北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

October 2008

雨のアスティ (短い更新です。)

オフィスに到着までの短い更新です。

アスティにあるアグリツーリズモへ
外は、冷たい雨で色彩のない景色が続いていました。

雨のアスティで 夕方

















雨の日は、いつもよりも早く夕方が訪れ
夕食の準備が始まるまで
サロンで本を読んで過ごしていました。

アグリツーリズモ 1




















ピエモンテがグレーに染まる季節が訪れました。

ひき肉、チーズなどを詰めたピエモンテのパスタ。
アニョロッティ(Agolotti)のシンプルなトマトソースの色。

自家製で家族やレストランで消費するワインだけを造っていて
混じり気のない純粋な味をしたルビー色のバルベーラが
冬の始まりの室内でとても暖かい色彩を持っています。


アグリツーリズモ 2アグリツーリズモ 3

















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高速バスの中から小さなモバイルPCで更新をしています。
うまく画面が更新出来ていればいいですが、少し心配です。

この記事で投稿件数が499となりました。
次回は、500件目になるので
原点のノヴァーラのワインとお料理の記事にします。

トリノにて。サローネ・デル・グスト(Salone del Gusto)

今日、2度目の更新になります。

写真は、トリノに向かうバスの車内から。

トリノに向かう車窓から


















トリノは、2006年冬季オリンピックの始まる1年前から
メディアの仕事で1人で何度も下見をして取材と情報収集をして歩いた街。

そしてまったく同じ場所に再び行くことになりました。

オリンピックの会場であった場所でスローフード協会が主催する
食の展示会 サローネ・デル・グスト、そしてテッラ・マードレが
開催されています。

オリンピック後、すぐに同じ年にも開催されていましたが

その時よりも、その2年後に再び開かれた今回、展示会の会場で
私は、次々に目の前に当時のことが想い出されました。

普段、仕事で関わったことは、2,3日後にすっかり記憶から
消えることも多く、そして振り返らず、次に進んで行くのですが

昨日の私は、随分、前のことが目の前に重なりながらトリノの街を見ていました。

開催3ヶ月前になってもオリンピックの工事が進んでいなかったトリノで
その現地の様子を取材する前に、同じピエモンテに住む私が

今の状態がどうなっているか近隣のヨーロッパにいる支局の
ディレクターに情報を伝えなければなりませんでした。

トリノ市のメディア部門で働く知人を頼り会場へ行くことが許可され

その時に手渡されたのは、蛍光色をした防護用のチョッキとヘルメットでした。
何台ものジープが走り、土ぼこりと瓦礫でいっぱいだったスピードスケート会場。

それが今、目の前では、スローフード協会の主催する
テッラ・マードレの会場になっています。

テッラ・マードレの会場


















当時、デジタルカメラに次々と撮影したのはその工事現場でした。

ひとりだけの情報収集で、カメラマンやディレクターがいなかったので
出来る限りの記録を撮って、その内容をメールで伝えなければなりませんでした。

アングルも何も考えることもなく目の前にあるものを
ひたすらシャッターを押していました。

これらの写真は、そのまま私の手元に残り、CDに移して眠っています。

そして中には仕事後、処理してしまったものも多く再び見ることは、ありません。


オリンピックのメディアセンターであったリンゴット。

サローネ・デル・グストの会場


















ここで、イタリアに来てから半年弱を過ごしたボローニャで一緒に暮らしていた
フィンランド人のニュースキャスターの友達と再会しました。

とても急いでいたのと、どちらも1人ではなく仕事の人たちと一緒だったので
すれ違ったほんの2秒、声をかける時間もなく通り過ぎて行きました。

それでも、背の高い美しい女性が彼女であることにすぐに気が付いていました。

向こうも気が付いたのでしょう。

その後、すぐに携帯電話に彼女からのメッセージが届きました。

まだ2人ともまったくイタリア語がわからなかったあの頃
私たちが会話をしていた英語やとても簡単なフランス語でもなく

それは、イタリア語でした。

****************************************************

すっかりトリノ市民に定着している地下鉄を
どこか不思議な思いで乗っていました。

この工事現場に、そして落成式の入場、撮影の許可を
もらうことも大変だった日々が確かに存在したからです。

バスを待つ30分間、停留所前のバール(BAR)に立ち寄りました。

”地下鉄の落成式のあった日に、私は、ここに来たわ。
そして、スタッフのためにパニーノを注文して・・・

とても綺麗にあれからこのお店も改装したのね。”

