北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

November 2006

フィレンツェにて

写真は、フィレンツェの街の中心にある小さなホテルの窓から。

友人との再会の翌日の朝、ノヴァーラを出発して
ミラノからのユーロスターでフィレンツェに行きました。

ホテルの窓から


















夫とその仕事の関係の方々との昼食後
ホテルにチェックインして

ひとりですぐに、向かったのは、フィレンツェの旧市街にある
アンティノーリ宮殿(Palazzo.Antinori)でした。

ANTINORI















ワインのアンティノーリ(ANTINORI)社のレストランということで
10年前に一度、このレストランでお食事をしたことがありました。
 
当時、ここを訪れた時から、時間が止まっているかのように

まったく変わることのない宮殿の入り口を見て
とても懐かしい気持ちになっていました。

”19時から”という表示が目に入りました。

まだ17時。

この日は、夫の仕事の関係の方との待ち合わせが17時半にあったので
ここに来ることが出来ないけれど・・・。

もう一度、ゆっくり宮殿を振り返りました。

私は、この建物の中庭にあるアンティノーリ社の宮殿と
そのブドウ畑の模型を見ていました。

あれからの時間の流れで、ここのブドウ畑を訪問することができたことを
10年前には、きっと想像もつかなかったわけで

とても不思議な気持ちにもなりました。

何も思い残すこともなく、今日は、このまま帰ることにしました。


すでに、フィレンツェの街は、暗くなりはじめ、夜の景色に変わっていきます。


途中、何人もの日本人とすれ違い
旅行でなく、この街で暮らしている様子です。

学校の帰りのような雰囲気で
楽しそうに話している若い日本人の女性たちを見て

このフィレンツェで、ゆっくり勉強できる機会を持っていることが
私には、とても眩しく見えました。


待ち合わせの時間まで、あと少し。

それまで、フィレンツェの街をひとりでゆっくり散策していました。

オレンジ色に電灯がつきはじめたフィレンツェを
アルノ川から眺めていると、とても遠くに来たように思えました。


アンティノーリ社のワイン

TIGNANELLO
TIGNANELLO
Rosso Igt
2001
ブドウの品種:Sangiovese
Cabernet Sauvignon
Cabernet Franc
*2001年のTIGNANELLOは、
Sangioveseの割合が
高く85%(他の年は、80%)      

アルコール度数:13.5%
樽熟成は、約14ヶ月




深いルピー色でマラスカ(サクラボの一種で、酸味があります。)や
カシス、スミレの花、バニラや甘草のスパイスの香り。

とてもエレガントなワインです。

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再会

先日、大学時代の同級生が仕事の研究で
イタリアに出張に来ていました。

その限られた研究の合間に、私の暮らすこの田舎に来てくれました。

 23 novembre 2006
















ミラノから列車でノヴァーラ駅に到着して待ち合わせをしていました。



時間の流れは、とても素敵なことです。

大学時代は、その卒業後も日本では
ほとんどお互いのことを
ゆっくり話すこともなかったはずが

まったく分野も業界も違う仕事であるものの
仕事でかかわっているイタリアという接点で連絡を取るようになり

それぞれの仕事や生きてきた道のりの時間の経過によって

当時とは、まったく違った会話を楽しむ私たちがいるのです。



車で田舎に移動してしまう前にノヴァーラで立ち寄ったカフェで

底にココアの粉が少し入っていて、甘いカカオの香りがする
透明なガラスに入った温かいカフェで

昔の大学時代の懐かしい話ではなく

それぞれが現在、イタリアに関わっている仕事などについての話題で
時間が過ぎていきました。

ノヴァーラのカフェ















ノヴァーラのカフェ

BERTANI
corso cavour 5
Novara


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家庭教師の思い出

霧が続いていた曇り空の日々から、一転して青空の1日です。

22novembre 2006















アルプスを背にノヴァーラ方面に向かうと
車のバックミラーから雪がかかった山々がずっと見えていました。

後続車もないのに、バックミラーを時々、覗きます。

涼しい空気を入れようと、車の窓を少し開けました。

暖かな1日で、車内が暑く感じてしまったほどです。



仕事がない今日は、知り合いの農家の親戚の15歳の女の子の
家庭教師をするために、ノヴァーラに向かっていました。



イタリアで、偶然にも家庭教師をするのは、今回が2度目でした。

なぜか、私は、その当時に教えていた女の子の名前も顔も思い出せないのですが

その母親のことは、名前は、もちろんのこと、その話し方のクセも
その時の服装までもはっきりと覚えているのです。


何年か前、ローマで、自宅の最寄のバス停で、なかなか来ないバスを
待っていると

”オラー”とスペイン語で話しかけてくる南米の女性がいました。
どうやら、私がスペイン語圏からイタリアに来たと思ったようです。

”時々、この近所で見かけて、話しかけようかしらと何度か思ったのよ。”

