北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

December 2006

PIEMONTE  BRACHETTO

出発前に眺めた田んぼの景色です。
寒いために、所々が凍ってしまっています。

今年最後の田舎の景色

















今回のクリスマスは、友達の家族同士が集まり
それが大きなファミリーのようになった楽しい食事の時間でした。

若い女性の友達と今回は、食前酒として
淡いルビー色が綺麗な発泡性の繊細なほんのりと甘口のワインを

クリスマスの食前酒に
PIEMONTE  BRACHETTO
Rosso Spumante DOC
ブドウの品種:Brachetto
アルコール度数:7%
BOIDO






これは、前菜のコテキーノCotechino:豚の肉や脂身で作る腸詰め)と
サングイナッチョSanguinaccio:ブラットソーセージ。
豚の血の入った腸詰め)

前菜のコテッキーノ











今までの約10年間近く、クリスマスの頃には、
特別にシャンパンや高級ワインを用意していた私にとって

ワインの産地のピエモンテで暮らしている今回が
最も、シンプルなワインでした。


それは、決して高級でない、いつものハウスワインを
何種類かテーブルに並べただけです。

それが一番、ここでのクリスマスの家庭料理に合っていました。

クリスマスにと思っていたGAJAやトスカーナのボルゲリ地区の
高級ワインはもっと別の機会に。



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24日深夜の町で

24日の深夜12時の鐘が鳴る前の自宅前の教会です。

時を知らせる12回の鐘が鳴ると、その後に、今夜は、特別
メロディのように、しばらく美しい鐘の音が続いていました。

クリスマスの教会













雨戸から明かりがもれている家もあります。
”ボン・ナターレ(Buon Natale:メリークリスマス)”と声が聞こえてきました。



この町にあるたった1軒の小さなレストランから

オレンジ色の蛍光色の制服を着た
この地域の救急隊のグループが

深夜の夜食のための大きなピッツアの箱を
たくさん抱えて出てきました。



今、まだ開いているのかしら・・・と
私は、その小さなレストランに向かっていきました。

”チャオ。ボン・ナターレ!”

ドアを開けると同時に、ここで働く若い女性が笑顔で迎えてくれました。

”びっくり。クリスマスの深夜に開いていると思わなかったから
ちょっと来てみたのよ。”と話しかけると

”私は、毎年、この時期も仕事なの。でもね。1月に、長くお休みが来るのよ。
ずっといるから、また立ち寄ってね。”


