北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

September 2005

高速鉄道の工事現場

少しでも交通が便利になれば・・・
ここに引っ越して来た頃、毎日、そう思っていました。

これは、私の家から車で5分ほどの工事現場です。
鉄道建設の最中ですが、これによって、ミラノ、トリノ、ローマ、
そしてフランスの方まで、高速で走る列車が開通できるようになるとのこと。

工事現場

高速ということは、停車駅は、ミラノ、
トリノのような主要都市だけで、
その間に住んでいる私には、
あまり恩恵がないかもしれません。

この工事現場は、初めてここに来た春から、
あまり大きな進展は、ないです。

最初の頃、町役場の人からの説明では、
"トリノオリンピックのために"でしたが
オリンピックは、来年の2月。少し難しそうです。



もし、完成してしまったら、水田に生息するサギ(airone)が
驚いてしまうのでは、ないかと心配なので、ずっとこのままがいいです。私には。
そう思いながら、工事現場の近くでしばらくぼんやり立っていました。

帰り道、私より少し年下のお友達、エリザベータに会いました。
彼女のトヨタの車も彼女自身も泥だらけ。
金髪の髪を持ち、青い目で背が高い、典型的な北イタリアの綺麗な女性です。
"元気? 今日は、耕運機の調子が悪くて、もう終わり。疲れたから早めに寝るのよ"

まだ夕方です。
"普段は、何時まで働いているの。"
"昨日は、朝7時から夜の11時まで。"

"稲刈りは、オートマ車。RIEも体験してみる?でも洋服は、
汚れてもいい格好よ。"

東京でずっとマンションで生活していた私には、家庭菜園ですら経験がありません。
育てた植物は、朝顔とベコニアくらいです。

将来、ワイン畑で働いてみたいとずっと思っていましたが、
北イタリアのお米の産地で稲刈りを体験できるとは、
考えたこともありませんでした。

東京からイタリアに来て、滞在した都市は、ボローニャ、ヴェネツィア、ローマ。

今、住んでいる田舎町は、名も知れず、特別でない普通のところです。

それが、なぜか昔に住んでいた場所を何年かして久しぶりに訪れて、
住んでいるような感覚がします。

ここでの友人もまるで幼なじみのように思うこともあるのです。


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この町に新しく開く店舗

私の家の前の広場にある町営のオフィスやお店専用の建物は、
何も使われずにそのままになってしまっている空間です。

いつものように、家の裏口から入ろうと広場の前を横切っていた時、
何かポスターのような物が視界に入り、見てみると、張り紙がしてあります。
ここでもうすぐ開店するお店がある・・・。何のお店かしら。

それは、お城専用の不動産屋でした。
ピエモンテ州の田舎であるこの地区は、お城が多く、
隣町では、お城の上階部分に住居、そして地上階は、レストランになっていたり、
また別の町では、町役場がお城のところもあります。

castello1










写真は、車で少し行ったところにあるお城で、ゴミ箱の前にひっそりとある
廃墟になってしまったお城です。

castello2


"お城専用の不動産屋"
お城の一室を賃貸して、ワインセラーを作るというのも可能なのかもしれません。
いつか、そんなEnoteca(エノテカ)を作ることができるくらいになりたい。

そんなことを町役場の人に話すと、
"それなら、もっといいところがある・・・。"




それは、町の教会の地下にある秘密の空間があるそうで、
稲刈りが終わったら、見学したいと頼んでみようと楽しみです。

でも、今の時期は無理です。
この町では、女性の町長以外、町役場の人は、自分の農業の稲刈りで忙しいのですから。



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深夜急行で

ナポリ発ボルツァーノ(トレンティーノ アルト・アディジェ州の都市)行きの
深夜急行。


朝、ピエモンテ州の自宅から16km離れた最寄駅までバスで行き、
ユーロスターでローマに午後到着しました。
大変でありながらも週に一回は、ワインの知識を広げるために
ローマで講義を受けているからです。

約7時間のローマ滞在後、どうしても翌日の早朝に用事のあるミラノまで
行かなければならず、この深夜急行に乗ることになったのです。

朝に乗ったユーロスターに比べると、イタリアを南部から出発し
オーストリア国境に近い北部までの深夜急行は、初めて乗ることもあり、
警戒していました。

6人席で深夜行くので、一緒のコンパートメントに乗る安全な人を探す。
ドイツ人に近い容姿を持つ北イタリアの人ばかりをひたすら探すことに。
彼らは、ナポリやローマを旅行して家に帰る人々のように思われ、安心だったから。

この列車のホーム番号だけなかなか出てこない。
ため息をつきながら、掲示板を見ていました。

やがて8番ホームという数字が現れると同時に歓声に近い声がして、
約60人以上のジプシーのグループがホームに向かっていくのが見えたのです。

大変、混雑した車内。空いている席を見つけるのがせいいっぱいです。

私のコンパートメントは、旅行を終え、北イタリアに帰る若いカップル
そしてトスカーナまで帰る夫婦が1席に2人で。そして70代の北部の女性2人。

列車に乗ったものの、ローマからなかなか出発しないで、そのまま1時間近く停車。

"困ったわ。なんで出発しないのかしら。私は、明日、朝ミラノで仕事があるのに。"と
話しかけると、

"ジプシーを下ろすために、警察が来てる。きっと、もうすぐ出発だよ。そう願おう。"
トスカーナに帰る夫婦が外を見ながら、話してくれました。

そう聞いて、私も窓を大きく開け、顔を外に出してホームの後方を見ると、
駅の構内に警察の車が来ています。

やがて出発し、夜のイタリアの街を列車が行きます。寝てる乗客は、少なく
各コンパートメントでしばらく話声が続き、深夜すぎた停車駅でも、
乗り降りする人で車内は、ざわめいています。

隣に座った70代の女性が突然、見知らぬ言語で一緒に座ってる女性に話しかけたので、

"どこの出身ですか。イタリア語が流暢だったから、ずっとイタリア人と思っていました。"と
声をかけると、"ルーマニアから来て、もう20年も過ぎたからよ。"と生きていくために
50代半ばの時にイタリアに渡ってきたという。

私が少し怪しげだと思い、警戒していた国籍不明の家族は、席がなく、通路に
大きなカバンをいすにして座っていて、2人の小さな子供が疲れきっている。

ふいに思い出したことがありました。

それは、ヴェネツィアでゲットーにある中学校の授業の一部に通っていた頃のこと。移民として
同じ授業に出席していたパキスタン人の男性は、幼い子供と2人で暮らし、

"以前は、ローマにいたけれど、移民が多く、仕事も環境も考えて、ヴェネツィアに
来たら、ホテルのレストランで働けるようになって、しかも学校にも行かせてもらえ
て、嬉しいんだ。"と休み時間に語っていたことです。

車内にある荷物は、どうみても旅行のようでなく、家族も疲れてて、楽しそうな様子は、
微塵もない。新しい生活と仕事を見つけるために、北に行くのだろうか。

真夜中と明け方の境目の時間に、以前住んでいたボローニャ駅を通過しました。
今朝もユーロスターでここを通ったばかりです。

やがて、あんなにローマで停車していたにも関わらず、時間通りの早朝6時半にミラノに到着。
この列車は、旅行客の楽しい雰囲気と違い、何か事情をかかえた人々の集まりのようでした。

まだ暗い中、駅には、たくさんの人で、駅から出て、暖かいカプチーノでも飲もうと
Bar(バール)に向かうと、

街燈の明かりが綺麗な中央駅を写真やビデオに収めている日本人観光客や
暗い中、スーツケースを引きずり、楽しげに駅に向かう女の子たち。
日本の旅行会社の名前入りのタッグと話し声で日本人だとわかり、急に辺りが
華やかな雰囲気に包まれていきます。

列車を降り、ほっとした私は、あと少し、午後がくれば、ピエモンテに帰るからと
励ます思いで、駅前のBarのカプチーノとチョコレートクリーム入りのパンが
いつもよりおいしく感じました。

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PromoRiso(お米の販売促進)の催し

日曜日の夕方は、お米の販売促進(Riso Promozione)の催しが行われている
Novara市の旧市街に行ってきました。

16km離れている私の町は、お米の産地なので、もちろん、この催しに
参加しています。私の町の町長、そして農家の人にもこの会場で会いました。

promoriso 1



Sesia(セジア)川 東部の灌漑協会(私の町もこのゾーンにあたります。
すべての用水路を管理、コントロールしているところです。)が
用水路の写真、模型などを展示していました。

