2018年04月19日

花林院永玄僧正

 最近のことだ。宮廷の高官、源経信が田上と言う山里に住んでいた。 

 ある年の九月、月は下弦の頃だった。 

 夕暮れ時に、六十を過ぎた様な年頃の僧が現れた。顔立ちはとても端正で聡明そうであった。その僧が物乞をした。 

 僧はとても窶れていた。けれども、只人には見えなかった。経信は僧を招き入れて、もて成した。夜も更けた頃、他に誰もいない部屋へ僧を連れて入り、人に聞かれない様に、「貴方は一体如何言うお方か?」と尋ねた。経信が静かにもう一度尋ねると、僧は泣きながら語り出した。 

 「私は、興福寺の花林院に住んで居ました。研鑽も積んで、仏教も深く学んでいました。ところが、ある女性と知り合ってしまいました。僧であるにも拘らず、その女性と愛し合ってしまったのです。隠していたのですが、人に知られることになりました。それで、二人で逃げ出したのです。」  

 経信は、その女性も連れて来る様にと僧に言った。僧は、黙したまま頷いて退出した。そして、僧はそのまま居なくなってしまった。

 経信は、この僧が気掛かりで興福寺に手紙を書いて尋ねてみた。この様な返事が来た。 「それは永玄と言う僧だと思う。豊富な学識を修め、深い智慧も身に着けていた。一方で、人と交わるのを嫌がり、一人黙想に耽り勝ちだった。余りに優秀なので貫主に推挙されたのだが、失踪してしまった。」 

 人里離れた所で、永玄は独り言を言った。

 「老蘇の森にあると言う、追って近づくと消えてしまう帚木の様に、仏は追っても追っても遠くにいる。六十を越した私だけれど、その仏の姿を追って国中を歩いて回ろう。木曾の懸橋も渡ろう、佐野の船橋も渡ろう、逢坂の関も越そう、鳴海潟も歩こう、鹿の斑模様の様に雪が残る富士の麓も歩こう、どこも忘れられない美しさがある、けれども、仏の美しさは、いつも、向こうなのだ。」

  
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2018年01月18日

播磨の国のある僧 現代ギリシャ語

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播磨の国のある僧 現代ギリシャ語 

  
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2017年12月19日

播磨の国のある僧 動詞 形容詞

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播磨の国のある僧 動詞 形容詞 
  
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2017年12月18日

播磨の国のある僧 名詞

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播磨の国のある僧 名詞 
  
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2017年11月16日

播磨の国のある僧

 昔、播磨の国にいた僧の事。麓がそのまま海に面している山があった。その麓で渚である場所に、粗末な庵を建て、一人の僧が住み着いた。 

 村人の一人が、僧になった分けを聞くとこの様に語った。 

 「自分には深く愛し合った妻があったのだけれど、果無くなってしまった。もしや妻が獄に落ちて呵責を受けているのではないかと思うと、自分が心苦しくてならなくなった。それで、一心に祈りを上げて、弔うことにしたのだ。」 

 僧は、只々、祈りを挙げていた。数ヶ月経った頃、僧は初めて村に現れて、「私は明朝死ぬ。皆様には大変親切にして頂いた。」と言った。 

 村人は、それを本当にはしなかった。翌朝、夜明けに、東の空に不思議な雲が立った。村人が、僧の庵に行ってみると、僧は西に向いて合掌したまま死んでいた。

  
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2017年09月16日

青蓮院眞譽 現代ギリシャ語

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青蓮院實譽 現代ギリシャ語 

  
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2017年08月31日

青蓮院眞譽 動詞

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青蓮院實譽 動詞   
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2017年08月30日

