北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

July 2006

トウモロコシの孤独

昨年、ここは、辺り一面、トウモロコシで覆われていました。

今年の春になると、水が引かれ、サギのオアシスになり
いつの間にか、水田に変わっていました。

遠くから、カカシがあるとばかり思っていたら、
それは、ポツンと残されてしまったトウモロコシです。

31luglio2006
















少し、気分転換にドライブでもしようと、車のところに行くと
タイヤの影からゴムでできた柔らかいボールが見えていました。

子供たちが遊んでいて、取れなくなってしまったのでしょう。
私は、とてもかわいそうなことをしてしまったと感じていました。

お魚のアニメの絵が描かれたそのボールは、
以前、ブログでトラクターに乗って喜んでいた男の子のものです。

いつも夕食が終わった19時半頃になると
この男の子の後を5歳、3歳の女の子が
一生懸命走りながらボールを追っています。

3歳の女の子は、サッカーが優勝した時、ブログに書いた
真っ暗な夜の道路沿いで旗を持っていた少女です。

町に同じ位の年齢の少年がいないため、小さな女の子2人を
引き連れて、いつも3人でサッカーをしています。

そして、時々、18歳の高校生の男の子たちに混ざって
遊んでいる姿も見かけます。

人口が少ないので、同じ世代の子供たちだけで遊ぶことがないようで

年齢差がある子供たちが、一緒にサッカーをしたり
高校生の男の子が持つ本格的なラジコンカーで遊んでいたり

その時は、ラジコンカーのモーター音と一緒に
高校生と小さな子供の歓声で広場がとても賑やかになります。

そして、今夜、雨戸を閉めようとした時に
車の下から取り出しておいたボールを追う
大・中・小と3人の小さな影が見えました。


夕食は、野菜スープだったので、今日は、ワインを飲んでいません。
明日のブログは、お気に入りのワインのひとつを紹介します。

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ワイン樽と月

題名は、海沿いのリグーリア州(Liguria:州都は、ジェーノヴァ)の昔話。
そして、今回、紹介するワインの名前になっています。

リヴィエラの終点になっているラ・スペツィア(La Spezia)の西にある
5つの漁村、チンクエテッレ(Cinqueterre)のワインです。

リグーリア
















これは、リオマッジョーレ(RIOMAGGIORE)という海岸沿いの町の昔話。

ルーチョという男の子が、ある満月の夜に、父親に尋ねます。
"もし、大きな松の木の上に登ったら、月に届くことが出来るかな?"

ルーチョのお父さんは、笑いながら、こんなことが昔にあったんだよと
語り始めました。

”昔、チンクエテッレの中でも、ワインでとても裕福だった
リオマッジョーレの町の人々は、ルーチョと同じように
月に届いてみたいと思っていたんだ。

そして、町中のすべてのワイン樽を空けて、
それを積み上げていけばきっと月に届くに違いないと
考えついてどんどん積み上げていった。

ついに、町中のワイン樽をすべて積みあげ終わった時

"月に届くには、もうひとつワイン樽が必要だ。"と
樽の上に登っていた人が、言うので、困った町の人々は、相談して

一番下にある樽を上に積み上げたら、どうかということになったんだよ。

町の人たちが、下にある樽を引き抜いた途端に
すべての樽が転がって、海に流されてしまった。

それで、その年の収穫の時期、ブドウが豊作であったのに
リオマッジョーレの町には、ワイン樽は、ひとつもなかったから
ワインを作ることができなかったんだよ。”

満月の夜の父と幼い息子の会話が、そのまま小さな物語になっています

ワイン樽と月
Le Botti e La Luna(ワイン樽と月)
Cinqueterre
Bianco DOC
2005
ブドウの品種:Bosco, Vermentino
(ブドウの品種の表示がありませんが
これは、明らかにBoscoが主体で Vermentinoが30%弱
混ざっていると思われます。)
アルコール度数:12%        
Riccardo Arrigoni




このワインは、海岸沿いのブドウ畑で作られているので
とてもミネラル分が多く、海の香りが感じられます。
比較的、香りが繊細で柔らかく、アルコール度数も低く
ミディアム・ボディになります。

たこや海老にセロリなどのお野菜を入れてレモン風味のマリネのサラダ
魚介類でない場合、キノコを使ったサラダなどに
またメインと合わせる時は、お魚のグリルなど、シンプルな調理法の
お食事に。

トスカーナ州からリグーリア州にかけての海岸沿いは、Vermentino種
作られた白ワインが多く、これは、サルディーニャ島で作られる
Vermentinoとは、また違った味わいを持っています。

私は、何度か、このラ・スペツィア(La Spezia)周辺を訪れています。

トスカーナ州の夫の仕事場から、車で30分で、隣のリグーリア州になるので
時々、出かけるレストランもこの地方が多く

そして、何よりも、毎回ローマから夜行でピエモンテに帰る時
ここを通過していきます。夜行は、ジェーノヴァ(Genova)まで行き
その後、北上してピエモンテ州に入って行きます。

ラ・スペツィアを通過すると、自宅に帰るまで
まだあと半分以上あっても、いつも、とてもほっとした気持ちになるのです。

もし、どこかでリグーリア州の白ワインを見かけたら
そんな昔話があることを想い出して下さい。

この地方の白ワインは、夏の季節の夕食やパーティに、ぴったりです。

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今夜は、かたくち鰯とワインで

午後の牛舎前で。

広場で遊ぶ子供たちの声と町の大通りを走る車の音に紛れるように
雨が降りそうな曇った午後になると、きまって牛の低い鳴き声が聞こえてきます。

28luglio2006














今日は、シチリアでバカンス中のピエモンテの友人たちを思い出して
夕食は、お魚料理です。

各家庭によって、違うかもしれませんが、海のないピエモンテ州でも
魚介類を使った食事を、この地方で暮らす友人たちは、よく作ります。

ここでは、ノヴァーラまで行き、大きなスーパーの鮮魚コーナーで
買うことになります。

ちょうどお昼の時間帯に到着した私は、鮮魚コーナに向かうと
鰯は、もう売り切れていて、ほんの少ししか、アチューゲ
(Acciughe:方口鰯、アンチョビー)
も残っていませんでした。

"今日は、もう午前中にほとんど全部出てしまっていて、遅かったわよ。"

店員さんの言うように、遅すぎてしまった私は、
いつもは、1kg買うところ、今日は、残っていたアチューゲを
全部買いましたが、それでも、300gにしかなりませんでした。

かたくちいわしのお料理
この日は、オリーブオイルで
にんにくとアチューゲを炒めて

そこに白ワインを
グラスに半分以上と
たくさんのワインビネガーを
入れて作っています。

ビネガーで酸っぱいので、
お塩は、ほとんど使っていません。




そして、この時、お料理で使用したシチリアの白ワインは、そのまま夕食で。

cusmano insolia
INSOLIA
Bianco IGT
2005
ブドウの品種:Insolia 100%
CUSMANO





1kg買った日は、かなりの数の小さな鰯をおろすので、大変ですが
1回に使う量だけを専用タッパーに入れて冷凍して
いつでも使えるようにしています。

この地域では、お魚は、ノヴァーラまで車で行かないと買えないからです。

海沿いのトスカーナでは、朝、船着場に行くと
次々に白い発泡スチロールの箱が並べられていて
その場で新鮮な魚介類が買えるようになっていました。


もし、旅行で、このピエモンテ州を訪れたら
レストランでは、きっと美味しいお肉料理ばかりが
メニューに並んでいることでしょう。
そして、そんな、自慢の郷土料理を是非、味わって欲しいです。

ただ、この地域やイタリアのいろいろなことを理解する上で
どうか忘れないで下さい。

それは、私たちが、毎日、お寿司や天ぷら、すき焼きを食べているわけでないように

どんなに地元の家庭料理を楽しむトラットリアでも
それが、ピエモンテの家庭内の食卓のメニューの
すべてというわけでは決してありません。

友人と夕食で出かけることもあるお店は、以前のブログにあるように
南イタリア風の魚介類専門のピッツェリアであったり

そして、南イタリアだけでなく、ピエモンテでも、時々、手作りのピッツァを
作っていることもあります。

年金生活前は、一般的に共働きであるため、いつも手の込んだ食事とは、限らず
簡単で時間のかからずあっさりとしたイタリア料理も多いです。

そして、イタリアでは、ピッツアには、ワインでなく
一般的には、みんなビールを注文しています。

その方が、ずっとピッツァが美味しくなるからであって
決して、イタリア人がいつもワインだけを飲んでいるわけではないのです。




このブログを書き終わった今、牛の鳴き声が、聞こえています。
もしかしたら、通り雨が来るかもしれません。

そして、母子施設からは、教官である南米出身のエリヤが好きな曲
"ランバダ"が流れてきています。

きっと子供たちとリズムに合わせて踊っていることでしょう。

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***前々回のアルコールについてのブログでたくさんのコメントを
いただき、ありがとうございました。

ブログでは、長くなってしまうので、書くことができなかったことが
コメントをいただいて、そのお返事を書くことで、もう少し具体的に
話す機会ができたことを嬉しく思います。
ありがとうございました。***

