北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

October 2005

Airone(サギ)のいる風景

友達のジェン二ィの泥だらけの車が迎えに来て、
今まで、自転車でも行ったことのない自然保護地域にある
湿地帯
の奥に進んでいきました。

きれいな友人のエリザベータが、大きく手を振ってトラクターから
出てきました。
elisabetta
町役場のプロジェクトが
もっと具体的に進めば、

彼女は、農業の専門家として、
私は、ソムリエとして、
そして外国人に対する
町の宣伝としての役割で
一緒に働くことになる女性です。





今、彼女の役目は、もう一人の私の友人、ヴィクトリオが脱穀したお米を
大きなトラクターで次々と農場内にある大きな農家(Cascina)
運んでいくことです。


trebbia&amico







私も脱穀機(Trebbia)を運転するヴィクトリオの隣に立ち、見渡します。
目線が高い位置になることで、よりその自然がくっきりと見えました。

palude












脱穀機の上から、稲が次々と刈り取られていく様子が見えます。

trebbia1trebbia2







脱穀機で通過する左右には、たくさんのAirone(アイローネ:サギの鳥のこと)が見られます。

airone 30oct
このブログのデザインの
青い羽を選んだのは、
初めてこの田舎に住んで、
あまりにも今まで生活していた
イタリアと違い、結婚後に
田舎に引っ越したことによって、

それまで充実していたお仕事も、
そして勉強していたことも
辞めてしまったことで、
どこか無気力に
なってしまった私が、

最初に希望を持ったのは、
水田に生息していたこの鳥を
見た時でした。





今の私は、ローマにいた頃よりも毎日がずっと充実していると
思えるのは、近所に住む友人たちとこの自然を誇りに
思えるようなはっきりとした意識が見えてきてからです。


"あと1時間くらいで、稲刈りは、全部終わりそうだ。"と
脱穀機を運転しながら、ヴィクトリオがそうつぶやきました。

冬時間が始まった今日から、夜が長くなります。
そして、11月1日は、万聖節(Ognissanti)の祝日になり、きっと
ゆっくり家族でお祝いのパーティ(Festa)をすることでしょう。

明日、ローマに行く私は、ひとり、帰りの深夜急行の中で
過ごすことになります。


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一杯のグラスワインで

トリノのワイン見本市会場前です。

今回、別件でトリノにいたので、時間がなく、行くことが出来ないものの
入り口前に立ち寄ってみました。

fiera












見本市会場付近のトリノの街は、山と住宅地の景色です。
サンカルロ広場付近など、中心地のトリノらしいたたずまいと
違いますが、山の景色と住宅が重なり、落ち着いた魅力的な街です。

torino291005












今週、ピエモンテに帰ってきた私は、帰り、列車に乗る前に
トリノのカフェで、ピエモンテ州のワインである
ドルチェット(Dolcetto)のグラスを注文しました。

今、私は、ピエモンテ州にいるので、この土地のワインを。

先週、ほんの半日の滞在であったフィレンツェでの食事。
猪のミートソースのパスタには、やはりトスカーナ州
キャンティ・クラシコ(Chianti Classico)を選んだように、

日本の山梨県のワインナリーに行った帰り、
日本風フランス料理のレストランでは、
フランスワインでもイタリアワインでもなくて、
生産本数の少ない割高な日本の甲府の赤ワインをグラスで選び、
これが、お料理と最高の組み合わせでした。

1杯のグラスワインが、その土地をたくさん語ってくれて、旅行気分に
させてくれます。

訪れた都市の郷土料理と一緒に、その都市の食文化、歴史に夢が
広がり、これは、ワインを勉強して、大きく人生が変わったことの
ひとつです。


現在、土曜日の深夜。

日本との時差が7時間から8時間になる、ちょうどこの日が、
毎年、楽しみであり、時間が1時間戻り、とっても嬉しいのです。
これから、この1時間をどう過ごそうかと考えているところです。

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田舎に帰ってきた日のこと

町から15km離れた比較的大きな市の中心地をぶらぶら歩いていました。
私の住む田舎町には、もちろん、本屋さんは、ないので、
遅い午後に、ここまで来ました。

ミラノやトリノのように大きくは、ないけれど、
ドアの外を一歩出れば、すべて知っている近所の人以外、
会うことがないところに住んでいるので、

すれ違う人が、見知らぬ人ばかりであることが、都会であると
思えてしまうのです。

都会だから、ちょっと帰る前にAperitivo(食前酒)でも飲んでいこうか・・・と
思ったちょうどその時に、

"疲れているRIE発見。おかえり。"と背後から声がし、
振り向くと、近所の友人でした。

以前、一緒にワインのリゾットをスイス国境付近まで夜遅くに食べに行った
農業関係の友人です。

"どうしてこんなところまで来ているの。"と思わず笑いながら聞くと
"これから農業関係の会議があるんだ。ナポリは、どうだった。"

"そうだ。キノコの本、いるかな。あげるよ。"と手渡されたものは、

ピエモンテ州の自然保護地域の中でも、私の住んでいる町の地区のために
作られた本です。

i funghi del parco
私の地域で生息している
様々なきのこが
多くの記号によって分類され、
キノコの生息している配列、
生息環境、形態、大きさの直径、
薄片の色調、
間違えてしまう危険性、
評価(美味〜死に至る毒性まで5段階に)
など詳細に書かれた州発行の本でした。




この時、今週末に、最後の稲刈りに私も参加する約束をしました。

日本でも体験したことがない稲刈りをピエモンテ州で初めてすることに
なります。

そしてこの稲刈りをする場所は、ピエモンテ州の自然保護地域にある水田で、
周辺は、湿地帯や美しい沼があります。

"それじゃ、今週末に共同農場で会おう。"と別れ、
私は、バスに乗りました。





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マルペンサ空港で

朝、ミラノ駅に向かいました。
今回の出張で一緒だった日本からのお客さんのお見送りをするためです。

待ち合わせの時間の3時間前にミラノに行き、散策していました。
私の住む田舎町と大きく違う駅前のビルを見ていました。

milano 261005

住んでいる町には、すべて建物は、
1階建てしかないので
(これは、日本で2階建てになります)