あんなに、田舎での生活が絶望的な時期もあったにもかかわらず、
私もすっかり、この町の住民になってしまいました。
最近、お米が夢にまで出てきてしまうくらいです。

今日は、他の町で行われているRicettoでのワイン祭りに行くことよりも
町が参加しているお米の販売促進を選んだのですから。

旧市街の中心で、コンサートやリゾットが配られたり、都市に住む
人々は、週末をお散歩を兼ねて楽しんでいました。

この販売促進用で配られたリゾットが、そのまま夕食になりました。

リゾットは、2種類。ゴルゴンゾーラチーズのリゾットと
ノバラ風リゾットのパニッシャ(paniscia)です。
大きなパルミジャーノチーズをおなべのように器にしていました。

promoriso2










リゾットが配られ、ミニコンサートが開かれた辺りで
片隅にひっそりと農耕具などが置いてあったのを
目にした人がいたのでしょうか・・・。
町役場と農家の人がトラックでわざわざ運んだのです。
気が付かない人の方が多いみたいで、少し悲しくなりました。

友人は、"明日から、大変な日々が続くな・・・。"とため息をついて、
"ここから24km行ったところに、とてもいいビールのお店があるんだ。
これから行ってみないか。"

この催しの終わった明日から35日間、稲刈りで、町の農家の人は、
朝から夜遅くまで働き、一番忙しい時期がやってくるのです。


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黒いお米(Riso Venere)を使ったリゾット

今日は、私の友人で、この田舎でずっと生まれて育ったジェンニィさんの作る家庭料理です。

Riso Venere




この土地で作られている
黒いお米(Riso Venere)を
使ったリゾットです。





いつも、彼女は、少し年上の女性の友人として、
一緒にブティックでお洋服を見たリ、電話をしたりしています。

私と同じくらいの年齢の子供のいるお母さんであることは、知っていましたが、
そんなイタリアのマンマの顔を持つジェンニィを見たのは、昨夜が初めてです。

私は、いつしか、母の隣でお料理をするのをじっと見ていた幼い頃に戻ったような気持ちでした。

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家庭料理は、いたってシンプルで、前菜、リゾット、メインと
あっという間に出来上がってしまいます。

ハム類とカリフラワーの手作りのマヨネーズ和えが前菜。
そしてリゾット、仔牛のポルチーニ茸クリームソース。

一番、時間がかかったのは、黒いお米の加熱時間で、
通常のお米のリゾットと比べると2倍の時間で40分。
仔牛肉のクリームソースは、10分くらいで出来ました。

夕食が終わると夜中の12時。約5時間近くの夕食時間です。
たくさん飲んでいたわけでなく、ワインは、全員で私の持っていった1本のみ。
(夕食を作る最中に、ジェンニィがお料理用のワインをコップに入れてくれて、
2人で少しだけ、飲みながら作っていましたが・・・。)

前菜だけで約2時間楽しく話していたかもれません。

VE






次回は、私が何か日本食でも作ることになってます。
特別に日本から取り寄せたものを使うわけでなく、
大好きなピエモンテ州の土地のものを使うことにします。

比較的日本のお米に近い品種のもので、この田舎の町で作られたお米で
栗ごはんやキノコをつかった炊き込みごはん。
ちょうど、栗もそしてキノコもおいしい季節です。

そして、この土地は、お肉料理なので、メインは、地鶏や仔牛肉を使ったもので
何にしようかと考え中です。


リゾットは、このように作っていました。

黒いお米のリゾットに必要なものは、黒いお米の他にサルビア、バター、そしてお野菜、塩。

サルビアは、外にあるサルビアの鉢から。
そしてたっぷりのバターでサルビアをこんがりとするまで炒めていきます。

サルビアの鉢サルビア






一方で黒いお米をたっぷりのお水で40分茹でます。
茹でているお湯にセロリやにんじんなどのお野菜を
さいの目に切ったものを入れていました。

茹でているお湯の色は、濃いアズキ色になります。
そしてまるでパスタのようにざるにあけてお湯をきって、
サルビア入りのフライパンで炒めて出来上がりです。

risotto





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夕食会の前に

土曜日の夕食会のために、ワインを買いにバスで30分。
都市の旧市街にあるエノテカに来ています。

ピエモンテでは、ワイン生産者の農家まで車で行き、
6〜18本くらいまとめて買いに行く場合もありますが、

今回は、ワインショップであるエノテカで選びます。

私が、黒いお米のリゾットに合わせて、選んだワインは、Sauvignon bianco

お米の持つ野性的な香り、それだけでなく、リゾットに私の友人は、
バターと香草であるサルビアを使うので、さらに香りを楽しむ一皿になります。
そこで、同じく香りを持つブドウの品種のSauvignonを選びました。

バターを使うソースになるので、酸がしっかりしていて、
爽やかなミネラル感のあるワインがぜひ、欲しいと思いました。

今回、買ったものは、トレンティーノ地方のワインです。
MASO FURLI
TRENTINO SAUVIGNON BIANCO 2002
14.50euro


ここのエノテカのソムリエは、穏やかで、話していて、
とても勉強になることも多く、また情報交換も大切な時間です。
置いてあるすべてのワイン、ひとつひとつが彼の試飲によって、
選ばれており、有名な生産者だけでなく、小さな生産者のものもあり、
この空間で約20.30分でもお話をして過ごす時間は、幸せに思うのです。

ENOTECA LOMBARDI
vicolo Monte Ariolo 4a Novara


さて、エノテカを出た私は、一刻も早く帰りたかったです。
夕食会までに、そして夫が帰って来る前に 
たまってしまった家事も多く、終わらせないといけない仕事の準備・・・。
おそらく昼食を作る時間もないかもしれない。

やはり、いつものことながら、この都市に来ても、
私の町まで行くバスは、約2時間後。

急いでも焦っても無理。
ワインを持って、旧市街をのんびりと楽しむ気持ちで散策していました。

no 1no 2






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contadini 農家の人たち

景色

もうすぐ稲刈りです。

この地域の持つ美しい風景は、
季節によって変化していき、 

この時期は、一面が黄金色になる秋の水田地帯と
そこに生息するairone(サギ)、

とうもろこし畑の中から時々現れる
小さな野うさぎ、きじなどの野生動物です。


友人の持っている田畑は、ピエモンテ州の自然保護地区の湿地帯にあります。

ここでは、多くの人が農家の家を田畑近くに持っていても、住んでいるところは、
2kmくらい離れた町の集落地のような場所に大きな邸宅とガレージを持っています。

保護地区では、携帯電話の音も禁止であったり、規制が大変厳しいので
住宅としては、建てられないのかもしれません。

気さくで優しいピエモンテの農家の人たち。でもそれだけで終わらない。
仕事に情熱があり、そしてその仕事に自信もある面を多く感じます。

お米を作っている友人と、Biella(ビエラ)のポレンタ祭りに行った時のことです。

田園風景の中を車で通り過ぎただけで
"この稲は・・・S.Andreaだな。"と品種名を言うので、

"なぜ、わかるの。"

"じゃあ、見てみようか。"と車を停め、
あぜ道にしゃがみ、その稲穂を指でさわりながら、見て

"うん。やっぱり S.Andreaだ。この地域は、これを作ってるのか・・・。"と
真剣な表情で、そして周囲に広がる田畑を見渡していました。
稲
S.Andrea  
この時期(9月初旬)ピエモンテ北部ビエラでは、
まだ緑色です。






この友人家族から、お米料理を教えてもらうために、
今週の土曜日は、夕食を作るお手伝いをすることになり、
私は、とても楽しみにしてるのです。

それは、この地域だけが持つ独特で新しい郷土料理。
黒いお米の産地として本格的生産されるようになってからの
お料理です。

"黒いお米のリゾット"

このお米の持つ野生的な独特の香り、そしてバターも
たっぷり使うことも考えて持っていくワインを考えているところです。



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マロニエの街路樹の下で

ここからバスで40分。マロニエの街路樹の下、散策していました。

急に"からん"と大きな音で私の足元で、道路を打ちつける音がして
びっくりしてみると、とげのある殻に包まれた実でした。
少し、違えば、頭の上に落ちるところだったので、危ないところでした。

marronnier


13時をとっくに過ぎていたので、出来立てのパンでも買って、ベンチで
お昼にでもしようと街路樹の近くのお店に入ると、たくさんの子供たち。
ちょうど学校の帰りだったのです。

ここの町によく来るようになったのは、夏の終わりから。
まだ休暇中のお店も多く、ひっそりとしていた街並みが、
いつのまにか、色とりどりの華やかなカバンを背負った子供たちで
また違った景色になりました。
ゆっくりであるけれど、いつの間にか、時間が経過しています。