それぞれのバカンス


列車の窓から、大きく窓を開けて撮ったブドウ畑の写真です。

車窓のブドウ畑
















町の郵便局に立ち寄ると、いつもはつらつとして爽やかな女性町長さんが
入ってきました。
急に周囲がぱっと明るくなる華やかさを持った女性です。

"今日、子供たちが出かけたけれど、お天気は、昨日と違って、大丈夫そうね。"

そう言われてみると、いつも子供の声がする私の家の前の広場は
とても静かでした。

町が主催する遠足で、プールなどもある遊園地に
バスをチャーターして、出かけていったようです。

夜9時過ぎまで、小さな子供のいない静かな町になってしまうようで
少し、淋しく感じています。

そして、いつものピエモンテの友達メンバーは、一週間
シチリアのタオルミーナでバカンス中。

一緒に行かれなかった私に、現地から、楽しそうな電話のメッセージが届きます。
さぞ、賑やかなことだろうと、思い浮かべてひとりで笑ってしまいます。

農家の友達は、この期間、農場を娘に任せています。

昨年は、バカンス中のイタリア、フランス、ドイツ、アメリカ人の多い
トスカーナにあるリゾート地のレストランで
バカンスを楽しむ人々を見ながら、仕事をしていました。

そうです。私には、バカンスは、ありませんでした。

当時、ワインで、少しでも、レベルを高く頑張っていきたいという
夢で必死だったからです。

午後に海辺で楽しむ人を見ながら、夫の運転する車で出勤し

少し、早めに到着しても、私は、黒い服と黒い靴をいつも身に
着けなかればならなかったので、太陽の光が暑く
とても海岸沿いを歩ける状態では、ありませんでした。

レストランでは、更にその上に黒いエプロンをします。

結婚式や貸切パーティもあり、夏の海辺の持つ独特な無国籍な
雰囲気の感じられる華やかさに包まれていました。

少しでもいろいろとワインのことで経験したいという気持ちで
日本人の観光客は、訪れることがなかったので

まったく日本人のソムリエは、必要なかったところを
どうにか頼んで経験させてもらっていました。

真っ黒に日に焼けていた私に、お客さんは、タイ人、中国人、
コロンビア人、ブラジル人などと私の国籍を当てようとしていました。

イタリア人も英語で話かけてくるので、英語で答えます。

一緒に働く黒人の女性とともに、私は、国際的な雰囲気を醸し出し
それが、私の役目でもあると気付き、それに徹していました。

私は、バカンス費用は、今回、買った車と
そして秋にフランスへワイン農家を訪問するための費用
試飲会や講習のある都市まで行くための費用にします。

ローマに出かけても、翌朝に仕事があることもあり
きっといつものように夜行列車で、そのまま帰ってくることが多いことでしょう。

それが今の私にとって、バカンスよりも幸せな時間です。

ピエモンテの友人が出来た今、彼らとバカンスに行ったら、どんなに
楽しいことだろうと思うこともありました。

"大丈夫だ。RIE。帰ったら、アスティのワインナリーに
みんなで行ってみよう。いつでも、みんなと会える。"と
タオルミーナから、そんな電話を受け取りました。

今にも、イタリアの海の持つ独特の香りがしてきそうです。

外と違い、家の中の温度は、26,7度ぐらいで、過ごしやすく
今日は、1日、ワイン、農業に関する資料を翻訳しながら、PCの前で過ごします。
好きなことの関わっている時間は、とても嬉しく、充実した時間が訪れます。

今夜は、鰯を使ったシチリア料理とシチリアの白ワインにしてみます。

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いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
読者の方も増えてきたのでとても嬉しいです。

今日のグラスワイン

昨日の夕方過ぎにここを通った時には、何もなかったのが
今朝は、麦藁が、まるでオブジェのように積み上げられていました。

ここは、誰もが、早起きをしている町。
暑くなる前の早朝から、農家の人は、働いています。

25luglio2006















朝、6時のゴミの回収時間前の5時半頃になると、
玄関前に、指定された専用のポリバケツを出すために
あちらこちらの家の扉が開く音がしてきます。

この時間になると、町で眠っている人は、もういないのではないかと
思うくらい、各家庭から生活の音がしてきます。

実は、今朝、ゴミを出す時間の5時半まで、起きていました。

今日は、徹夜になってしまったのですが
町が活気づく時間帯から、眠りたくなかったので
そのまま眠ることなく1日を過ごしました。

家の中は、その構造上、いつも涼しいのですが
一歩、外に出ると暑い夏の陽射しです。

そんな今日のグラスワインは、地元のカフェで。

夕食後、涼しくなったまだ夕方のように明るい空の下、
バリック(Barrique:樽熟成)しているピエモンテの赤ワインを1杯
美味しく飲みました。

地元のカフェでは、並んでいるワインは、すべてグラスで注文できます。

今日のグラスワイン
BARBERA D'ALBA   LA CASTELLA
Rosso DOC
2003
ブドウの品種:BARBERA
アルコール度数:14%
LA FUSINA DI ABBONA LUIGI E MASSIMO

12ヶ月樽熟成しているワインです。










先週末に町で行われた21時半から始まったショー。

何とこの時、友達は、仕事で疲れ、20時に就寝してしまい、
来ることが出来ませんでした。

みんなで"えっ・・・。もう寝たの。"と笑っていましたが

薄暗い朝5時には、すでに農場で働いているので、
それでいいと思うのです。

1年前にも感じていました。

この町の夏の風景と過ぎていく時間は、ちょうど小学校の夏休み、
しかも7月で、まだ1ヶ月もある・・・と果てしなく長い時間に
感じていた、あの夏の日々を想い出します。

まるで小学校の夏休みのような時間が、この年齢になって持つことが
出来るなんて、思ったこともありませんでした。

このブログを書き終わったら、まだうっすらと明るい夏の夜の時間で
あるけれど、今朝まで起きていて、ついに睡魔が訪れました。

まだ早いこの時間であるけれど、これから眠ることにします。

先日のコメントのお返事は、また明日に書きます。
いつも本当にありがとうございます。


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ワインは、アルコールなので

私は、この季節にぴったりの冷たい食前酒になる白ワインを探していました。

そこで見つけたのが、北の山麓地帯、ヴァレ・ダオスタ(VALLE d'AOSTA)州
作られるワインです。

この州は、北に位置し、ワインの生産量は、イタリアで最も少ない生産量で
私もほとんど飲む機会がありませんでした。

blanc de morgexVALLE D'AOSTA
BLANC DE MORGEX ET DE LA SALLE
2005
ブドウの品種 :prie blanc(Blanc de Morgex
アルコール度数12%
Morgex coop(協同組合)

これは、ブドウの品種が
珍しいワインです。




実は、あまり期待せずに試飲のために購入したのですが
印象に残るワインの1つになりました。

そのデリケートで広がりのある香りは、雄大なアルプス山脈の自然を感じます。
モン・ブランに近い地域にあるブドウ畑で作られています。

好きなワインは、どうしても多くの種類のワインを試飲しなければならないため
何度も買うことができず、記憶にとどめたら、いつも、次のワインを探します。

年度によって味わいが異なるので、必要なこともあり
まったく、生産者も銘柄も同じワインを買う時もありますが

同じものを何本も消費することは、ソムリエとしてはできないのです。

そうであったら、好きでワインを飲んでいる時間を多く作ったら
たちまち、体が壊れてしまいます。

以前、ワインを選ぶために国際見本市で何種類ものワインを試飲した時
のことを書きましたが、それだけワインに接する機会が多いからです。

イタリアで、ワインを楽しむこと。
特に、このワインの産地であるピエモンテに来てから感じていることがあります。

それは、日本の友人や、同じソムリエ同士でもなぜか日本人同士だと
ワインを飲む量が、イタリア人と一緒の時よりも断然多いのです。

でも、これは、毎日でないので、そんな日本の友人と美味しく楽しいワインを
飲むことは、年に2,3回のことであり、私自身、とても楽しみにしているひと時で
大切な時間です。

ソムリエである日本人女性同士で、2人で今日、飲みたいワインを相談して
それにあったお食事を選ぶことは、とても楽しいものです。

自宅なら、そのまま残っても保存しておくところが

女性同士で外食でワイン1本をオーダーするわけですから
当然、ひとりあたり、ハーフボトル1本が消費されてしまうわけです。

これは、明らかにアルコール量は、通常よりも多いです。

ソムリエになる以前に、ローマで栄養学の講座を短期間受講していましたが

イタリアの栄養学の教授によると、

"女性の場合、食事1回につきワイン グラス2杯が限度であり
それ以上は、もう肝臓の機能が通常を超えてしまうため

長い年月をそのように過ごすと危険である"と、解剖学的にもその説明がなされ
アルコールの害のことが、授業で多かったので
これからソムリエになるという時に、とても複雑な気持ちでした。

ところが、この時の授業内容は、大切であり
今の私のソムリエとしての考え方のひとつにもなっています。

ピエモンテの友人とのいつもの食事会でも、

そして、夫の知り合いとの集まりで、
その中にイタリアでも有名なソムリエも一緒だった
トスカーナのワイン・レストランでの食事の時も

これは、明らかに日本人同士の時と比べるとワインの飲む量は、
はるかに少なく、その飲むスピードも、とても違うことに気づきました。

結婚の報告のために、夫の知り合いと集まった
トスカーナでのワイン・レストラン(後にここで、私も少し働いたところです。)