イタリアのビルの景色は、
私には、とても新鮮です。





せっかく来たのだからと朝食もこのミラノのBARで過ごしてみました。

ミラノ市内からマルペンサ空港まで、約40分。
1週間以上前の到着日の時は、約1時間弱かかってしまいました。
"到着したばかりの頃が、懐かしい"と車内で話していました。

ミラノ マルペンサ空港は、ミラノ市街に向かうよりも
私の住むピエモンテ州の田舎の町の方がずっと近くになります。

空港内には、来年2月のトリノオリンピックの看板もあり、
マルペンサ空港は、ミラノだけでなく、ピエモンテ州への入り口です。

mxp 261005












休日に、何度か、この近くにある川、湖などよく来ることもあり、
その景色は、ミラノの玄関というよりも、私の町の自然がいっぱい
感じられるところで、空港が近づくに連れて、

また日本の関係のお仕事をする日まで、自分の住んでいる田舎や
近所の人々とのいつもの暮らしに戻っていくのだと思っていました。

日本から来て、将来、イタリア料理教室を開いてみたいという女性は、
ローマからフィレンツェまでのユーロスターからの景色で通過した
ORVIETO(オルヴィエート)の街のワイン畑をずっとビデオで撮り、
そして各都市でワインやお料理について、私が話すことを
この1週間、詳細にメモしていました。

次回は、こんな小さなかわいい街で、お料理修行に来ると将来の目標を
語ってくれて、今回の仕事をしていて、これは、最も
嬉しいことのひとつです。

彼女から、空港で別れる寸前に、大きなカバンから、
何か取り出し、手渡されたもの。それは、オルヴィエートのワインでした。

その後、空港にあるレストランでひとり食事をして、
離発着の飛行機を眺めていました。

出発直前に最後受け取った 日本からのふたりにとって
イタリアの思い出がいっぱいである大切なワイン。

改めて、袋から取り出してみました。

ちょうど見送ったふたりの乗った飛行機が、日本に向けて出発した頃に
私も空港レストランの席を立ち、ピエモンテの田舎の家に帰ることにしました。

プレゼント

ORVIETO CLASSICO SUPERIORE 2004
(オルヴィエート クラッシコ スーぺりオーレ)

DOC
使用されているブドウの品種
PROCANICO, GRECHETTO, VERDELLO
そしてCHARDONNAY 
アルコール度数12%

MARCHESI ANTINORI
― CASTELLO DELLA SALA 









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ヴェネツィアで

venezia3








まだ暗い明け方に、運河を走る水上バスvaporettoの音で目が覚めました。

この音は、船着場に停留する時のいっそう大きくなるモーター音と
そして、船がドーンと停留所にぶつかる鈍い音と
出入り口にあるゲートを開閉する金属のぶつかる音、
これらが順番に組み合わさった音は、

私の知っている懐かしいヴェネツィアの持つ響きでした。

駅に近いLISTA DI SPAGNA通りに面している小さなホテルの窓から
早朝から通りを忙しそうに歩く人、そして駅に向かう観光客を眺め、

3年前に住んでいたという過去を持っただけで、私は、すでに
ここの住民でなく完全に旅人であると実感します。


venezia2

ホテルをチェックアウトした私は、
リアルト橋から
サンマルコ広場まで行き、
街の中を歩いていました。














大きなガラス張りのモダンな本屋さんが新しく出来ていました。
しかもその店内の奥にBarがあるばかりでなく、
さらにその奥には、ワインをインテリアとして
ストックしてあるようなレストランがあるのです。

そこから近くにあるバウアー・グリュンバルト・ホテルは、
第二次世界大戦後に立て替えられた新しいタイプのコンクリートの
四角い建物で、この街の他の建物に比べて新しいと思っていたものの、
それ以上に新しいヴェネツィアが次々と出来ていくようにも思いました。


今夜にピエモンテの自宅に到着するのが、まだどうしても
信じられずにいました。

そして、今、静かな田舎の自宅にいます。




大きなガラス張りの新しいお店の名前です。
LOUNGE BAR
BACARO
San Marco 1345







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ヴェネツィアに到着

ナポリから、フィレンツェに。そして出張の最後の都市
ヴェネツィアに到着しました。

今回のホテルは、駅近くで、以前、移民のための特別クラスに
通っていた学校、ユダヤ人街 ゲットーが近く、懐かしい気持ちで
いっぱいになります。

夕方遅くに到着です。

住んでいた頃に比べると、ヴェネツィアの運河を走る
水上路線バス(vaporetto)も値段が高くなったいたり、
新しいお店が出来ていたりとあの頃から時間が経過したと感じました。

それと同時に、街で知っている顔ぶれの人々を見かけて、
ずっと同じ場所で、同じように仕事して暮らしていることが

その後、ローマに移り、仕事も変わり、そしてピエモンテ州北部で
新しい生活をしている私には、過去のイタリアの生活の思い出のひとつが

そのまま、ここの街で続いていることがなんだか奇妙に思えたりもしました。

さて、夕食は、どこにしようか・・・と知っている街を歩き回り、
どこも満員です。

私は、ここに住んでいた頃、少し元気をだそうと時々、食べていたのは、
"うなぎのイタリアの蒲焼 anguilla alla griglia"
一緒にずっと旅行している2人の大切なお客さんもぜひ、
それが食べてみたいということで、私がうなぎを食べに
よく行っていたレストランに。

anguilla













とってもあっさりしています。オリーブオイルと塩、胡椒で
グリルしただけで、あとは、レモンを絞って。
これは、日本のうなぎの蒲焼よりも私は、大好きなのです。


2人をサンマルコ広場にあるホテル付近に送って行った頃、
もうすでに、22時を過ぎていました。
自分の宿泊先は、サンタルチア駅の近く。
リアルト駅の船着場の前まで行ったものの、そうだ、懐かしいから
夜風に吹かれて、ずっと歩いて帰ってみようと思いつきます。

夜のヴェネツィアでここから約30分以上。迷ってしまわないか・・・。
でも知っている道だから、きっと歩き出せば、思い出す違いありません。

そして、ホテルに帰る前に、あのゲットーの広場に行って、
そしてよく渡った橋の前に行ってみようと思い始めたら、
とても嬉しくなり、夜のヴェネツィアをさまよいました。