私がスペイン語圏でなく、日本人であると言うと少し残念そうな表情で
”でも・・・お願いできるかしら。子供が夏休みの間だけでいいから。”

これがイタリアで初めて家庭教師をしたきっかけでした。



14歳のペルーとイタリアのハーフの女の子の
夏休みの宿題の英語を手伝うことになりました。



その後、私は、秋から新しい会社でのオフィスでの勤務と
ワインの勉強で忙しくなり、それっきりとなってしまったのですが

長年の貯金で家を買って、もうすぐ引っ越すと話していた
離婚して1人で娘を育てているペルー人の女性は

ホテルの午前は、ホテルのベットメーキングを
午後から深夜近くまでは、レストランで働いていました。

どんなことをしてでも生き抜くこと、そして仕事を見つけることに対しての
情熱があまりにも強く、日本人の私には、別世界のようでした。

今まで生きてきた状況が、あまりにも違い
その厳しい環境で生きてきた移民の人の
持つ強さをその時に、見たような気がします。


車に乗りながら、そんなことを思い出していました。


*************************************


あの頃に教えていた女の子と同じ位の年齢である
イタリアの農家の女の子は、窓からのぞいて私を待っていました。

赤い私の車が到着すると、2匹の小さな犬が出てきます。



勉強が終わった後に、持ってきてくれたクッキーが美味しくて

”美味しいね。これ。”と話しながら、コーヒーを飲んでいました。

”お母さん。RIEにお土産用に、これと同じクッキーを包んであげて。”

帰りに受け取ったクッキーは、まるでクリスマスのギフトのように
金色のリボンがついて、綺麗に包まれていました。
クッキー













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霧の夜のドライブのあとで

日曜日の朝、6時半過ぎの家の前の広場は
まだ暗い早朝であるもののぼんやりと白く

今日も霧になるのかもしれないと少し緊張しながら
車のドアを開けました。
19novembre2006



ノヴァーラ駅付近に
到着した7時過ぎには

すっかり明るくなり
霧もなく

静かな日曜日の
人のいない街並みでした。















この日の仕事が終わりました。

20時過ぎになって、ノヴァーラ駅に到着。

霧もなく、少し暖かく感じる街を歩き、駐車場に向かいました。

一体、何度あるのだろう。
10度近く、それ以上、あるかもしれない。

私の田舎の夜は、いつも3度以下で、もっと寒いので
こんなにも気温が違うものだろうかと
不思議な気持ちになっていました。



霧のないノヴァーラの街を通過して約10分ほど車で走ると

突然フロントガラスに白い霧が向かってくるように現れました。

”あっ。でた・・・。”
あまりにも突然の変化に緊張が走りました。

この道は、田園地帯の直線距離であり
通常は、時速100kmほどで走る道を

5速から4速に切り替えて走ります。

遠くに光が見え、対向車があることに気付き
まぶしくないように、ライトを下向きにすると
相手も下向きに切り替える、その繰り返しです。

左右の田園地帯は、電灯もなく暗いはずが
真っ白で、明るくすら感じます。

ヴェネツィアの冬の霧の日に
どこからともなく、すーと現れる霧を見て

一体、霧がどこから来ているのか
そんなことを思っていました。

地平線が続く田園地帯を走ると、その霧が地面に近い大気中から
上に向かって発生しているのを見ることができます。

私は、運転席で、突然の霧のために緊張していました。

今は、一体、どこを走っているのだろう。

もうすぐ大きな町を通過する頃だろうかと

夜の霧の景色を走っていることで
どこにいるのかわからなくなっていました。

地上のはてにいるような夜の別世界に
迷い込んでしまったかのようで
急にそれが楽しくも感じていました。

私の町の名前の看板も霧でみえません。
ただ白線に沿ってまっすぐ進むだけです。

気が付くといつの間にか、到着していました。
自宅前の広場もぼんやりと白く、車から降りると、

車内で見ていた以上に霧で真っ白です。
こんなに深い霧だったのか驚いてしまいました。


明日の仕事は、近郊の町の農家のお手伝いで午後からであり
夫は、自分の仕事関係者と一緒にトスカーナに行っています。

今日の仕事が無事に終わった今夜は

ゆっくりと、ひとり、好きなワインと
地元のサラミとゴルゴンゾーラチーズで。


そんなひとりの今夜のワインは、アスティの赤ワイン。

ほんの少しの樽熟成が、味に深みをあたえ、それでいて
樽の木の香りを意識することなく味わえる美味しいワインです。

barbera piancanelli

BARBERA d'ASTI
Rosso DOC
2004
ブドウの品種:BARBERA
アルコール度数:13.5%
Piancanelli di Laiolo Silvio