クリスマスの電飾も街燈もない広場に面した方の自宅の窓からは
低い位置で三日月が輝いていました。

クリスマスの夜 三日月















クリスマスの25日の今日でも、朝早くからお昼までの5時間
お友達のノエミちゃんのお父さんは、お仕事です。

ノヴァーラの有名なゴルゴンゾーラの会社の
生産管理の事務の仕事をしているので

”新鮮なミルクが、次々に来てしまうからだよ。
牛には、休日もストライキもないからね。”と笑っていました。


これから、ナターレ(Natale:クリスマス 12月25日)
友人やその家族との昼食で

私は、この日が終わると、すぐに列車に乗って
出張に行かなければなりません。

仕事の前は、いつも、とても緊張してしまうですが
みんな、それぞれの仕事をしているピエモンテの友人たちを思うと

憂鬱な気持ちは、すでになく、頑張ってこようか・・・というのが
今の気持ちです。


写真は、私の家のクリスマスのチョコレートケーキ。

チョコレートのクリスマスケーキ











トレンティーノ・アルト・アーディジェ(Trentino-Alto Adige)州
クリスマスマーケットで買ったのですが

このケーキを作っているのは、実は、私の家からも
車で遠くない距離にあるピエモンテ州モンフェラート(Monferrato)でした。

試食したら、特にチョコレートがとても美味しかったので。




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クリスマスのプレゼント

”クリスマス前に会うのは、最後になってしまうから。
午後にでも、家に立ち寄ってもいいかしら。”と電話をして

農家の親戚のお友達であるノエミちゃんの家で
コーヒーとチョコレートを食べながら
彼女の家族とのクリスマス前の楽しい時間を過ごしていました。

冬の夕方 牛舎のある農場で
















その時、ノエミちゃんの暮らす町の自治体から

クリスマスプレゼントとして
その地域の歴史の写真集が届けられました。

さっそく、みんなでそのセピア色の写真集を広げてみます。



そこには、春の田んぼで草取り、田植えをする多くの女性たちが

日中、田んぼで働いている様子
そして仕事後の夜に刺繍をしていたり
歌を歌っている数多くの写真が載せられていました。


あぜ道で女優さんのようにポーズを取っている女性の写真もあります。



”思っていたよりも、華やかな写真ばかりだわ。”と言うと

”昔は、約2ヶ月位、遠く、南の地方からも、この短期間の仕事に来て
みんなで宿舎に泊まっていたのよ。

ほら、窓の外にあるあの建物。
今は、農耕用トラクターなどが置いてあるけれど

あの写真は、ちょうどそこよ。
昔は、そうね・・・1960年くらいまでかしら。

Mondine(田植えをする女性たちのこと)の宿泊所だったのよ。”



私が、この女性たちの写真を見たのは
夏にピエモンテ州の事務所


その時に飾られていたパネルの印象が強く

こんなにも快活な若い田植えをする女性たちが想像もつかなかったのです。



今にも、笑い声が聞こえてきそうな写真を見ていると


”みんな、重労働でも、最終日のBARでのパーティを楽しみにしていたのよ。

何といっても、結婚相手を見つけることも遠くの他の州から
仕事をしにやってきたことの目的のひとつだったのだから。”

そう言って、嬉しそうに大きな声で笑うノエミちゃんのお母さんが
続けます。


”ちょっと、こっちの窓に来て。あのBARよ。

最終日のさよならパーティで若い独身男性が
ギターやアコーディオンを
弾いて、そこで相手を見つけるのよ。”


そこまで言うと、ノエミちゃんのおばあちゃんが

”確か・・・○○さんもMondineだったよね・・・。”と
近所の友人や親戚関係の人の名前が次々と出てきます。

”えっ・・・。そんなに・・。”と笑っていると

”そうよ。大変な仕事でも、夜にみんなで集まって刺繍をしたり
最終日には、パーティもあったり、楽しみも多かったのよ。”


”そういえば、お母さんも、Mondineみたいに、夜中まで刺繍してるよね。
朝5時半に起きないといけないのに、いつも深夜1時まで刺繍しているの。”

ノエミちゃんは、そう言って嬉しそうに笑っています。

クリスマスが近く、学校も金曜日までで、休暇に入る前の
嬉しい気持ちが、私にも伝わってくるような明るい笑い声でした。


2階の窓からは、寒く澄んだ空気の中、夕焼けのアルプスと一緒に
田んぼと女性たちの宿泊所だったという、古い農場の敷地が見えていました。




私たちは、キッチンのテーブルに座って話していました。

見ると、綺麗に小さく刺繍がはいったフキンが
置かれているのが目に入りました。


***********************************************

ノエミちゃんにプレゼントをしたもののひとつは
吉本ばななのイタリア語の本

以前、私がイタリア語で翻訳された”妊娠カレンダー”を読んでいて

”イタリア語だけど、読むと頭の中で浮かぶのは、シーンは、まぎれもなく
日本なのよ。”と言ったのを覚えていたようで

”私も日本の作者が書いた本も読んでみたい。”
と言っていたので、プレゼントしました。


これは、新しいようで、日本で読んだり題名を聞いた覚えもないです。

プレゼントの本
Ricordi di un vicolo cieco

Banana Yoshimoto









"行きづまって、通り抜けることの出来ない小路の想い出?”