Trattoria alla Madonna
calle della madonna 594
(リアルト橋近く)




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ナポリ回想

今回、ナポリでは、ずっと雨、そして小雨が続いていました。
雨上がりのサンタルチアの景色は、ぼんやりと遠くが見えず、

"ナポリを見てから死ね Vedi Napoli e poi muori" という言葉の
景色の青空のナポリでは、ありませんでしたが

うっすらと見えるヴェスーヴィオ火山カプリソレント
雨上がりもまた違う魅力的な景色です。

santa lucia













ナポリで忘れられないのが、街の喧騒で不安になりながらも、
タクシーの運転手さん、ホテルの人など、関わった人々に
たくさん話しかけて、そんな短時間の知り合い関係が、
心強く、またいろいろな情報を教えてもらえるきっかけにもなり、
味方になってもらうことの大切さ。

これは、イタリア中、どこでも同じですが、特にこのナポリで
強く感じたことです。

北イタリアと、ナポリでは、住んでいる人々も街並みも
あまりに違い、

そして夜もずっと車のクラクションが響いていて、何度か
目が覚めてしまった、そんな街で、

とても嬉しく待っていた瞬間がありました。
それは、ナポリのピザです。

シンプルでありながら、他のどこの都市で作っても、このナポリには、
かないません。これは、イタリアの素晴らしい文化のひとつです。

pizza torianon









到着してすぐの運転手さんから聞いたお店に行った次の日は、
ホテルの人から教えてもらったお店で、各国のガイドブックに
載っている老舗でもあるようです。

Trianon
via P colletta 46
(前回紹介した ダ ミケーレのすぐ近くです。)
種類は、あまりに豊富で迷ってしまうほどです。
1930年頃からのお店。

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ナポリを出発した朝のこと

やっと、この不衛生だったホテルを出発できる日です。

朝食は、ずっとこのホテルで取ることがなく、いつも外の
barでカプチーノとクロワッサンを食べていたものの、
最後の日だから、コーヒーだけでも、ホテルで飲んで行こうと
思い、チェックアウト後に、隣にある小さなお部屋に入りました。

10人も入れば一杯になるこのお部屋は、かわいらしい内装で、
昔、ここは、もっとホテルらしい場所だったのだろうと
ぼんやり思い、コーヒーだけ飲みたいとカウンターにいる従業員に
声をかけた時に、そのカウンターの隣に、料金表が目に入りました。
それは、ユーロでなく、イタリアリラの表示のままです。

料金表によると、赤ワインが何種類か揃えてあったようです。

親戚で経営しているらしいホテルで、母と息子のような2人が
何か言い合っています。何か、他のお客さんに言われたのでしょうか。

"わかっているんだ。清掃をきちんとする人を雇って、新しい設備、備品
言い出したら、きりがないさ。でもそんなことをするお金が一体、どこに
あるって言うんだ。"と男性が吐き捨てるように言い、

まるで私の心の中が見えてしまったのかと振り返り、目が合うと、

"お嬢さん。トーストでも食べて行かないのか。せっかくだ。"

外は今日も朝から雨で、タクシーは、なかなか来ない上、
昨夜のおいしいピザの夕食後、ホテルに向かうタクシーで
おつりがないから4ユーロのおつりは、俺のコーヒー代だと思ってくれと
強引にひったくるような手つきでメーター以上の金額を
取られてしまった私は、歩くことに決めていました。

小雨の降る朝の雑踏の中、大きな荷物を持って大切なお客さんのいるホテルに
歩いて向かわなければいけないことで気が重く、トーストどころでは、
なかったのです。

泊まっていたホテルは、過去は、もっと綺麗で
かわいいホテルだったのかもしれない。
何かが、変わってしまっただけで。

そんなことを考えながら、いつものように背後を時々、振り返り、
そして、時折、ジプシーたちとすれ違いながら、
ウンベルト1世の商店街に少しでも早くたどり着けるように願って
ゴミだらけの道を歩いていきました。


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ナポリに到着して

ローマからナポリに到着した夜は、雨でした。

駅の雑踏の中、タクシー乗り場の混雑の中、自分の住んでいる町や
そしてローマとも違って、何か不安な空気が漂う中、雨で駅前の
ホテル街のネオンがにじんでぼんやり見えて、それがいっそう
淋しい気持ちになります。

"どこのピザ屋さんが美味しいの。"と乗ったタクシーの運転手さんに
聞いてみました。
何も迷わず、一瞬にして答えが返ってきます。
"それは、ミケーレだよ。"

"どこから来たのか。ローマか。"
"ピエモンテの水田の多い地域から。"

"それは、さぞかし、ナポリは、特別に見えるだろう。"
"すべてのナポリ人は、自分がしたいと思うことをするだけ。そうして生きている。"

"したいと思うことをする"というこの時の言葉が
今回の滞在中、何度も思い出され、そう思うと、
街の喧騒もまた違って見えるものです。

仕事での滞在で選んだホテルは、インターネットで予算内で決めたホテル。
細い路地に決して入らず、大通りに面しているということで
すぐに決めたのだけれど、あまりに不衛生で驚く。

翌朝、外に出ると浮浪者の初老の女性が大きな犬と暮らしていて、
駅に続くまでの道に落ちているゴミは、衣類、くつ、黒いゴミ袋、
シーツ ダンボールなどで、それがずっと続いているのです。

一体、どうなっているのだろうと思いながら、時々、後ろを
振り返りながら歩き、早く雨がやんでほしいと願っていました。


タクシーの運転手さんの教えてくれたお店に行ってきました。
いろいろなガイドブックにも紹介されているようです。

ピザは、シンプルな昔からの2種類だけです。
マルゲリータ(Margherita)マリナ−ラ(Marinara)
通常のマルゲリータは、4ユーロ弱でした。
モッツアレラチーズを2倍にしたものもあります。

大衆食堂風の殺風景な店内ですがナポリのピザを楽しめました。
飲み物も水、コーラ、ビール、ファンタオレンジのみでどれも
1.2ユーロです。

19世紀からのピザのお店。
Da Michele
via C sersale 1
 (中央駅から約10分)