ワイングラスを片手に窓辺に立つと
外の景色は、静寂で、ぼんやりと白く輝いていました。


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新しい出会いとFARAのワイン

田園地帯にある自然地区の一部は

稲刈り後の田んぼの風景と違い
森のように緑が多く、秋の終わりの美しい色彩を持っています。

16novembre2006 小さな森















もうすぐ、仕事が終わるという時間になって電話があり

私は、まだ勤務の時間帯であったので
電話を切らないといけないと思いながら

その表示された番号を見ると
ノヴァーラ地区の見知らぬ電話番号だったので

電話に出てみることにしました。



”お元気。覚えているかしら。私は、ノエミのマンマよ。
農場にいつ来れるの?孫もあなたを待っているから。”

緊張しながら、大きな声で、息をはずませながら話しているのは

ノヴァーラ風リゾットのテレビの撮影があった農場の80歳の女性でした。

私の携帯電話番号を私の住む町役場に問い合わせて
教えてもらったと言うのです。





今回、私と知り合ったことをきっかけに

この家族みんなが日本の話や日本語のこと
いろいろなことを学びたいということで

特に母親が今後もとても会いたがっているので
どうにか時々、ここに来て欲しいと
娘さんのノエミさんから聞いてました。


この女性との出会いは、今月の初めに、日本の農家の方が
この農場を訪問した時が初めてでした。


知り合った日に夕食を予定していたアグリツーリズモのレストランに

この女性は、急に是非、一緒に食事をしたいと来ることになりました。

ピエモンテのワインの中でも、地元から近くの地域の赤ワインが
とても好きだから、美味しいのをどうか選んでということで

このマンマのために選んだワインは

ノヴァーラ地区のDOCGのワインであるゲンメ(GHEMME)と同じように
長期熟成させていて

しかもゲンメよりも丸みがあり
エレガントで女性的なFARAのワインを選びました。

FARA

FARA CARAMINO
Rosso DOC
2001
ブドウの品種: Nebbiolo 80%
Vespolina 20%
アルコール度数:13.5%
Dessilani Luigi e Figlio






