父と娘、枝川親子の愛がいっぱいの贈り物

お父さんと一人娘の枝川真理 いつまで経っても子離れ出来ず 親ばかお父さんの枝川泰士 思った事、お仕事の事、感じた事そのままに

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カテゴリ: 昭和の思い出

日本の八月

ただただ 安らかに 心から そう思います。

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僕が生まれたのは戦後5年 戦争は知らない

けど 戦争のなごりはあったように記憶しています。

子供達が遊ぶ草原に 時々 焼夷弾の残骸
機関銃の玉 などが見つかっていました。

市場や街で 傷痍軍人さんが白い服を着て
物乞いをしている姿をよく見かけた。

当時の人達のお陰で、ものすごい勢いで日本は経済発展を遂げ
その第一線で頑張られた皆さんは 老いて・・・
今を どう思われるのでしょうね。

僕は 激動の昭和は知らない

【戦争を知らない子供達】という歌

正にその通りの 僕です。

僕が20歳の頃に流行った歌だったと思います。

平和、穏やか、仲よく助け合う、すれていない まじめ 頑張る
目標がある 夢がある そんな風情でした。

よかったなぁ~と つくづく思う。 あの頃の日本  あぁ~~~

高校生の時、感じた事

あんたも いつか親に
君も いつか親に  ははっ

これは えらい世の中になるわなと・・・

心の復興 100年かかると言う人もいた。

えらいとは偉いでは無いのですね

関西では とんでもないことを えらいこっや
疲れた時に
あぁ~ えらいは などと使います。

今日は 西の方を向いて合掌


寒いので、きっちり締めていた心の扉
やっと 温かくなり 少し扉を開けて 外を覗いてみました。

すると ふと こんな 光景を 思い出しました。

春の日差しが心地いい ほんんわり あたたかい

母は仕事で 2歳からずっと育ててもらった ばあちゃん

何でもよく知っていた。物知りばあちゃん

明治43年、生きていれば106歳




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ばあちゃんの背中

温かくて やさしくて

とっても きもちいい

ばあちゃんの背中は

いつまでも 

僕の 心の中



昔のばあちゃん、じいちゃんは 物知りでした。 
そして 昔ながらの知恵がありましたね。

僕のこのような絵には
母と、ばあちゃんが時おり登場いたします。

何十年経って 僕も同じような歳になり

懐かしくて しかたがないのです。

私達 枝川親子に お仕事のご依頼を頂く皆さん
とっても おじいちゃん、おばあちゃんを大切にされる
おやさしい 心ある方ばかりです。

頂くメールにそれは、それは 目頭が熱くなる事も多いです。
僕も歳のせいでしょうかね。

春本番は 一つ越えた あの山まで 来ています。

今週の12日の鉛筆画講座の日

新しい方もお見えになるとかです。

それでは 皆様と、お会いできるのを楽しみに。



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