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ミラノから再びローマに

ローマで、滞在先に選んだB&Bは、サンピエトロ寺院の近くで
以前、私が住んでいたアパートのあるグレゴリオ7世通りが
目の前に広がっていました。

自分の住んでいた頃にすっかり記憶が戻り、車窓からの景色は、
以前、中心地からの帰宅途中に見ていた風景です。
本当にあのピエモンテの田舎に私の住む家があるのかと
不思議に思いました。

到着すると、優しい物静かな男性が丁寧に説明してくれました。
そこは、まるで、ホームステイのようで、隣にその男性と婚約者の部屋、
そして私、もうひと部屋は、オーストリア人のカップルが滞在するだけの
アパートでした。

ホテルでは、ないので、バスルーム、トイレは、共同になり、
疲れて帰ってきたのに、困った、ホテルを探せばよかったかなと思いながら、

窓を開けてみると、懐かしい景色であって、
小さな今夜の私の部屋を見渡すと、とても素敵でした。

"自分の家だと思って、くつろいで下さい。"と静かに言い、
夜遅くに到着してしまった私に温かいコーヒーとお菓子を
用意してくれました。

roma b&broma b&b 2






"朝食は、どんなのがいいですか。フルーツや甘いものですか。
それともハム類や卵などですか。"と聞かれ、

翌朝、早くの出発の私のためにキッチンで作って
用意してくれた何種類もの朝食。

"よかったら、旅で疲れた時にでも、このケーキや果物、
好きなものを持って行って下さい。"と言います。

ナポリに行くのに選んだのは、ケーキ2つです。

ホテルのような個室と違うけれど、こんな滞在も悪くない。
またいつか、ここにきっと戻ってこようと思い、窓から
サンピエトロ寺院のクーポラを嬉しい気持ちで眺めました。

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ローマでのポルケッタ(PORCHETTA)

早朝7時に自宅を出発して、ローマに13時半到着。
講義を終えて、夜の列車に乗るまでの約2時間半を
ローマの友達が会いに来てくれて、楽しいひとときを過ごしました。

列車に乗る前、本当に簡単な食事だけでよかったので、
待ち合わせをしたホテルの近くにあるポルケッタ(porchetta 豚の丸焼き)の
お店に行きました。

このお店は、素朴で簡素なテーブルです。

一瞬、入るのがためらわれるような所ですが、
素朴でローマらしい雰囲気を楽しみました。

porchetta












お店の人は、日本のガイドブックに載っていると自慢して写真など
見せてくれたので、多くの日本人も訪れていることでしょう。
自慢の豚の丸焼きとローマらしい楽しい雰囲気のお店の人の写真です。

OSTERIA DEL BUCHETTO
Via Viminale 2/F



osteria 1osteria2







楽しい夕食後、ローマ テルミニ駅に向かいます。
帰りの深夜急行の案内を見ると、なんと
SOPPRESSO(運行廃止・・・)

明日、午前中までに帰らないといけないのにと悩み、
とにかく、乗客アシスタントサービスに走ります。

ローマから、振り替えでミラノまでバスが出るので、それに
乗るように言われ、夢中でバス停に。

帰りのバスの旅は、列車以上に快適でした。

しばらく、車窓からローマの夜景を見ていました。

遺跡がオレンジの光でライトアップしているのを見るのが大好きで、
それは、お昼間は、写真を撮る観光客の前で遺跡は、
石として存在しているのが、夜のライトアップと同時に、まるで
過去にタイムスリップして、その遺跡が生きているように感じるからです。

そして、バスは、高速に入っていきます。途中何回かドライブインで休憩があり、

"近くに座っていた人でまだ戻って来ていない人がいるか調べて。"と
運転手さんが言い、大型バスに20人弱、まるで旅行ツアーのバスのようでした。

まだ真っ暗な早朝5時半にバスは、ミラノ市内に入り、車窓から見えた
barは、すでに、朝食のカプチーノを飲んでる人もいます。

列車の予定時刻よりも早い6時にバスは、中央駅に到着。

無事に着いたことが嬉しく、運転手さんにお礼を言い、
石で覆われた、まだ暗いミラノ中央駅のトリノ行きのホームに向かいました。

milano cl













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収穫のあと

収穫のあとで2
刈り取られた後、
水田が燃やされていました。
友人によると、自分は、
肥料は、地面の下にしているので、
このように焼くことは、ないけれど、
いくつかの農家が昔のまましてるという。
それは、ちょっと煙が他の人に迷惑だね
と電話口で話していました。




収穫のあとで1

自宅近くの水田に
自転車で行ってみました。









この原始的農法を見ることができた私にとって、その光景は、あまりにも
壮大で、しばらく自転車を停めて、見入っていました。

自宅に帰ってきたあと、来ていたセーターも
そして髪の毛までも焚き火のあとのようなにおいがついています。

でも、不思議と決して嫌では、なかったのは、
それは、この地方の今の時期のにおいでもあるからと
少しでも、この町に融けこもうと思っている私がいます。

明日、ローマに行った後、夜行で自宅に戻り、2.3時間をこの田舎で
過ごしてから、すぐに出発。1週間 ナポリ、ヴェネツィアなどに出張になります。

心配していたのは、稲刈りが終わってしまうこと。

"あと20日間続くから、帰ってきたあと、実際に稲刈りを体験してみるといいよ。"
という友人の言葉に、自分の帰ってくる場所があるということ、それがとても
嬉しく思えて、

北イタリアに住む私にとって、ナポリは、お仕事以外に特に不安が大きいのですが、
友人との電話の後、きっと大丈夫と確信が感じられたのです。

帰るところは、ここだから、心配しないで、いいお仕事をすることだけを
考えればいい・・・と思えたからです。




*月曜日以降からは、しばらくピエモンテ州以外の話題になります。
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友人の案内してくれた町 VIGEVANOにて

"偶然に素敵な町を見つけたから、ぜひ、案内したい。"と近所の友人に
誘われて、出かけました。

私たちの住む町から車で約30分ほどミラノ方向に向かい、
着いたところは、ロンバルディア州のPAVIA(パヴィーア)県にある
VIGEVANO(ヴィジェバノ)
という町です。


vigevano

ガイドブックなどで見たのではなく、
偶然にというのは、
車で走っている時に、
この町のお城が目について、
立ち寄ってみて、
そうしたら、実に
素敵な町だったというのです。