それでは、ジェラートでも・・・と入ると、今度は、お仕事の休憩時間らしく、
スーツ姿の男性がカバンを片手に、そしてもう一方の手は、ジェラートを。

スーツ姿は、もちろん、ジェラート屋さんもパン屋さんも私の住む農業の町には、
ないのですから、なんだかそんな場面を見て、心が華やかな気持ちにすらなります。

最近の私は、なんだかおしゃべりになってしまったようで、バスの中でも
こんなベンチでも近くに座った初対面の人にどんどん話しかけてしまいます。

"お店込んでるから、少し待っているの。まだ帰りのバスまで時間あるから。"
"まあどこに住んでるの。"というところから始まり、

"この大きな病院は・・・"と目の前にある赤レンガの大きな歴史を感じる建物について
話題にした時、
"これはね・・・。昔、病院だったところ。残念だけど、閉鎖してて今は、半分
大学が使っていて、あとは、何にも使ってないのよ。"と

廃墟だったんだ・・・。ここも。

昔は、とても大きな都市だったこの町。
不思議な気持ちで聞いていました。

挨拶程度にお話を始めたはずが、この都市で生まれ育ったという70〜80代の2人の女性の話に
引き込まれていき、そのままバスの時間になり、別れました。



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ランキングに登録してから、たくさんの方に見ていただき、嬉しいです。
ありがとうございます。

ワインについて思ったこと その2

ネッビオーロ種のワインの協同組合のワインナリー

住んでいる町から車で約1時間半のところにあります。
大きなその協同組合に販売所に入って見た最初の光景は、
まるで昔、灯油を入れていたようなポリタンクをいくつも持ってきて
次々と詰められ、それをカートで外に駐車している車まで運ぶ
ピエモンテの地元の人々。

私の抱いていたワインの産地での協同組合の醸造所のイメージが大きく違い、
少なからず、その光景を見た時、私は、ショックでした。

ローマから張り切ってワインの産地のピエモンテ州に
引っ越してきたばかりだった時のことです。

でもその後にブログを作るきっかけにもなったここでの田舎生活。

自分の中で勝手に想像していたイタリアの絶妙な味わいの豊かな家庭料理と
一流の技術で醸造されたピエモンテ州の高級なワインを追い求めているだけでは、

ピエモンテの田舎での一般での生活の本質が、見えてこないですから、
本来のこの土地の暮らしのあり方を見失ってしまうところでした。

ピエモンテに来てから、ネッビオーロ種がこんなに身近に毎日食卓で
飲めるということで、ワインの産地に来たという実感があるのは、確かです。


vezza1












私は、何種類か試飲させてもらったけれど、
ここでのネッビオーロ種を選ばず、白ワインのRoero Arneisを選びました。

アルコール度数が15%という高さもあり、ブドウの品種の持つ、フルーティで
繊細な味わいの中にすっきりとした辛口を感じたのです。

非常にシンプルであり、特別な手を加えたワインというものでは、ありません。
普段に飲むには、シンプルな白ワインで気に入りました。
和食にも合う・・・と思ったので。
手作りのお寿司に。

生のお刺身などは、普段、イタリアで使わないので、
いわしをオリーブオイルで塩、胡椒でグリルにして、作ったにぎりずしで
このワインを楽しみました。

出来る限りの試飲を重ねて、地元の人々との信頼を深めていくこと。
方向性がわからなくなることがあっても、
正しいやり方でワインの勉強をしているのだから、自身を持って継続していくこと。

そして何よりもワインと食事を家族や友達と楽しむ。
それがワインの鑑賞をするにあたって、いつも思うことです。

Cantina del Nebbiolo S.C.A
Vezza d'Alba (CN) Via Torino 17  (休)月曜日


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Ricettoのある町

田園地帯だけでなく、ああ自分の住む田舎に帰ってきたなと
都市から戻るたびに感じるもののひとつにricetto(リチェット)が
あります。

ricettoを日本のイタリア語の辞書で調べると"逃げ場"
"中世の城壁の農民用の避難所"などと書かれていました。

実際には、ここの土地でいうricettoとは、昔、お米の保管や
大切な農耕具などを置いていたりしたそうです。
現在は、廃墟のようになったしまっているところが多く、
町役場などが所有し、改築して今後も様々なことに
利用していく予定ですが、このスローな町では、計画が
まだまだ進んでいません。

"逃げ場"などでなく、農業で使う大切な役目を持った場所がricetto。
辞書とは、大きく意味が違います。

ricetto











ピエモンテ州のある町で今月末にricettoでのワイン祭りもあります。

私が今後、働く予定の場所も、夫の仕事場もこの町の中心にあるricettoを
改築したものです。

実は、私の家も改築されているものの、ricettoだったのかもしれません。

これは、床でないですよ。天井です。レンガの天井なのです。
最初、"カンティーナ(ワインセラー)みたい。"と
思って喜んでいたものでした。
soffitto






私の住む町の周辺には、中世の城塞のようなお城がたくさんあります。

近郊の町で人口が400人もいない小さな町の中心にも、
3つもお城があります。

ひとつは、町役場が、あとの2つは、個人の所有です。

いつも乗るバスの運転手さんから説明を受けました。
まるで、彼の仕事は、観光バスのドライバー兼ガイドです。

先日は、ずっと夢中で歴史の話を40分してました。
お城とフランス、スペイン、オーストリア軍による
ピエモンテ地方の支配についての話とお城の関係のことでした。

"でも私の町には、ひとつもお城がないわ。町役場も昔の豪華な邸宅だけど
お城では、ない・・・もっと小さな*村にもあるのに。"と言うと

"君の住むところは、ricettoがたくさんある。お城のようなものだよ。"と。

*村
私の町も、こんなに小さく全人口が800人なら、村といえるかもしれないですが、
今まで私が町と紹介して書いているのは、この地区には、もっと
小さな分離した集落があり、行政的に隣接する市町村に属している区域が
数多くあるからです。(frazioneとイタリア語で表示されます。)



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寒い秋の空

寒い1日

長く降り続いた雨がやんだら、
急に気温が下がりました。
今日は、寒い1日です。

今まで、紹介してきたように、この土地での生活は、
素敵なことがたくさんあります。

その反面、本当に大変だと感じることも多いです。

明日は、ミラノに行きますが、その交通手段・・・。
夫が仕事でトスカーナに出張していて不在です。
車も持っていってしまってます。


列車に乗るため、駅まで約15km。
朝、駅まで行くバスは、学校の通学時間に合わせているので
始発に乗っても、遅れてしまいます。

そこで、私は、ここから高速の入り口まで自転車で5km。
高速道路バス ミラノ行きに。

この高速道路バスは、ミラノ、トリノ間を走っています。
金額は、列車のチケットとほぼ同じです。

高速道路入り口まで行けばいいので、田舎の町や村に住む
私には、列車の駅よりも近くて便利です。

朝、まだ暗い5時半に自転車で出発して、約30分。
バスの停留所は、高速道路の入り口にある墓地前です。

日本の墓地のように怖い雰囲気がなくても、やはり暗い中、
バスが来るまで、地味な姿でぼんやり立っていて

しかも、余裕を持って行ってるので、待っている時間も長く、
自転車の取り外しの出来るライトを本にかざして読んでいます。

暗い中、ぼんやりとライトで照らしながら立ってるので、
きっと他の人が見たら、自分以上に怖いかもしれません。

明日もそんな1日で、頑張らないと。
たくさんの目標もあるからと自分に言い聞かせていました。

自転車なので雨が降らないようにと願っていた時、

近所のジェン二ィさんから電話。

"明日、朝、高速道路バスの日でしょ。天気予報は、晴れだけど
空の様子が心配だわ。明日、6時前にあなたの家の前に行くわ。
バス停まで送るわ。"

"でもジェンニィは、何時から仕事なの。そんなに早くないでしょ。"

"8時までの行けばいいの。家は、いつも7時半に出るけれど、その前に
送っていくわ。"

明日のミラノの仕事のことは、食事の時に彼女と隣の席だったので、

"次は、ミラノにいつ行かないといけないの?"

"20日。でも今日ほど早くないから、高速バスの停留所まで自転車で行く。"と
話していたのをずっと覚えていたようです。

夕方になってから、空が少し明るくなってきて、明日は、雨が降らない可能性が
高いなと思って、大丈夫だから、自分で行くわと電話しようと何度も思いながら、

朝、出かける前に優しいジェンニィさんに会いたいとも思い、そのままにして
おきました。

私は、ひとりでこの田舎の町で頑張ってこれたのではなくて、
こんな風にこの土地の人々に助けられながら、今の私があります。






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ランキングで急に50位以内にあったのでびっくりです。
ありがとうございます。
今後も素敵なイタリアの人々の様子など多くの人に
知っていただけるように書いていきます。

polenta(ポレンタ)とbaccala(バッカラ)のお祭り

雨上がりのどんよりとした日曜日の午後、
友達と夕食に出かけるから一緒に行こうと近所の友人から電話がありました。

"雨が上がったから、お買い物のお散歩をするために少し早く出発するよ。"

日曜日の夕方にお買い物???