もちろん、ワインのマニアも多い彼らと過ごした時間は
夜20時半から深夜2時半過ぎまで続き、総勢18名近く

ボルゲリ地方の有名なワインと冷たいお水、美味しい魚介類に続き、お肉料理の
メニューで夜の潮風に吹かれながら
誰もがとても満足して楽しく過ごした時間でした。

この時のワインの消費量は、食前酒にシャンパンを1杯ずつと
全員でボトル3本のワインです。

そして、いつもの私のピエモンテの友人たちとの食事会では、
14名近くの友人たちで、とてもワイン好きなピエモンテの仲間と過ごす
この時間でも、やはり全員で3本消費する程度です。

長いテーブルだった関係で、5本を用意して開けたものの
2本は、ボトルの80%近くがそのまま残っている状態です。

それは、誰もが美味しいと思ったワインであり
決して、まずかったから2本、そのまま、残ったわけでありません。

それで、何時間も楽しいお食事が続くのです。

残ったら、"これ飲んでしまって"とグラスに無理に注ぐことをしません。
それぞれが、食事もワインも自分に適した量だけを自分のお皿にとっています。

もし、高級レストランで、美味しい食事をオーダーして
あっと言う間にたくさんを食べてしまう人がいないのと同じように

大切なワインは、ゆっくり口に含み、楽しく会話して、
美味しいお食事の時間にするのが、一番です。

日本でワインが好きで詳しい方が多くなってきて、興味深く読んで
いただけることで、とても、嬉しいのですが

ワインのブログを書くことで、もしかしたら、何か、間違った方向に
行ってしまう人が多いのでは、ないかと心配になることがあります。

ワインは、アルコールであるということを忘れないで、正しい方向で
生活の中でワインを楽しんで欲しいとソムリエとして心から思っています。

見本市で名刺交換したロンバルディア州の業者から、

"うちで作っているワインの見本を送るので、ぜひ、厳しい批評を
聞かせて欲しい。正直でかまわないので。"と先日、メールが届きました。

各生産者の努力の結晶であるワイン、生産農家は、どんなに
自分のワインを食事で生かして美味しく飲んでもらえるか
そしてその評価によって更に研究していくのです。

戦後の食料事情でイタリアでは、ワイン1杯が大切な栄養源として
扱われていた時代もあったと、イタリアの授業の講義で聞きました。

アルコールの持つカロリーが他の栄養素に比べ高く
貴重な食料として扱っていたからです。

イタリアワインの持つ食文化の素晴らしさを

日本のワインブームと一緒に伝えることが出来たら、とても嬉しいです。

今日のワイン、実は、きっちり栓をして冷蔵庫で冷やして、もう3日目です。
食前に冷たく美味しく飲んでいます。

開けたから、全部、無理に飲んでしまおうとしなくていいのです。
きちんと保存すれば、美味しいままです。

どうしても味が変わってしまったら、その時は、お料理の調味料として大活躍です。

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ショー(Spettacolo)のあった夜

歌とお笑いの小さなショー(Spettacolo)が始まるのは、夜21時半。

会場に向かう途中に空の写真を撮りました。
21luglio2006 空













保存建築に指定されている昔の大きな農家の建物の前に広場に
前日から、町役場の友人が座席を作り用意していました。

町の掲示板、そしてカフェにも、このショーのポスターが貼られていて
町のすべての人が、この日を楽しみにしています。

私は、夕食を、まだとても明るい19時に済ませて、楽しみに待っていました。
町で行事がある時は、私は、いつもこの郷土料理のリゾットを作ります。

21luglio2006 リゾット
キャベツとセロリ
インゲン豆
腸詰めソーセージである
サルシッチャ
(Salsiccia)の入った
ノヴァ−ラ風リゾットです。





以前、ブログに冬の温かいリゾットの写真を載せたことがありますが

冬の時に比べ、ラードやバターを入れていないので
ツヤがなく感じられますが、サルシッチャから出てくる脂だけで
あっさりとした薄味です。

スープブイヨンは、一切使わず、付け合せのにんじんやインゲンを
茹でた汁を捨てずに使い、自然のお野菜のエキスでリゾットを煮ています。


ここで暮らす前は、夏の明るい時間は、もちろんのこと
冬でも夕食の時間がとても遅く

特に、夜に仕事が終わって帰宅してから、夫が作って待っていた
夕食が始まるのが、すでに夜中であったことも少なくありませんでした。

この町では、ほとんどの人が19時に夕食で、隣の母子施設も一斉に
この時間に食事時間になり

周囲の家でも、この時間に外に出ると、どこの家も楽しそうに食事の
ひとときを過ごしている声と食器の音が聞こえてきます。

20時半を過ぎると、"夕食は、終わった?"と食後のカフェやジェラートに
友人が誘いに来ます。

町の教会は、30分おきに時を告げる鐘が鳴り響くのですが

7時、12時、19時の時には、特別にメロディも流れます。
この町にとって、この時間は、1日の区切りなのかもしれません。

21luglio2006 会場21時半になると
次第に暗くなり始め、

ショーを見に、車で
会場近くまで
移動する人が多く

いつもよりも町が
賑やかに
なってきました。






開演を楽しみにしている人々の様子です。
ステージ








次第に多くの人が集まり、友人が用意した座席では、足りず
立ちながらそのショーを楽しみ、笑っている人々の姿も見られます。

イタリア語のお笑いは、そのスピードも早いだけでなく、その会話が理解できても

どうしてここで可笑しいと思うのかしら。
ちっとも可笑しくないけれど・・・。と私には、難しいこともあり
まだまだ勉強が必要であることを思い知らされ、

"今の、わからわからなかった。"と独り言のようにつぶやくと

隣にいた10歳位の女の子が、私の方をくるりと向いて

"私も。わからなかった。"と
まるで励ますように言うので顔を見合わせて笑ってしまいました。

ショーが終わるとすでに23時半を過ぎていました。

舞台の照明も消され、人々は、暗い中、賑やかな声で
家に帰っていきます。

町の中心にわずかに街燈があるだけで、田園が周囲に広がるこの地帯では
見上げると無数にある夜空の星が、くっきりと浮かび上がり、
それは、とても綺麗でした。


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ある日、聖堂にて

ノヴァーラを少し離れると、その周囲に美しいオルタ湖の湖畔の町
水田の町、ワインの産地が同じノヴァーラ県として
まったく違う風景が広がっているのですが

ミラノが商業、トリノが工業の大都市であるとすると
ノヴァーラは、その中間の味気ない小規模な商工業都市でしょうか。

ノヴァーラの街まで、年金などの各種手続きもあり
行かなければならなかった日

せっかく、ここまで車で来たのだからと
市内の教会や聖堂を見たりしながら
しばらく楽しげに、ひとりの時間を過ごしていました。

duomo dell' assunta 1

















新しいコリントの列柱のある冷たい印象の外観の聖堂に入りました。

他の多くのイタリアにある聖堂のようには、どこか心に近づいてこない
冷たい印象で、これは、引っ越してきて初めて訪れた時と
何度来てみても、その印象は、変わることなく

当時、ローマやヴェネツィアのような古い街並みを思い出し
"なんて、遠くまで来てしまったのだろう。"と悲しくすら思っていました。

ここでの仕事が終わったら、10年以内に、一刻も早く
トスカーナに戻りたいと思う夫の気持ちがわかるような気がしていました。

それを唯一、慰めてくれていたのが、丸いステンドグラスです。

duomo dell'assunta 2











しばらく、ぼんやり座って聖堂内を見渡していました。
いろいろなことが次々と想い出されます。

いつもは、ここは、素通りするのですが
今日、なぜか、もう一度、入ってみようと訪れてみたのです。

引っ越してきて、ちょうど1年5ヶ月になろうとしています。
それにしては、随分、長い年月が過ぎていったように感じます。

ひんやりとした聖堂から外に出ると、太陽が眩しく
ゆっくりと駐車場に向けて、緑の木立を歩いていきました。

聖堂にもう一度、入ってみてよかったと思えました。

なぜならば、そんな精神的状況であった1年前の私が
今、ワインや新しい分野の仕事を切り開いて
それに向かっている自分が力強く見えてきて
それがとても嬉しく思えたからです。


Duomo dell'Assunta


この日に買ったワインについて、そしてワインとアルコールについて
昨夜、行われた町の催し物の小さなステージについて
書きたいことがいろいろです。

また後ほどブログを書きます。

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LOVERS IN MILAN

お魚を買ったから、急がないと。
地平線も見える一直線の道のりを、気持ちよく
私は、車のエアコンを入れないで、窓を全開にして
平均時速90kmで走っていました。

風もエンジンの音も聞こえる中、ラジオからふいに
懐かしい曲が流れてきました。

これは、どこで聞いたかしら。
何台かトラクターを追い抜きながら考えていました。

そうだ。これは、カナダのイタリア人街で聞いたことがある。

ミラノから移民してきた仲良しだった、ゲイである友達のアンジェロ君が
聞かせてくれた曲だったと気が付いて、
急に懐かしいあの頃を思い出していました。

写真は、ミラノの朝です。

ミラノで

















これは、まだ、私が生まれていない頃の古いイタリアの曲です。

外資系の会社に就職後、自分の英語力のなさにあきれて、行き詰まり
カナダに行き、別の業界の仕事をしてみたいと思っていた頃

住んだところがなぜか、イタリア人街でした。

イタリアのマフイアの住む地域もあるから治安に気をつけてと言われて

少し憂鬱な気持ちでホームスティ先の下見に行って、あまりも
気に入ってしまい、私は、ここがすべてになっていったのでした。

アンジェロ君は、これは、"LOVERS IN MIALN" と言っていました。

もちろん、当時は、イタリア語の素養もなく、英語だけだったので
これが何というイタリアの曲名なのかわかりません。
おそらく"Innamorati a Milano"かもしれません。