”ああ、確か落成式は、オリンピックの始まる頃で
たくさん報道陣がここに来ていたな。その時のことか。
随分、変わっただろう。俺も変わったさ。
きっと君がここに来た日は、俺ももっとスマートで痩せていたことだろうね。”

そんな冗談を、近くにいた人たちも笑いながら

”そうだ。確かにそうだ。”


ああ・・・あの頃、もっとこんな風に仕事をすればよかった
今なら、もっと限界まで頑張ることが出来るなどと

もう、思い返しても戻ってこない過去を後悔に近い感情にもなりました。
たくさんの厳しい怒号も飛んでいた現場を思い出していました。

もしかしてあれから変わったのは、この街だけでなく
私もそうなのかしれない。

そんなことを思いながら、夜のトリノでバスを待っていました。




トリノ リンゴットにてスローフード協会主催による食の展示会
「サローネ・デル・グスト(Salone del Gusto)」
(オリンピック期間中、世界中の報道スタッフの集まった
メディアセンターのあったリンゴット)

スローフードが発案した地球規模のプロジェクト
「テッラ・マードレ (Terra Madre)」が開催中
(オリンピック スピードスケート会場であったオーヴァル)

2008年10月23日から27日まで開催されています。

2006年の展示会の様子の記事です。

振り返ってみると2006年の私は、ワインが中心のようでした。
今回は、目的はワインでなく、農業について考え来場しました。

2006年の展示会の様子 1

2006年の展示会の様子 2


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偶然にも、この日、当時、一緒に仕事をしていた人から
何度も連絡がありました。

ロンドンから白トリュフ祭りのアルバに旅行で来ていたからです。
それは、もちろん、仕事でなく美味しいワインやお料理について。

トリノの街、そしてあの時の地下鉄に乗っているわよと
言ってみたかったけれどそのまま、そっとしておきました。(笑)

GEWURZTRAMINER KOLBENHOF

湖と空の境界があいまいになってぼんやりとした湖畔の景色。

シルミオーネの湖畔にて




















もうすぐ、いくつかのホテルが閉鎖期間に入る前の
静かな秋の終わりのリゾート地の様子です。

シルミオーネに行かれたことのある方もいらっしゃったので
最後にもう一枚、この土地の写真を掲載しました。

*********************************************

イタリアの街は、どこも昔からずっと変わらないと思い込んでいましたが

今回、ヴェネツィアの街を歩いてみると
明らかに華やかで、私の知っている頃のヴェネツィアと
どこか違って見えました。

住んでいたのは、ほんの何年間か前ことであったはずです。

いくつかの古かった隠れ家のようなオステリアが
ガラス張りの明るい電灯を放つ美しい店舗に変わり

そこは、気軽に楽しく観光客がお食事を
楽しめるお店となっていました。

夜に自分の足音と水の音だけが聞こえていた暗い路地裏を
リド島の家に向かうために足早に
ヴァポレット(水上路線バス)乗り場に向かった日々の景色は
遠い想い出となっていくことでしょう。


写真は、ヴェネツィアらしい一皿です。
ヴェネツィアのおつまみ(Cichetti:チケッティ)の盛り合わせ。

ヴェネツィア郷土料理
















冷製のチケッティの盛り合わせです。

バカラ(baccalà、干し鱈)
イワシと玉ねぎのビネガー風味(Sarde in saor)
ポレンタ(Polenta とうもろこしの粉を練り上げた北イタリアのお料理)
ポルペッタ(polpetta、肉団子フライ)やお野菜のグリル

ミネラルウォーターは、ピエモンテ州ビエッラ(Biella)の
ラウレターナ(LAURETANA)