約15ヶ月の樽熟成によるレンガ色の赤ワインです。

この女性は、ノヴァーラ地区のサラミの盛り合わせと
リゾットを美味しそうに食べた後に

メインのカモ肉の代わりに
カモ肉のスープでたっぷりと煮込まれたキャベツを
メインにして、このワインを飲んでいました。

ノヴァーラ地区のサラミの盛り合わせ










この80歳の女性との出会いは、まだ始まったばかりです。

この女性が、いろいろな文化を勉強してみたいという
とても強い情熱を持っているので

自分の国の日本のことや仕事で訪れたいろいろな国
イタリアの他の都市のことを語っていくことになります。


そして同時に私は、この地域の農家で暮らしてきた
イタリア女性の生きてきた時代を感じることになるのでしょう。


私は、農場のお店の片隅に置かれていた第二次世界大戦が
始まる少し前の年代が刻まれていた農耕具を思い出していました。


田植えの時期に多くの女性が家族と離れ、集団生活しながら
一日中、田んぼで重労働をしていた時代があったことを知りました。




電話を受け取った日の仕事の帰り道は
うっすらとした霧が発生していました。

ブログを書いている今日もまた
この地方は、白とグレーの色彩に包まれています。

早朝の真っ暗でぼんやりと白い霧の中、車で出発し
帰宅する時間には、夜の霧になっていました。


時おり、対向車とすれ違うだけで
バックミラーに光る車のライトも見えません。

後続車もなく、真っ暗な夜の田園地帯に
私ひとりだけであることに気が付きます。


今夜は、アスティの赤ワインもあるけれど
ノヴァーラ地区の赤ワインで食事にしようと考えながら

私は、果てしない自由な夜の空の空気を感じていました。

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ノヴァーラのワイン GHEMME

写真は、夕方、買い物の帰りに駐車場で撮りました。

ノヴァーラ県から見える夕焼けのアルプスの山です。

夕方の駐車場で












イタリアで最も北に位置している水田地帯のこの町では
冬は、田んぼが凍ってしまいます。

一部、夏の初めに収穫する小麦畑の種まきを終え

翌年の準備のために、稲刈り後の田んぼを耕やしたら

冬は、生活のためにも別の仕事をするようになるようです。

この町の農家の人の一部は、冬のミラノ、マルペンサ空港での
除雪作業の仕事をする人もいます。

ちょうど農業の仕事が一段落した友人は、
アフリカや南スペインで約2週間のバカンスに出発していきました。





夕方、買い物を終えた私は、いつもお世話になっている
アグリツーリズモのレストランに行くことになっていました。



すでに、すべてのテーブルの上に前菜のお米のタルトが
各テーブルに綺麗にセットされ

今夜、ここでのお食事会が満席であることがわかりました。

黒いお米と緑の野菜クリームで和えられた
まるでケーキのように見えるお米料理です。

キウィも黒いお米も、そして材料となる野菜も
この農家で、すべて作られています。

黒いお米のタルト











何種類かあった前菜の中に、お魚料理もありました。

カルピオーネ(Carpione)という北イタリアの湖に
生息している淡水魚です。

マッジョーレ湖のカルピオーネを
赤ワインビネガーでマリネしたものが前菜の中に並びます。

お魚の前菜












それは、高級レストランでの食事とは、また違った贅沢な時間でした。


友人にもなったこの農家レストランのオーナー夫妻が
綺麗に取りわけて、テーブルにお料理を運んでくれて

この農家で作られた野菜や果物、お米、そして

メインであったガチョウも
この農家で飼育されていたものであり

それを素敵にお料理してくれた女性は、優しく大好きなコックさんだからです。

そして、窓の外は、いつもの夜の静かな田園風景が広がっていました。



各テーブルに置かれていた、この日のワインは、もちろん
ノヴァーラのワイン、ゲンメ(GHEMME)です。

ゲンメ
GHEMME
Rosso DOCG
2001
ブドウの品種:Nebbiolo
       (この地方では、SPANNAと称します)
アルコール度数:13%
Antichi Vigneti Cantalupo






このアグリツーリズモのオーナーが

50人近くいる、今夜のすべての人のために、たった人で準備した
コックさんの女性を紹介しました。


”どんな人数分でも、お米を手づかみできちんと正確に
決して分量を間違えることがなく、

彼女の両親はピエモンテのワインで有名なクーネオ(CUNEO)県出身の
本当のピエモンテーゼ。

それだけにノヴァーラ料理は、もちろん他のピエモンテ料理を
作ることが出来る、最も信頼しているスタッフです。”


大きな優しい瞳を斜め上に見上げるようにして
笑顔で一生懸命、涙がこぼれないようにしていたのを、

彼女からすぐ近くのテーブルに座っていた私には
はっきりと見えていました。



食事が終わり、外に出ると

車は、まるで霧吹きで吹きかけられたように、
細かい水滴でしっとりと濡れていました。

遠くの景色が夜霧でうっすらと白く霞んでいます。

幸せだと思った時間が過ぎていきました。

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次のミラノ行き列車まで

写真は、この日に訪れたパルマ(PARMA)の街です

パルマの街

















ボローニャの駅に到着する頃は、すでにお昼の12時を過ぎていました。

急遽、ランチの場所をボローニャからパルマに変えたので
どのくらい時間があるのかを考えずに駅まで来てしまっていました。

ボローニャからパルマまで約1時間弱かかります。

パルマに到着後、15時過ぎには、
ミラノ行き列車に乗らなければなりませんでした。

ミラノ行き列車までの約1時間半のパルマでの滞在になります。

私は、駅から遠くない範囲で迷わずに
最初に見つかったレストランに入ることに決めました。

地元のワインがあるような小さなお店だったら、どこでもいい。
約1時間だけ、そこで過ごし、あとは、ゆっくり駅まで戻ろうと

写真は列車の窓からです。
小麦畑が広がるエミーリア・ロマーニャ(Emilia-Romagna)州


列車の窓から
















私は、目立つ場所にあったレストランに、迷わず入っていきました。

”私、ひとりです。列車の待ち時間だけの短いパルマの滞在です。
15時8分に次に列車が出るけれど、時間大丈夫でしょうか。”

”ここは、駅からも近い。十分、大丈夫だよ。”

