北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

May 2007

COLLI BOLOGNESI

”1分でも早くボローニャに着くように”と日中している仕事の社長に
前日になって急に言われ

私は、その日、ノヴァーラからミラノ行きの始発列車に乗るために
まだ暗い時間に家を出発しました。

夜明けの色彩は、とても綺麗です。

車から見えるポプラ並木が地平線のあたりで
ぼんやりと光を放とうとしている白色と
まだ夜の色である濃紺の2色に分かれている間で
くっきりと浮かび上がっています。

再び、懐かしいボローニャを思いがけず訪れることになったのは
これで2度目のことでした。

bologna 1


























初夏のボローニャの朝は、とても眩しく、空はどこまでも青く
今が、とても美しい季節であることを感じていました。

ふいに当時の私の心の迷いも思い出されました。

あの頃とちょうど同じ季節だったからです。

数年前の冬の終わりに到着したボローニャの街。
イタリアで暮らして、もうすぐ約3ヶ月が過ぎようとしていた頃のことでした。


ウンブリア州やトスカーナ州の大学に行くことになリ
同じようにボローニャを離れようとしている人も

短期留学を終えて、日本での再就職を目指して帰国していく人

ミラノやフィレンツェで仕事を見つけて、働き始める人もいました。

私は、夏以降、新しい土地で仕事を始めるために
ボローニャから1ヶ月有効の列車チケットを買い

片道約2時間以上かけて仕事の面接と
不動産屋に出かけていた頃のことです。

この美しい季節のボローニャを歩きながらも
心は、別のところにあったのかもしれません。



2件目の仕事のアポイントは、12時でした。

30分弱で話し合いは、終わると思っていたので
すでに13時過ぎのミラノ行きユーロスターに予約をしていました。

駅からそう遠くない待ち合わせ場所のオフィスに向かう途中
私は、そのまま駅に立ち寄りました。

列車の予約を1時間変更し、もうしばらく、このままボローニャの街を
歩くことにしたのです。

こんなにも美しく、活気がある街で暮らせたことが
今になって、とても嬉しく思ったのです。

bologna 2























エノテカに立ち入り、飲んだボローニャ近郊の丘陵地帯の赤ワインです。
何種類かあるうちで選んだのは、Cabernet Sauvignonでした。

colli bolognesi
COLLI BOLOGNESI
Rosso DOC
2004
ブドウの品種:Cabernet Sauvignon 100%
アルコール度数:14.5%
ISOLA di Franceschini Marco&C.ss Monte San Pietro








深く密度の濃いルビー色で輝きを持っています。

カカオや黒胡椒などのスパイスの香りとクランベリーなど
森の果物の香り。柔らかなタンニンでエレガントなワインです。



夏に1週間くらい、もう一度ボローニャで暮らしてみようかなと
一瞬、そんな風に考えたりもしましたが

ミラノ行きのユーロスターに乗ると
すでにいつもの生活の私に戻っていったのです。

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ボローニャの記事を更新する前に。

近所の用水路で
















更新がとても遅れてしまいました。
申し訳ありません。複数のまったく異なった仕事を
同時にしている関係で今月は、明日だけがお休みです。
それで、今夜は、とても嬉しい金曜日の夜です。

ボローニャに日帰りで出張に行った時の写真と記事を
用意していました。

下書きが終わったところで
家の外から蛙の鳴き声がしてきました。

昨夜は、2時ごろ突風と雷、強い雨で目が覚めました。
きっとそんな夜に私の家のルッコラを植えているプランターに
紛れてしまったのでしょう。

このままだと、日中の乾燥で蛙が苦しくなってしまいます。

私は、ブログの下書きの途中で、その鳴き声が気になり
外に出て、蛙を探しました。やはりプランターの中にいました。

そっと蛙をつかんで水を入れたバケツに入れ自然がいっぱいの
水の多い用水路まで運びました。

ここに来たばかりの頃に、家に蛙が入り込み
触ることも見ることも出来なくて上から大きな箱を投げ閉じ込めて
家の外に放したこともありました。

自然の中で、動植物の生命の移り変わりを見て
永遠でない人間の生命も同じであることにも気が付きました。

バケツの浅い水の中で必死に外にでようとするペパーミントグリーン色の
美しい筋がある小さな蛙に

何度も話しかけてしまいます。

”もう少しだから、我慢して。”
”ここで出てしまって、私が捕まえられなかったら死んでしまうわ。”
”ここは、まだ駄目。もう水がない田んぼで、すぐにairone (サギ)に
見つけられてしまう。”