本をめくってみると、オリジナルのタイトルが小さく
日本語の活字になっていました。

その袋小路の部分は、英語になって
”デッドエンドの思い出”というタイトルです。



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ブログランキングが、一時、10位にまでなっていてびっくりしました。
読んでいただいて、本当にありがとうございました。

BRICCO DELL' UCCELLONE

写真は、深夜の私の家のキッチンの窓からです。
この町のクリスマスの飾りがよく見えます。

深夜のキッチンの窓から












みんなが眠ってしまった街燈の少ない真っ暗な夜中の町でも
静かに照らしてくれています。

真夜中に目が覚めて、キッチンに立ち
ゆっくりハーブティーを飲んでいると

まるで、私、ひとりのために輝いているように見えて
思わず、窓を開けてみました。

冷たい深夜の空気と一緒に、光が入ってきます。


キッチンの雨戸を閉めずに
レースのカーテンだけにしているので

電気を消して寝室に行こうと振り返ると

キッチンのテーブルが青白く照らされていました。



***************************************************

夕方18時過ぎに、町の教会まで歩くと

タバコ屋さん、お花屋さんも、町のすべてのお店は、
もう閉まっていても

この時期は、クリスマスの光があるので
とても華やかです。


クリスマス前の教会













今晩のワインは、どれにしようか・・・と
ワインを保管している場所でしばらく考えていました。

クリスマスも近づいてきていています。

私は、年末の仕事でゆっくりクリスマスが過ごせないので

せっかくだから、いつもよりも少し美味しい
ピエモンテのアスティ近郊のワインにしました。

BRICCO DELL' UCCELLONE
BRICCO DELL' UCCELLONE
BARBERA D'ASTI
Rosso DOC
2001
ブドウの品種:Barbera 100%
アルコール度数:14.5%
BRAIDA DI GIACOMO BOLOGNA