イタリアでは、日曜日は、お店は、すべてお休みなはずです。

今日の夕食の目的の町に近づくと、多くの人たちがお散歩してます。
ここは、普段、教習所で来る町。どうみても平日よりもずっと多いのです。

商店街になっているメイン通りに行くと、すべてお店が開いていました。
みんなそれを楽しそうにしています。

"今日は、特別な日。tutto fuori(すべて外に)と呼ばれているの。"と教えてくれます。
よく見ると、お店の外にも商品が並んでいます。
見てみると、店外に置かれている商品は、半額以下のものも多いです。


tutto fuori
暗くなって夕食に向かう頃、寒くなってきました。
周りをみると11月頃の服装の人々で、厚手のジャンパー姿です。
ダウンジャケットを着てる人も見ました。






綿で出来た厚手のセーターを着てきたものの
"えっ・・・。それしか着てこなかったの。"と言われてしまいました。
まだ9月。今年は、特別に天候が良くないとのことだけれど、
ローマから引っ越してきた私にとっては、ピエモンテの天候は、
思っていた以上に寒いようです。

今日は、この町でpolenta(ポレンタ)とbaccala(バッカラ 塩漬けにしたメルルーサ。
辞書に"塩漬けのたら"とありますが、メルルーサの方が、たらよりも少しくせが
あるように思います。)のお祭りです。

以前、紹介した私の町のお祭りやビエラのポレンタ祭りと同じように
仮設テントの下でお食事を楽しみます。

polenta(ポレンタ)は、ビエラのポレンタと違い、シンプル。
写真で見た目もビエラの時と違うのがよくわかると思います。
とうもろこしの粉にお水を加えて焼いたもので、あっさりとした付け合せです。

バッカラは、トマト味で煮込んでいました。

ポレンタとバッカラ










実は、私は、ポレンタは、家では、作ったことがありませんでした。
家から歩いてすぐ、大きなとうもろこし畑が広がっていて、
お米ととうもろこしの町だと知っていても、とうもろこしは、飼料として
使うのかなとしか思ってなかったのです。

"ねえ、家でよくポレンタ作るの。"と友人たちに聞いてみました。

"うん。そうよ。うちは、牛乳を入れて柔らかに仕上げるわ。"
"うちは、オーブンで焼くのだけど、たきぎのオーブンよ。"

たきぎ・・・でオーブン・・・。そんなうちもあるんだ。
ピザのお店やグリルのレストランだけだと思っていたから、驚きました。
田舎の食卓は、まだまだ知らないことが多いです。

私は、この他にpaniscia(パニッシャ)も食べました。暖かい田舎のリゾットが
食べたかったからです。やはりお祭りは、パニッシャですもの。
でも、ここでは、呼び方が違います。panissa(パニッサ)

私の町は、ノバラ地方で、今日、来た町は、ヴェルチェッリ地方。
同じものでも呼び方が違うのです。どちらの地方もお米の産地です。

お祭りといえば、やはり音楽のステージ。ここでもありました。

70代以上の人々も多く踊っています。楽しそうで素敵です。
danza1







そして私の友達グループは、ツイストで踊っていました。

nakama 1



"RIEも私たちと踊らなきゃ。来なさい!"と。
nakama2







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用水路

用水路

写真は、用水路の水底です。

透き通っていて、
底に生えている藻が
水の流れにそって
なびいている様子が見えます。

ここは、以前、紹介した
蛙釣りをしていた熟年女性
立っていた場所。

ここは、まだ町役場の裏で
大通りの近くです。

用水路の近くに、よく
airone(サギ)の鳥を
見かけます。

大きいものになると
全長1mくらいで、
最初、びっくりして
怖かったものです。



写真を撮ろうと思っても私の自転車の音でさっと
飛び立ってしまい、近くからは、なかなか撮影できません。


aironeの種類は、比較的小さな白サギから大きな青サギなど
水田のあぜ道を歩いていれば、必ず、何匹かに遭遇します。

グワー、グワー、グワーという鳴き声で
その姿と飛び立つ白い美しい姿から想像できないような声です。


日曜日の朝ですぐ近くの教会の鐘の音がとても綺麗で、
ミサの時間が終わったのでしょうか。

日曜日の食事は、いつも友人がいろいろなところに誘ってくれます。
イタリアの文化、歴史、ワインなどに興味があって勉強してる私に
素敵な機会をたくさん作ってくれます。
それを読んでくださってる皆さんに是非、また紹介したいと思います。


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Madonna Nera (黒い聖母)のいる町

町役場からもらったピエモンテ州の無料の聖域ガイドブック。

宗教に興味があるわけでないものの、周辺地域の歴史と観光案内書が
欲しいと話したら、これをもらいました。
もし、日本で歴史のガイドブックが欲しいと外国人の人から頼まれれば
京都の寺院の説明書を参考文献のひとつに渡すかもしれないので
同じことだと思い、大切にしています。

そこで、その歴史ある建物をみてみたいので、さっそく町役場の友人の案内で
出かけてみました。

(Santuario di Oropa )
ここは、海抜1200mにある、ピエモンテ州の古くからの巡礼地です。
Biella(ポレンタ祭りのあったビエッラ)から車で登っていきます。
アルプス山脈地域の中で、重要な聖母マリアのひとつでもあり、
黒い聖母(Madonna Nera)が崇拝されているのです。
伝説によると、Sant'Eusebio(聖エウセビオ)がこの土地に
黒い聖母マリアの信仰を広め、4世紀にこの土地に彫像を持ってきたということです。

黒い聖母1

町役場の掲示板に町民のこの黒い聖母の巡礼ツアーなる企画を見つけました。
車で行けば、すぐの距離ですが、ツアーとなってるので1日がかりです。
偶然、同じ日に私たちもここを訪れていたのでした。





Oropa 1Oropa 2






朝9時に出発して"Croce Bianca:白い十字架"という名前のレストランでお食事まで付いていて
ミサは、16時半から。それまで一体、どこでどのように時間を過ごしてるのか
わかりません。レストラン名まで宗教的です。

グループにばったりと出会いましたが平均年齢70代以上。
みんな思い思いに教会前でうろうろしていたのが、まだ14時。
あと2時間半どうなるのか・・・。疲れ果ててた町の人も。
添乗員さんは、大変です。

お土産売り場にまで
時間をもてあましてしまった私の町の人々がいました。
宗教に関する商品が置いてある以外、観光地のお土産売り場は、
キーホルダー、絵葉書など、日本とあまり変わらないです。
たくさんの絵葉書など、楽しく私も見ていました。

私の町の企画する巡礼ツアーは、ビエッラまでのバスと
添乗員、ランチ(Croce Bianca)で
参加費が30ユーロでした。

Biella(ビエッラ)の町は、繊維業で有名です。
多くの美しい宮殿のような邸宅は、昔からこの繊維業で会社を経営する人々の
家族が持つものであると友人から聞きました。

町に帰るまでの道沿いには、アウトレットのブランドの衣料品店が多いです。
日本からも繊維業の人が仕事で訪れていることでしょう。
イタリアのブランドの洋服が多く、この町で作られています。

お米ととうもろこしの粉のパスタ

"いつ、稲刈りが始まるの。もう始まってるところもあるのを見たから。"と
農業をしている友人に聞いてみました。

すでに稲穂は、黄金色に色づいてるものの、今年は、
この北部ピエモンテでは、夏があまり暑くならず、
収穫がいつもより少し遅れていて、あと1週間くらい、
様子をみて始める様子です。
お米の他にも,とうもろこしなども少し遅れています。

そう言われてみれば、暑くて汗をかいたなと思う日が、
1日か2日あったかどうかで買った扇風機もほとんど使わない日々でした。

今日は、この町の特産品のお米ととうもろこしの粉から作られたパスタを紹介します。
この商品は、今後できる町の物産店で販売予定です。
とうもろこしの粉のために、黄色っぽい色をしたパスタです。

riso&mais

普通の小麦粉のパスタと違うので、どんなソースが合うのか
考えました。半分は、お米の粉なので、リゾットを想像し、

ヴェネツィア地方のリゾットでパンチャッタ
(pancetta 豚のばら肉の塩漬け 生のベーコンこと)と
グリンピースのリゾットがあったので、それをヒントにして

またとうもろこしの粉の風味を考えて南米のタコスを
思い出して、たまねぎとぺペロンチーノ
(peperoncino 唐辛子)とトマトを入れてみました。




お料理
パンチェッタのことですが、よく日本のイタリア料理レシピで
カルボナーラなどパンチェッタを使う料理で"日本では、
手に入りにくいので、ベーコンで代用"などと書いてある本も
ありましたが、今回、実は、一時帰国の時に買ってきて
もらった夫の故郷、北海道の厚切りのベーコンを使ってます。

