北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

August 2010

お祭り会場のキッチンより 2

お祭りの夕食で準備した前菜
006


450皿のパニッシャ作りで使われたのは
この町のカルナローリ米 40kg
ノヴァーラ地方のサラミ2種類 
salame della duja
fidighin(レバーのサラミ)
*いずれの呼び方もノヴァーラの方言。
を40本ずつ、合計80本。

モンフェラートの協同組合から購入した赤ワインバルべーラ 8リットル
インゲン豆の一種(fagioli borlotti)15kg 
ラード
オリーブオイル、塩

昨夜からたっぷりのお水に浸したインゲン豆。
準備1


010

玉ねぎ、ニンジン、セロリを細かく切ってオリーブオイルでいためて
たっぷりのお水でブイヨンスープを作ります。
煮立ってきたら、インゲン豆を入れてじっくり煮込みます。
ブロード

今回は、午後2時半から最初強火でしたが、弱火で
パニッシャの仕上げのお米を入れる時間 夜21時まで煮ていました。

*以前のブログでも書いたことがありますが、昔の映画『苦いコメ』のエキストラにも
モンディーネ(水田で働く女性)として出演していた女性によると
昔は、暖炉の隅で専用のお鍋でこのスープを朝からことことと煮ていたそうです。
時代が変わり、ほとんどの女性が日中、外で働きに行くようになり
暖炉でなく、ガスで煮ることで光熱費がかかることもあり
固形ブイヨンを利用して簡単に短時間で美味しいスープを作るようになったと語ってくれました。

別の大きなお鍋に玉ねぎとラード、オリーブオイルを入れて良く炒めて
サラミ2種類を細かく潰してブイヨンスープを入れてさらに炒めます。
大きなお鍋は全部で8つ用意されていました。このお鍋は60皿分です。
玉ねぎとラード


赤ワイン、トマトソースが入り、スープを加えながら更に炒めていきます。
赤ワインを入れる

お祭りの準備 大鍋

17時になり、ここで下ごしらえが終わりました。

夕食時間になり、前菜が配られた20時半過ぎにお米に少しずつスープを入れて
20分ゆっくりとかき混ぜながら、仕上げます。
出来あがり

次々に出来あがったリゾットのお鍋をキッチンに運ぶ。
運ぶ

客席へ

この時点で、かなり時間が遅れていたので、心配になったヴィクトリオから
会場の様子を見てきて欲しいと言われてキッチンのカーテンを開けて会場に向かおうとすると

ひとりが私に気が付くと、お料理を運ぶための高校生が中心となった若いボランティアのスタッフが
一斉に声をあげてこちらを見るので、写真に撮りました。
何だかとても嬉しくこの日のことは忘れない。
夏祭り

会場では、パニッシャを待つ人々。
このグループの方は、ロンバルディア州のお米の産地パヴィアからで
この偶然の出会いで、パヴィアのお祭りでのお米料理を見に行く約束をしました。
パニッシャを待つ人々

そしてキッチンに戻ると
一息つく。


チーズの盛り合わせ 1


boys


マルコ



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この日の主役です。美味しいリゾットを近くで教えてくれてありがとう。
大成功!

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まだまだお祭りです。毎晩夜中の1時過ぎまで。
9月3日まで続きます。

ノヴァーラ風リゾットのパニッシャについて

今日2度目の更新です。3度出来たら記録です。。。(笑)
今も家の中は、外のお祭り会場の音楽が響いています。

お祭り会場の外に広がる田園地帯。
町の田園風景
 

町の愉快な仲間たちとの様子を更新する前にパニッシャについて。

ノヴァーラ風リゾット パニッシャ(paniscia)に対して
ヴェルチェッリ風は、パ二ッサ(panissa)と呼びます。

ノヴァーラ県にいながら、ヴェルチェッリ県で農業を学んだヴィクトリオは
野菜が入らず、サラミとお豆とラードとたっぷりの赤ワインの入ったパ二ッサ派であったり、

6月に高校を卒業したばかりのイタリア人の友人、ノエミちゃんの家では
まったくサラミの入らない野菜だけで作るパニッシャであったり
様々な家庭の味のある郷土料理。

リゾットのスープにキャベツが入る、入らない、ニンジンが入る、入らない・・・と
各家庭で様々であり、本のレシピは、絶対的なものでないこの郷土料理。

正直なことを言うと、ローマからこの地方に引越すことになった時
ピエモンテのガイドブックを買って、その本にあった
ノヴァーラ風リゾットの写真は、茶色であまり美味しそうに見えなかったので
ローマと違ってこういうお料理しかないのかとがっかりしたものでした。