樽熟成は、12ヶ月






キッチンの白い壁ごしでゆっくりと、グラスを回し眺めていました。

とても深く濃いルビー色です。それでいて美しい輝きを持っています。

香りは、複雑でとても深く、口にするまで
ゆっくりと楽しんでいました。

アマレーナ(サクランボの一種)やクワの実のジャム
そして甘草のようなスパイスの香りです。

私は、これ以上、室内が暖かくならないようにと
ガス暖房を消しました。


このワインに合わせる今夜の夕食のメインは、

先日、農場のノエミちゃんのお母さんから教わった
ピエモンテのポルチーニ茸と仔牛肉のソテーです。


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クリスマス近くの週末

年末の仕事に持って行く、真っ黒なセーターが欲しくて
車に乗って大きなショピングセンターに行っていました。

週末のノヴァーラの街は、クリスマスの贈り物のために
たくさんの紙袋を抱えた人々でいっぱいです。

私は、ショッピングセンターのカフェに入り
温かいココアを飲んで、休日の午後を過ごしていました。


冬の畑で

















自宅に向けて、車を走らせます。

あんなにたくさんの人々が、街にいたのに
道路には、ほとんど車がありません。


途中、いろいろな町を通過して帰ります。

町の各自治体でそれぞれの違ったクリスマスの飾り
そして小さなイルミネーションが見えてきました。



ここに引っ越して来てから、2回目のクリスマスです。

私は、昨年のこの時期のことを思い出していました。



そう、あの頃は、トリノのオリンピック前だったのです。


1月2日からのオリンピックの取材のアポイントを取るために
クリスマスの頃もトリノにひとりでいました。

大晦日の午後から元旦の午前中までは
どこにも連絡がつかないこともあり

この24時間の時間帯だけは、夫との年末年始の時間にしました。


大晦日の午後に、スイス国境まで車で行き
帰りに国境の近くのスーパーで大晦日の晩餐のための買い物をして

その時の晩餐のメニューのメインは、子羊のお料理にしていました。

まだ自分の車もなく、いつも夫の車でした。




それから、月日が経ち、次第に、農場での多くの地元の人々と
知り合いになっていき、一緒の時間が増えてからは

この町近郊のお食事は、子羊のお料理は、ほとんどなく

ガチョウやカモなどの鳥を使った詰め物のお料理が
多く並ぶことを知りました。


今では、自分の車で、私ひとりが運転しています。


当時の自分自身を思い出していると

まるでその人物が他人のように違って見え
私は、不思議な気持ちになっていました。

ゆっくりのようであっても、確実に時間が過ぎていき
多くのことが変化していくものだと感じていました。



写真は、先日の特別メニューから。
私の暮らす地方では、晩餐などのメニューで多く登場します。

近所のアグリツーリズモでのガチョウ料理です。

がちょうとキャベツの煮込み













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農場での夕食のひととき

”マスカルポーネ(Mascarpone)チーズが足りないわ。買ってきて。”
と声がしてきました。

農場のノエミちゃんと一緒に外に買い物に出ると、ちょうど日没の頃でした。

お昼間は、暖かい気持ちのいい日でしたが
夕方を過ぎた、この時間は

空気がとても冷たくなり
気温も0度前後になっていました。

日没の頃 12.2006
















今日は、この農家の家族との夕食を約束していました。

夫がトスカーナの仕事場に戻り、ピエモンテに不在の時には
こんな風にこの家族と長く時間を過ごすことも多くあります。

キッチンで 1

私のリゾットも美味しいけれど、
私のマンマの方が
ずっと美味しいの。

RIEが来るからと
マンマが朝からリゾットの
スープ作りを始めていて。

それで、私は、
お肉のソテーと
デザートを担当。

とノエミちゃんのお母さんが
デザート作りを始めました。





お料理を作るところをキッチンに座ってじっと見ながら
楽しく会話をしている時間は、懐かしい時代を思い出します。

もう、子供がいてもおかしくない年齢になっている私が
まるで、幼い頃の毎日が長く楽しい日々に戻ったような感覚になりました。


キッチンで 2私の教え子の
15歳のノエミちゃん。

この日は、学校の英語の
宿題を一緒にしてから

ふたりで、彼女のお母さんと
おばあちゃんのお料理を
教わるために
ずっとキッチンに座っています。





やがて家族が集まり、食事の時間が来ると

ノエミちゃんのお母さんは、ずっと話し続け
大きな声で笑いながら、楽しい時間になります。


日本にいた頃から、仕事柄、いつもひとりか
同僚との食事だけであった私には

こんな風に大きな家族との夕食作りから一緒の
食事時間をとても嬉しく思っていました。





夜21時を過ぎると、夕方よりも一層、冷たい空気になっていました。

車は、うっすらと白くきらきらと光っていました。

あ・・・凍ってしまっている。

すべての窓も、薄く、とても固い氷で覆われ、すぐ取ることができません。
私は、しばらく、暖房をつけてフロントガラスの氷を溶かしていました。

とてもいい時間が、ゆっくりと過ぎていったことを思っていました。


***********************************************************

ノエミちゃんのおばあちゃんのリゾット。