青蓮院眞譽 名詞

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青蓮院實譽 名詞 
  
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2017年02月11日

青蓮院眞譽

 昔、筑前の国に行った。そこの人が、「それほど前でないのだが、どこから来たとも知れない僧が住着いた。卑しいものではない様だったが、とても窶れていた。髪も髭も茫茫だった。ほとんど食べなかった。いつも物思いに沈んでいた。時々、念仏を唱え、屢々、泣いていた。猟をする者、漁をする者を見ると、ひどく苦しんで、「きっと、念仏する様に」と言っていた。そうして、山の中に入り、森の奥深くに座って、そこから動かなくなった。一年が経って、様子を見に行くと、僧の姿はなく、一枚の板に歌が書かれていた。  心からくらはし山の 世をわたり 問はんともせず 法の道をば  筆跡はとても美しかった。」と語って、悲しんだ。その人は青蓮院譽だと、私は思う。  譽は、帝の子供だった。七歳の時、母が亡くなると、仏門に入った。類い稀な深い知恵を持つ僧に成長していた。けれど、十八歳の時、どこへともなく、姿を消していたのだ。  


2017年9月12日訂正: 
」は「 」の間違い。   
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2017年01月21日

一和僧都 現代ギリシャ語

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 一和僧都 現代ギリシャ語

  
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2017年01月05日

一和僧都 動詞

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一和僧都 動詞 
  
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2016年12月30日

一和僧都 名詞

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一和僧都 名詞 
  
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2016年02月29日

一和僧都

 昔、奈良に一和と言う人がいた。一途に仏教を学んだ人だった。研鑽の末、僧都の位まで進んだ。彼の博学な知識と深遠な智慧には、寺の僧侶たちだけでなく、世間の人々も賞讃を与えていた。 

 ところが、一和には驚くことが起こった。当時、奈良の都には、全国から秀才が集まる学校があった。その主任講師が新しく選ばれた。一和は自分が選ばれると思っていたのだけれど、選ばれたのは別の人だったのだ。 

 これも運命だと納得しようとしたのだけれど、一和は、やはり、心残りがあった。それで、持経だけを持って、都を出て行った。 

 一和は、浜千鳥の後を追って、尾張の鳴海潟と言う所に着いた。そこにあった社で祈りを上げた。すると、神が現れて言った。「思いは何で包んでも隠せない。お前は恨みを抱いて寺を出た。それは果まで行っても晴れはしない。本寺に戻って精進するんだ。」 

 千鳥の落とす涙の様な滴が一和を洗った。

  
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2016年01月10日

行賀僧都 現代ギリシャ語

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行賀僧都 現代ギリシャ語 

  
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2015年12月20日

行賀僧都 動詞

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行賀僧都 動詞

  
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2015年12月19日

行賀僧都 名詞

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行賀僧都 名詞 
  
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2015年06月28日

行賀僧都

 昔、奈良に行賀僧都と言う人がいた。人々に、世界に現れている仏の法を示していた。 ある夕方、一人の男が人目を忍んで行賀を訪ねて来た。四十歳ばかりに見える、見窄らしい身なりの法師だった。 

 泣きながら僧都に語った。「叶うとは思わないけれど、それでも、お助け下さるかとの一縷の望みを持って来ました。背中に悪い瘡が出来ているのです。それで、もう死んでしまいそうなのです。高名な医師は、もし徳の高い僧の左の耳を取って来たら治るだろう、と言うのです。」 

 行賀は男の背中を見た。もう腐っていた。そして、剃刀で自分の耳を切り落とし、男に与えた。男は受け取ると、行賀を拝みながら去って行った。 

 何年か後、行賀はある荒れ果てた寺を訪れた。そこには、観音像があった。それを拝むと、行賀の左耳は元通りになった。像の背中には、新しく修繕された跡があった。

  
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2015年05月07日

讚州白峰 現代ギリシャ語

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ちゃんとしたギリシャ語にはなっていないのでしょうが、、  


讚州白峰 現代ギリシャ語 
  
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2015年04月11日

讚州白峰 動詞/形容詞/副詞

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讚州白峰 動詞/形容詞/副詞 
  
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2015年04月08日

讚州白峰 名詞

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讚州白峰 名詞
  
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