広場に面したカフェでコーヒーを飲んでから、広場の裏にあるお城まで
階段があり、案内の看板に沿って進むと、お城の中にある
レオナルド・ダ・ヴィンチの設計した馬小屋へと続きます。


vigevano3







馬小屋から出ると、モダンな作りの博物館がありました。
2年ほど前に出来たばかりのようです。
靴の博物館です。
看板の説明には、VIGEVANOは、イタリアの中でも靴の製造の中心地と
書かれていました。

ここには、教皇ピオ11世の靴や貴族階級の1400年代の靴などもあります。

そしてシャルルジョルダン(Charles Jourdan)など有名なデザイナーの靴、
1935-1945のサルバトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)の靴
も展示されています。

"これは、今でも履けそうなデザインだね。"などと呟きながら眺める友人。
今とあまりデザインが変わらないものも実に多いのです。

博物館を出て、しばらく中庭を歩くと お城の秘密の通路があります。

vigevano4






友人は、午後も仕事があるので、わずかな時間の滞在でしたが、
とても有意義な時間でした。

"ここは、2年前に見つけて以来、特に広場が好きで、時々、
来て、しばらく建物を見て時間を過ごしているんだ。"

"こういう発見が大好きで、知らないことを見つけ出すのは、
実に楽しい。"

帰り道、車内で嬉しそうに語るイタリア人の友人の言葉が、
VIGEVANOの町以上に印象に残っているのです。


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古い年代のワインについて

先日、訪れたトリノのカフェ Normanで室内の装飾に使われていた
GAJA のBarbaresco1967
(ガーヤのバルバレスコ1967年)gaja
1960年代のワインというのは、
特別に珍しいものでは、ないですが
そのラベルは、現在のものと
大きく違いがないことが、
イタリアワインの歴史を感じ、
お店の人に頼んで、写真を
撮らせてもらいました。









自宅においてある私の誕生年のワインのボトル。
これは、昨年、トスカーナ州のワイン農家SELVAPIANA 試飲会で
古い年代のChianti Rufina Riserva(キャンティ、ルフィーナ リゼルバ)
飲んだ時、是非、このボトルが欲しいと頼んでもらったものです。

selvapiana


















この時に飲んだワインは、1948年のものもありました。
47年、48年は、とてもワインのブドウの出来がよかったということで、
考えてみたら、第二次世界大戦の終わってまもなくのこと。

私が、当時に試飲したこの1948年のワインのメモには、

輝く薄いオレンジ色で、果実の香りは、なく
このブドウが作られた土壌の性質がそのまま反映されている
ミネラルの風味、
味は、sangiovese(サンジョベーゼ)のブドウの品種の持つ
酸味があり、タンニンがエレガントである・・・・などと書いています。

アルコール度数 12.69% 糖度、PH ・・・・と化学分析された数値
13項目についても、すべてノートに書いているわけですが、
これらは、土壌とブドウの品種、ワインの関係の勉強のためであって、
古いワインが価値があり、おいしいというわけでは、決してないです。

イタリアでは、古い年代のワインが多いわけでも、またそれらが
特別高級というわけでもないのですが、

試飲会などで古い年代のワインにめぐりあえたのは、
バルバレスコで使われているブドウの品種、Nebbiolo(ネッビオーロ)
キャンティのSangiovese(サンジョベーゼ)が長期熟成が可能な品種だからです。

自宅に誕生年のボトルを飾っているのは、
私が日本で生まれた頃に、遠くイタリアのトスカーナ地方で
ブドウがワインになり、そのブドウがとても愛おしく感じられ、

そして、その頃には、そのイタリアで暮らすことになるとは、
想像もつかなかったこと。
ボトルをみるたびに、ワインへの夢が広がるのです。




GAJA 1859年に設立
      ピエモンテ州、クネオ県 バルバレスコ地区にあり、
      国際的高級ワインで有名
      輸出もされていて、日本だけでなく、
      各国の高級レストラン、ホテルなどでリストに
      書かれていることも多いです。

SELVAPIANA 1896年に設立 
      トスカーナ州フィレンツェから北東にある地区のワイン農家
       



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町役場の敷地に残されているもの

日中は、暖かくなりましたが、空の色を見ると、
あと少しで秋が終わりそうな気配です。

そして今日も灰色の空の色でアルプスの山が
見えない日が続いています。

それでも、自転車でこの町を1周しようと出かけました。
寒い冬には、もう自転車に乗ることができなくなるような
予感がしてるからです。

あぜ道で、ポラーンド人である友人に出会いました。
青いジャージ姿であぜ道をひたすら歩いています。
お互いにこの町で、数少ない外国人。

"さっきから、自転車に乗ってるのを見かけていたけれど、
遠くだったから、声がかけられなかった。
君は、自転車で運動。僕は、ずっと歩いて運動してるんだ。"

かろうじてわかる程度のイタリア語しか話せない彼ですが、
とても親切で、話していて楽しいです。

この町役場の関係で、夏祭りの頃、結婚式で会場
仕事で知り合いました。
町役場の持つ敷地の管理人として暮らしているのです。

そこで、自転車で帰り道、そのまま町役場の敷地に立ち寄ってみました。

フィアットの古いタイプの車がポツンとおかれています。
町役場の敷地から1










これは、現在は、使われてないようですが、小麦を挽いていた道具のようです。
もう使われていない古い耕具が数多くこの敷地内に残されています。
ここで、これから何年もこのまま置き去りなのでしょうか。

町役場の敷地から2









町がゆっくりであっても、未来に向かって進んでいくと同時に
消えていってしまうものもあって、でもこの水田の景色は、きっと
昔から何一つ変わっていないとも思うのです。



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近所の教会から

近所の教会
写真は、夜中でも30分ごとに
時を告げる鐘が鳴り響く
近所の教会です。
道路を挟んで、正面に
自宅があるので、
いつも見慣れた大好きな
この町の風景です。