途中、町の人に出会い、そんな独り言を話す私を見て
”どうしたの。あっ。バケツの中の蛙に話していたのね。”と笑います。

町から2km離れたところまで歩き、自然がいっぱい小さな川に
そっと蛙を放し、私から遠く離れていくのを見ていました。

毎朝、高速道路の入り口に向かい、そのアスファルトの上で
たくさんの干からびてしまった蛙を多く見るようになってから

そして高速道路の入り口に出没する野うさぎを見て

こんな田舎であっても、動物の住む環境を壊してしまっていることに
気が付いてから、少しでも多くの動物が、いつも散策するような
自然の中で暮らしていけるようにと願うのです。

人間の生命も永遠でないから、やはり今、この瞬間を精一杯生きて
次の新しい世代の人々につなげていくこと、そんなことを初めて感じました。

これを書いている今も急に突風が来たと思ったら
あっという間に雨と雷になっていきました。

しばらくしたら、下書きをしたボローニャのことを更新します。


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お米を買いに行くまでの風景

次第に水田の景色が変わり、もう水の入っている風景は
これで最後になりそうです。

12maggio2007 1

















晴れた気持ちのいい土曜日の午後、10km離れた町にある
知り合いの農家まで、夕食のアスパラガスのリゾットのために
お米を買いにいきました。

その途中に見かけた水辺の鳥たちの写真です。

すでに水の引いた田んぼで見かけたノガモの夫婦。
12maggio2007 2




















こちらは、比較的、近い距離から撮れました。
逃げることなく、餌を必死に探していて
人間の私には、無関心でした。
12 maggio 2007 3


























人よりも鳥や動物たちの方がずっと多い約10kmの道のりです。

途中、前方からジャージ姿の女性が汗をかきながら
力強く早く歩いていました。

かけている眼鏡のフレームをしっかり抑え、私の姿を確認すると
大きく手を振っていました。

町役場の事務で働く女性です。

土曜日の午前中の時間まで町役場は、開いているので
その仕事後の時間なのでしょう。

ストレス解消には、田舎道を自然の空気を大きく吸って力強く歩くのが
一番というのです。

でも、彼女は、いつも、自宅から30mも離れていない町役場で
働いていて窓から広がる景色は、田園地帯であり


”それでも、ストレス解消にこの田舎を歩くことが楽しみでとても必要なのよ。”

別れた後、再び、遠くからお互いに同時に振り返り
大きく手を振って更に進んで行くと

いつも寡黙に農作業に取り組んでいる中国人の姿を見かけました。

彼らだけの世界で生きているので、中国人同士には、話しかけても
なかなかこの田舎で暮らす人、そして同じアジア人であるわたしの姿を見ても

中国でないと判断すると決して声をかけてこないのです。

私は、それでも、何度か出会うたびに、いつもイタリア人に話しかけるように
声をかけていました。

自転車の音がして、畑から顔を上げて、私の姿を見ると
そのイタリア語が話せない中国人の田舎風の男性は
笑顔で手を振ってくれました。

それだけで、なんだか嬉しくなります。



あれは、まだ車を購入する前のことでした。

私がトリノに仕事でどうしても行かなければ
ならなかった秋の終わりの寒い朝に

朝、一番の鉄道駅まで向かうバスを待っていても来なかったので
いつも時刻表よりも10分早く出発することがあり、すでに
通過してしまったのではないかと心配していると

朝早く学校に行くために待つ1人の中国人の少女がバス停まで
父親に車で送ってもらっていました。

その父親は、いつも寡黙に農作業をしている人です。

学校に通い、イタリア語が流暢な7歳になったばかりの女の子が
困った様子の私を見て

”バスが行ってしまったなら、お父さんに、このまま車で
お姉さんも一緒に駅まで送ってもらうように頼むよ。
大丈夫。心配しないで。”