学校から、帰ってきたノエミちゃんと家の中は、2人だけでした。

子犬が大きく吠え始めると
ドアが開き、急に賑やかな声がしてきました。

やがて、家中には、スープの香りがしてきました。

ノエミちゃんのおばあちゃんが杖をつきながら、やってきました。

朝から下ごしらえをした大きなお鍋を手伝ってもらいながら
持ってきたのです。


リゾットのスープこのリゾットで
使われるスープは

キャベツ、長ネギ(Porro:ポロネギ)
セロリ
をふんだんに細かく切って、
一晩、水につけておいた
乾燥うずら豆も加えて

約5時間煮込んだスープです。
お野菜の形は、ほとんどないです。




小さな鍋にラードの塊とオリーブオイル、そして
半分に切った赤玉ねぎなどの香草を加えて、あたため

漉して、ラードの塊も玉ねぎも香草も取り除き
それで、お米を炒めていきます。

熱いスープを少しずつ、加えていき、約10分。
最後に塩を入れて味を調え、さらに
バターも少し入れて出来上がりました。


今まで、何度も食べてきたノヴァーラ風リゾット。


”ここのリゾットは、サルシッチャ(Salsciccia:豚肉の腸詰めソーセージ)は
入らないの。同じノヴァーラ風でも、町によって、違うのよ。

RIEの住む町は、サルシッチャが入るはずよ。
もっとボリュームたっぷりなリゾットでしょ?

更に、豚の皮まで入れる地域もあるわ。

だけど、ここは、畑の野菜とお豆だけ。でもラードは、入れる。
昔から、ずっとそうなのよ。”


そういえば、私の町の近郊では、豚肉のサラミを作っている農家も多くあります。

秋に、仕事で町役場の友人とミラノから車で
近所のアグリツーリズモに戻る途中に

”RIE、これは、豚のニオイだよ。”と

夜の高速道路でノヴァーラを通過して、しばらくしてから
そんなことを言っていたのを想い出しました。


おばあちゃんのリゾット













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Cru Bourgeois

自宅から12km離れた農家からの帰り道。
車から降りて写真を撮りました。

日が沈む少し前になり、前方のアルプスの山々が
ほんのりピンク色に見えてきました。

昨夜は、そんなに寒かったかしら・・・と考えました。
ここ2、3日で、すっかり白い雪で覆われていたからです。

帰り道の景色 12,2006















16時になって、農家で15歳の女の子との
勉強の時間が終わると

いつも明るいお母さんが仕事から帰ってきました。

”RIE、まだ居る???”と大きな声が聞こえ

番犬になっている小さなかわいい犬が
その大きな声に反応して吠え始めました。




そんなお母さんとコーヒーとクッキーでの時間は
ここでの生活の中の楽しい時間のひとつです。

オフィス勤務である女の子のお母さんが仕事仲間から
もらったというクッキーを嬉しそうに並べました。




”私もRIE先生のように、小学生の家庭教師を
毎週金曜日に始めたのよ。宿題のお手伝いだけどね。”

そう言って、帰り際に窓から手を振っていた
素朴な15歳の女の子のことを思い出しながら

ずっとこんな静かで幸せな田舎での暮らしが続くようにと祈り

車窓からのアルプスを眺めていたその景色が、上の写真です。



今夜は、フランスワインで。

ボルドーワインChâteau Rollan de By
Bordeau Médoc Cru Bourgeois
(APPELLATION MÉDOC CONTRÔLÉE)
2003

ブドウの品種:Merlot 70%
Cabernet Sauvignon & Cabernet Franc 20%
Petit Verdot 10%

アルコール度数:13.5%
ワイン醸造学:
イタリア人ワイン醸造家
(Ricardo COTARELLA)





仕事がクリスマス時期から始まるのと、
その後のお仕事が春からずっと続くこともあり

まとまった冬の休暇の時期に

ほんの4,5日でもどこか旅に出ようと思うのです。
どこか遠くに。

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夕方のアグリツーリズモで

リンゴを買いに、いつものアグリツーリズモに立ち寄りました。

そして、夕方の誰もいないレストランのバーカウンターにゆっくり座り

窓から暗くなっていく田園景色を眺めながら
暖かい室内で過ごしていました。

いつもの席から

















隣の農場の高校生の女の子の家庭教師を終えてから
ここで温かい紅茶を飲んでいました。



そして、コックさんの女性、マリータさんは
夕食のお客さんが来る準備をしながら

”RIEは、ここのお菓子が好きよね。よかったら、あるわよ。”
とキッチンに向かって行き、私は、その方向を見ていました。

その時、クリスマス前夜、そして大晦日の晩餐(Cenone)のメニューが
壁に貼られていることに気が付き


”残念・・・。私も、ここで、みんなと一緒にマリータさんのお食事を
楽しみたかったけれど

ずっとこの期間、クリスマスから来年の3日過ぎまで仕事で別の州に行っているの。
今、予算内で、その時期の滞在先を探しているところ。”と言うと


”そうよ。私たちの仕事は、そういうもの。”と

マリータさんが少し淋しげな笑顔で
それでいて、力強い瞳でまっすぐに私の方を見て、大きくうなづきました。


”私もこの時期は、自宅にずっと帰れないのよ。息子の家族には
クリスマス前にでも会おうと思うのだけど。”