その隣に私がソムリエとして働く仕事場がありますが、
予定が大幅に遅れ、10月にオープンであったのが、まだまだ先になりそうです。

from PODERIA
ここは、新しい仕事の
予定地からの風景です。

いつか日本の方にも
来てもらえるようにしたいのです。







本当は、ここがオープンしたら、ずっとこの町で仕事をしてゆっくり暮らせます。
そうなればいいなといつも思うのです。

田舎で暮らすということ・・・。

それは、イタリアに留学に来た時からの目標と仕事をしようと思うと、
いつも大都市まで移動することになってしまうのです。

ローマにソムリエの講座。そしてトリノに取材の仕事。
他にナポリ、ヴェネツィア、ミラノなどにも仕事。
これがこの1週間のスケジュール。
来週は、ずっとナポリ方面まで仕事で1週間、出かけることになります。

ずっとローマで暮らして勉強も、仕事も自宅もローマだった頃に戻れば
少しは、楽に・・・と思う瞬間もありながら、

やっぱりここがいいと思えるだけのことがたくさんあるのです。
他の都市での仕事などで帰って来たときに、一番落ち着ける場所。
それが、このピエモンテの田舎です。

さて・・・今夜は、ピエモンテ料理のリゾットです。
実は、夫も仕事の行動範囲が広く、1ヶ月イタリアにいないのです。

彼は、トスカーナ州の海沿いに住んでいたため、魚介類料理ばかりで
残念なことにピエモンテ州のお料理、特にリゾットが苦手です。

そんな夫のいない間は、ノバラ風リゾットのパ二ッシャ(paniscia)に限ります。

ヴェリチェッリ地方のパニッサ(panissa)と違うのは、
その方言でその名前の呼び方が少し違うだけでなく、
ノバラ風には、少しお野菜が入ります。

このお野菜は、季節によって変わります。
様々なガイドブックで"キャベツ"と"インゲン豆""サルシッチャ(腸詰めのソーセージ)"
と説明してることもありますが、キャベツでなくてセロリでもいのです。

ヴェルチェッリ地方は、お野菜が入らず、お米とインゲン豆と
サルシッチャのリゾットで、もっと素朴な味わいになります。

どちらも心が安らぐような優しい味のリゾットです。


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町に帰ってきて

1週間は、あまりにも早く過ぎていきます。

毎週月曜日のワインの講座に通っているローマに行って、
今、ピエモンテに帰ってきました。
今回は、土地の持つ性質とそのワインの栽培学を学んだので、
長い朝のユーロスターでの時間、参考書を見ながら、
今日は、ブドウ畑を中心に眺めていました。

from es2










ローマ・ミラノ間のユーロスターの車内では、朝早くから、
ビジネスマンがパソコンで仕事をしています。

そして、このユーロスターに乗る前、barであたたかいカプチーノを飲んだのですが、
朝、6時で暗い中、いきいきとローマっ子のbarのスタッフが働いていて、
早い時間に朝食をとる人々で賑わっています。
イタリアは、朝から活気があることに気がつきました。

いつものように車窓の景色は、イタリアの美しい自然が次々に現れます。
日の出の美しさと平野地帯を覆う霧、そして羊の群れ、オリーブ、ブドウ畑。

from es 1












そして、ミラノに到着後、ピエモンテに向かう列車に乗ります。
ロンバルディア州とピエモンテ州の境の川を渡ると、トウモロコシ畑が広がります。

最寄り駅から自宅のある町までのバスの車内には、いつもの運転手さん。
そして近所に住む高校生の男の子が、乗っていたので、
帰ってきた実感がありました。

ローマから、急に自分の住む田舎に戻り、昨夜まで、ライトアップされた
遺跡を見ながら歩いていたのが、まるで夢の世界のようです。

そして帰ってきたことで、どこか落ち着く気持ちでもあります。
今にも雨が降りそうな、どんよりと曇ったピエモンテ地方です。
たった1日見てないだけで、トウモロコシ畑も水田も、刈り入れが進んだようです。

もう稲刈りが済んだ田んぼで、airone(サギ)がしょんぼりとしている様子が
見えました。

バスは、途中、赤十字の救急車とすれ違い、"あっ。アンジェロだ・・・。"
私が、この町にいない間、いつもの人々が、いつものように生活していることが
とても嬉しくなり、早く、私もいつものここでの生活に戻りたくなっていました。

私の町











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トリノにて

今日は、朝からお昼すぎまでトリノで過ごしました。
列車から降りると、約束の時間まで2時間。
まずは、温かいカプチーノでも飲みたいとカフェに向かいます。
数多くあるカフェ。いったいどこに入ろうか・・・。

いつもは、何もない水田地帯から遠く眺めているアルプスが
トリノでは、建物の間からのぞいています。

torino 1

朝は、かなり気温が低かったので、
ダウンジャケット姿の人も
見かけました。

タートルネックのセーターと
少し厚手のスーツを着ていたものの、
私は、軽装で来てしまったと
少し後悔してしまうほどでした。

トリノに到着して最初に向かったのが、
サンカルロ広場。
トリノの高級カフェは、
どこかウィーンのカフェに似ています。
内装がアールヌーボーだからでしょうか。








カフェ・サンカルロでカプチーノとジャム入りクロワッサンの朝食。
イタリアのいつものbarのように、私は、立ち席にしました。
どうしても、立ったままの方が自然で落ち着くので、そうしてしまいました。
トリノのカフェでは、お水も一緒に出てきます。

そして、近くにあるカフェ・トリノも素敵なカフェでした。
綺麗なお菓子のショーウィンドーを見ていたら、なんとなくそのまま
入ってしまっていたので、もうすでに朝食も終わり、
おなかもいっぱいだったので、ここでは、普通のカフェだけを。