ワインは、北イタリア アルト・アリジェ州の白ワインです。

ALTO ADIGE
GEWÜRZTRAMINER KOLBENHOF

Bianco DOC
2007
ブドウの品種:GEWÜRZTRAMINER 100%
アルコール度数:14.5%
F.Hofstätter



この日、私は、ヴェネト(VENETO)やフリウーリ(FRIULI)の白ワインでなく
アルト・アーディジェ(ALTO ADIGE)のこのワインを選びました。

本来は、地元の郷土料理には、地元のワインが一番合うのですが

オーストリアにも近い北イタリアのこのワインで
このチケッティの盛り合わせを食べてみたかったのです。

ライチなどの異国のトロピカルフルーツ
そして蜂蜜とミネラルの香りがたっぷりとする余韻が長く
エレガントで、柔らかく丸みを持つ中に
美しい酸が存在しています。

アルト・アーディジェ(ALTO ADIGE)という土壌が生む素晴らしいワインの1つ。

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続けて、すぐにもうひとつ更新します。
(原稿は、もう書き終えたので、少ししたらすぐに更新します。)

同じく、変わっていった街 トリノです。

シルミオーネの遺跡から。(短い更新です。)

写真は、シルミオーネにあるローマ時代の遺跡です。
ローマ時代の遺跡にて
























今、夜24時を過ぎたところです。
このブログを更新したら、眠ろうと思って
キッチンの窓から外を眺めました。

窓の外は、夜中であるのに、ぼんやりと白く濁って見えています。

うっすらと霧が発生しているからです。

日曜日には、冬時間となります。

日本との時差も8時間になり、季節がまたひとつ過ぎようとしています。

****************************************

私は、極端に睡眠時間が少ないことにも気が付きました。

最近、ゆっくり眠っていると思っても
それは、まだまだ少ない時間であり

気が付いたら、普通の人の考える限界を超え
それがいつの間にか当たり前のことになっていき
どんどん進んでいってしまったような気もします。

毎朝4時過ぎに起きてドライヤーを片手に
鏡の中を見ながらもうゆっくり休もうかと思ったことも多いです。

大学時代の専門外の分野でもある農業のことを考えると
とても厳しく、知識がなければ誰からも
相手にされないという現実もあります。

一生、勉強していかなければならないかも知れません。

スローライフ、イタリアの食文化に仕事という切り口で
関っていこうと思った時

実は、それは、華やかで楽しくのんびりしたイタリアの生活ではなく
とても真剣で、厳しい現場でもあるのです。

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Nerello Mascalese Prosecco Brut Rose

ピエモンテに帰る前に、滞在していたのは、北イタリア湖水地方。
ガルダ湖に囲まれた有名な温泉保養地シルミオーネ(Sirmione)でした。

sirmione 1





















sirmione 2



















街は、観光地特有の明るい華やかさでいっぱいでした。

中心地にある通りの左右には、レストラン、お店、ホテル
ショーケースには、色とりどりの山盛りになったジェラートが並び
ここを訪れる観光客に、より一層、愉しく幸せな時間を与えているのです。

私が、華やかなガルダ湖畔の街で食前酒に選んだのは
ロゼのスプマンテでした。

brut rose
Nerello Mascalese Prosecco Brut Rose
Spumante Igt
ブドウの品種:
シチリア、アグリジェント産の赤ブドウ
Nerello Mascareseと
トレヴィーゾ産の Prosecco

アルコール度数:11%
VALDO









ほんの少し前まで、早く部屋に戻って、PCを開き
メールをチェックして仕事を終え
22時前には、ゆっくり眠った方がいかなと思っていました。

このロゼワインを飲んでいたら、偶然、隣には
仕事を終えた滞在先のホテルのフロントのスタッフがいて
声をかけられました。

11月になったら、ホテルは、春まで閉鎖されるから
4ヶ月もの長いバカンスがあり
バカンスは、キューバでゆっくり過ごしたいということ。

アルバの白トリュフ祭りのこと。

”ラズベリーや洋ナシの香りがかすかにする
すっきりとした辛口のこのワインが
華やかな気持ちになれていい。”と言うと

”ホテルのフロントの横にあるBARで昨夜飲んでいた
地元の白ワインは、どうだった?”