それが、今では、もっとも好きなメニューです。
レストランでこの名前を見れば、必ず注文するようになりました。

作る人によって違うからこそ、ここのパニッシャは、どうかなと楽しみに待っている私がいます。
お祭り会場の人々も、きっとそうだったことでしょう。

貧しい時代でも、この農村で身近な材料で栄養があって、一番美味しいと人々が感じたもの
それが郷土料理となっています。

水田、そしてそこに生息する蛙で、大切なタンパク源にもなった蛙のリゾット。
今では、高級な郷土料理レストランで見かけるこのメニューは、
農民の大切なお料理であったように

パニッシャも畑の野菜、そして家畜としてこの地方では、各家庭に1頭はいて
大切にされてきたという豚でサラミ、
そしてサラミの保存のために使われていたラード、地元の赤ワインが入った郷土料理です。

高級レストランでは、洗練されたものに変化することもあるこのリゾット。
レストランは、レストランの味として受け入れるのですが、地元のお祭りとなるとまた別です。

お祭りの場で地元の人が楽しみにしているリゾットを作ることは
想像以上に緊張することでしょう。

400皿以上を作るから、その不安もあるなかで、
レストランで働いているわけでもなく、自宅と違って
8つの大鍋で作ったこの女性の緊張と終わった時の喜びを近くで感じた私がいました。

このお祭りでの新たな出会いもたくさんありました。
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お祭りでは、前菜 サラミの盛り合わせとフリッタ―タ(frittata:卵とお野菜のオムレツのようなもの)
パニッシャ、そしてこの地方のチーズ2種類(ゴルゴンゾーラとトーマ)でした。

その様子が少しでも伝わりますように。

次は、さっそくこの町のある女性の作り方とそれを支えた町の愉快な仲間たちの写真です。

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私は、特に霧で覆われ寒い冬の夜に、このメニューを作るたびに
昔、この地方で暮らしていた人々のことが浮かんでくるのです。

お祭り会場のキッチンより

お祭りの夕食のパニッシャ(ノヴァーラ風リゾット)作りの準備は午後2時から始まりました。

パニッシャが出来上がって、みんなに配られたのが前菜が終わってからの21時過ぎで

それまでキッチンのテントの中では、楽しんで半分遊んでいたり
段取りで議論しながら、時には怒号が飛び交って誰もが真剣になって作業したり

夜からは、高校生たちの若いお手伝いグループが集まってきました。

出来あがったリゾットは、450皿でした。
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午後2時過ぎに、農耕用のトラクターで教会からキッチンに
次々に運ばれるミネラルウォータ―のボトル。

運転しているのは、稲作農家と兼業で様々な仕事をしているヴィクトリオ。
お祭りの準備 1

この日の気温は、31度。キッチンのテントから見えた青空。
016

手を洗ってパニッシャ作りの準備が始まります。ヴィクトリオ。
021

リゾットのスープになる大量のお野菜を切って、ノヴァーラのサラミ2種類を調理用に準備していきます。
テントの中のキッチンの様子です。
027


025

今年は、レストランのシェフでなく、総監督は、この町のマダムで助手は娘さん。
お母さんは、午後2時から22時過ぎまで長時間の重労働でした。
024

この町のお祭りの実行委員の責任者は、このクラウディオとヴィクトリオ。
携帯電話が連絡先になっているために、次々に問い合わせがあるんだと
言いながら、もう10分以上も話しています。準備を急がないと。
052


お祭りの準備 サラミ


パニッシャ作りは、各家庭で違い、1年で一番のこのお祭りのリゾットは、
誰もが期待しているので、そんな地元の人たちに満足してもらうのはあまりにも難しく
過去に隣村のレストランのシェフにもできなかったことでした。
みなそれぞれが慣れ親しんでいる家庭の味と違うけれどその中で
今回の地元のお母さんの家の味は、好評でした。

テントの外でお鍋の前にいると、人々は”パニッシャが美味しかった。”という言い方でなく
”あなたたちの家庭のパニッシャは、とても美味しかったわよ。
ブロードになる野菜は、一体何を入れていたの。"

次にそのリゾット作りの様子を更新します。

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雨のSESTRI LEVANTE

トリノからバローロに向かう車内で、運転手のウンベルトが

"相変わらず、いつも走り回っているのが想像つくけれど、夏は、どこかに行ったかい。"