11時半になり、仕事関係の用事が終わった私は、
トリノで自由時間を満喫しようと街の中を歩き回ります。

torino


お昼近くなり、気温も上がって、
私の服装でちょうど良くなりました。
土曜日のお昼の街の中は、
家族連れでいっぱいでです。


来年の2月のオリンピックも近づいてきてるので、街の中には、
2006年オリンピックのマスコットの
NEVEちゃん(赤 雪をイメージ)とGLIZちゃん(青 氷をイメージ)の姿も。


torino2


列車に乗る前にプロセッコ
(Prosecco プロセッコという品種から
作られる発泡性の白ワインです)
を一杯飲んで行こうかなと
入ったカフェ。

たまたま通りかかったNORMANという
カフェに立ち寄ります。

当然、立ち飲みなので、
まずレジに向かい、いつものように
3ユーロ以内かしら・・・と
5ユーロを用意していたら、6.5ユーロ。
それもそのはずです。








バーカウンターには、まるでサンドイッチのビュッフェのように
一口サイズのおいしいサンドイッチが並んでいて、アルコール類を
注文すると、そのおつまみも自由に楽しむことができます。

ハム入りのサンドイッチとサラミとプロセッコがそのまま軽い昼食に
なりました。

トリノのカフェは、どこもおいしそうなサンドイッチが並んでいます。

もう少しトリノの街を歩いていたかった・・・と思いながら、
駅の方角に向かって歩きました。私の乗ろうと思っている列車は、
13時50分 ミラノ行き。
13時45分か・・・あと5分で出発という時にホームに着き、

13時45分・・・朝、駅で同じホームから5分早く出発した
フランスの新幹線TGVは、ちょうどパリ駅に到着した頃です。
TGVが出発して5分後に私の乗るトリノ行きが出発となりました。

ピエモンテ州。ここは、フランスにも近い場所です。

今日、訪れたカフェの住所です。

San Carlo piazza San Carlo 156 1822年創業
Torino piazza San Carlo 204 1903年創業  
Norman dal 1918   via pietro micca 22  1918年創業 


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読書の夜

夕方になって、長く降り続いた雨がやっと小雨になりました。
道路に水たまりが多く、車が通るたびに水しぶきの音がしています。

ニュースを見ようと思っても、今日は、ジャーナリストのスト。
いつものニュースの時間にドラマが放送されていて、
夜のニュースの時間がない分、夜の時間が長く感じられます。

先日、スーパーで見つけたピエモンテ地方の牛乳。
思わず、手にとってみました。
表示されている加工業者の住所は、私の町から近くだったのです。

ピエモンテ牛乳
近所に酪農家があることに気づいてから、
どうしても、冷蔵庫の中は、
地元の牛乳を入れておきたかった。

あたためた牛乳をいっぱい入れた
カフェ・ラッテで、暖まりながら、
ワインの本を広げて、雨の寒い秋の
夜の時間を過ごしています。



これは、私の読んでいるワインの本のうちのひとつです。
私の本は、イタリア語版ですが、日本語版も売っているのですね。



地図で見る世界のワイン



今日、カフェ・ラッテを飲みながら、読んでいたのは、
この本の124ページからのフランス・アルザス地方。

かつて、ワインツアーの関係のお仕事で訪れたワインナリーと
レストランを思い浮かべているうちに、いつしか、まるで夢か幻覚のように
その場にいるような感覚になります。
そのワインナリーの屋根には、大きなコウノトリがいたことが
印象的でした。

明日は、朝からトリノに行きます。



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雨の夜に思ったこと

毎日、雨が続きます。町の中心に住んでいるものの、
人通りも少ない私の町は、
しとしと降る雨音がこんなにもはっきり聞こえるくらい静かで
時折、雨の路面を走る車のタイヤの音がするのみです。

こんな時間に思い出されるのは、先日、ローマでソムリエの友人の家で
滞在し、過ごした時のこと。

最もローマらしい街並みの地区に住む彼女には、
このローマの喧騒がとても心地よく、ローマっ子の人々に囲まれ、
毎日の生活がとても充実し、輝いていました。

そんな彼女が、婚約者の田舎のウンブリア地方、そしてそれ以前に滞在していた
トスカーナ地方を感じる素敵なスープを夕食に作ってくれました。
お豆がたっぷりのスープです。
ウンブリアの田舎の家で作っている手作りの
エキストラ・バージン・オリーブオイルがたっぷりとかけられていました。
ローマで夕食






今年の春まで滞在していたローマ バチカン近くの地区は、2年半。
ピエモンテの田舎に来て約半年が過ぎたばかりであるけれど、
いつの間にか、近かったサンピエトロ寺院などのローマの景色が、
過去の素敵な想い出のひとつに変わり、

自分の中では、ピエモンテが現在の居場所になっていることに気づきます。
そんなことを思いながら、今日の夕食は、何にしようか・・・と。

*ピエモンテ地方のクネオ産のPeperone
(ぺペローネ・・・ピーマンのこと)を使って、前菜は、郷土料理である
Bagna cauda(バーニャ・カウダ)に。ピーマンをボイルしたものに
アンチョビとにんにくのソースをかけます。
これは、以前、近所の友人とピエモンテ風フライを食べに行った時
レストランのように、おいしく作れたらいい。

そして、メインは、・・・と次々にこの地区の家庭料理が思い浮かんできます。
レシピの本は、なく、近所に住む友人から教えてもらったもの。
もし、途中で作り方がわからなくなったら、電話して聞いてみようと思うのです。




* Peperoneについて

ピエモンテの中でも有名なワインの産地 クネオで作られているPeperone
このピーマンは、シチリア産など南イタリアのものと形が違い、立方体に近いです。
最初にこのお野菜を知ったのは、ワインの食品に関する参考書の中で。
正式名は、Quadrato d'Asti(クワドラート ダスティ) 
"アスティの正方形"という意味です。
大型スーパーでは、シチリア産ばかりが並んでいますが、八百屋さんでは、
地元のお野菜がたくさんなので、いつも小さな八百屋さんで買っているんです。
クネオ産peperone






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見てくださって、ありがとうございます。

早朝のユーロスターの旅

ローマから早朝のユーロスターで北イタリアまで帰りました。

先日、雨が降っていたローマの街。
雨上がりの早朝、まだ暗い5時半に駅に向かいました。

ローマを出発して、ウンブリア地方を通過する頃、次第に明るくなり、
一面が緑色の田園地帯が浮かびあがります。

from es 1




1年中、緑が多いということが、
ウンブリアの特徴と聞いていて、
ぴんとこなかったものの、果てしなく、
緑色が続く地帯は、魅力的です。






from es2

そして車窓は、トスカーナ地方の
ブドウ畑に変わっていきます。

トスカーナの持つ独特な美しい
景色の中のブドウ畑、
そこから生み出されるワイン、
国際的な味を持つワインも多くあり、
同じようにワインの産地の
ピエモンテとは、違った景色です。