ただ、懐かしいフレーズが頭の中で何度も繰り返されていきます。

"私は、ミラノで第二の人生を送ってみたい。"と10年前に
同僚で同期のYUMIKOちゃんに話していました。

仕事の行く先は、ミラノは、ほとんどなかったので
なぜ、そのようなよく知らない町に住もうと話していたのか。

不思議なものです。住んでいるところは、違うもののミラノに時々
仕事に行くこともあるのですから。

まったく、実力は、実ることができなかったのですが、
当時、午前中は、英語の語学学校、午後は、目指していた職業の
訓練センター、そして、夜間は、大学のフランス語の講座に通い

ストリートカーにコーヒーの紙コップとホットドックを持って乗り
車内でランチを済ませて、通っていました。

午後の訓練学校が終わり、夜間のフランス語まで時間があり
その合間は、いつも、近所に住むイタリア人たちと一緒に
アメリカン・ピッツアを食べながら、英会話の時間にしていて、

いつの間にか、英語の勉強どころでなく、彼らの持つ世界に
引き込まれていきました。

仕事の体力をつけるためにと始めた8kmの道のりのジョギングに
アンジェロ君も来てくれました。

カナダの街で無数に広がる飛行機雲を見ながら、毎朝、走っていた、
そんな私がいました。今まで、ずっと忘れ去っていたことが
はっきり輪郭を持って、突如、現れて、嬉しく思いました。

その時の思い出は、今までの人生の中でも一番印象的であり
その時の曲を聞くと、たくさん夢を持っていたあの頃の若い私が
見えてくるのです。

懐かしい想い出の曲は、誰にでもあるもので、その曲と一緒に急に
目の前の景色が当時のことに蘇るのは、まるでどこか想い出のワインを
味わう時ににています。


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とても嬉しいです。

仕事が終わった午後

写真は、駐車場から見える、高さ121mのノヴァーラ(NOVARA)のシンボル
サン・ガウデンツィオ教会(Basilica di San Gaudenzio)

ミラノから列車で帰ってくると、車を駐車しているところは
木立に囲まれているので、涼しい風が吹き、気持ちのいい午後でした。

19luglio2006 novara



















下の写真は、ミラノから帰る時の信号待ちで。
地下鉄に乗る前のミラノ北駅 カドルナ広場付近で
ここには、色鮮やかなモニュメントがあります。

19luglio2006 milanoレオナルド・ダ・ヴィンチの
描いた最後の晩餐の
壁画のある
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ
(Santa Maria delle Grazie) 教会

そしてスフォルツァ城
(Castello Sforzesco)
も近くです。






この日の私は、仕事後にセンピオーネ公園をお散歩してから帰ろうと
近くまで来たものの暑さで歩くのを断念してしまい

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会方面にある街中のカフェで
冷たいアイスティーを飲んでからまっすぐミラノ中央駅に向かうことにしました。

いつもこの風景を見ると思い出すのが、

まだ私が、自分の車を購入する前のこと
夫や友人がミラノまで迎えに来てくれた時のことです。

町の中心部に入ることのできる車は、制限されているので
田舎の友人の車も夫の持つトスカーナのナンバーの車も
もちろん入ることができないため

ミラノを何度も来たことのある夫は、制限区域ぎりぎりの
いつもその目的地に一番近い場所で待つことができました。

田舎の友人は、ミラノの街中を走ることがないために
待ち合わせ場所を決める時に、少し困り

"お城とあの大きな色鮮やかなモニュメントのあるところ"と
空中で手を縦にぐるぐると回しながら

"そこで待っているよ。そこなら車も入れるし場所もわかるから。"

その時、仕事が終わって、急いで待ち合わせ場所に行くと

信号待ちをしていた私の位置から、そうちょうど、この写真の位置から

友人と4人の日本人女性と警察官が立っているのが見えて
すぐに警察官と日本人の人は、一緒に指で方向を示しながら
離れて歩いていきました。

一体、何があったのだろうと急に心配になって、急ぎ足で待っている
友人のところに行くと

"RIEを待っている間に、何人かの日本人から話しかけられて、
最後の晩餐の場所を聞いてくるんだけれど、行ったこともない上に
ミラノの街は、まったく知らないし、日本語は、わからないし
困って警察の人に頼んでいたんだよ。"

そんなことがありました。

仕事後に迎えに来てくれた友人と一緒に、
他の友人たちの待つピエモンテ州モンフェラートまで
ランチに出かけた時のことでした。


19luglio2006 novara2
ノヴァーラに着いて
私は、少しほっとしていました。

思っていたよりも
疲れてしまっているようです。

こんな日は、お野菜を
たっぷり入れたリゾットです。

うちに帰ろう・・・。

私の真っ赤な車は
まだまだ遠くにあります。









仕事の契約先は、8月末までバカンスに入ります。
夏にミラノに行くのは、今日が最後でした。

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夜のカフェでジェラートを

夕食を終えて、まだ明るい20時前に、ドアをノックする音がしました。
こんな時間に誰かしらと驚いて、そっとドアの外を見ると

町役場の友人夫婦と同じく町役場の関係で働く若いマルコも一緒でした。

"急に、ドアをノックしちゃってごめんなさい。電話をするよりも
もう家の前だったから。"

"夕食は、もう、終わった。今から私たちは、出かけるのだけど
もしよかったら、来れるかな・・・。"

"町に帰ったら、あの新しいカフェでジェラートの時間にしよう。"と


そうして、昨夜は、この町の友人たちとジェラートの前に車で30分以上かかる
山のある町の旧市街を散策することになったのです。

16luglio2006 夜2













そして丘の上には、修道院がライトアップしていて、
その周囲の空は、明るくなっていました。

16luglio2006 夜












私たちの町に帰って来る頃は、もう真っ暗になっていました。

新しいカフェは、他の町に住む親戚の人が休日に遊びに来ていて
夕食後、帰る前にみんなでカフェの時間にしている人

近郊の町に住む若いグループが車に乗ってここまで来ていたり

そしてこの遅い時間に10歳位の男の子4人が、若いマルコが入るなり
"マルコ!"といっせいに手を振っています。

"みんな、遅い時間までいないでちゃんと帰るんだよ。わかった。"と
言われて、少し、しょんぼりとしてしまいましたが

その後、お兄さんのようなマルコは、人気があるようで、楽しく子供たちと
話して、5分後には、子供たちが帰っていきました。

棒のソーダー味の水色のアイスキャンディーで
夏休みの友人たちと夜のひとときを楽しんでいたようです。

ひとりの男の子は、サッカーの青いユニフォームのシャツで
その他3人の子供たちも、同じような青いTシャツでした。
まだ、サッカーのワールドカップの余韻が
彼らには、続いているみたいです。

16luglio2006 カフェのジェラートそして私たちのグループの輪に
ここで働く、ワインの産地の町から
来ている綺麗な若い女性も
椅子を持ってきて
仲間に加わりました。

"ランチに来る人が
とても少ないのよ・・・。
広告をだしたいわ。"と
彼女が言い出したのをきっかけに




"どこに、看板をつけたら、いいか、ちょっと検討してみよう。"と
お店を出て、周囲を歩き回ります。

もう夜の10時半をすぎていて、カフェ以外は、
もうどこも雨戸を閉めて、物音ひとつせず、眠っている時間です。
私たちの話し声と靴音だけが響いていました。

眠っているツバメ
夜になると
ツバメは、家の軒下などで
眠っています。



町役場だけでなく、ピエモンテ州の許可も必要なところがあったり
それは、その手続きをそばで聞いていると複雑であり

サルデーニャ島でエノテカをこの夏から開店する予定が
手続きで時間がかかり、年末になるかもしれないと話していた
友人のアレッサンドラの言葉を思い出していました。

カフェを宣伝する広告看板を作る許可の仕事で
今日、町役場の友人とマルコは、その候補地探しをしています。

ちょうど今頃です。
外に出てみると真剣な彼らに会えるかもしれない。

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夕方のカフェにて

18時の教会の鐘が町中に鳴り響いています。

町役場、郵便局、タバコ屋さん、ホテルなどすべてに
オレンジや緑色、黄色のコピー用紙で印刷された広告が貼られていました。

"カフェがオープンしました。"と大きく2行に渡って
それだけが書かれています。

カフェの入り口
















夕方遅くのカフェに行ってみると、ちょうど午後のカフェの時間と
食前酒を飲みに来る人の入れ違う時間だったようです。

他のお客さんが帰るところだったので、何時まで開いているのか聞くと
夜中の1時までを予定していると言うので、少し驚きました。

ジェラート売り場、ケーキなどのデザートとカフェのテーブル席
そして食前酒などのBARカウンターに分かれていました。

"グラスワインだと、まだ赤ワインは、コルクを開けていないから
どれを選んでも、新しいよ。"

