二週間ぶりに楽しみにしていた小説を読もうと、朝食後新聞を開いた。
1週抜けたのだが、左程話しは展開しておらず、とりえずはつながった。けど、やっぱり気になるので、古新聞を漁ったら回収に出されてしまったあとで諦めざるをえなかった。

 今週は愛人に殺された父に娘が想いをはせるのだが、重たいはずの悲しみをふんわりと描いている。まず、これですごいと思う。悲しい辛いと声高にいうのは簡単で、軽く描きながらきっちりと気持ちが伝わるのは丁寧に言葉をつむいでいるからなのだろう。

「きれいできちんとした理由のためだけに生きられるわけではない。」

 すごいねぇ、この若さで。
これだけ重たい事をさらりと言えるのだから、よしもとばななという人はすごいんだとあらためて思った。こういう大事なことをキチンと立ち止まって言葉にできるからこの人は作家なのだ。一般人はこういうことに引っかかってしまうと、重たくて先すすめなくなる。だから、そんなこと気がつかないフリして日常生活を送っているのだ。

 だいたい、この意味、若い時だったらわからなかったね、私は。

 今日、このブログを書くのに、トラックバックを張るのに検索したら、挿絵を描いている大野舞さんという人のブログにぶち当たった。彼女の柔らかい色使い、すっきりとしたタッチによる装飾的な画風は、仄かな悲しみと明るさを持ったこの小説とあいまって、殺風景な紙面に土曜の朝の のんびり感を作り出していてとても いい。

 来週はまた来られないので、母に土曜の新聞はとっとくように言わなくてわ。