そして次第にイタリア各地のワインの話になっていきました。

”ワインが入って、少し楽しくお話をしずぎたかな。”と笑うと

”こちらこそ、楽しい食前酒だったよ。
またいつか同じホテルに泊まりに戻っておいで。”

再び、私がこの地に滞在するかどうかはわかりません。

この時間、早く帰って仕事を終え眠るよりも
ここで初めて出会った人との楽しい会話は
とてもいい時間に違いないとロゼワインの
グラスの中のかすかな気泡を眺めていたのを
今でも思い出します。

初対面同士で、いろいろなおしゃべりをして
楽しいひと時の時間を過ごすことが出来ることを知ったのは
このイタリアで暮らしてからのことです。

時には、その人が話す内容の中に
人生の楽しさとその中にどこか悲しみが
見え隠れすることも多く
何ともいえない余韻を残していきます。

私は、すぐ近くにある滞在先のホテルに向かって歩きました。

sirmione 3


















とても足取りが軽く、この湖畔の街の中を風を切って歩いていた
その空気をはっきりと思い出すことが出来ます。

ふいに、今、自分が過ごしているこの瞬間の
イタリアでの時間がとても貴重に感じられた夜のことでした。

小さな通りに並ぶレストランは、シルミオーネの街で
楽しい夕食時間を過ごそうという観光客でいっぱいになっていきました。

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このロゼのワインは、食前酒としてだけでなく、生ハムやサラミの前菜は
もちろんのこと、そして湖の淡水魚をはじめ魚介類のお料理
鶏肉や仔牛を使ったお料理にも美味しいです。

ビエンナーレ会場Giardiniより

陽射しがとても暑く、コートを脱ぎ、手に持って歩いていました。
まるで、秋の陽射しというより、夏が近くなった頃のようでした。

ヴェネツィアのビエンナーレ会場Giardiniより
昔、住んでいたリド島を眺めていました。

giardini 1




















毎年、世界から来るヴェネツィア映画祭のスタッフが
借りていた部屋に住んでいたので

私が家の契約をしていたのは、映画祭が終わって数日たった秋の日から
翌年の夏のバカンスでリド島が賑わうまでの期間に限定されていました。

目の前の光景は、もうすぐ、夏が来て引越しをしようという頃に
街を歩いて眺めた景色と重なりました。

giardini 2



























すでに古く、壊れてしまったパソコンに入っていた数々の当時の
写真は、こんな景色ばかりだったような記憶があります。


細い路地とハトの多いこの湿気を帯びた空間から
新しく違う都市に移ることで、希望が多かった当時

リド島、そして好きだったサッカー観戦の帰りに歩いた
S.Elena、そしてこのGiardini付近の緑を眺め
急に名残惜しくなったことを思い出しました。

私の見たヴェネツィアは、決して古い石造りの
街並みだけではなかったのです。

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San Giorgio Maggiore

写真は、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ
(San Giorgio Maggiore)教会の鐘楼の上から
遠くが霞んで見えています。

サンジョルジョマッジョーレ教会の上から



















少しの間、ヴェネツィアに滞在しています。

これから、行ってきます。

La Biennale di Venezia
11 Mostra Internazionale di Architettura
2008年9月14日〜11月23日
Venezia Giardini-Arsenale
10:00-18:00

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別の仕事の合間に、ワインの仕事のため
ヴェローナ周辺にあるカンティーナの訪問のアポイントを
取りましたが、今回は、日程的に無理なので
ピエモンテに帰宅後に再びヴェネトに戻ることになります。

ワイナリーからの眺め。(短い更新です。)

先日、早い午後に仕事を終えた私は

ワインの産地まで行ってきました。
ピエモンテのワインの産地、ランゲ地区の写真です。

10月、ランゲのワイナリーで





















先日、訪れたワイナリー周辺には、多くの観光客の姿も見えました。
白トリュフの季節は、普段は、静かなアルバ周辺のアグリツーリズモも
この季節を楽しみにしていた人々でいっぱいとなります。