私は、食事前の軽いタイプの赤ワインが飲みたかったので
ドルチェット(DOLCETTO)を選びました。

ドルチェット(DOLCETTO):ブドウの品種名も同じDolcetto.
今回は、ドリアーニ(Dogliani)地域の DOLCETTO DI DOGLIANI
同じドルチェットでも、地域によって味わいが異なります。
深いルビー色で森の果物の香り。タンニンも柔らかく心地よいワインです。

そのうち、隣の席に、孫と一緒に来た男性が座りました。
時々、町で見かける、いつもバンダナをしている農家の男性です。

ジョージ"奥さん、何を飲んでいるの?
う〜ん。ワインか。駄目だね。
テキーラかバーボンといきたいね。"

あまりにも田舎の小さな町なので
ニューヨークのような大都会の
アメリカに憧れる人もいるらしいと

ここに引っ越して来る前に
夫から聞いた話を思い出して
少し笑いそうになりながら

"そう・・・。ところで、お名前は。"

"ジョージ(George)だよ。"と英語名だったので、驚きながらも信じていると

すぐに孫が
"本名は、ジョルジョ(Giorgio)だよ。おじいちゃんは、イタリア人だからね。"

カフェは、時間帯によっていろいろです。

朝食のカプチーノとブリオッシュから
ジェラート、そしてケーキでティータイム

その後、食前酒の時間になり、夜中まで開いているので、食後酒の人も。

テレビが置いてあったので
きっと、サッカーの時は、ビールでサッカー観戦を楽しむ人。

私は、そろそろ夕食の時間になり、帰ることにしました。

夕食は、隣町で買ったお米を使って、ノヴァーラ風リゾットの
パ二ッシャ(Paniscia)
です。
今日は、そのためにキャベツ、セロリ、サルシッチャ(腸詰めソーセージ)
いんげん豆を買って準備してきたのです。

15luglio 2006 空もう、雨戸を閉めようと思って
窓辺に立つと

21時の空は
雲がとても綺麗でした。

夜中まで開いている
オープンしたてのカフェは
10人位のお客さんで
今も賑わっています。

次は、ジェラートを食べに。






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はじめて、ピエモンテーゼと呼ばれて

写真は、近所のトウモロコシ畑です。

トウモロコシ畑のうさぎ






















先日のブログで書いたひとり暮らしの女性と話していた時のことです。
自転車レースが始まり、周囲がとても賑やかであった上、彼女の話す内容が
私には、聞き取れない場面があり

"その単語の意味がわからないから、今の話が理解できないです。
違う言葉で言うと、どういうことになるのですか。私、外国人だから。"と
聞き返すと

"ああ・・・。イタリア人でなかったの。でも私の話す内容が
わかって、今ここに住んでいるのだから、イタリア人ね。"

眼鏡の奥の澄んだ瞳には、私の顔がはっきりと
見えていなかったのかもしれません。

私は、その女性と別れた後、イタリア人から
"ピエモンテーゼ(Piemontese:ピエモンテの人)"
呼ばれた時のことを思い出していました。

それは、今年になってから初めてのことで、ボローニャの時は、
もちろんのこと、それからのヴェネツィア、ローマでも

日本人同士、そして日本語が話せる、とても親日家であるイタリア人からは、
”ヴェネツィアーナ”(Veneziana:ヴェネツィアの人
の女性形 男性は、Veneziano)と言われたり

"RIEちゃんは、とても”ロマーナ”(Romana:ローマの人の女性形、
男性の場合は、Romano)"など会話に出てくることがあっても

一般のイタリア人からは、そのように呼ばれたことは、決してありませんでした。

これは、最近のことです。
6月になって、ミラノのワインの見本市で、
南イタリアのワイン会社に名刺を渡した時

"そうか、君、ピエモンテーゼか。よろしくね。"

そして、その後、マスターの修了式の時
イタリア人が私のことを他の多くのイタリア人に紹介する場面で

"彼女は、ピエモンテーゼで"と
最初の言葉で、一瞬、誰のことかわからず、ぼんやりしてしまったのです。

見知らぬイタリア人のソムリエから
"ああ、君かピエモンテーゼは。友達のアントネッラから
同じクラスにピエモンテーゼがいるんだよと聞いていたよ。"

今までは、必ず、"ジャポネーゼ(GIAPPONESE:日本人)"と
呼ばれてきたので、不思議な気持ちになりました。

ジャポネーゼであると同時にピエモンテーゼでもあるということが
どこか嬉しく感じていました。

そして、それをきっかけに、"ジャポネーゼだから、外国人だから、
わからなくてもしょうがない。出来なくても許して欲しい"と思う
気持ちがすーとどこかに消え去っていきました。


それは、あの時に似ています。
蛙釣りに来ていた、孫もいるという主婦が古いフィアットを
運転して帰る姿を見送った時

みんなイタリア人は、マニュアルをきちんと運転することが出来る。
みんな出来ることがなぜ私に出来ないと思ってしまったのだろう。

"オートマ車じゃないから、運転は、出来ない"ということを
その日から言わなくなったように
どこか考え方が切り替わっていくのを感じていました。



今、広場には、牛乳やジェラートを運ぶトラックが到着しています。

今まで小さなホテル内のBARしかなかったこの町に
ついに初めてのカフェがオープンする日が来たのです。

夕方から開店祝いが行われるようです。

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自転車レースがあった日のこと

13luglio2006 airone












自転車で買い物の帰り道に、水田に二羽のサギ(Airone)が寄り添うにしていたので
写真を撮っていると

スポーツ用の自転車に乗ったサングラスがとても似合う熟年の男性から

"君も一緒においでよ。"と声をかけられ
"えっ?"
"来ればわかるよ。おいでよ。"

続いて、20代前半の若いスポーツマンタイプの男性が
片手を自分の方にぐるぐる回しながら"おいでよ。おいでよ。"
13luglio2006 arrivo

自転車に乗り
家の方向が同じだったので
大きな一軒家が続く並木道を
後に続いて私も走ると

あと自宅まで100mの地点に
"ARRIVO(ゴール、到着)"
とありました。

自転車のレースだったのです。

家を出た1時間前には、何も変わらない普段の町は
私が夕食のワインを買っている間に、多くの人が集まっていました。

13luglio2006 レース前
私の町が出発地であり
到着地点で

広場は、もちろん町の
小さな通り、そして駐車場に
自転車が積めるような
大型の車が
隙間なく並んでいます。




私の家の前からスタートで写真を撮っていると

時々、近所で見かけた時に挨拶をする見知らぬ女性が
自転車にまたがったまま写真を撮っていた私の横に
ぴったりと近寄って立っていました。

レースが開始










すぐに淋しいのだとわかりました。
70代後半の独り暮らしの女性です。

"猫2匹と暮らしているだけなの。毎日、辛く淋しいわ。"と
自分の話を始めました。

歯が前歯、一本だけになってしまっている理由
その事故で幸いにも鼻は、折れなくてそのままだったこととか

そこまで話した時に、"そうですね、鼻がとても綺麗です。"と言うと
一瞬、笑みがこぼれ、すぐに悲しそうな顔になります。

自転車のハンドルを握る私の手の上にぴったりと両手を添えていて
私もどうしたらいいかわからなくなり、ちょっと困ってしまいました。
話してもう、15分くらいが経っていました。

時々、町を歩いている姿を見て、貧しいのかしら・・・でも
この小さな町には、浮浪者もなく、農業で繁栄していて
困っている人は、近所の母子施設のようにきちんと
生活が守られているはずで・・・と思った時

"邪魔してごめんなさいね。本当にありがとう。お話しできて
嬉しかったわ。またね。またどうか会ってくださいね。"と

手を振って何度も振り返りながら帰っていきました。

よく見ると、とても痩せて小柄な体に、白い綿の小花の
ワンピースを着ていて大きな澄んだ瞳を持っていました。

どうして一瞬、浮浪者が近寄ってきたような印象を持って
怖がってしまったのだろうとそんな自分が少し情けなく感じていました。

今日は、ワインのコルクを開けるのは、やめておきます。

今度は、私の方から声をかけてみよう・・・。

イタリアの小さなピエモンテの田舎町で、幸せなこともそうでないことも
いろいろな想いをかかえて、みんな生きているのだと感じました。

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自然と小さな天使

私の住む地域は、蚊がとても多い・・・。それは、湿地帯があるからです。
ここは、ピエモンテ州の自然保護地域に指定されています。

12luglio 2006




















もう、随分前のこと、日本に住んでいた私が
初めて仕事で降り立ったヨーロッパの大きな都市で

現地で暮らすに日本の方から、
"初めて来たこの街は、どう見えるかしら。景観が、随分、日本と違うでしょう。
日本は、電柱があるから綺麗には見えないのよ。"と言われ

改めて、街を見渡すと、地下に埋められていて
電柱が見当たらなかった覚えがあります。

木の電柱しかし、ここでは
電線を支えている柱があります。

下は、湿地帯であるので
地下に埋めることが
難しいからなのかもしれません。

自然保護地域であるので
その電柱は、木で出来ています。

細い木で作られた電柱ですが
町の暮らしは
きちんと機能しています。









真夏に雷などがあった時は、一瞬、停電してしまったことも
ありますが、家の中は、ローマのような大きな都市で暮らすのと
大きく違いは、ないです。

違うところは、大きなアパートは、この町には、ないことと
小さな古い農家を修復した家なので、天井がレンガで造られ
真夏でもひんやりとして、冷房も扇風機も使うことなく暮らせることです。