ここイタリアでは、パンチェッタのいいものがたくさんありますが、
一度、この北海道のボリュームのある厚切りベーコンを食べたら、
是非、これでイタリアのお料理を作りたい・・・と思ったほどです。

気候的にも、北部にあり、ワインと酪農の地方で北海道とピエモンテは、
少し似ているところもあります。

これらの材料をオリーブオイルで炒めて、塩、胡椒。塩分の入ったベーコンを
考えて塩は、ごく少量にしました。またベーコンを炒めた時に白ワインを少し
加えています。
(1リットルで1ユーロの料理用にスーパーのセールで買ったワインを使ってます。)

パスタのゆで時間を使ってソース作り。15分の簡単クッキングです。

このパスタを食べてみた感想は、やはりとうもろこしとお米の粉から
出来ているだけあって、通常のパスタよりもおなかがいっぱいになり
歯ごたえもあります。

通常のパスタに比べ、風味があるので、ゴルゴンゾーラなど
何種類かのピエモンテ州のチーズを使ったクリームソース、
または、ミートソースにチーズをたっぷりかけたものに
もっと合うかもしれないです。

イタリア料理の参考にしている本類は、昨年、CORRIERE DELLA SERAという新聞の
毎週木曜日に1冊ずつ付録として(+6.9ユーロ 創刊号の前菜、その次のパスタ編のみ新聞を買えば無料)買ったものです。前菜、パスタ、お米料理、スープ ・・・・から始まり、肉類、魚類、野菜料理、チーズ、ピザ、デザート・・・カクテル、食前酒など全部揃えると20冊になります。

libri

今回は、この町の特産品を使って、私のオリジナルのパスタでしたが、
この日曜日にこの田舎で生まれ育った友人のジェンニィさんに
家庭お料理を教えてもらいます。

次回、ピエモンテの水田地帯のマンマの料理を是非、紹介したいと思います。

最近ワインについて思ったこと。

私の住んでる町から16km離れたノバラ市から、9月の毎週土曜日に
朝9時出発、19時到着のワインナリーとお食事のコースがあります。
これは、旅行会社の企画でなく、ピエモンテ州とノバラ市の企画です。

毎回、ワインナリーの場所が違いますが、おそらく
知り合い同士の紹介で決めているのか・・・県内の中でもあまり知られている
ワインナリーではないです。
それにお食事は、農家のお食事でアグリツーリズモ。
ランチのコースと もちろんワイン、お水、コーヒーまで付いて
参加費は、15ユーロです。

有名なワインとおいしいお食事というよりは、ごく一般的なワインナリーと
その農家の食堂のお食事と都会から来る人にとっては、丘陵地帯の景色を
楽しむのが目的。一流のワインを求めるツアーというわけでは、ないんですよ。

そこで思い出したことが、近所のレストランで副町長と会食した時のこと。

今後、作る予定の町営の物産店で、私も町の企画に参加していますが、
同じ銘柄のワインでも本当においしいものがあるとします。
でも、ここで展示する予定のワインは、試飲用でいただいて、試飲したものの
ごく一般のワインのレベル。

こんなのでは、万が一、ワイン通の日本人が訪れた場合、あきれられてしまうと
思って、正直に副町長に話しました。
"どのように商品を選んでいるのですか"と思わず、聞いてみたところ、

副町長は、"友達関係のつながりで"と笑いながら答え、"ワインだけですか。"
"ほとんど、全商品。"とのことで、そう答えたあと、
何か、悪いかったですか・・・と悲しそうな心配な顔つきになってしまいました。

そうか・・・それならそれなりに考えて、いかに盛り上げていくかを
考えようと思い始めました。

水田地帯に住む私が、いかに日本のお米に近くおいしく感じるお米を求めるかと
いうよりは、きっといつも一緒にいる友人の農家でお米を買うことでしょう。
そして、それがとってもおいしく感じることだろうと思うわけで。

日本にいた頃、そして旅行業をしていたローマでの
"究極の味""最高品質のワイン"を探す貪欲な意識は、
ピエモンテの田舎に住んでから、何か違ったものになってきて

今は、"誰とこのワインを楽しみ、素敵な時間を過ごすか・・・"ということを
考えるようになりました。

ソムリエの次の段階で、もっともっと知識を深めていこうと通う講座が
今月末から始まり、はたして私の行き着くところは、どこなのだろうか。
土地のポテンシャルや醸造技術の高さを思い知らされるワインを
求めることなのだろうか。

もし、たくさん勉強して知識をつけた上で、普段、友人と農家の食堂で
飲む3ユーロのワインが何よりもおいしいと感じることができたら、
それでもいいと思う。でも果たしてそう思うのだろうか・・・。
1年後の私にしかわからないです。

写真は、ピエモンテ州にある小さなワイン農家です。
ワイン農家

湖へ

住んでいる町は、ピエモンテ州北部ですが、ここからさらに北上すると
湖地帯になっていきます。
先日、友人たちと車で湖に行きました。

行く途中に通った小さな村は、アンジェロさんのパブのある村でした。
momo

村を通り過ぎると、再び、田園地帯だけが広がっていています。
ふいに、友人が車を停車させて、
"ローマ時代の橋だよ。"と説明してくれました。

それは、用水路にかかる古い崩れ落ちそうな小さな橋でした。
ponte

田園地帯であるので、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアといった
歴史ある建物がないと思い込んでいたものの、
周囲に何もないような水田地帯の用水路にかかる橋に
歴史が残っていました。


目的地は、マッジョーレ湖に行く途中にあるオルタ湖でした。

イタリアの旧市街の狭い小道には、古い教会、家屋、ひっそりとした
ワインバー、画廊などが続き、視界が開けてくると、そこには、
美しい湖が現れます
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観光地であるものの、この小さな
通りには、イタリアの古い街並みと
そこに昔から住んでいた人々の
暮らしが感じられるようで、
ぐっと心に近く感じられます。

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湖の真ん中に小さな島があります。
それは、San・Giulio(サン・ジュリオ)島で大聖堂には、美しいフレスコ画も
残っています。
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この湖から近くのマッジョーレ湖は、さすがに国際的観光地なだけあって
フランス、ドイツ、英国などのナンバープレートの高級車も多く見られ、
湖沿いにずらりと高級ホテルが立ち並んでいます。

今回、一緒にここまで来た友達たちから、
"RIEは、どっちの湖が好き。"と聞かれます。
"雰囲気が違うので比較しようがないわ。どちらも好きだけれど。"と
ついあいまいに答えてしまいました。

イタリア人の友達にとっては、このオルタ湖が落ち着いていて、旧市街の小道を
歩くのが楽しいそう。
マッジョーレ湖は、別の意味で素敵だと言います。

こんなにのんびりと過ごせた1日でしたが、これから稲刈りの季節が
やってきます。稲刈りの時は、朝から夜遅くまで本当に大変なんだと
友人が説明してくれましたが、まだ私には、町の様子がどうなるか
想像がつかないでいます。

ほとんどの人口が農業従事者の町であり、いつも穏やかなスローな
時間の流れる水田地帯の町。
気づいてみると、夏の緑の季節が過ぎて、稲穂が綺麗な黄金色に
変わっていました。

バスの運転手さん

急いでお昼ごはんを作って、12時少し過ぎのバスに乗ります。
何回行っても、うまく運転ができないので、自分の能力にあきれながら、
免許もあるのに、補助講習に今日も、また行くことにしました。

バスには、私を入れて3人だけが乗っていました。
田舎のバスのなので、公共路線バスと違い、大型観光バスと同じように
座席も多くゆったりとしたものになっています。
私は、運転席のすぐ後ろに座り、大きく広がる自然の景色を眺めていました。

運転手さんは、バックミラー越しに視線を合わせながら、
"奥さんは、肉屋の前でいいよね。"などと停車位置を確認してます。
肉屋の前は、停留所でないものの、この婦人は、自宅が肉屋の前らしく
半分、タクシー化してる田舎のバスです。

"お嬢さんは、えっと・・・。今日は・・・。"と聞くので、
教習所の名前を告げると、"それじゃ、国鉄駅前だね。"とにっこりして
自分のバスの運転の教習も同じ学校だったということもあり、
運転に関する話題になります。

昔のタレントの荒井注さんに似ている顔つきで、この年代のイタリア人男性に
多い、情感たっぷりの視線と語りが始まりました。

どうしてもオートマ車免許の私は、マニュアル車がうまくいかないと
話すと、ギアチェンジの説明をしながら、徐行運転になったり、
"停車するときは、操作は、こうするんだよ。注意する点は・・・"などと
他に車が通らないものの、あぜ道のカーブで完全に停車したりしたものだから、
他のふたりのお客さんから私に苦情こないかなと心配になったりもしてました。