エミリア・ロマーニャ地方に入ると冷たい雨がしとしと降り始めました。
ボローニャ駅が近づく頃、、停車するために列車のスピードが緩やかになり、
以前、住んでいたアパートを一瞬、見ることができます。

ボローニャ駅では、何人かの日本人の留学生の女性の姿が見え、
急に自分を取り巻く空気が、過去に戻り、列車から見えるはずもない
旧市街の街並み、よく行ったBar・・・次々と思い出されました。

そしてピアチェンツァを通過、ロンバルディア地方になると雨と霧で空の色が
薄い灰色になり、次第に教会などの建築物がロンバルディア地方のものに
なっていきます。

列車は、北イタリアの大都市、ミラノに11時半到着。
そこからトリノ行きに乗り換え、ピエモンテに向かいます。

オリーブ畑を持つ中部イタリアの景色と違い、田園地帯は、
とうもろこし、お米です。
もう、収穫の終わった畑も所々あり、景色は、緑でなく、黄金色です。

私の町に向かうバスの中で、アルプス山脈が見えてきました。

この何日間か山の方では、雪が降っていたようで、
白い部分が多くなっています。
これを書いている今、時を告げる教会の鐘の音が聞こえ、
ここに帰ってきたことを実感しています。

イタリアの各都市の持つ個性とその土地それぞれの美しい景色を
感じた早朝のユーロスターの旅でした。

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静かな日曜日

この地域では、30分ごとに時間を知らせる鐘が1日中鳴り響きます。
夜中も同じです。

ここに来てから、お仕事などで他の都市に行く日以外は、時計は、必要なく
鐘の音で、時間を知る毎日です。
(リゾットやパスタの茹で時間は、きちんと時計を見ています。)

朝7時の鐘の音は、時間を知らせる鐘の後に、ちょっとしたメロディの鐘の音があり、
この町の人の生活は、7時から始まります。最寄り駅に行くバスの始発も7時です。

日曜日の薄暗い朝、まだ・・・明け方かな。とベットの中で思っていたら、
7時の鐘の音と1日の始まりのメロディが流れてきました。

しとしと降る雨の寒い朝でした。
夫が"今日は、一日中、電気がいるな・・・。"と言い、その通りになりました。
窓の外は、一日中変わることのない灰色の世界でした。

雨の景色
ニュースで、北イタリア地方は、
雨で寒い1日であることを告げます。

街燈インタビューの女性が、
"寒いので厚手のセーターにしたわ。"と答え、
その華やかなブルーのセーターが
雨のミラノの景色の中で目立っていました。

北イタリアの気温は、日中は、14度前後です。
朝は、8〜9度まで冷えています。






明日は、ワインの講義のために、ユーロスターに乗ってローマに行く日です。
ローマは、いつものように暖かくて強い色彩を持っていることでしょう。

こんな日は、早めに雨戸を閉めて、あたたかいリゾットを作ったら、
ゆっくりとした夜の時間、ワインの参考書を読み
充実した静かな時が過ごせそうです。

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酪農家

いつも閉まっている農家の前に大きな束ねられた藁が置かれているので、
きっと牛がいるのだろうと思っていました。

酪農家1
"この地域に多く見られるあの大きな藁の
ボールは、何のために綺麗に整っているの。"
と先日、友人に聞いたばかりだったからです。









"牛舎に敷き詰めるためだよ。種類によっては、牛の食べる草の
場合もあるんだよ。"

"どうしてあんなに綺麗な形にわざわざしているの。"

"運搬しやすくするためなのと、雨が降っても大丈夫なように。"

そして、今日、広場に来ている八百屋さんでお野菜を買ってから、
目の前の自宅にすぐに戻るよりは、少し、お散歩してから帰ろうと、
再び、農家の前を通ったら、扉が開いていました。

酪農家2



思った以上にたくさんの牛です。

自宅から、わずか50mのところにこんな空間があるとは、
思いもしませんでした。


そこから20m離れた別の農家にも、
牛乳のマークがありました。
酪農家もとても多い・・・ということに気がつきました。

考えてみたら、冷蔵庫の中は、ここに来てから、乳製品が多いです。

この地方のお料理は、友人がお料理をするのを見ていると、バターを多く使います。
チーズも豊富で、ワインに合うばかりでなく、Gorgonzola(ゴルゴンゾーラ)は、
リゾットにすることもあったり、お料理としてもよく使います。

ピエモンテ州の中で、私の住む地方にある有名なチーズは、Gorgonzolaの他に
Taleggio, Toma Piemontese があります。
どれもピエモンテ州のDOP(原産地統制保護)のチーズです。




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ピエモンテの空の色

窓を開けると、いつもどんよりとした空の色。
今日のお天気は、晴れるのか曇るのかわからない・・・と感じる朝の風景。
これが、この地方の持つ季節の色であることを初めて知りました。

ローマの眩しいばかりの色彩の中に今年の春まで住んでいたこと、
そして、それが同じイタリアの国であるということが不思議に感じられます。

朝早くのノバラからミラノまでの高速道路バスからの景色は、
霧に包まれています。

そして、日中に晴れ渡った時、つかの間のイタリアの美しい景色が浮かび上がります。

これは、その時の写真です。車で30分、スイスに近いマッジョーレ湖です。

マッジョーレ湖


夏のさわやかな空気の
ピエモンテの青空の田舎
自転車を乗りまわして、
まるで、小学校の頃の夏休みのように、
毎日が長く感じていたものです。





そして、秋から冬になっていき、
次第に北国であることを実感するのかもしれません。
ピエモンテは、来年の冬季オリンピックの開催地です。


初めて、この田舎の町に到着した日は、今年の3月。吹雪の日でした。
何十年かに一度の積雪だったようです。

車でローマを離れ、北上するにつれ、次第に雨が雪になり、人通りもない
あぜ道で、廃墟となったRicettoの横を通りながら、
到着したレンガの天井の家に驚いたものです。
まるで白黒映画を見ているような気分でした。


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