自然保護地区 看板自然保護地域にある看板には
禁止事項が多く書かれています。

動物の暮らしのために
ラジオなどの音が禁止。
テレビカメラの撮影禁止。
大人数のツアーが禁止。
犬などペットを
持ち込まないことなど
書かれています。





窓から家の外に大小2匹のトカゲが動いているのを見て
"親子のトカゲかな。"

ドアの外を掃いていると、小さな柔らかな羽毛が残されていて
"またメルローが来ていたんだ。"

そんな小さな繰り返しで、次第に自然の小さな生命が可愛い小さな天使に
思えるようになったこと

ここの暮らしの一年半で私の中の何かが、ゆっくりと動き、変わったようでした。


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今夜は、FESTA(フェスタ)に

今、近郊の町、ヴァラッロ(VARALLO)から、帰って来ました。
もう、夜中の1時をとっくに過ぎています。

今日は、フェスタ(FESTA:催しものがあるお祭りのようなもの)
夜中過ぎまでお店が開き、いつもの友人グループであるフランチェスカの
娘さんとその婚約者も加わり、ピエモンテの友人たちと、夕方過ぎから
楽しく街を散策していました。

festa varallo
















幼い頃の記憶にあるような、"射撃"で景品を撃つものから
地元のワイン、はちみつの直売、数多くの日本車メーカーの展示
サウナやログハウスの宣伝、駄菓子、骨董品など
小さなテントで仕切られたお店が旧市街に立ち並びます。

varallo 裏通り少し裏通りに入ると
静かな古い街並みの
夜の光景です。

"RIE、見てごらん。"と
その古い建物の軒下を見ると
ツバメがじっと眠っていました。

そして、裏通りにある
小さなワインの居酒屋に
夕食のために入った頃は
すでに23時になっていました。








このFESTAが始まって30周年である今年は、まだまだこのお祭りが
続きます。

友人のヴィクトリオがワインを飲みながら、
"8月末まで、きっと毎日、こんな感じじゃないかな。"と
手渡してくれた小冊子には、この町の毎日の催しものが書かれていました。

varallo osteria
今日のワインは
ROERO 
Rosso DOC(2003年なので)
ブドウの品種:Nebbiolo 100%
CORREGGIA











帰りがけに屋台で、大きな甘いドーナツを買い、みんなで歩きながら食べて
駐車場に向かいます。

まだ人通りが、絶えることなく、私たちは、その人並みと反対に向かっていました。
静かな町と山には、歌手のステージが大きく響き渡っています。

時速100kmを超えている友人の運転する車が
この町を離れると、まるで、夜の闇に吸い込まれるように
暗い山を通り超えて、あっというまに真っ暗なワインの産地を過ぎて
いつもの見慣れた通りに出てきました。

みんなは、明日、5時に起きて、農場や、近郊の大きな都市ノヴァーラまで
仕事に出かけなければならないのです。
すでに、時計は、夜中の1時を過ぎようとしていました。

"RIE、明日は、ローマ?ミラノ?"と聞かれ
私だけがのんびりした1日であることに気が付きました。

明日、私も早くから、次の仕事のための準備を始めよう。
"農作業を取材したいの。それは、ブドウ畑に限らないで、一般の・・・"

そこまで言って、まだ企画も構想もはっきり決まっていないことに気付き
ふっとため息をついてしまう。
"決まったら、協力してもらいたいの。でも、まだ・・・具体的には"

そう、明日は、もっと頑張らないと。
この幸せなピエモンテでの生活を続けていくためにも。


今日、訪れた小さなワインの居酒屋

L'Oca Giulisa
via alberganti 29
Varallo
(休)火曜日

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決勝戦が終わった時に

明るい20時に始まったワールドカップの決勝戦が終わった頃は
もうすでに真っ暗な23時になり、夜中の入り口でした。

小さな女の子の"イタリア!イタリア!イータリア!"
必死に叫ぶ声が外から聞こえてきて、ドアを開けると

道路に向かって、先日、小さなヤシの木の下に飾ってあった
手作りの国旗を持って、ぴょんぴょんと跳ねながら
立っていた3歳のエミリアでした。

ワールドカップ後そして一緒に
先日のブログで
国旗を整えていた
車が好きな男の子も
立っていました。

"危ないから。
道路に出ては
いけないよ。"と

慌てて子供たちの
先生でもあるエリヤが
走って子供たちの後を
追いかけています。

写真は、その時の場面です。





時おり、クラクションを鳴らしながら、この町の通りを通過する
数少ない車が通ると大喜びです。

そしてこの町に住む高校生4,5人が広場の前に集まり
この小さな2人の応援団に合流していました。

このブログを書いている今は、24時を過ぎています。
窓の外の広場から、ボールを蹴る音がしてきています。

高校生の男の子が、試合を見た余韻でサッカーボールを蹴っているようです。
真っ暗な中、広場の街燈で一瞬、その姿が浮かび上がりました。

大きな都市では、きっと賑やかにその優勝を祝っているこの時間に

この小さな町では、若い男の子も少なく、比較的高齢である人々の住む
田舎町なので、隣の母子施設の子供たちを中心にその声が聞こえてきています。

サッカー観戦には、ビールのイメージですが、
ビールは、買っていなかったので
私は、スパークリングワインにしました。

すっかりおなかが空いてきました。

試合が、20時からだったので、フランスのシャンパンに負けない
美味しいフランチャコルタ(FRANCIACORTA :
ロンバルディア州のDOCG 瓶内2次醗酵のスパークリングワイン)

グラス2杯と地元のサラミを二切れだけでしたから。

ca' del boscoFRANCIACORTA CUVÉE ANNA MARIA CLEMENTI
Bianco Spumante DOCG
1998
ブドウの品種:Chardonnay60%
Pinot Bianco20%
Pinot Nero 20%
アルコール度数12.5%
Ca'del Bosco



明日は、車を運転するので、このまま早めに休むようにします。

まだ、外からは、子供たちの声が聞こえてきますが
もう、すっかり静かな田舎の夜中に戻っているようです。

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対戦国 フランスのワイン

気持ちのいい午後だったので、自転車に乗って
自然の空気をたくさん吸って心も浄化しようと出かけました。

写真は、お米よりも一足早い収穫の終わった麦畑です。
緑色の水田が多いこの町は、秋になれば、お米の収穫。
そして一面黄金色の町になります。
麦畑の収穫














ワールドカップ。イタリアとフランスで真っ先に
私は、ワインの戦いのように思えてしまいました。
今日は、対戦国のフランスの美味しいワインを紹介します。

イタリアでは、海外のワインを買うことが難しいので
このワインもイタリア・ソムリエ協会のソムリエのいる
専門のエノテカで見つけました。

chablisCHABLIS GRAN CRU VAUDÉSIR
2000
ブドウの品種:Chardonnay 100%
アルコール度数13%
CHABLIGIENE






2000年は、シャブリ地域にとって、必ずしも良い年とは
いえなかったのですが、酸味とシャブリ地域のシャルドネ種の持つ
ミネラル成分のバランスが良く、とても美味しいワインでした。

輝きを持ったほんのりと緑色がかった金色。
まるで偉大なシャンパンを思い出すような香りがしてきます。
新鮮なへーゼルナッツや熟れた洋ナシのような香りを持っています。



まだ中田選手が若い、フランスのワールドカップの時
アルゼンチン戦のトゥールーズで
たまたま仕事で一緒にいたフランス人の運転手さんが
"彼は、ジダンに似てるね。"と話題になり
近くにいた見知らぬ他のフランス人も
"ああ。そうだね。そういえば似てるね。"

外見が似ていたのか、どうか、なぜ、そう思ったのか
今では、わからないけれど、そんな会話がありました。


ワールドカップを楽しみに思う土曜日の午後
勝つかな、どうかな・・・。終わると淋しいかもしれないと
思いながら、広場で遊ぶ子供たちを見ていました。

もちろん、イタリアに勝って欲しい。
そこには、近所の幼い子供たちの夢があるから。

いつも、自転車で遊び、何度か一緒にお付き合いした缶蹴りの遊びが
みんな、なぜかサッカーをしているから。
その小さな真剣な眼差しを見たら、勝って、そしてみんなに夢を・・・と
とても思ったのです。

今日のワインは、和食にも美味しいです。
私は、以前、パリのホテルでいつも食べていた
鶏肉のネギのクリームソースで。

ほんのりと甘い鶏肉のクリームソースが、このワインの酸味と
すっきりとした辛口であるミネラルの利いた味と
バランスがとれます。

日本なら、お寿司にも美味しいワインです。

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町には、たくさんの国旗

人口の少ないこの町ですが、みんなサッカーを応援してしていて
多くの家の窓には、国旗が飾られています。

町の国旗 1
町の国旗2


















この町では、ドイツ戦の時、町の人がテレビを見ている歓声が
あちらこちらから聞こえ

試合後に若い人が、この町にある小さな通りをクラクションを
鳴らしながら車やバイクで走り、たった一軒の小さなBARで農家の人々が
楽しそうにビールを飲んでいました。