約40分、彼は、運転の哲学を語り、時々、バックミラー越しに視線を合わせながら
マニュアル運転の理論を語り、車の構造を知ることが大切であると、
そして、車の声をよく聞くとこと、ギアがうまく入ってないと、不満の声を
もらしているから、それを聞いてあげないといけないよ。
それに、マニュアルのギアチェンジのレバーは、まあ・・・友達(amico)と
思って、まず、席に着いたら、"チャオ。"と声をかけてやることだよ。

"お嬢さん、でも、一番、大切で難しいことは、怖れ(paura)に勝つことだよ。"と

バスは、終点近くなり、セズィア川を過ぎるともう駅が近づきます。
先日からの大雨続きで、川が増水して水位も高く濁ってました。

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駅前に行く道を通りながら、"ここは、いつも教習車で走ってるところ。
時々、バスとすれ違うから、見かけたら、私だからね。"と何だか、早く
運転の時間が来ないかなと楽しみにさえなりました。

教習中、後続車が気になり、バックミラーで確認するたびに、
バスですぐ後ろの席に座る私に向けたバックミラーを通しての視線と語りを思い出し、
"怖れに勝つこと"と言い聞かせて、久しぶりに晴れた赤レンガの街の中を
楽しく走りました。

ピエモンテ風フライ

11時にミラノ北駅まで迎えにきてくれた友人夫婦と車に乗り、
途中で彼らの友人7人と合流してピエモンテ州のモンフェラート地区の
村にあるピエモンテ料理レストランに行きました。

友人は、私をミラノ北駅で待ってる間、3組ほど、日本人から
"最後の晩餐は、どこですか。"と尋ねられ、"田舎に住んでるから
ミラノなんてわからなくて、近くの警官に聞くことに なったよ。"と
楽しそうに話します。

"ミラノは、今日、晴れてるね。うちの地方は、ずっと朝から雨だよ。"
そうか・・・お天気までミラノと違うのね・・・。

景色は、次第に雨模様になり、私の住むお米の地区からやがて
ブドウの木も目立つようになり、ワインの地区へと変わっていきます。
小さな町を通り過ぎ、古城のある丘の村にある
小さなトラットリア(郷土料理のある食堂)に到着です。
日曜日で雨の村は、ひっそりとしていて、お客さんは、私たちくらいかしらと
そのトラットリアの入り口で思いました。

trattoria
中に入ってみてびっくりです。
150人以上がお昼を楽しんでいたのですから。

"ここは、有名なの。"
"そうよ。みんなの目当ては、ピエモンテ風フライよ。"と教えてくれました。

すべてピエモンテ地方を代表するお料理ばかりです。

お店の人によって、手づかみでテーブルの上にじかに次々と
grissini(グリッシー二)が置かれていきます。
グリッシー二は、長い棒状の乾パンで、
イタリア全土で見ることができますが、特にピエモンテ地方が有名です。

そしてハムやサラミの盛り合わせと一緒に食べる人もいましたが、
多くの人がbagnet(バニェット)というピエモンテ地方のソースをかけています。
ソースは、パセリ、にんにく、アンチョビ、オリーブオイル、そして今回の味は、
トマトを濃縮したものも少し入っているようです。

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次に、carne cruda(カルネ・クルーダ)生肉です。
仔牛のひき肉に塩、胡椒、レモン、オリーブオイルで味付けされてます。
日本は、お刺身は、食べるのに、生肉を食べないのは、
意外だったと言われました。おいしいから怖からず食べてごらんとのことで、
味は、マグロのたたきに少し近いかもしれません。

carne cruda




続いて、bagna cauda(バーニャ・カウダ)というお料理。
アンチョビとニンニクの風味のついた熱いオリーブオイルのソースに
ボイルされたお野菜と食べます。
今回は、肉厚のピーマンがお酢の風味がついて茹でられ、このソースが添えられてました。


bagna cauda






そしてピエモンテ風フライです。これには、本当に驚きました。
ひとつのお皿に甘いお菓子のようなフライと内臓のフライが一緒なのですから。
大皿をみんなで分けたので、食べれそうなものだけを取ろうと思ったのですが、
今日、友達になったばかりの世話好きなフランチェスカさんによって
私のお皿には、全種類が並べられました。

.札皀螢癖瓦隆鼎ぅ侫薀ぁC罎縫船腑灰譟璽肇リームも入ってました。
△蠅鵑瓦離好薀ぅ垢離侫薀ぁJ敢重がかかってます。
Amaretti(アマレッティ )というこの地方のアーモンドの粉を使ったお菓子のフライ
て団子のフライ
ゥ宗璽察璽犬離侫薀
Ε譽弌爾離侫薀
Д潺薀良カツレツ
肺臓のフライ
脳みそのフライ

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そしてパスタです。
Agnolotti (アンニョロッティ)といって、ラビオリのようなものです。
ひき肉やチーズ、リコッタチーズ、ほうれん草などが包まれたパスタです。
3種類でてきました。
写真は、バターとセージの葉のソースで味付けされたもの。
そのほか、スープに入ったもの(まさにワンタンスープのような味です。)と
ひき肉のソースです。


pasta




ピエモンテ風フライ、それは、貧しい時代の農家のお食事だったものとのことで、
それが、現在では、郷土料理の珍味なものとされているわけです。

貧しい時代のお食事といって、思い出されたのが、先日のBiellaでのポレンタ祭り。
とうもろこしの粉にボリュームが加えられて、おなかがいっぱいになるお料理。
それに私の町の郷土料理パニッシャも決して贅沢なお料理とは、いえないものです。

昼食後のコーヒーでのひとときです。
お昼が終わったのが、16時半でした。
ランチが終わったら、いつの間にか夕方になっていました。

 
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予期してなかったこと

日曜日の朝5時20分。ミラノに仕事に行くために乗る列車が6時にあるため
友人のひとりが私の家の前から車で送ってくれました。

夫が長い間、他の州での仕事のため不在で、車のない私は、仕事に行くにも
とても不便。そこで、町役場で働く友人が送ってくれるとはりきって
いたものの、本当に大丈夫かしら・・・と不安でもありました。

雨と雷の日曜日の朝5時20分。不安に思い、おそるおそるドアを開けてみたら
もうすでに待っててくれました。
家族全員2個ずつの目覚ましを時間差でセットしたけれど、最初のひとつで
大丈夫だったと自慢げに言うので本当にありがたいなと嬉しくなりました。

イタリア人は、困った時に、本当に親身になってくれて、
心強いとこの町で暮らしてからやっと気がついた私です。
イタリア人は、あてにならない・・・と思っていたのは、きっときちんと
それだけの人間関係を築くことができなかったからかもしれません。

駅に着いてから、イタリアの列車は、トラブルが多く、万が一仕事に遅れると
大変なことだから、時間通りに出発するのを見届けると待っていてくれました。
もし、列車が来なかったら、ミラノまで車で高速で行こうと提案してくれます。

もっとびっくりしたことは、予期してなかったランチの誘いです。

"何時に終わるの。11時か・・・それなら、ミラノの北駅に迎えにいくから
ぜひ、ピエモンテの郷土料理に行かないか。全部で10人集まるから
モンフェラート(ピエモンテ州のワインの産地でもある田舎町)で
ピエモンテ風フライを食べよう。"と

こうして、仕事後、列車と私の田舎の町までのバスに乗り継いで14時半に
帰宅予定時刻だったその頃に、

私は、ピエモンテ州のモンフェラートでこの友人夫婦の紹介で
8人の新しい友達とピエモンテ郷土料理を体験できるとは、
本当に予測もしてませんでした。

小さな村にある大賑わいだった食堂と初めて食べたピエモンテ風フライ、
そして新しい仲間を紹介したいと思います。




festa della birra (小さなパブでのビールパーティ)

ミラノから帰ってくると、私の町は、どんよりとした曇り空。
約束の20時頃は、強い雨になりました。

今日は、先日のブログの中でも お祭り と結婚式で歌手として登場して紹介した
この地区の救急士リーダーのアンジェロさんの持つお店で
小さなビールのパーティがあると連絡があり、
ぜひ、行ってみたいと友人の誘いを嬉しく思いました。

もちろん、ビールのパーティにも興味がありましたが、
この地区に住んでいる人々の楽しんでいる様子、
そしてそれがどんなところなのであろうかとずっと楽しみでした。

そのビール専門のパブは、この町から車で約15分。
さらに小さな村にありました。
石造りの教会の鐘楼がライトアップしてました。
雨の中でもそのオレンジ色の光でくっきりと美しく、
この村も素敵な場所です。