そうだったのか。
私は、知らなかったのです。


みんな、それぞれ一生懸命、生きている・・・。



”ここのお料理がとても好きでね・・・”と私は
まだ誰もいないレストランの座席を見渡します。




”そう言ってくれて、本当に嬉しいわ。

お料理で特別なことは、何ひとつしていないのよ。
ただ、小さい頃からの母の味を一生懸命作っているだけ。

それでも、よかったら、RIE、一日中、予約が入っている時は
たくさんのメニューを作る機会があるから

厨房に見にいらっしゃい。
ずっと作るのをみていればいいわ。”




マリータさんの出身であり、故郷であるピエモンテ州のクーネオ(CUNEO)。

今までに試飲してきたこの地区の高級なピエモンテワインが

また違った角度で大きな輝きを持っていると

彼女の大きく優しい、そして力強い目を見ながら
見えたような気がしました。



”お仕事の邪魔をしないから、もう少しここに座っていていい。”

紅茶は、もうすっかり冷めてしまっていたけれど
私は、もうしばらく、ずっとここにいたいと思いました。




”イタリアで仕事を見つけることは、とても大変だから
どんなに遠くても、それを大切にしなければいけないのよ。”

そんな彼女の言葉を思い出していました。



キウィのケーキ
農場で収穫されたキウィを使って。

マリータさんの優しい
やわらかな味わいのケーキでした。










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列車は、北に向かって

写真は、ローマ・フィウミチーノ空港から近い、ホテルの部屋の窓から。

夜中の2時過ぎに到着していたので、約3時間の浅い眠りでした。

ホテルのテラスから 



















地上階にある私の部屋のテラスに出てみると
まだ、早朝だというのに、明るい空の色です。

いつも、田園地帯にある葉を
すっかり落としたポプラの植林の
風景を毎日見ている私にとって

南国らしい色彩を持つ木々の緑が
遠くに来たことを感じていました。




イタリア国鉄のストの最中だったので

ローマのテルミニ駅までホテルのシャトルバスと
地下鉄を乗り継いで行きました。

私の予約しているユーロスターは、運行される予定だったからです。

駅にある出発時刻を知らせる大きなボードで確認してから

列車の中で読む本を買おうと
駅の中の大きな本屋さんに入りました。



ミラノ行きのユーロスターは、定刻どおりにローマを出発。


第一話の”Diario di una gravidanza:妊娠カレンダー”を
読み終わり、次の物語を読んでいる頃
一瞬、車窓の景色を眺めました。

”もう、夕方・・・。”とその景色を見て驚き
時計を見るとまだ15時を過ぎたばかりでした。

ボローニャを通過してどのくらいたったのでしょうか。
外は、すでにミラノのあるロンバルディア州の景色でした。

列車は、ロンバルディア州に














この地方から私の住む地域にかけては
朝から、ずっと空が雲で覆われていたことでしょう。


イタリアを縦に南から北に移動していくユーロスターの中で
私は、遠くまで行っていたことを感じるのです。


ミラノに到着すると、駅の案内のボードで
トリノ行きも運行されていることを知ります。

でも、私は、ストで列車がない場合を想定して
高速道路の入り口の駐車場に車を置いてきていました。

ホテルの朝食以降、まだ何も食べていなかったので
ひとりで何か軽いお食事でもしようと駅の外に出ると

17時過ぎのミラノの街は、すでに真っ暗で
雨が降っていました。

傘のない私は、キャリーケースを引きずりながら
足早に、軽食のできるカフェに入ります。

食前酒でもコーヒーでもなく、サラダやパニーノを
二つも注文する私は、

10代後半から20代前半の若いお店の女性に
”今が、昼食なのよ。”と言うと、彼女は、時計を見て笑います。





駐車場に一晩、置き去りにされていた私の車は、雨に濡れて光っていました。