メニューを見る前に、先に頼んで持ってきてもらったものは
パルマの生ハム(Prosciutto crudo)やサラミの盛り合わせとお水。

パルマのレストランで。前菜











ワインとそして前菜に引き続きパスタかメインを選ぼうと
メニューを開きました。

やはり、すべて地元のワインというわけでなく、隣のトスカーナ州、
ヴェネト州、そして遠くシチリアのワインもリストにあります。

ボトルのリストの代わりにグラスワインやハーフボトルもありましたが
その中で、ここエミーリア・ロマーニャ州の赤ワインはひとつだけでした。

違った種類のグラス2杯を選ぼうと思ったところ
トスカーナとシチリアのワインだったので

グラス2杯分が同じ値段の地元のハーフボトルを選びました。

パルマのレストランで。ワイン

IL TIBANO Sangiovese di Romagna
Rosso DOC Superiore
2005
ブドウの品種:Sangiovese 100%
TENUTA VALLI
ENTE TUTELA VINI di ROMAGNA








深いルビー色で森の果物の熟した香りです。丸みの柔らかな味わいで
後味もすっきりです。ポークのグリルやボローニャ風カツレツに。


レストランを出ると、まだ列車の出発時間まで20分もあります。

パルマの持つ空気を楽しみながら
駅までの道のりをのんびりと歩きました。


数年前に、ボローニャからヴェネツィアに引っ越す前夜はどこか悲しく

でも、ルームメイトだったフィンランドの女性は大学のマスターに
通う手続きとアナウンサーとしてニュースの仕事のために
一度、国に帰っていました。

ここで婚約者見つけ、結婚を待つ知り合いになった
日本人の留学生の数人を除いたら

みなそれぞれ、新しい土地でそして仕事のために帰って行きました。

協力しあって生きていたルームメイトの外国人の女性は
誰ひとり、ボローニャに残っていませんでした。

それだけに、ボローニャを離れることに何も後悔はなかったのですが

やはり、もっとこの街で学生として積極的に生きてみればよかったかなとか
いつも優しかった近所のタバコ屋さんのご夫婦のこととか
もっと、ここで貯金を使って、じっくり勉強しておけばよかったのかなと

最後になって急に思い始め、悲しい気持ちにもなっていました。

”戻ってきたくなったら、いつでも、またヴェネツィアから
列車に乗り、この街を歩いてみることにすればいい。その頃は
そんな交通費が簡単に出せるくらいに働けていたらいい。
しかもユーロスターに乗って。そう思えば、何も淋しいことは、ない。”

そう思いながら、ヴェネツィアに向かった日、車窓の景色は
フェッラーラ(FERRARA)を通過したころから霧が深くなり
真っ白で何も見えなくなっていました。

”これでは、最後の景色が見えないわ。”と思ったのを覚えています。

あれから月日が流れ、仕事場も暮らす都市も何度か変わり

そして今は、ピエモンテ州で暮らし

”淋しくなったら、いつでも戻ればいい。”と思ったボローニャの駅を
下車したのは、実に、今回が初めてのことだったのです。

淋しくなって訪れたのではなく、今回は、ワインのリストを見たかったので。

そして、イタリアでの暮らしの目標としての仕事の夢を持っていて、
イタリア語もそして社会のシステムもわからないながらに
頑張っていたあの頃の私に会いたくなっていたのです。