ピエモンテの秋。

そしてここ水田地帯では、まだまだ収穫も続き、

今日も、きっとこの町の青空の下で
ヴィクトリオやルイージ、グイード

そして女性のマリア、エリザベータまでも
トラックと同じ規模の大きなTrebbia(脱穀機)に
乗っていることでしょう。

今週末、ずっとこの大好きなピエモンテ州にいたいけれど
今から出発します。

町のみんなと楽しくバールで話していた夜の延長のように
朝6時を過ぎても、まだ外は、真っ暗です。

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これから1週間、時々、モバイルPCから更新を試みてみます。
まだ使いこなせていないので、少し心配です。

お米の収穫の合間に

明日の朝から1週間だけ出張です。

もう少しの時間、この町にいたいという気持ちで
仕事の準備の合間に、食前酒の頃、ロミーナのところに立ち寄ると

農作業の休み時間のひとときを過ごしている
友達に出会いました。
10月10日 1


























”あと10分くらいしたら、もう行くところだった。
ちょうど会えてよかったね。”


年金生活であっても、農業の人手がなく
いつも田園で働いている友達。

収穫が終わったら、その農場の経営者が
働いていたみんなに対して、お食事会を開くのが
慣わしだと教えてくれました。

10月10日 2
























嵐や夕立が多かった収穫前。

でも始まると、とても天候に恵まれて
収穫時期が遅くなったものの
予定より早く終わりそうだと言っていました。

空は、グレーの色合いを持っていました。
遠く、煙が立ち込めているのが見えました。
収穫後の野焼きです。

2008年10月10日の田園


















環境のため、今では、野焼きする人も少なくなり
禁じられているけれど、湿地帯にあるこの地域は
特別の許可があると聞きました。

暗くなってから車で帰宅すると
田園の赤い炎を見ることがあります。

********************************************

ルイージが田園に戻り、私は、店内にいる
ロミーナの近くに行きました。

お店の中に、かわいいぬいぐるみがあり
触れてみたら、突然、クリスマスソングが流れました。

”まだ早いね。”と私は、笑いながら
もう次の季節が楽しみになっていました。

10月10日 早いクリスマス

























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夜中にパ二ッシャを作りながら。

写真は、晴れた午後、ビエッラのオローパで。
以前の記事でポレンタ祭りが開催されたビエッラ地区から丘に上がったところです。

10???Υ?????





















薄暗くなった19時半、すでに町の人々は、夕食の時間になり
誰もいない広場に車を停めて、歩き出すと

楽しそうな声が聞こえて
サルシッチャ(豚肉の腸詰ソーセージ。この地方では、よく使います。)を
煮込んだ柔らかく、温かいスープの香りが漂ってきました。

”ああ・・・きっとパニッシャ(ノヴァーラ風リゾット)かな。”

2年間前の寒い夜、ノヴァーラ風リゾットとこの地域の紹介のイタリアの旅行番組の
ロケが行われた日のことを想い出していました。


確か、その時の帰り道の車内の温度計は、2度でした。


そんな秋の終わりに、番組で紹介されたリゾットをみんなで食べている時に
その番組で主役であった80代の女性が

”ところで、パ二ッシャには、どんな野菜を入れるのが正式なの。
私が正しいわけでないと思うけれど・・・。”

”セロリやチコリが入るな・・・”
”うちでは、入れないよ。”とまったくみんなで一致した意見がないことを知りました。


決して洗練されたものでも、確かな本場のレシピがあるわけでもありません。
この地方で生まれ育った人たちの中でも、どれが本物なのかわからないのですから。


その時、私は、トリノのオリンピック期間中に立ち寄った
トリノのワインレストランのリゾットを思い出していました。

美味しかったその一品は、ノヴァーラ風リゾットとメニューに書かれていて
とても洗練されていて今まで地元のノヴァーラで決して食べたことがない味でした。

ヴェルチェッリ県に多くの親戚が住むヴィクトリオ、ジェン二の家では
ラードとサルシッチャ(豚肉の腸詰めソーセージ)、白インゲン豆
ハウスワインのバルベーラの赤ワインを使い
濃厚な味のパニッサ(ヴェルチェッリ県ではこう呼びます。)
カルナローリ米だけでなく、バルド米も使うことがあります。