ウンベルトとは、トリノでオリンピックが始まる1年前の
2005年から2006年の2月まで取材の時にいつも運転を頼んでいて

最近になって再び、連絡を取るようになり
ワインを飲む私のために運転をしてもらっているのです。

"僕は、リグーリアにある小さな街の海に行ったよ。泊まらないで
日帰りだったから、ワインが楽しめなかったよ。"

"リグーリアか・・・。そういえば、仕事だったのだけれど、私もつい最近行ってきたわ。"

2枚だけ その時の写真がありました。
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あの日は、強く冷たい雨が降り続いていました。

古城の窓から。
雨のSESTRI LEVANTE
古城の窓から1


早く雨が止んでくれればと願いながら、窓の景色を眺めていました。

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古城ホテルのレストランで魚介類のお料理と一緒に飲んだ白ワインは
リグーリアの品種 PIGATO 100%

窓の外は、雨が降り続いていたけれど、
光に翳すとほんのりと金色に反射するくっきりとした麦藁色の輝くグラスの中の
ワインがどこか華やかに感じられ

私は、ワインを一口飲んで、魚介類の盛り合わせのサラダを楽しみに待っていました。

熟れたアプリコット、アカシアの花。シトロン。その奥にユーカリの樹、火打ち石の香り。

口の中で広がる余韻が長く、心地よい塩分とミネラルが
時折、海風を受けていたブドウ畑が目の前に広がるように感じられました。

古城の窓から2


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"ウンベルトは、リグーリアに休暇で行ったのに、
運転して帰る関係で、やっぱりワインが飲めなかったのね。"と笑うと

"なんでいつも犠牲(sacrificio)ばかりなんだ・・・。今日もそうだな。"

次第にトリノから遠ざかり、田園地帯が続く田舎道を走りロエロ地方にある小さな街を通過すると

"この街にあるお墓に父と母が眠っている。"と懐かしそうに語りはじめました。

"ここでよく遊んだものだよ。"
"ここは、美味しいレストランだった。きっと今でもそうだろう。"

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稲作農家の人々

エリザベータの友人、お米の品種改良に情熱を持つダニエーレの水田に
稲作農家を視察する日本の方をご案内。

ここからアメリカ、ヨーロッパへと輸出されていく何十種類もの
種まき用のお米の品種の実験を田んぼの一角で繰り返し
冬には、中国まで行き、中国人の研究家のところを訪問する計画があるという
ダニエーレは、目を輝かせながらお米のことを語る。
素晴らしいアジアの研究家で、将来、一緒に新しい品種について
携わっていけたらと思っているんだよ。

"バカンスとしての旅行は、今までにないよ。
すべてお米のための研究だから。南米もアメリカもロシアもアジアも
ヨーロッパも東欧も、お米の視察で旅行している。
それで十分だよ。そう思わないか。”

002


001


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ローマからこの町に来て、何度かの夏が過ぎていこうとしています。

この町の人々と多く知り合うきっかけとなったそんな夏祭りが
もうすぐやってきます。

ちょうどブログを書き始めた時期もその頃でした。

今年は、忙しくしていて、気がつかないうちに
町の大通りに電飾が輝き
再び、夏祭りの時期が来たことを知りました。

大きなお鍋でのパニッシャ。
町の救急隊リーダー、アンジェロのコンサート。
お祭り期間は、真夜中まで開いている静かな教会の中の黒いマリア様。

いろいろな想い出がありました。

お祭りのキッチンで調理の準備をする予定の友達ヴィクトリオが

"RIE。目の前に住んでいることだし、お祭りは、夜中まで。
仕事が終わったら、少しでいいから手伝って欲しいんだよ。
キッチンで簡単な調理や注文を聞いて、テーブルに運んでくれる方でもいいし
今年のパニッシャ作り担当者の助手でもいい。
大きなお鍋だから人手があったほうがいい。

おお、そうだ。今年は、モンフェラートにあるワインの協同組合から
ワインを購入するから、そっちを手伝ってくれてもいい。"

いつも楽しく見ていた夏祭り。今の私には、時間は、ないけれど

プラスチックのコップにバルベーラのワインを注いだり、ポテトフライや
お魚のフライ、パニーノを作ったり、そして大鍋に
たくさん作られたパニッシャをみんなに運んだり

ワイナリーから帰宅するといつも20時過ぎになってしまうけれど

ほんの少しの時間でも町のお祭りの裏方ができれば
またひとつこの町のお祭りの想い出ができる。

特別祭にあたる今年は、お祭りが約10日間も続きます。

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モンフェラートのアグリツーリズモで過ごす。

アルバ方面に向かう車の中から更新。
モンフェラートの丘が近づいてきました。
フロントガラスは、雨の雫。

グレーの空の中、ひまわり畑の黄色がとても鮮やかに引き立っています。
次第に強く降る雨。今日は、少しでも晴れるといい。

車は、ちょうど、昨日、お料理を教えてもらった
モンフェラートのアグリツーリズモの横を通過しました。
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モンフェラートの丘にあるアグリツーリズモで。