Ristorante-Pizzeria
AL CORSARO

Via Cavour 37
PARMA
(休)木曜日



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ボローニャにて

ローマから最終のミラノ行きユーロスターに乗り
ボローニャ(BOLOGNA)の駅で途中下車して

国際見本市の会場にも近いビジネス用の
郊外のホテルに向かいました。


早朝のホテルの部屋からの風景です。

朝、ホテルの窓から















ホテルから近くの家の煙突から煙が立ち上り
小麦畑と低くなだらかな丘陵地帯が遠くに見えます。


カプチーノとブリオッシュ(Brioche)の朝食にしようと
ロビー階のレストランに向かうと

甘い朝食コーナーの他に、エミーリア・ロマーニャ州ならではの
パルマの生ハムやパルメザンチーズが並んでいます。

せっかくなので、生ハムとチーズだけの朝食にしてみました。

ホテルの朝食











ホテルをチェックアウトして、ボローニャの中心地に向かうことにしました。

まだイタリア語の基礎を勉強していた時に
短い期間、住んでいた街で

ヴェネツィアに引っ越してからは
二度と歩くこともなかったボローニャの街。

ここは、学生、そして留学生も多く、勉強が終われば

やがて自分の国に帰る人も、そして働くために
ミラノやフィレンツェに向かう人も多く

一緒に暮らしていた友人たちも
今、ボローニャには、誰一人住んでいません。

私も、暮らし始めてから約2ヶ月も経たないうちに
他の都市での仕事を探し始めていて

ここでずっと暮らすわけでないという気持ちが常にあったのです。


久しぶりに歩いてみると、ボローニャは
こんなにも建物の色が赤かったんだと今になって気が付きました。

懐かしいボローニャの景色



















今回、私は、エミーリア・ロマーニャ州の味と
この地方のワインのランチにしようと

ボローニャの少し高級なレストランを探していました。


お料理がとても美味しい地方であるけれど
有名なワインが少ない州でもあり

地元のワインがリストにどのくらい並んでいるのかを
是非、見たいという目的があったのです。




この街を歩いていたら、留学生同士でいつも節約しながら
共同生活をしていたことを思い出していました。


それは、仕事柄、どこか華やかに感じられた
フィンランドでニュースキャスターである友人との
暮らしでも同じでした。

”ジャーナリストの学科に通うために長期休職して
今は、もう貯金だけでの暮らしだから。”

2人でスーパーに行って、必要な洗剤などを買う時にも
いつも一番安いのを選んでいたり

彼女が近所の八百屋で買ってきた地元のワインで、
夜、乾杯していたこと、次々にそんな時の気持ちが
蘇ってきていました。

ふいに日本語が聞こえ、振り向くと
若い日本人の留学生たちのようでした。


何度も通っていた手軽に食べられるピッツァのお店の前を通ります。

当時、決してすることがなかったレストランでのランチ・・・。


私は、ボローニャで、レストランのランチをするのをやめて
列車に乗りパルマまで向かうことにしたのです。

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次回は、パルマのレストランです。

焼き栗の小さなお祭り

日曜日の早朝、6時過ぎに広場から、たくさんの人の声と
仮設のテントを作る音がしてきました。

町の広場で焼き栗の小さなお祭りがありました。
小さな屋台も並んでいますが、この日のメインは、焼き栗です。

焼き栗のフライパン














さっそく栗のところに行ってみると
栗が大きい袋と小さい袋が用意されていました。

”小さい袋を一袋。いくらですか。”

”無料よ。美味しいから大きい袋にすればいのに。”

焼き栗をもらう

















焼き栗を作っているこのメンバーは
みんな町役場や農家で働く人々です。

夏祭りの時には、町の大きな通りに電灯の飾りつけを
トラクターに乗って、このメンバーでしていました。

焼き栗のメンバー


















まったく昨年と同じ位置に同じ人がお店を出しています。
このお店の人は、昨年の栗のお祭りのブログにも、登場しています。

お米の粉で作ったパネットーネPanettone:干しぶどうの入った
円筒形のクリスマス用のパン)をここで買いました。

屋台には、柿も並んでいました。

いつもの屋台で
















”柿は、日本にもあるのよ。”と言うと

”そうか。日本の出身なんだね。ところで、Cachi(発音は、同じで、カキ)は、日本では、何と呼ぶの。”

”kaki。柿は、日本語よ。”

パネットーネを入れた袋の中に、小さな柿をひとつ入れてくれました。

教会前のバザーでは、フェルトで作った女の子の
お人形のついたクッションと毛糸の帽子を買いました。

この日のために、いろいろな種類を作ったのでしょう。

選んでいると、”色違いもあるわよ”と
いろいろと見せてくれました。

”これは、うまくいったわ。こちらの方が綺麗よ。”と見せてくれます。

”じゃあ。両方買います。”と二つクッションを買いました。

いつもは、お花屋さんで働いている女性が作ったようです。

都市にあるお店で買えば、もっとセンスがよく
素敵なものがあるかもしれません。


でも1年に1回、この町で開かれるこの小さな屋台でのお買い物は

この町で暮らしている多くの人々から優しくしてもらっている
感謝の気持ちでいっぱいになります。


毎年、同じことの繰り返しで月日が過ぎていくこの町で
私の中で何かが少しずつ変わっていきます。

来年になれば、新たに多くのこの町
そして近郊の人たちともっと知り合いになり

この土地の風土や歴史、文化などいろいろなことを
もっと知るようになるかもしれません。

そうなっていけるようにといつも願っているのです。

焼き栗と柿














***************************************************
明日は、ローマに。

日帰りで夜中の2時頃、家に帰るつもりでしたが
深夜の霧も心配になってきたので
ローマから中間地点のボローニャに夜22時過ぎに到着して
そのままホテルに泊まります。