そしてノエミちゃんのおばあちゃんが教えてくれたパニッシャは、
まるでミネストローネスープを作るかのように
キャベツ、セロリ、ポロネギなど何種類もの野菜を煮込み

風味にラードは使ってもサルシッチャ(豚肉の腸詰めソーセージ)を使わず
白インゲン豆、ゲンメ地方の樽熟成をしていない安価でハウスワインに使うような
スパンナ(ネッビオーロ)の赤ワインとカルナローリ米だけで作ります。

私が思うには、この地方の郷土料理、蛙のリゾットやフライなど
やはり貧しい時代に、手に入る食材で栄養となり、美味しく調理しようと
農家の人たちが思ったのがこの一品なので

一流レストラン、そして人気のワインバーで出す少しお洒落な
ノヴァーラ風リゾットは、同じ名前を持ちながら
まったく別の文化を持っているように思うのです。


思い立って、野菜を3時間以上煮込み、パニッシャのスープを今、作っていますが
そんな不経済なお料理では、決してなく

昔、暖炉の横に朝から土鍋を置いて、長時間、ゆっくりと野菜スープを作っていたと聞きました。

いつも、少し長く起きている秋の夜、そして週末で翌日に仕事がない夜に
”そうだ。パ二ッシャのスープを作ろう。”と思うのです。

翌日、午前4時に起きるのに、今、リゾットのスープをくつくつと煮ながら
その合間のブログの更新です。

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冷蔵庫の中にまだお野菜がたくさん残ってしまっています。
手帳を見て、急に今週末から、約1週間、仕事で不在になることに気付きました。

しかも、まだ夫は、トスカーナで仕事をしていてピエモンテのこの家に
帰ってくるのは、まだまだ先です。
友達のロミーナもルイージも
 ”それなら、毎日、ミネストローネにすればいいよ。”
土曜日の出発日の朝まで、毎日、ずっとパ二ッシャと野菜スープが続きます。

昨夜、野菜スープを大鍋に作って見知らぬ旅人に
マルペンサ空港や、見知らぬどこかのイタリアの駅で
次々と配っている夢を見ました。

夢の中では・・・あまりにも好評で
明け方4時に目覚めてからしばらく余韻にひたっていました。(笑)

秋のピエモンテ、水田地帯のある1日。

いつもより早く帰宅した金曜日に散策した町の風景です。

夕方になり、仕事から帰った若いお父さんが子供と自転車に乗り
田園地帯を散策しているのが見えます。

2008年10月3日 1





















時計を見ると18時半でした。

ちょうど明るい夕方の青空から
次第に夕暮れの景色に変わっていく時間帯です。

今日は、秋のピエモンテの水田地帯の写真ばかりの更新です。

*******************************************

私は、車がやっと一台通過できるような道を歩いていました。
左右は、黄金色になった田園地帯が広がっています。

前方から、籾殻のついたお米を積んだトラックと大きな脱穀機が
小さな道に入って来るのが見えたので

私は、小さな車道から用水路のある草むらに移動しました。

2008年10月3日 2




















周囲は、田園と農場だけで大きな建物がないために
5km離れた隣の町の教会もはっきり見ることができます。

2km先から白い車がこちらに向かってくるのが見えてきました。
それが次第に近づいてくると、小さなトラックであることに気付き

私は、再び、草むらの方に入り、トラックが通過するのを
待つことにしました。

ライトが点滅し、スピードを緩めて前からくるトラックに
乗っていたのは、友達のヴィクトリオでした。

”もう帰るところなの。今日は、早くに終わったのね。”と言うと

”お昼と夕食を兼ねた食事のために戻るところだ。
今日は、収穫にいい天候だから、まだまだ続けるよ。”

収穫の合間のヴィクトリオ



















次第に夕暮れの景色に変わっていきました。

収穫が終わったばかりの水田には
それまで隠れていた餌が見つかるのでしょう。
アイローネ(Airone:サギ)が飛び交います。

稲刈り後のAirone



















まだ収穫の終わっていない水田とモンテローザ。
いつのまにか、雪の部分が多く見えるようになってきました。

右にある町のプロフィールの写真と同じです。
2008年10月3日 夕暮れのモンテローザ





















***************************************
帰りにロミーナに会おうとバールに立ち寄ると

”おお・・・来たね。ずっと見なかったから
きっとまた日本に帰っているんだなと思っていたよ。
ところで、赤、白どちらにする。これと同じワインでもいいか?”
マクシミリアーノ