モンフェラート


へーゼルナッツ畑が続き、その下には、ブドウ畑、桃、プラム、野菜畑と
農園の一部の丘を歩く。家族で経営しているアグリツーリズモの農園は、
7ヘクタール。

”どうする。ブドウ畑も行ってみるかい。”

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農園のへーゼルナッツをたっぷり使ったピエモンテのデザート
Bunet (Bonet) (ブネ)

dolce



砂糖、卵、アマレット(アーモンドのマカロンのクッキー)
牛乳、カカオ、ラム酒など(ここのアグリツーリズモのお母さんの味は、
マルサラ酒で。)

”美味しかった?そう。よかったわ。昨夜は、ずっと段取りを考えていて
眠れなったのだもの。そのかいがあったわ。”と

お料理を教えてもらうことをお願いしたアグリツーリズモのお母さん。
本当にどうもありがとう。


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家に帰るまで。

昨夜、ブログを更新したばかりですが、ミラノからの帰りのバスの中で短い更新です。
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19時を過ぎて、ブドウ畑が光と影で綺麗なコントラストを作ると

左右にブドウ畑とへーゼルナッツの畑が広がるカーブの続く道に
車を停車するスペースを見つけてもらい、私は、荷物室からカメラを取り出し外に出ました。

seno d'elvio 2


車から降りると、人の気配で慌てたように野生のキジ、そしてカササギが
へーゼルナッツの林に逃げ込み、そして目の前には、
ブドウ畑の綺麗なラインが広がっていました。

Treiso,Neive,Barbarescoと同じくバルバレスコの生産地でもある
アルバ近郊のSan Rocco Seno d'Elvio

これは、ネッビオーロでなく、葉の形からブドウの品種は、バルベーラです。

seno d'elvio 1


へーゼルナッツの実
Nocciola
へーゼルナッツ



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これからしばらく朝からピエモンテのワイン産地と
夜、ノヴァーラ県の家に往復する毎日が続きます。

たくさんは、書く余裕がないですが、少しずつ写真だけでも
時間のある時に更新していきます。

そしてノヴァーラまで。(写真だけの短い更新です。)

その後、アオスタからピエモンテ州に入り、Caremaを通過後
トリノ県の北に広がるカナヴェーゼ地区に入っていきました。

1

トリノの北50km。セッティモ・ヴィットーネ(Settimo Vittone)付近。

2


ここから、東に向かいビエッラ(Biella)の山道を上っていきました。
毎年、9月の初めに町の友人たちと

ポレンタ(トウモロコシの粉をお湯で練ったもの)の収穫祭に行くのは、いつもこの地域です。
収穫祭では、トーマを中心とした4種類のビエッラのチーズがたっぷりと入っています。
(polenta concia)

3

ビエッラ県からワインの産地 ヴェルチェッリ県ガッティナーラ(Gattinara)を通過すると、ノヴァーラ県に。

目の前にいつもの果てしなく続く田園の景色が広がってきました。
モンテビアンコ(モンブラン)のふもとにあるリゾート地クールマイユール(Courmayeur)から
ノヴァーラ県までの道のり。

いつも高速バスでミラノまで一緒に通勤する友達シモーナの住んでいる街を通過し、
自宅まで、もうすぐです。
(9月が出産予定のシモーナとは、7月まで一緒でした。
8月に入り、バカンス休暇からそのまま産休に入るので、来年の9月から
また一緒に通勤ですが毎朝、ひとりになってしまった今は、少し淋しいです。)

モンテローザと水田。

4



5


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24時を過ぎて、ブログを書いている今、外の田園からは
蛙の鳴き声が途切れることない静かなメロディのように続いています。

ニュースでも聞こうと携帯電話のイヤホンをつけてラジオに合わせると
深夜のラジオから懐かしいスタンダート・ナンバーが流れてきました。

Autumn in New York / ニューヨークの秋

カナダ トロントに住んでいた頃にいつも通っていた金融街、ダウンタウン
クイーンズパーク、ヨークヴィル(Yorkville)そしてトロント国際空港。
いつも空には、飛行機雲があったことを想い出すのです。