毎回、日帰りか夜行でそのまま、まっすぐ帰っていたので
途中で泊まるのは、今回、初めてです。

次回は、エミーリア・ロマーニャ(Emilia-Romagna)州から。

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撮影のあった夜のこと

農場の一角で、伝統的なノヴァーラ風のパニッシャ(Paniscia)作りの
撮影が行われました。

撮影中

外は、すでに気温が低く
私は、ダウンジャケットを来て
見ていたのですが

ここの農場のお母さんは
薄いセーターに
テレビ用にちょっとお洒落をした
ストールだけでした。






私には、今まで食べたどのリゾットよりも美味しく感じられました。

”これをどうにかして作れないかしら。”

そういうと、撮影に関係で一緒に来ていた友人は、ヴェルチェッリ出身

”ノヴァーラ地区で生まれ育っても、家では、ヴェルチェッリ風だけさ。
その方が、サラミの味がとてもして、温まるし、美味しいと思うけれど
今日は、ノヴァーラ風を楽しんでみることにするよ”

撮影後のpaniscia
*****ヴェルチェッリ風は
インゲン豆と豚のラードと
ノヴァーラのサラミ Salame della duja
(サラメ デッラ ドゥーヤ)のみ。

ノヴァーラ風は、キャベツや
チコリの一種など
緑の葉物のお野菜が入ります。*****




この農場の人も昔を再現する味のために、今回の材料も普段に
使うものと少し違って作ったと話していました。

リゾットなだけで、何も高級なお料理では、なかったのだけれど
一口食べただけであまりに美味しく、何だかとても嬉しく、そしてどこか懐かしい味でした。
みんなでパニッシャを


















アブルッツォ(ABRUZZO:イタリア中部の州)の食後酒でもいかが。”

リンドウの根(Genziana)から作られているのよ。
アブルッツォでは、よくある食後酒なんですって。”

小さなグラスが用意され、テーブルを囲むように
みんな立って話しながらの食後酒の時間になりました。

リンドウの食後酒
食後酒のリキュール(Digestivo)

Goccia di Genziana
成分:リンドウの根
   リンドウの根は、昔から、薬として
   用いられることもあるそうです。
アルコール度数:30%






イタリアでは、食後に消化を助けるために
食後酒を飲むことが多いです。

私は、家では、食後酒は、飲みませんが
近所の友人との家庭料理のお食事
アグリツーリズモのレストランなどでは
いつも必ず、飲みます。

みんなそれぞれ、お気に入りの食後酒があります。
私は、アスティ地方のグラッパがお気に入りです。



オレンジ色の光が暖かく感じる農場の家の中は、
とても落ち着いて感じられます。

ワインの産地でないけれど、室内の暖炉の近くに
大きな古いワイン樽が置かれていて

その上に昔の白黒の写真などが飾られていました。

もう一度、その室内を眺めてみました。

ぼんやりとテーブルの中央の辺りを眺めていると私と
ふいに目が合うと、この農家の女性が

古い木製の大きな長いテーブルクロスを取って見せてくれます。

机のちょうど中央に綺麗な円で黒く焦げた後があります。

それは、まるできっちり計ってデザインされたかのようでした。



”ある年の大晦日の晩餐で、みんなの知らないうちに
ろうそくの火がここに移ってしまったのよ。

その年に、私は、車の事故に合い、母が農場で大怪我をしたり
農作物が不作になってしまったり、そんなことがあったわ。”



外に出ると、さらに冷たく透明な空気で、周辺に何も電灯もないため
夜空の星がくっきり見えます。まるでプラネタリウムのようです。

”寒くなったね。”と私の背中をダウンジャケットの上から
さすりながら、外に置かれた温度計をみていました。

”気温は、2度よ。”