人口が少ないので大きな都市のように華やな応援や喜び方でないけれど
これがこの町で精一杯の喜び方だと思うのです。

そして隣の母子施設の子供たちも広場の目印である小さな椰子の木の下に
イタリア国旗を飾っていました。

町の国旗3先日の夜からの
強い雨風に濡れてしまい
くしゃくしゃに
なってしまったのを
一生懸命整えている
男の子がいました。






その後、家の前で何か物音がしたから窓から外を見る
私の車を一生懸命拭いている小さな後姿が見えました。

ちょうどその前に車を磨いていて、その雑巾を日向に干していたので
それを使って、私がしていたのを真似していたようです。

以前のブログでトラクターに乗って喜んでいた母子施設の男の子です。
国旗を整えた後、目の前の赤い車が気になったのかもしれません。


思わず、ドアを開けて"チャオ!"と声をかけると
怒られるのかなと思ったのでしょうか。

一瞬、緊張した表情をみせながら、すぐに恥ずかしそうな笑顔になって
"チャオ"と手を頼りなげに手を振ります。

"車が好きなの?"と聞くと
"うん・・・。そう。"といい、くるりと後を向いて、再び
忙しそうに私の車を磨き始めました。

その小さな背中は、青いサッカーのユニフォームでした。




明日は、フランスワインを紹介します。

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一緒に暮らした外国人女性たち

今日は、一日中、どんよりとしていました。
時折、雷と雨で、仕事のない日だったので
夕方に好きなピエモンテのワインROEROのグラスを楽しみながら
思い出していることがありました。

夜9時になって、少しずつ晴れてきました。
でももう日没の時間帯です。
その奇妙なオレンジ色の空をしばらく見ていました。

6luglio2006 空














人との大切な出会いは、作るものであるとはっきり認識した頃は
すでに30代になってからのことでした。

イタリアに来て、最初に暮らしていた家を出ることに決めていた頃に
新たに、語学学校で同じクラスであったドイツ人の可愛らしい友人から
紹介された家に訪問して

ドアを開けて、出会った瞬間、約1秒で、すぐにここで暮らしたいと
思った記憶があります。

ニュージーランドからロンドンで休養して、イタリアで少しの期間暮らし
自分を見つめなおそうと思ったグラフィックデザイナーの女性が
そこに立っていました。

黒い服と金髪の長い髪で、私を見つめる目がまるで猫のようだと思い
空室を案内してくれた彼女を振り返ると、にっこりと笑っていました。

その後、一緒に暮らすようになって、当時のことを話すと

"あの時、日本人と聞いて、同じクラスにもたくさんの日本人がいるから
きっと同じように信頼できそうに思っていて、日本人でもいいかなと
思っていたの。ドアを開けた瞬間、まるで南米風(?)のRIEが
立っていて、すぐにでも一緒に、今後暮らしてみたいととても思ったのよ。"

その彼女は、現在、トスカーナのピサでまだ結婚は、していないけれど
イタリア人の婚約者の家族と一緒に暮らしています。
グラフィックデザイナーであった彼女が、ピサの町では
ベビーシッターとしての仕事しかないのです。
今でも、時々メールをしています。

彼女がイタリア人の婚約者と暮らすようになってから
その後、その部屋には、先日のブログに登場したフィンランドの
キャスターの女性が来ました。

イタリア語を勉強するために、お互いにイタリア語で話そうかどうか
話し合った時、彼女は

"お互いに、たくさんのことを話し合っていきたい。RIEにもとても
興味がある。だからどちらの母国語でなくても英語だと、
とても深く話せるから、英語で話し合っていきたい。どうかお願い。"

日本で仕事をして、30代になってからイタリアに来てから
結婚前の短い期間だけでした。

もっと、早く来ていたら、長く充実していたかというと、そうでなく
きっと日本で仕事をしてたくさん感じていたからこそ、得た出会いなのかもしれません。

もう二度とそんな機会がないのかもしれないですが・・・。

もし、生まれ変わって、また人生が送れるとしたら
世界中の頑張っている女性と一緒に暮らして、たくさんのことを
吸収して、たくさんのことを感じていきたい。

今後、留学して異国で頑張ってみたい独身女性が読んでいらしゃったら
私は、こんな素敵な共同生活もあることを伝えたいです。

そう、彼女たちとは、いつも英語だけでした。
海外で、特に、イタリアに留学して頑張ってみたい方
イタリア語を勉強したいのに・・・とがっかりしないで下さい。
語学以上に、学べることは、100倍も大きいですから。

仕事で疲れて異国で休養と新たな人生を送ってみたいという女性同士、
そしてお互いに異文化で、共通語が母国語でない英語だけであっても
語り合えるものは、あまりも大きいのです。

毎日の生活を一緒にすること、それは、友達同士としてでは、味わえない
絆ができるように思えるのです。
時には、家のことで喧嘩もありますよ。(笑)

でも、やはり当時、イタリア内で一番信頼できたのは、そして困った時
誰よりも先に話していたのは、一緒に暮らしていた外国人女性たちです。

今までの中で、一番大切な日々であったように思えるのです。

今夜は、この2人に当時のままの英語でメールをしよう。

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とても嬉しいです。

中田選手で思い出したこと

先日のドイツ戦が終わった後、この人口の少ない町でも若い
10代から20代前半のグループがイタリアの勝利を祝ってとても賑やかでした。

この町は、過疎化のために小学校も中学校閉鎖され、もちろん高校もなく
みんな遠くの都市まで通学しています。
その少ない若い人々と子供たちが広場に集まっていました。

ワールドカップ・・・。

まだ日本で仕事をしていた頃、フランス大会の時、週刊誌の取材の人との
同行で約1ヶ月、フランスに滞在していました。

当時、大会に出れなかった三浦選手と同じ年だったので
実は、若くちょっと生意気に感じていた中田選手は、好きではなかったのです。

その後、イタリアに留学して、イタリア語の勉強にとスウィッチをいれたテレビで
中田さんがイタリア語で、好きなミュージックについて楽しそうに語っていました。
それは、アメリカの音楽番組でした。

それがずっと忘れられずにいます。

言葉も文化も違う世界で、自然な雰囲気で存在している様子が
羨ましく、そして目標に思えました。

先日、テレビのブラウン管の向こうで、ボローニャで一緒に暮らしていた
フィンランドのニュースキャスターであった女性が笑顔で案内しています。

あの頃、2人とも、イタリア語が話せず、ずっと英語で会話していました。

まるでイタリア人のように話す彼女を見て、胸が熱くなります。
一緒に暮らしていた頃のように、楽しそうにくるくると回りながら
イタリア語で歴史ある異国の町を案内していた彼女。

"テレビ、今、見てるよ。"と電話で話したイタリア語は、これだけで
すぐに当時の私たちのように英語になります。
昔は、ずっと英語だったので、私たちは、そのままにしているのです。

"RIE!キッチンに置いてあるワイン見た?今晩、一緒に飲もうね!!!"

それは、近所の八百屋の3500リラ(250〜300円弱)でしたが
彼女が好きで、そして彼女の仕事仲間のイタリア人のマスコミの人も
いつしかアパートに毎晩来るようになり

"自然な雰囲気でとってもいい!"と言われながら
夜中に二つに結んだおさげ髪と眼鏡姿で、彼らとワインを飲んでいました。

外国人の彼らにとって、知っている日本人は、中田さんでした。
彼らと一緒に話していて、いつしか好きな海外で活躍している
日本人になっていました。

今となっては、心の中の宝石箱にしまっておいているような
忘れられない日々です。


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今夜は、ロゼのスプマンテで

夕方に、この町に戻ってきた私は、車を広場に駐車して、すぐに
自転車で近くまで散策しました。

車に乗っていると、気が付かない自然の音、香り、風を感じることが
できるので大切にしている時間です。
用水路のトンボ















用水路の付近にたくさんの黒い羽とブルーの色が印象的な小さなトンボが
たくさん飛んでいます。

初めてみるそのトンボは、まるで蝶のような飛び方で水辺に集まっていました。

17時を過ぎても、まだ強い日差しです。


今日、紹介するワインは、フランスのシャンパーニュのように
瓶内2次醗酵(metodo classico)で作られたヴェネト(VENETO)地方
ロゼのスプマンテ(Spumante:発泡性ワイン)です。

アルト・アディジェ(ALTO・ADIGE)からチロル(TIROLO)地方にかけての
スモークハムのスペック(SPECK)ラルド(LARDO:豚の脂身の薄切り)

そして、スモークサーモンなど、魚介類の前菜にも美味しいです。

私が、時々、作る前菜は、アチューゲ(ACCIUGHE:アンチョビー、方口いわし)や
サルディーナ(SARDINA:いわし)を3枚に下ろしてから
オリーブオイルとイタリアで買う生姜を加えてグリルして
レモンと細かく切ったネギを添えて、少し和風です。

villa sandi opereOPERE
Rosato Spumante IGT
ブドウの品種:Pinot Nero
アルコール度数 12%
VILLA SANDI