そして中国語でその父親に何か話すと、私の方をみて
何度も必死にうなずいていました。

やがて定刻にバスがやってきました。

この交通が不便な場所のために、何度も悩み
そしてこの時、この中国人の少女のおかげで
安心できたことは決して、忘れることができません。


しばらくすると、前方からライトを何度か点滅させて合図をする
白い小さなトラックがやってきます。

それは、町の友人のヴィクトリオでした。

手を振り、自転車を停めて、トラックが来るの楽しみに待っていました。

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ミラノの食の見本市会場で

8日まで業界関係者による食の見本市(TUTTO FOOD)がミラノで開催されていました。

rho fiera















最終日に仕事を早退して、ほんの2時間弱ですぐに帰るつもりであったのが

それぞれの分野でプロフェッショナルで
自分の製品に自信を持って語る人々に
魅力を感じて3時間以上会場を歩きまわりました。

fiera1fiera 2

















最後に立ち寄るのは、もちろんワイン農家です。
何度か試飲に行き、仕事でも知り合いのワイン農家も出展していて
お気に入りのNEBBIOLOのスプマンテを試飲しました。

fiera 3



これは、とても珍しいワインです。
ロゼの辛口になります。

BRUT ROSE
METODO TRADIZIONALE
ブドウの品種:NEBBIOLO 100%











食前酒として私の住む田舎にある豚肉の生のサラミにも。
そしてノヴァーラのカモ肉のメインのお料理などにも美味しいワインです。

珍しいエレガントなワインなので、私の地元の郷土料理だけでなく
モダンな創作料理の現代的なデザインのレストランのお食事に
合うことでしょう。

現在、生産本数が少ないので知り合いの中だけで消費している状態です。

今回は、ソムリエとは、別の食品関係の仕事の肩書きで届いた
見本市の招待状でした。

田舎やノヴァーラ近郊のレストランのワインリスト作りの関係で
ピエモンテ州内のワイン農家のワインを地元ノヴァーラ県にある
レストランに紹介することがあったからです。

農業に携わるイタリア人同士の間に入って、私がきっかけで
彼らの新しい人間関係が出来ていくことは

決して仕事としての成功でなく、異国での人生で得た素敵な
人間関係の経験のひとつです。

会場内には、日本人のバイヤーや食品関係の仕事の方たちの姿も見かけました。
たくさんの日本人がこの分野で活躍しています。

ミラノから帰ると、いつもの田園風景が広がり
ミラノの地下鉄も、見本市のモダンな会場も遠い世界に見えました。

会場で出会った知り合いの農家の人々も
いつもとは、ちょっと違った印象です。

ブドウ畑や農家の古い建物のレストランが背景ではなく
無機質なモノトーンのブースの中であるからからもしれません。

おそらく、別の仕事の帰り道であったスーツを着ていた私も
彼らからは、いつもと違って見えたことでしょう。

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見本市の帰りの地下鉄の駅で一緒になった可愛らしい日本人女性に
思い切って声をかけて知り合いになってみると、ブログランキングにあるTammyさんでした。

日曜日の朝の景色

休日の朝のちょっとの更新です。

以前、夕暮れの写真だったので、今日は、朝日、そしてその後
明るくなった水田と遠くアルプスの山々を写真に撮りました。

雨が上がって、今日は、遠くの山々も見えているからです。

朝日
















雨上がりの朝のアルプス

















朝6時過ぎから6時40分にかけて
次第に明るくなって景色が変わっていきます。

次第に明るくなっていく町の様子を
はっきりと見ることがとても好きなのです。

日曜日なので、いつもは、この時間、農作業や建築工事で働く人々などで
賑わっているカフェも閉まっています。

家でコーヒーを飲んで、休日の今日1日を
いろいろなことをして

この太陽が沈むまでの時間、いい時間を作りたいと
眩しい朝日をたくさん浴びて、そう思うのです。

朝は、春用の厚手のセーターでも自転車に乗ると
まだ冷たい空気で体が冷えてしまいそうでした。


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友人と企画した小さな試飲会。

強い雨が音を立てて降った雨上がりの金曜日の午後17時過ぎです。

ここは、隣の町の友人、グイードの田んぼです。
この地域では、すでに水の景色から緑になってきました。

グイードの田んぼ
















近くで、この夜のために自分たちの生産したワインを持ってかけつけた
ワイン生産会社の人が水田地域の写真を撮っていました。

”ここは、初めてです。水田の景色は、今まで一度も見たことがなかったから
嬉しいですよ。水のある景色は、いいですね。

そしてconiglio (アナウサギ、ラビット。カイウサギ(家兎)の原種。)も
たくさんここに来る途中、見かけましたよ。”