その後、長い年月が過ぎていきました。
あの頃の私は、英語の授業が終わるとコーヒーをストリートカーに持ち込み、
フライトアテンダント養成の研修に向かったものでした。その後、夜間の学校に通っていたりと
どこか時間に追われて進んでいくことは当時とは、何も変わっていないのだけれど。

あの頃の私は、その後、北イタリア ピエモンテの田園の上に広がる
無数の飛行機雲を見るようになるとは、想像もしていなかったことです。
どこか懐かしい風景が目の前に広がって感じられる今
何百年も前からきっと何かつながっていたのかもしれません。

アオスタ、そしてノヴァーラまで。

アオスタからノヴァーラ県まで。

029


クールマイユール、モルジェ(Morgeaux)、アオスタ、カレーマ、
ビエッラ、ガッティナーラ、そしてノヴァーラ県まで

一般道で途中、車から降りて写真を撮りながら帰っていきました。

写真ばかりの更新になっていますが、是非、一般にはあまり知られていない
アオスタからノヴァーラまでの一般道の景色をお楽しみ下さい。

(写真が多いので、写真は、アオスタからピエモンテ州北部のカレーマ付近まで。
ビエッラ、ノヴァーラ県は、次回。)

この季節は、青空に夏の雲が浮かぶことがあれば、
空一面に秋の雲が広がることもあります。

017



アオスタを出発



車窓からは、山の上の要塞、古城、そして切り立った山の斜面のブドウ畑が現れ
そのうちにカウベルの音が聞こえてきました。

037



061


州の境


アオスタを出発2


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Pont St. Martin (Valle d'Aosta)付近。
切り立った山と岩にあるブドウ畑。

067



ここから州を越えてピエモンテ州に入るとすぐにトリノ県にあるCarema。

068


ここから南に行くとピエモンテ州トリノ県イヴレア(Ivrea)があり
有名なオリベッティ(Olivetti)社があります。

タイプライターの会社として誕生し、時代が変わり、
現在はテレコム・イタリアグループに入り、
ソリューションを提供しているイタリアの歴史的な企業。
 
そこで、昔、イタリア国内、海外からの顧客に配っていたのが、
この地方にあるワイン カレーマでその名前が知られていくようになります。

カレーマ(Carema)は、品種Nebbiolo(Spanna)85%以上で造られるワイン。

アオスタからピエモンテ北部に広がる厳しい条件にある
ブドウ畑の景色は、見る者にとっては、とても魅力的な景色であり
しかし、そこで働く人たちの厳しい環境を考えていました。

ふいに冬の寒い中、剪定作業をするバローロ村のシルヴィアの家族
バルバレスコ村のテッツィアーナの家族を想い出していました。

いつか会社のワインのページにサイトに掲載しようとしていて
ずっとパソコンのデスクトップに保存してある
テッツィアーナのお父さん ジュゼッぺさんの冬の寒い日の剪定作業の写真。

いつも、"きっとRIEのいる北の地域の農業の方が大変だと思う。"という
ティッツィアーナの言葉が聞こえてくるような気がしました。

急な斜面に広がる石と石灰からなる柱に支えられた壁とブドウ畑。
いつの日か、アオスタとピエモンテの境にある無名で小さな農家で
いろいろな話が聞けたらと

そんな思いでいっぱいになりながら、
車は、ビエッラの急な山道を上っていきました。

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8月のブドウ畑から(写真だけの短い更新です。)

ラ・モッラからシルヴィアのワイナリーに向かう。

ブドウ畑から


8月のネッビオーロ。

8月


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バローロ、バルバレスコからアルバ、ロエロ地方の小さな街を
通過して、アスティ県へ、その後、モンフェラート地方を過ぎて
ヴェルチェッリ県に入った頃は、20時になろうとしていました。

まだ日が高く明るい時間です。

突然、空が夜のように暗くなり稲妻が空一面に現われ
道路上には、強い風で折れてしまった木の枝が舞い

対向車がライトを点滅して、何かを知らせようとしていました。

しばらくすると道が大きな木の枝で覆われてしまっていたのです。

嵐


しばらく、安全なところで待ち、雨が弱まって、再び家に向けて出発。
ヴェルチェッリ県からノヴァーラ県に入った頃。

嵐のあと




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RIE OKUYAMA、Wine・Art Co.ltdにあります。
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RIE OKUYAMA All rights reserved.


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