ここは、アンジェロさんのスタジオ兼パブで趣味のお店のようです。
息子さんと奥さんが忙しそうに働いていました。

今日は、アンジェロさんは、非番のようです。
すっかりくつろいだ様子で、雨の中、お店の前でお客さんが
来るのを待っていました。

中に入ると、さっそくこのパーティでのメニューとビールの説明を
各テーブルにアンジェロさんが回ってきて、
赤ワインのグラスを片手に楽しそうに話します。

"コルシカ島のビールを用意してる。悪いね・・・僕だけ赤ワイン飲んで・・・"

フランス領コルシカ島のビールは、3種類。
中には、珍しく栗の粉を使ったビールが用意されてました。
アンジェロさんによると、ドイツのバイツェンビール
(日本では、小麦のビール、または、白ビールと呼ばれているもの)に
似た味わいで、少し甘みがあると説明をしてくれました。

本日のパーティでのメニューは、お肉のグリルの盛り合わせとビール2本付きで
15ユーロ。ビールが2本なら、1本は、この栗の粉のビールを試すことにしました。

このビールは、独特の味わいなので、お料理とは、難しいビールでした。
バイツェンビールのような生の味が、さらに強く、また栗が持つほんのりと
した甘みがそのままビールに入っていました。

みんながそれぞれ、お料理とビールとお話に夢中になっている23時を過ぎたころから
アンジェロさんの歌が始まりました。バスコ・ロッシなどイタリアの有名な歌手の
歌を次々と披露。途中、語りまであって、すっかり気分は、歌手そのものです。

festa della birra
この華やかな雰囲気を持つお父さんのステージには、目もくれず、
黙々とバーカウンターで働く息子さん、
そして素顔にメガネをかけ、ひたすら、お肉のグリルの大皿を
各テーブルに運び、片付ける奥さん、このイタリアの家族が
あってこそ、アンジェロさんのステージがあるのでしょう。

途中、奥さんがお料理と一緒に配ってくれた番号カードで抽選会があり、
私の番号がアンジェロさんによって呼ばれました。
今回のコルシカ島のビールのうちの1種類が4本もあたりました。
そのビールを一緒にいた友人とさっそくあけてみます。

pietra
このパブでのパーティは、深夜1時まで続き、外に出ると、雨は、
相変わらず強く降り続けていて、
隣の教会のライトアップが雨でぼんやりとしていました。

ミラノにて

milano

今日は、用事があり、ミラノに来ています。

ミラノに到着してから3時間後の出発の列車に乗るため
短い滞在時間だけです。

さすがに大きな都市だけあって、多くのブティック、レストラン
そして日本人の観光客もたいへん多く、活気があります。
いつもの日常の景色とは、違うので、ミラノの街の空気を楽しみました。

次回は、もっと違うミラノの街歩きをしてみようかなと思っています。

それは、以前、ヴェネツィアに住んでいた頃のこと、
須賀敦子さんの本を読んでから、彼女の見たヴェネツィアの
景色を見てみようと、毎日のようにヴェネツィアの裏通りの路地や
古い井戸の跡がある小さな広場を歩いていました。

ヴェネツィアのユダヤ人地区ゲットーにある中学校の施設を使った
市民講座に週に3日、毎日夜に通い続けていたことも、
ぜひ、そうしてみたかったからで、
この景色、空気は、決して忘れることのできない時間になりました。

須賀敦子さんの見ていた景色は、ここだったのだろうかと、
ゲットーからの帰り道、暗い小さな運河の時折、水を打ちつける音と
ブーツの足音だけの響く石と水だけの寒く冷たい夜道のヴェネツィアで
立ち止まることもありました。

また、ペストの流行した時代にあった女性たちの施設から
サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会が見えたという
ところは、何度も淋しい小さな通りを歩いてみて、一体
須賀敦子さんが見た場所は、どこだったのだろうかと・・・。



地図のない道


須賀敦子さんのミラノの本で、今度は、コルシア書店の人々と過ごした
景色を歩いてみます。



ミラノ霧の風景


コルシア書店の仲間たち―須賀敦子コレクション


ミラノから列車に乗ると、すぐに郊外の景色になり、やがて田園地帯に
変わります。降りるのが近づく頃、
私の住んでるところから近くに流れるセズィア川が見えてきました。
川には、赤い口ばしを持った大きな黒鳥がゆったりとしているのが
列車からはっきり見えました。
ミラノから帰ってきたな・・・と一番実感するのは、
水田地帯を舞う多くの白い鳥(airone サギ)です。

この辺りの水田地帯の代表ともされているairone
ここに初めて住むことになったとき、町役場の人からも
"aironeは、もう見ましたか?"と最初の挨拶で聞かれました。

修道院にて

町役場の紹介で近くの美しい町に来ています。

町役場同士が交流のある近郊の町に住む日本人の私に
一度、是非、来てこの町の様子を知ってもらいたいと
招待されました。

いつかこの修道院に少しでも観光で訪れる人があるようにと
期待しているようでした。


ここは、修道院のある町です。
町の中を用水路が小さなお堀のように張り巡らされていて

私の町と同様、この辺りは、ずっと昔から湿地帯だったと
この町に住む少しダンディな背の高い町長さんから説明を受けました。

修道院のある町

ここの町役場の前の広場では、カフェを楽しむ人もいて
私の住んでいるところよりも、洗練された雰囲気を
持っていますが、観光で訪れる人は、いないです。


町長さんの力の入った説明が続きます。

そして案内されるまま修道院の中に入っていきました。

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修道院の事務所に通され、そこでメガネをかけたシスターを
紹介されました。

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"今後のために、ここの歴史の本を。それじゃない・・・
もっと厚い本。あったじゃないか・・・。あれだよ。"と

"あら・・・。おかしいわ。たくさんあったはずですよね・・・。
まあとにかく上を案内いたしますわ。"と
町長とシスターの会話が途切れることなく続きます。

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階段をあがり、修道院の中庭の美しい景色を楽しんでいたら、
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"なんで、こんなところにたくさん新聞紙を敷き詰めているのだ。
格好が悪いでは、ないか。"
"はとやつばめがフンを落として、お掃除が大変なんですよ。
新聞紙を捨てればいいだけですから。便利なんですよ。"

"それより・・・。いったい本は、どこに消えたんだ。"
"わかりませんよ。きっと私の部屋かもしれません。見てきます。"

"これしかありせんね。"
"新しいのは?もっと綺麗なのがたくさんあったはずなのに・・・。"

小さな一角に大変古い修復が必要な絵画が無造作に置かれています。
1500年代の宗教画のようです。

"どうしてこんなところに、置いてるんだ・・・。これは、展示して。"
"あら、町長。重いんですよ。私がやるんですか。"
"じゃあ 僕がする。"
"いいえ・・・。私がいたします。しますよ。すればいいんですね。"と

ずっとこんな感じなので、思わず笑ってしまいました。

最初の印象で背の高い威圧感もある町長さんも
まじめで静かな雰囲気のシスターも、
この地方に住む気さくで素朴なイタリア人でした。

"もしかしたら、この本ですか?"

古い年代の本箱にほこりをかぶった約30冊の修道院の売店販売用の
歴史の本を見つけ出したのは、ここに初めて来た私だったのです。

シスターと町長に見送られ、修道院を出ました。

私がこの人たちと何か一緒にできることが、将来あるはず・・・。
でもどうすれば・・・。そう考えながら、手を振りました。

もらった本を手に歩きながら
何度もこの修道院をふりかえって見ました。

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来てよかった。会えてよかった。お話できてよかった・・・。
そう感じることの多い毎日です。

いつもの並木道で

いつもの並木道
今日もバスで15km離れた都市に来ています。

いつもの並木道のベンチに座り、本を読んでいました。

教習の予約時間まであと1時間半近くある・・・。

並木道の中央にテーブルが並べられたカフェで少し贅沢だけど
パスタでも食べてみようかしら。でも・・・外食は、贅沢かなと
考えながらも、テーブルにつきます。

この並木道の中央に座ってみたかったのです。
それに今日は、出かける前のお昼に慌しくランチを作ることを思い切って
やめてみたので、おなかが空いていたこともあります。

銀座で少し素敵なカフェで楽しむことも、ローマでさりげなく友人と
入ってみる隠れ家的ワインバーも、ヴェネツィアのおいしいおつまみがいっぱいの
オステリアでプロセッコを毎日楽しむことも、ごくあたりまえのことだったのが、
今住んでいるピエモンテの私の町には、まったくないので、
そんな並木道の小さなカフェのランチが嬉しく、また贅沢にさえ感じてました。