車のドアを手に取ると水の雫が地面に滴り落ちました。
長い時間、雨が降っていたようです。

遠くは、白くぼんやりと霞んでいました。


そして私は、”ありがとうございました。到着しました。こちらは、雨です。”
とローマにメッセージを送信しました。



*********************************************

ローマのテルミニ駅でカフェのある上の階から駅構内と
外からの風景を見ていました。

人々の雑踏を上から眺めながら、私は、何かがとても悲しかったようです。

この街で暮らして、この遺跡のある風景を歩いている頃は

仕事場のオフィスや家の往復や講習などで同じクラスになった人との挨拶や
交流くらいでした。

私は、ローマで2年近くも一体何をしてきたのだろうという
気持ちにもなっていました。

実際には、ローマ近郊などで多く出来たソムリエの友人や
そのまた友人など、そしてこの日にワインと食事に誘ってくれた方々も

ローマにいた頃でなくて、ピエモンテに引っ越してから出会った人々です。


私は、今後、一体、どこに行き着こうとしているのだろうかと考えていました。



何か本でも読んで、ゆっくりと北に向かって帰ろうと
出発前に駅の本屋に立ち寄り

最初に選んだ本の隣にあったのは、日本の作家名で
列車の旅で気軽に読むために、これを買うことにしたのです。

妊娠カレンダー
”La casa della luce”
作者:Yoko Ogawa

第一話:Diario di una gravidanza.
第二話:Domitorio
第三話:La casa della luce

日本のオリジナルのタイトルは
第一話の「妊娠カレンダー」





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いつも読んでいただいてありがとうございます。

夜のピッティ宮殿内で


写真は、夜のピッティ宮殿(フィレンツェ)で。

ピッティ宮殿の入り口




















母と何年か前に旅行したフィレンツェを思い出していました。
よく歩いていたピッティ宮殿付近。
あれは、初夏の午前中でした。




数日前のこの日、私は、夫の仕事の関係でついていくことのできた
夜のピッティ宮殿内にいました。

その日は、冬の入り口であるというのに、暖かい夜でした。

乾燥していて、喉が渇いていた私は
冷たい炭酸入りのお水を飲もうと思い、グラスを手に取ります。

ピッティ宮殿内

















ひとりでスプマンテ、オレンジジュース、水・・・と
サービスしている男性の姿を眺めていたら

突然に、トスカーナのレストランで行われた結婚式で
次々に差し出されるグラスに

フランスのシャンパンを
注いでいた頃を思い出していました。

トリノのオリンピックの仕事の準備で
もうピエモンテに帰るからと辞めてしまったわけですが

それは、ずっと忘れていたことでした。


私は、今後、どのようにソムリエとして
ワインに関わっていくことにしたいのだろうと

いろいろと考えていた今週に、ソムリエの恩師から
一通のメールが届きました。


今日、このブログを書いた後は、ローマ近郊の空港近くの街まで。
仕事でも研修でもなく、

そのソムリエの恩師から、彼の主催する音楽と
ワインの試飲とお食事のイベントに誘われたので。

イタリア国鉄のストもあるのですが
運行の確約されたユーロスターで翌日帰宅です。
もし、突然、変更があったら、そのまま空港に行き、飛行機になります。

それでも、やはり、どうしても今回は、行くことにしました。

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RIE OKUYAMA、Wine・Art Co.ltdにあります。
copyright(c) 2005-2017 
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