”少し小さかったでしょ。それは、lepre(野ウサギ)ですよ。”と答えて

雨上がりの外の景色をもう一度眺めてから、緊張を解くように
深呼吸をしてから、友人の経営するレストランのキッチンに向かいました。


私は、キッチンに入って、夕食のメニューと
そこで使われる調味料、香辛料などを見ていました。

キッチンで 











届けられたワインの箱から、主に試飲として使うもの、楽しい夕食会として
今日のメニューに合わせたワインとに分けるためです。


この日は、一般のお客さんの予約は、ないので
スタッフと、その友人、そして自分たちのワインの営業に
コモ湖に近いスイスから訪れたワイン生産会社の社長と
その醸造責任者との夕食会でした。

私は、この小さな試飲会でのソムリエとして
ミニ講習会とサービスを担当するのです。


私のワイン解説を熱心に聞きながら、メモをとっているワイン会社の社長

”君なら、これは、何点をつけるかどうか聞かせて欲しい。”と
”ドットーレ(dottore:大学を卒業しその分野の専門家に対する
呼びかけ”と社長から呼ばれていたワインの醸造責任者が

そして、普段は、水道業者の技術者として働いている友人のマウロが

真剣な顔で私の方を見て、私がワインの香りを語ると
同じようにグラスに顔を近づけ、うなづいていました。

マウロは、副業として、週末の夜にレストランのウェイターとして働いている
ワインが好きなピエモンテーゼの友人の1人です。

彼らの表情を見ていた時、急にこの場に自分が存在することが
どこか不思議な気持ちにもなっていました。


あの時は…。


それは、まだ日本でワインを勉強していた頃に訪れたフランスの
アルザス地方にあった

どこの町であったか名前は、覚えていないけれど
ドイツの中世都市にあるような建物の小さなレストランでした。

隣に座っていたフランス人の男性が、地元のワインを飲みながら
話しかけてきました。

”みんなでたくさんワインを飲んでいるこの外国人のグループは
どこの国から?”

ソムリエやテーブルコーディネーターなどの研修旅行のグループだったのです。

ワインブームの初期の頃で、当時の日本での職業にも少し関連するために
ワインを勉強してみたけれど、それを認めてくれるのは一部で

ワインの国で生まれて、その文化の中で育ったワイン好きで
たくさんのうんちくのある年上の男性から
永遠に認められることは、ないであろうと

この初老の地元のフランス人男性が遠い存在に感じていました。

”ところで、いったいフランスのどの地域を回ったんだ。”と
隣のテーブルをちらりと見て再び質問されました。

その口調にどこか相手にされていないようにも感じ
力なく答えた記憶が今でもずっと残っているのです。



金曜日の夜に、イタリアの田舎で出来た様々な年代の友人が集まり
ワイン会社や醸造者もこの企画に参加してくれたことを思うと

高く厚い決して超えることの出来ないと思っていた
あきらめていた何かが

少しずつの積み重ねで動き出していくことを知りました。



この夕食のあとは、バーカウンターに移動して、
いつまでも話が尽きることがありません。

小話の好きな友人


私の解説を聞いて
すっかり気に入ってくれた
ワインを持ち帰る
80代の友人。












彼は、1人芝居の日本の落語のような物が得意で
たくさん披露してくれます。

でもすべて方言でまったくわからないのですが…

彼の持参したファイルには、詩、笑い話
自分で創作した小話などがたくさん入っていました。
それは、200以上に及びます。



カウンターにある時計は、すでに深夜1時を過ぎ
外は、再び、強い雨が降り始めていました。

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