以前、紹介したように、水田では、夕食のために蛙釣りをしている人々
いるようなところに住んでるのですから。

もちろん、レストランでないので、作りおきのパスタです。

並木道でランチ


冷めても再び温めることのできるrigatoni(リガトー二)という
マカロニよりも太い、管状のパスタです。
本日のランチは、4ユーロでした。

帰り道の大型バスは、私ひとりだけを乗せ、ほんの数分も走らぬうちに
みるみるうちに田園地帯へと吸い込まれていきます。
途中の大きな用水路では、まだ夏休みの男の子たちが何か釣っています。
田園地帯と古い石造りの教会を通りながら、次第に私の住む町が
近づいてきました。
やはり住んでるところだから、どんなに田舎でも大切で好きな町です。
帰ったら、自転車でどこか出かけてみようかなと家に到着するのが
楽しみでした。
casal

BIELLA(ビエッラ)のポレンタ祭り

私の町から車で約20分。BIELLA(ビエッラ)という町にやってきました。
昨夜、近所の友人から、
"明日のお昼は、あいてる?ポレンタを食べに行こう。"と
メッセージが来て、なぜ突然、ポレンタなのかわからずにいました。

polenta(ポレンタ)とは、とうもろこしの粉に水を加えて練ったもので
ヴェネツィアでは、魚介類のグリルなどの付け合せのに
卵焼きくらいの大きさでちょこんとお皿に隅にあるもので、
決してメインでは、ありません。

ビエッラという町に到着してわかりました。
ポレンタのfesta(お祭り)だったのです。

このお祭りは、前に紹介したような私の町のように何日も続くものでなく
9月の最初の日曜日のランチタイムの数時間だけのお祭りです。

ビエッラの町は、日本では、有名でないですが、大変 美しい町です。
ピエモンテ州の中でも北部であるため、ドイツやフランスの田舎街に
似ているところもあります。

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ここのお祭りでも大きなおなべの登場です。
ヴェネツィアのポレンタのようにあっさりとして、
魚介類の付け合せだったのと違い、
とうもろこしの粉が練られているおなべに4種類のこの地方の
チーズが入れられていきます。

その横で、煮えたぎった油のおなべがあります。
それは、オリーブオイルでは、なくバターです。

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そしてチーズとたっぷりのバターの入ったポレンタが配られます。
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地元の人は、それぞれ家から持ってきたおなべを抱えて並んでいます。
今日は、ゆっくりと家でこのポレンタのお祭りを楽しむのでしょう。

イタリアでは、これから収穫祭の季節で様々な催しが各地で行われます。
水田地帯は、このビエッラという町に入る手前までです。
これ以上、北部になると寒冷のため、お米作りは、されてません。

今月の終わりに、私の町の水田では、稲刈りが始まります。

ワインのリゾット

お祭りの時に、同じテーブルに座った女の子が、
"ワインのリゾットがおいしいところがあるの。食べたことある?"と
話したことがきっかけで、さっそくそのレストランに行ってみることに
なりました。

今夜は、その約束の金曜日の夜でした。
"そのレストランは、どこにあるの。"と聞いても
"う・・・知らない。" "どこにあるか、お楽しみだ。"と
どうやら、その女の子しか場所を知らない様子です。

待ち合わせが、20時過ぎだったので、近郊の他の町にそのレストランが
あるとばかり思っていましたが、女の子の道案内で車で高速に乗り、
夜のマッジョーレ湖を通りながら、着いたところは、
スイス国境まで20kmのところでした。

今回は、全員、赤ワインがいいとのことで、1本目から赤ワインでした。
住んでいるピエモンテ州のワインから選び、前菜の牛肉のマリネに 

Nebbiolo d'Alba (ネッビオーロ ダルバ)2001年

nebbiolo
グーズベリーやラズベリーなど森の果物、プラムなどの果物の香り。
またカカオやパンの香ばしい香り、甘草のような香辛料、
そして木の香りも感じらました。
辛口であり、まろやかな柔らかさを持っています。
心地よいタンニンであり、後味にほろ苦さが残ります。
繊細で優雅であり調和がとれているワイン。









そしてワインのリゾットです。
risotto
Risotto all'Amarone(アマローネのリゾット)
北イタリア ヴェネト州を代表するとても香り高いワインを使った
ほんのりとワイン色に染まったリゾット。
中に洋ナシが入ってました。



アマローネのリゾットと合わせて、
Valpolicella classico superiore 2000
(ヴァルボッリチェッラ・クラッシコ・スペリオーレ)2000年 を選びました。

valpolicella
これは、ヴェネト州ヴェローナのワイン。 
すみれを思わせる花の香り。またラズベリーなど森の果物のジャムの香りも持つ。
繊細でエレガント、ミネラル感もある調和のとれた辛口のワイン









みんなも、もうおなかがいっぱいなので、メインは、選ばず、デザートで
楽しい夕食が終わりました。

帰宅したら、すっかり深夜でした。ずっと田舎にいるばかりで
あきらめてた私でしたが、車であっという間にスイス国境近くまで
連れてきてもらって、夕食。
不思議な気持ちで景色を見ていました。

夕食で集まった私の町の友人たちの写真です。


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赤いフィアットで

a756d1a9.jpgバスに乗って私の町から15kmの距離にある少し大きな市に
来ています。

ここの街並みは、古い茶色のレンガが多く、
昔は、お米などの農業で繁栄した大きな都市でした。

現在は、レンガの大きな古い倉庫が、無人化しているところもあり
どこか淋しく悲しい空気もありますが、
旧市街のカフェ、歩行者専用並木道、教会前の広場と
好きな空間があり、私にとって、ほっと落ち着くことのできる街です。

今日、ここに来ているのは、教習所に通ってるからです。

免許を持ってるものの、運転歴がほとんどないので練習をしています。
イタリアでは、オートマ車は、ほとんどなく、マニュアル車ばかり。
オートマ車免許だったので、早く慣れるようにと毎日来てます。

日本と違い、教習所の練習場があるわけでなく、
運転そのものが初めての人でも路上からスタート。

というとイタリアって・・・と怖がる人もいるかもしれませんが
何も心配することないです。先生は、親切で優しく、
教習車には、きちんと先生側にも操作のペダルがついているのですから。

今日のような気持ちのいい日に、街を走るのは、楽しいことです。
旧市街の一方通行の多い石畳も私の乗る教習車の
赤いフィアットが、ゆっくりと入っていきます。
いつも、バスの待ち時間を過ごしてる並木道の横も通過します。

教習のおかげで、この街の中の小さな通りの一方通行もすべて
覚えてしまいます。
これは、素晴らしいこと。

お祭りの舞台裏で

お祭り最後の夕食は、やはりpaniscia(パ二ッシャ)のリゾットでした。
なぜか、ここに来たら、こればかりです。
やはりこの土地で、一番のごちそうということなのでしょう。
豪華な食材は、使わず、ほっとあたたまる一品で、
昔からの農家のお食事です。

本日は、300人分のpaniscia(パ二ッシャ)作りを担当している
近所の農家の人たちに舞台裏を見せてもらいました。

panisciaづくり4
大きなおなべがふたつ。ひとつは、salsiccia(サルシッチャ)と
いう腸詰めソーセージが炒められています。
lard(ラルド)といって、豚の脂身をたくさん使っています・・・。
私が家で作るとき、オリーブオイルであっさりと炒めていたので
なるほど・・・。同じ材料を使っても味が違ったわけです。


panisciaづくり1

もうひとつの大きなおなべには、fagioli(インゲン豆)と
野菜(今回は、セロリーが使われていました。)
そしてトマトも少し入っている豚肉のエキスの
ミネストローネスープでたっぷりと煮込まれています。


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そして炒められた腸詰ソーセージにお米を入れ
ミネストローネスープを入れながら煮込んでいます。
そして出来上がり。



自分で作る時は、ヘルシーな日本的な味で作るのですが、
こんなボリュームたっぷりで味の濃いのも、
ここの土地らしくおいしく感じます。
ああ・・・イタリアの田舎に来てるんだという実感もあり、
嬉しく、あたたかい味です。


panisciaづくり5panisciaづくり6panisciaづくり7






もう夏も終わり、秋の気配のこの町でまだ迎えたことのない
ピエモンテの寒い冬があと何ヶ月かしてやってきます。
そんな時に、みんなで食べたいお料理です。

お祭りが終わる頃、思ったことは、以前、ヴェネツィアに住んでいた頃に、
華やかなカーニバルが終わった直後、人々がいなくなり、
残されたゴミだけになったサンマルコ広場。
カーニバルの後のなんともいえない寂しさを感じてました。

少し、早めに帰ろうか・・・。

お祭りは、夜中の1時半まで、ずっと音楽でにぎやかでした。
広場に面した家の中で、私は、一足早く、12時前に帰り、
ベットの中でずっと音楽と人々のざわめきを聞いていました。


お祭りの終わり
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