自転車で散策した帰り道に、車で農場に向かう友人の車とすれ違いました。
町役場の勤務を終えた17時以降、まだ明るいので
これからが農作業の時間のようでした。

そしていつも勤務前の朝5時半から9時までも農作業です。

でもなぜか、見ていて、忙しそうでなく、どこか生き生きとして
とてもいい時間を過ごしているように見えます。

夜帰ってからの食事は、サラミや野菜のグリル、チーズなどの前菜と
パンとワインだけで、そのグラス2杯のワインの時間を
とても楽しみにしていると、嬉しそうに話していたことがありました。

そして隣の母子施設で、教官として働く女性の友人は、24時間体制のために
今日は、夜勤のようです。
"今度、お昼に仕事が終わる日に、一緒にどこかワインを飲みに行こうね。"と
車から降り、大きく手を振っていました。

私は、そんな人々に接することで、毎日生きていることが楽しく感じられました。
この町で暮らすイタリア人たちのように朝早くから夕方まで、そして夜も
健康的で毎日を大切にしたいと思えるのです。

私は、明日は、ミラノです。

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卵のリゾット

秋のお米の収穫より早く、麦畑は、今、収穫の時期になりました。

3luglio2006 麦畑
















水田と麦畑を持っている友人にとって、とても忙しい時期です。

隣町からの食料品店の帰り道、自転車であぜ道を走っていると
友人の車が、ちょうど横を通り過ぎました。

"RIE。元気か。試験の合格祝いにみんなでアスティ地方で
赤ワイン バローロのリゾットを食べに行こうと思ってるよ。
また連絡するよ。今日は、仕事が忙しくて、お昼は
卵のリゾットだけだっただったんだよ。"

イタリアでは、夫婦共稼ぎが一般的で、昼食は、仕事の関係で
友人のようにあいている時間に自分で作り、食べてから、すぐに
仕事に出かけることがあります。

急いでいる時の食事。
ローマの頃は、家に帰って30分後に、もう出発する時は
スパゲッティ・カルボナーラのことが多かったのですが、

お米の地域のこの町は、やはり同じく卵を使ったリゾットのようです。

友人の家庭の急いでいる時の"卵のリゾット"は、とても簡単で
お米を塩とバターで約12分煮て最後に卵とパルメザンチーズに
パセリを添えるだけです。

私の場合、お塩の代わりにお醤油、そしてパセリをイタリアのネギにして
和風にしています。

3luglio2006 卵リゾットねぎもキッコーマンのお醤油も
イタリアの一般のスーパーで
売っているものです。







柔らかい味と香りのヨーロッパの長ネギを初めて知ったのはフランスでした。

以前、パリで、仕事の時にいつも同じホテルに泊まっていた
そのホテルのレストランのメニューに鶏のクリームソースには
いつもネギが添えられていました。

フランス料理のクリームと細かく刻まれたネギの組み合わせが
ずっと忘れられず、それ以来、いつも必ず買う野菜になったのです。

友人のフランチェスカの家に行った時に、真っ赤なイタリアのトマトに
長ネギを細かく切ったものをオリーブオイルとビネガーで合えたものが
よく出てきます。

"ちょっとネギが多くて、香りがきついかしら・・・。ごめんね。
私は、好きだからいつものように入れすぎたわ。"とフランチェスカが
言い

"日本人の私には、大好きで慣れている香りよ。"
そう答えると

"えっ・・・。日本にもこのお野菜があるの。"
彼女は、驚いていました。
葱



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今夜もリゾット。

写真は、静かな日曜日の田園風景です。水田ととうもろこし畑です。

2luglio2006 田園















隣町の食料品店まで行き、私の町では、作っていないお米の品種
バルド(BALDO)米を買いました。

この地域の郷土料理ノヴァーラ風リゾットは、私の町では、
カルナローリ(CARNAROLI)米を使い、また別の地域では、
バルド(BALDO)米を使います。

同じく大粒でしっかりしているので、リゾット向きです。

私の町では、すべてのお米は、真空パックで
プラスチックで覆われていますが

2luglio2006 お米隣町で作っているお米
バルド(BALDO)米
まだ昔のように
布の袋が使われていて

使われている
布の模様も様々です。






まだ引っ越して来たばかりの頃、なんで食料品店で
小さな枕が売られているのかなと思っていました。

価格は、一般の大型スーパーで綺麗なパッケージと真空加工である
同じ品種のお米の方が少し安いのです。

それでも、たった人口も800人の自分の町、隣町の地名の入った
この地域の農家のお米は、スーパーには、置いていないので
私は、少し高くても、自分の町、そして隣の町のお米をいつも買っています。

いつもの自分の自宅付近の水田の景色と一緒に、この町の名前の
入ったお米を使うことは、とても嬉しいことですから。

今夜は、自分の町の黒いお米と冷蔵庫に残っていたピエモンテのチーズ
使ったリゾットです。セロリパセリが入っています。

黒いお米とチーズのリゾット











私は、ソムリエのマスターを修了した今、イタリアだけなくヨーロッパで
今後、活動をしていきたいという夢もあり、そのための飛行機などの
移動、ホテル代などのことも考えると、たくさん働いて
頑張っていかなければその夢が叶いません。

フリーランスで空いている時間をもっと働けるように、明日から
就職活動も開始です。
今までのローマまでの通学は、大変なのは、時間や身体だけでなく
そのための費用は、ワインの勉強以上の金額がかかっていました。
ユーロスターと時々、ホテル泊まり、飛行機も使用したので。

今年の夏は、リゾート地のレストランで働かず、この町に残ります。

そこで、私は、真っ赤なホンダの愛車で明日から大きな都市まで履歴書を持って
大きな都市に訪問します。


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ローマの夜のワイン

ローマに向かうユーロスターから見えた、ウンブリア州のひまわり畑です。

ひまわりがずっと好きだったので、日本にいた頃から、部屋には
冬でも、たくさんひまわりの造花を飾っていました。

30giugno2006 ひまわり

















ローマで修了式のパーティを終えた私は、この日の夜行列車に乗るまで
ローマの下町、テスタッチョ(TESTACCIO)に住むソムリエの友人と
食事の約束をしていました。

ローマの夜は、暑いけれども、時おり吹くそよ風でとても涼しくなります。
あついのは、気温だけでなく、活気のあるローマの人々でした。

ワールドカップでちょうどイタリア戦があった時間帯に重なり、
ローマの下町は、歓声でいっぱいです。

テスタッチョ(TESTACCIO)にあるエノテカの外の席で、
そんなローマの空気を楽しんでいました。

暑い夜に冷たい白ワインを飲もうと選んだのは、
アルト・アリジェ(ALTO・ADIGE)地方のワイン。

ヴェネツィアに住んでいた頃、この地域を通過し、更に北上して
オーストリアとの国境沿いにある町まで
雪のある町に車で移動したことがありました。

ヴェネツィアから車で移動できる距離にありながら
イタリアの雰囲気と異なり、山岳地帯は、ドイツ語も多く使われ
ゲルマンとラテンの二つの異なる文化の変わり方がとても鮮やかで
美しい地域でした。

30giugno2006 1イタリアとオーストリアの
境にあるチロル地方。
友人は、ワインに合わせて
そんなチロル風のハムの
盛り合わせを注文しました。





ローマで何度か、出会ったピエモンテ風ハムの盛り合わせは、
ピエモンテで暮らす私から見ると、随分、違うものであったように

実際のチロル地方の前菜と少し違いましたが、とても美味しく
ローマの下町の夜の空気の中に存在していることが幸せに感じた日です。

30giugno2006 2ALTO ADIGE MüLLER THURGAU 
Bianco DOC
2005
ブドウの品種:MüLLER THURGAU 
アルコール度数13%
MURI-GRIES








海岸線を走り、ピエモンテに向かう帰りの夜行列車で
真夜中の黒く光る海を見ながら、

"えっ。そんなに遠くから来ているなんて、とても信じられないわ。"と
イタリア人の友人がとても驚いた表情であったことと同時に
田舎の友人の言葉を思い出していました。

"RIEは、いつもローマのような大都市に大変な思いをして行き
なぜ、遠い田舎で暮らすのか・・・。"

私は、ローマやミラノで過ごしたあと、何もない自然だけが広がっている
田舎に帰ってくると、また違う自分がいるようで
ほっとするのかもしれません。

どちらが、本当の自分の姿なのかわからないけれども。

ヴェネツィアでは、仕事の場所である迷路のような古い水のある街並み、
もし、それが、家の窓を開けた時、同じ景色であったら、好きである
ヴェネツィアの街であっても、どこか疲れてしまうと感じていました。

そこで、当時、私は、ヴェネツィア本島から船で15分程の、家の前の通りに車が走り
海岸線が広がるリゾート地でもあるリド島で部屋を借りていました。

日本で暮らしている頃も同じで、仕事で毎回、使用していた成田空港。
仕事がない日には、決して成田空港方面には、向かうことがなく
ホームに成田空港方面と書かれた文字ですら見ることを避けていました。
大好きであった成田空港で、決して嫌いでは、なかったはずです。

そんなことを列車で思い出していました。

やがて、夜中にローマを出発した夜行列車からの車窓は
少しずつ明るくなり、朝、6時になると
もうそこは、自然の広がるピエモンテ州でした。



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