友達が飲んでいたワインと同じのにしてみると
それは、ノヴァーラ地方の赤ワイン。Bonarda(ボナルダ)でした。

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ピエモンテは、白トリュフの季節。

10月に入り、ピエモンテ州、アルバでは
白トリュフ祭りの季節になりました。

帰宅後、作る時間があまりないので簡単で
でも、とても美味しく食べたいと思い、

市販の白トリュフのクリームを使ったソースで合えたパスタ
(アニョロッティ:Agnolotti ひき肉、チーズの入った
ピエモンテのラビオリ)のお料理と
ズッキ二、ナスを薄く切って焼いただけの野菜グリルにしました。

白トリュフクリームのパスタ














輝いたルビー色を持つモダンな味わいのバローロで。

今夜のワイン

BAROLO
Rosso DOCG
2004
ブドウの品種:Nebbiolo 100%
アルコール度数:14%
Prunotto







今夜は、ピエモンテ州ノヴァーラ地方でなく
ワインの産地、美食のランゲ地区のお料理です。

でも窓の外は、ピエモンテの水田地帯が広がっています。

20時を過ぎると、キッチンの窓の外で
”ゴォー”という低く響く音が鳴り響き、
目の前の大通りを2,3台の大きな脱穀機が通り過ぎていきました。

トラックと同じくらいの高さと大きさを持ちます。
日本の農業用トラクターと大きさがかなり違うのは

この時期、1人で50ヘクタール弱を収穫しなければならないからです。
アールという単位で何人もが丁寧に仕事をする日本の農家と違い
とにかく、その広大な量を天候を見ながら、約1ヶ月でこなします。

そのトラクターに書かれているメーカーは、すべて日本製でした。

**********************************************


そして、ドイツ、ミュンヘンでは、ビールの収穫祭オクトバーフェストの時期で
人々は、1リットルの大ジョッキでビールを飲んでいることでしょう。

私は、昨日、ドイツ風ビアレストランで500mlのジョッキで
小麦麦芽を使ったバイツェンビールを飲んだばかりです。

隣の村は、バス旅行の遠足でオクトバーフェストのミュンヘンに行っています。

私の町の遠足は、母子施設の子供たちを対象にした
ロンバルディア州のガルダランドがありますが
(ガルダ湖畔にある、小さなディズニーランドのようなもの)

いつも同じピエモンテ州内の移動です。

ビエッラ、オローパの巡礼ツアー後は
10月末にトリノで開催される食の祭典サローネ・デル・グスト
(Salone del Gusto)に行くツアーが待っています。

スローフード協会とピエモンテ州政府が関係しているイベントです。
私は、ピエモンテ州ノヴァーラ支部のスローフード会員になりました。

それは、昨年、町にある画廊の特別展でお手伝いをしていた時のこと。

同じ場所で、食の祭典での世界の農家の人々を撮影した
スローフード協会主催の写真展が開催されていて
そのカメラマンと知り合ったのがきっかけでした。

そんなことを書いていたら、急にいろいろと思い出しました。

また自宅から数十メートルも離れていない画廊で
次々と町の人とすれ違い、”チャオ”と声をかけながら
小さな町の大通りを行ったり来たりして、忙しく仕事がしてみたい。

”お店の中から、RIEが黒いスーツを着て何度も通ったのを
ずっと見ていたわ。”

友達のロミーナがそう言ったのを聞いてとても幸せに感じていました。

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明日もまた、それぞれが仕事が終わった夜に
美味しいワインをみんなと飲むことができることを楽しみにして。