撮影が5時からで6時には、このリゾットを食べ始めたので
まだ8時を少し過ぎたところでした。

家に帰るまでのあぜ道の左右は、藁が燃やされ、オレンジ色に火の
細い直線が並びます。

古い農場だったせいか、私の周りの空気がすべて昔の時代に感じました。

どこか、とても懐かしく不思議な余韻が残りました。

私の正面に座った男性(上の写真で
リゾットを取り分けていた男性)は、

この農場の親戚であり、この日初めて会った人々です。
一緒にとても楽しく話しながらリゾットを食べていました。

それがお料理のことだったか、この地域のことだったか
日本のことだったか、社会的な話題だったか
何を話していたかまったく記憶にないのです。

またここに来たいと思った夜のことでした。


後日、私は、ここの農場の女性から小さな仕事を頼まれます。
それは、とても嬉しい知らせでした。

思いがけず、この農場に月に何度か行くことになったのですから。





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寒く、冷たいピエモンテの空の下で

晴れて、真っ青な空になると急に冷たい風で寒くなりました。
写真は、自然保護地区で空高く飛ぶ野鳥です。

昨日、ピエモンテの自然保護地区に入場していました。

2Novembre2006  空

















観測小屋で
観測小屋では、
ピエモンテ州の
自然保護地区の
生態を監視員が

野鳥のデーターを
作成するために

その大きさ
羽の状態など
測定しています。

その仕事現場を
見せてもらっていました。






この日は、日本から来てくれていた農家の人たちも一緒です。

この農家のご家族のグループが、今回トリノで行われていた
食のコミュ二ティの世界大会(TERRA MADRE2006)後に
私の住む地域に4日間滞在してくれていました。

野鳥を空に戻してあげる

小さな野鳥をそっと手にのせて
空に戻してあげます。

測定データを取っている中に
メルロー(黒歌鳥)もいました。

夏に私の車の下で
迷ってしまった
黒歌鳥の赤ちゃんを
思い出しました。





町役場の友人とマルペンサ空港まで、日本の農家のご家族のグループを送る時

車窓からの景色は、空気がとても澄んでいて
右にオーストリアが、そして前方にはスイスの山々が見えました。


マルペンサ空港からの帰り道

”すごく、悲しんでいたよね。まだ来たばかりの頃・・・”と
運転する友人の横で

その景色を見ながら、いろいろなことを思い出していました。




結婚してから、夫の仕事場の関係で、ここに来たばかりの頃、
絶望していた頃もありました。

それは、左右は、田園地帯が続くだけで何もなく
ここでの暮らしが人生の休暇でなく

それが、毎日の生活であることで不安になっていたこと

日本の会社も企業もない中で、ここでどうにかして
言語の問題もあるアジア人の私が

イタリア人から認められて
仕事をしていかなければならないことが
途方もなく前が何も見えない状態にも思え

ワインの産地で美しい丘陵地帯のピエモンテとも違い
ここは、何もない地域であること

寒く、霧で灰色の空の下
季節によっては

霧と凍結のため、車でミラノまで
通勤できないことを知ったからです。



それが、今では、ここの生活が少しでも出来たことは
とても幸せなことであろうと感じながら

青空で澄んだ冷たい空気の中にいます。

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この日の夕方、今回、日本からの方の訪問先として訪れた農場に
再び、行くことになりました。

”イタリアの放送局RAIのテレビの撮影がうちの農場であって
パ二ッシャ(ノヴァーラ風リゾット)を作るけれど
夕食は、ジャーナリストの人も食べていくので、

今回、知り合いになれた日本人のあなたも来てくれたら、嬉しい。
撮影は、5時から。それで、夕食は、少し早い時間になるけれど。”




日本からの方を農場に案内していた時のこと

通訳の合間に、視線を遠くにすると農場の古い家が目に映り

”こんなところで、この農家の女性が作る伝統的なリゾットを
食べてみたい。”

ふとその時に、そういうイメージが頭の中に浮かんでいました。


それが、それから2日後、本当に実現することになったのです。


テレビ撮影のためのリゾット












ほんの偶然の人との出会いで、大きくいろいろなものが動いていくことを
イタリアに、そして特にこの地域に来てから感じていました。



この農場を知ったのは、いろいろな人との出会いです。

きっかけは、町の夏祭りの仮設テントの夕食の席でのことでした。

予約した座席が足りなかったために、友人たちと
少し離れた席で食事をすることになりました。

その時に隣に座った別の町の見知らぬ農家の人が
何か紙を落とし拾ってあげると

それは、ノヴァーラ県主催の農業視察の案内のパンフレットでした。


農家の人専用であるけれど、その視察を是非
勉強のために見てみたいという会話になり

その指定された待ち合わせ場所に向かうと

トラクターを買う農家に融資を担当する銀行員の
顧客探しで参加していた女性と知り合いました。

その銀行の女性がたくさんのこの地域の農家の情報を持っていて

今回の日本からの農家の方たちのグループの訪問に最適な農家として
教えてもらったのです。

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