

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雲林院の説法で発心した人 現代ギリシャ語.001 

  
Posted by aimotokiyotaka at 08:43Comments(0)撰集抄

2018年12月24日

雲林院の説法で発心した人

 その人は、京の都に住む裕福な人だった。それに、品位のある人だった。その人が、ある時、雲林院で行われた説法に出掛けて行った。その人は庭で静かに導師の説話を聴いていた。 

 仏法を説く導師の語り口は神々しい様で、人々は、涙を流して有難がっていた。その人も、心の底から感銘してしまった。 

 そして、その人は、そのまま家に帰ることもなく、出家してしまったのだ。 

 その人は、山の奥に粗末な庵を自分一人で建てた。そして、昼間は、庵の中でずっとお経を唱えていた。日が暮れて暗くなると、都に降りて、広く歩き回って物乞いをし、僅かばかりのものを深く感謝し頂いて帰った。身を伸ばして休む間はなかった。 

 何故、昼間に都を回らないのか、と問う人があった。その人は、明るい内だと多くの人に会い、女性を見ると妻を思い出し、子供を見ると我が子を思い出す、それが煩悩になるからと答えた。 

 そうして三年が経ち、ある夕方、その人は、西に沈む太陽を拝みながら死んだ。 

  
Posted by aimotokiyotaka at 09:26Comments(0)撰集抄

2018年11月10日

花林院永玄僧正 現代ギリシャ語

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花林院永玄僧正 現代ギリシャ語 1






花林院永玄僧正 現代ギリシャ語 2

  
Posted by aimotokiyotaka at 18:15Comments(0)撰集抄

2018年04月19日

花林院永玄僧正

 最近のことだ。宮廷の高官、源経信が田上と言う山里に住んでいた。 

 ある年の九月、月は下弦の頃だった。 

 夕暮れ時に、六十を過ぎた様な年頃の僧が現れた。顔立ちはとても端正で聡明そうであった。その僧が物乞をした。 

 僧はとても窶れていた。けれども、只人には見えなかった。経信は僧を招き入れて、もて成した。夜も更けた頃、他に誰もいない部屋へ僧を連れて入り、人に聞かれない様に、「貴方は一体如何言うお方か?」と尋ねた。経信が静かにもう一度尋ねると、僧は泣きながら語り出した。 

 「私は、興福寺の花林院に住んで居ました。研鑽も積んで、仏教も深く学んでいました。ところが、ある女性と知り合ってしまいました。僧であるにも拘らず、その女性と愛し合ってしまったのです。隠していたのですが、人に知られることになりました。それで、二人で逃げ出したのです。」  

 経信は、その女性も連れて来る様にと僧に言った。僧は、黙したまま頷いて退出した。そして、僧はそのまま居なくなってしまった。

 経信は、この僧が気掛かりで興福寺に手紙を書いて尋ねてみた。この様な返事が来た。 「それは永玄と言う僧だと思う。豊富な学識を修め、深い智慧も身に着けていた。一方で、人と交わるのを嫌がり、一人黙想に耽り勝ちだった。余りに優秀なので貫主に推挙されたのだが、失踪してしまった。」 

 人里離れた所で、永玄は独り言を言った。

 「老蘇の森にあると言う、追って近づくと消えてしまう帚木の様に、仏は追っても追っても遠くにいる。六十を越した私だけれど、その仏の姿を追って国中を歩いて回ろう。木曾の懸橋も渡ろう、佐野の船橋も渡ろう、逢坂の関も越そう、鳴海潟も歩こう、鹿の斑模様の様に雪が残る富士の麓も歩こう、どこも忘れられない美しさがある、けれども、仏の美しさは、いつも、向こうなのだ。」

  
Posted by aimotokiyotaka at 13:34Comments(0)撰集抄

2018年01月18日

播磨の国のある僧 現代ギリシャ語

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播磨の国のある僧 現代ギリシャ語 

  
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2017年12月19日

播磨の国のある僧 動詞 形容詞

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播磨の国のある僧 動詞 形容詞 
  
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2017年12月18日

播磨の国のある僧 名詞

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播磨の国のある僧 名詞 
  
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2017年11月16日

播磨の国のある僧

 昔、播磨の国にいた僧の事。麓がそのまま海に面している山があった。その麓で渚である場所に、粗末な庵を建て、一人の僧が住み着いた。 

 村人の一人が、僧になった分けを聞くとこの様に語った。 

 「自分には深く愛し合った妻があったのだけれど、果無くなってしまった。もしや妻が獄に落ちて呵責を受けているのではないかと思うと、自分が心苦しくてならなくなった。それで、一心に祈りを上げて、弔うことにしたのだ。」 

 僧は、只々、祈りを挙げていた。数ヶ月経った頃、僧は初めて村に現れて、「私は明朝死ぬ。皆様には大変親切にして頂いた。」と言った。 

 村人は、それを本当にはしなかった。翌朝、夜明けに、東の空に不思議な雲が立った。村人が、僧の庵に行ってみると、僧は西に向いて合掌したまま死んでいた。

  
Posted by aimotokiyotaka at 21:10Comments(0)撰集抄

2017年09月16日

青蓮院眞譽 現代ギリシャ語

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青蓮院實譽 現代ギリシャ語 

  
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2017年08月31日

青蓮院眞譽 動詞

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青蓮院實譽 動詞   
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