ほんの20分弱の帰宅前のひとときで、決して何時間もの時間ではないですが
みんな、それぞれにとって、その時間が欠かせない日課のようになっています。

収穫時期のあるひととき。

帰宅時間の町の景色。

帰宅する頃
















先週、トスカーナとヴェネトに行っていた関係で
いつもは、ランチの時間に帰宅をしていたのが

真っ暗な朝に出発、辺りが暗くなって、すれ違う車の
ライトがとても眩しく感じる時刻に帰宅します。
19時半を過ぎると、町は、暗くなり始めていました。

10月になったので、右にある町のプロフィールの写真を
新しくしたいところですが

収穫の始まった農場を明るい時間帯に見ることが出来ないでいます。

朝の出発する時間には、ライトをつけたトラクター(trebbia:脱穀機)の
まっすぐに伸びた一筋の光を田園で見かけます。


帰りに近所のバールに立ち寄ると
”もう夕食は、終わったの。食後のグラッパでいいかしら。”

この町の人々は、夕食の時間が早いので、すでに食後酒の時間です。

”今、帰ってきたところだもの。しかもまだ家にも入っていない。
お昼も食べていないの。野菜ジュースのプチランチだけ。”

その時、携帯電話が鳴りました。


”チャオ。RIE、今、どこにいるんだ。
夕食がまだ終わってなかったら、仲間たちとワインと美味しい食事でもしよう。

だけど、まだまだ農場だ。夕食は、21時を過ぎるけれど
それでもよかったら、仕事後の食事をみんなで楽しもうでないか。”

寒い霧深い農閑期には、いつも21時には、とっくに就寝しているヴィクトリオです。

21時過ぎの夕食までは、まだ時間がある。

疲れていた私は、冷たいピエモンテのエルバルーチェのワインを一杯飲みました。


収穫の仕事後、みんなで夕食を楽しむヴィクトリオ。

仕事後のヴィクトリオ
















私が帰国途中に立ち寄ったフランクフルトで過ごした時の写真を見てから
私の周囲ではドイツ風ビアレストランで過ごすことが多くなりました。

ビアレストラン 1ビアレストラン 2

















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今日は、あまりにも眠く、ついさっきまでは
帰宅後、そのまま倒れるようにそのまま眠るであろうと思っていたのに

町の人々に出会うと、眠るのが急に惜しくなり

おそらく、きっと今日も、深夜まで自分の大切な時間を
過ごすことであろうと感じていました。


ビアレストランで”お昼は、何を食べたの。”と聞いたら

”朝、仕事の合間にカフェラッテを飲んだ時が7時半。
それから何も食べてないよ。”

”僕は、朝、昨夜の残りのパニッシャ(ノヴァーラ風リゾット)を食べたよ。”

”え・・・朝から、リゾット?”

”美味しいから毎日、3食でもいいね。”

そんな話題をしながら、みんなで楽しく短い夜が過ぎていきました。

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決して、華やかな生活ではないけれど

毎日、夕食前に出会う人々との何気ない時間は
とても幸せに感じられ

家族と同じくらい、時には、それらを超えた存在にもなり

イタリアでいう"amici(アミーチ:友達)”の意味が単なる
”友人、友達”とは、まったく違ったものであることを感じていました。

懐かしいわと言いながら、ドイツビールを飲んでいると

どうしてイタリアに来たのか、そして今までどんな国に
仕事で行ったことがあるのかという話題になっていきました。

いつも、異文化で、違う言語の空気の中で過ごすことが好きなこと。
今は、いつもイタリアで少し退屈かなと思ってしまっていること

ある国では、アジア人であることで、少し差別をされてしまったこと
ある時期、下からの視線で世の中をみるしかなくなった感覚に陥ったこと

でも、そのおかげで、人種や日本の看板に期待することも
頼ることなく1人の地球に住む人間として勝負できるように
考えることができるようになり、頑張れたこと

今、この町のみんなと楽しい時間を築いて、それを維持するためにも
頑張って働いていこうと思っていることなどを話しました。


ジェン二とヴィクトリオが目頭を押さえ少し泣いていたようでした。

”でも、何があっても、大丈夫。
世界中にワインがあって、イタリアワインほど美味しくない地域のでも
きっと”この土地のこの品種のワインは、珍しいから”と
目を輝かせているだろう。なんといっても、RIEには、ワインがあるから。”

”そうだね。私には、何があってもワインがあるものね。”


食後のグラッパを飲んでいる頃
すでに22時を過ぎ
真っ暗な外は、ぼんやりと白く霞んでいました。


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