北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

January 2014

ミラノでランチ。

冷たい雨。1℃。フロントガラスの水分を多く含んだ雪を払って出発。

昨日の帰りは、夕方遅くになり、みぞれだったミラノ、雨のノヴァーラを通過し
バスが次第にわたしの降りる高速出口に近づくと、突然に白い田園風景に変わりました。

どこが、その境界だったのか、それは、まるで冬の一時帰国時に訪問した新潟で
上越新幹線で高崎を通過後、電波も届かない長いトンネルを抜けて、
すぐに現れた雪景色の越後湯沢駅のようでした。

今朝の通勤時に、どの地域から雪が消えたのか見てみようと思っても、
今の時間は、光も通さないような真っ暗な夜明け前の車窓が続いています。
次は、ノヴァーラ西高速出口、ここでは、きっともう雪はあとかけらもなく消えているのでしょう。

今日も雨の1日になりそうです。
通勤中の短い更新です。
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昨日は、ミラノで友人ジュゼッペが働くギャラリーに併設されたカフェでランチタイム。
カフェでのランチは、コースでなく、一皿とミネラルウォーターとパン。

ジュゼッペはサラダ。

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私は、チキンとズッキーニのグリル。

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ジュゼッペが試飲にと、南イタリア シチリアの赤ワイン(品種Aglianico:アリア二コ)を
カウンターから持ってきました。

隣にあるオリーブオイルは、ボトルの形状が違いますが、私が輸入しているプーリアの
有機オリーブオイルと同じです。

実は、ミラノのギャラリーで働く友人ジュゼッペの家族のオリーブ農家であり、
ピエモンテのワイン、オリーブオイル、そしてピエモンテ南部から近いリグーリア州のオリーブ農家の他
遠く離れたプーリア農家、アグリツーリズモのオリーブオイルを
私が輸入しているのは、こんな出会いやきっかけがあったからです。

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オリーブ農家とBIOのアグリツーリズモのジュゼッペの実家に家族で遊びに行き過ごした夏の日々
以前のブログ2009年8月に南イタリアの白い街でという記事の中で
私たち家族と一緒に過ごしていた友人というのが、このジュゼッペのことです。

白い壁にグレーのとんがり屋根の家や、石造りの白い家並みが続く町が点在し
海風が吹く丘の上のオリーブ畑、まるで異国のような印象的な風景でした。

そしてゲンメやバルバレスコのワイナリーにジュゼッペを案内したことをきっかけに、
ジュゼッペは、ワイナリーの私の友達たちとも知り合いになり、そんなつながりが広がっているのです。

ゲンメのワイナリーのアントネッロとそのゲンメが話題になり、
ジュゼッペは、またゲンメのワインを買いにアントネッロのところに行きたいと笑っていました。
今度ジュゼッペたちとゲンメ2006と2007の小さな試飲会をしてみたい。

いつも仕事が終わると急いで高速バスのターミナルに向かう日々であるけれど、
たまには、ミラノで過ごす午後も素敵で美味しく、とても楽しい。

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石とレンガで囲まれた中で。

雪は、みぞれになり、このまま冷たい雨になっていくのでしょう。
フロントガラスに積もっていた雪を払って出発。氷点下1℃。路面が少し凍結。

高速道路バス利用者の駐車場に近づくと、次第に大きな車のシルエットが見え
到着すると、それが John Deere、FIATなどのトラクター数台であることがわかりました。
どれも除雪用の作業機を装着しています。
わずか数キロでも積雪したところ、雨だけだったところと大きく分かれているようです。

トラクターは、多種多様な作業機を取り付けたり、鉄製のタイヤなどに交換したりすることで
農作業のあらゆる場面だけでなく、運搬、除雪、清掃、建築と使用するので
私の暮らす小さな町の役所では、2台が管理され、毎日車庫から出勤。
あらゆる場面で稼働しています。
除雪、除草、クリスマスや夏祭りの電飾の取り付け、教会などの修復現場。

そしてカー二バルの時期には、トラクターに装着された収穫用の荷台に乗った小さな子供たちが
町を1周する時にも使われたことがありました。
以前のブログは、こちらです。2009年2月23日 *ヴィクトリオの運転するトラクターに町の子供たち。

やがてバスが出発。高速道路入り口にも除雪用のトラクターが2,3台待機しているのが見えています。
そしてノヴァーラに到着するとトラクターが1台もなく、
おそらく、そこから先、ミラノ方面はずっと雨だけだったのしょう。

通勤中の短い更新です。
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ゲンメの旧市街の一角のワイン保管倉庫。
ここでは、気温が低くなりすぎないように、ワイナリーの持つ水力発電の会社からの
電気を使った暖房で温度を調整しています。

この倉庫は、主に近郊のレストランに送られるものばかりで、
配送後、すぐに使用されていくワインばかりです。
長期熟成することなく、わずか数ヶ月以内で消費されていく近郊のレストランからの
特別注文のハーフボトルのヴェスポリーナ、ゲンメが箱に入っていました。

ゲンメ

ゲンメ近郊のレンガと石で組み合わされた街

旧市街

ワイナリーのアントネッロが話していたように
使われているセージア川からの石の大きさが私の暮らす町の石は、小さく半分くらいの大きさです。

いつもねこのぴーちゃんがちょろちょろと歩く教会前の石の道がそうです。
稲作地域にあるのでそれだけ下流となって石のサイズが違うのでしょうか。

近郊の町では、やはり中世の建物がそのまま保存されている一角もあります。
2回見学したことがあるのですが、綺麗な写真がなかったので、カタログから。

この木製の圧搾機は、ワインのためだけとばかり思っていましたが、昔の歴史書を読むと
ブドウや胡桃を圧搾と書かれていることに気がつきました。
ここには、1575年の13mに渡る材木が残されているのです。

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今夜は、ピエモンテのチーズでワイン。

霧、細い月が薄くぼんやりと見える朝、氷点下5℃。
スマートフォンを見ると、これから向かうミラノは、3℃。
車の窓ガラスの氷を削って急いで高速道路にある停留所向かいました。
まだ真っ暗で霧で覆われたこの時間が好きで、
これからの1日のことを考えながら暖かい車内で過ごす。

通勤中の短い更新です。
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現在、我が家の冷蔵庫の中には、3種類のチーズが入っています。
先日食べ終わってしまったToma Oropa(トーマ オローパ)に続き、同じくピエモンテ北部ビエッラ県の
Toma Biellese (トーマ ビエレーゼ)
ノヴァーラ近郊にあるゴルゴンゾーラチーズの産地であるCameri(カーメリ)の街の
Gorgonzola Dolce(ゴルゴンゾーラチーズのドルチェ)
(ドルチェは、青カビの量が少なめで、ミルクの風味が残り塩味もおだやかでクリーミーなチーズ、
ピカンテの方は、イタリア語でぴりっと辛いという意味で青カビが多くなり、熟成期間も長くなります。)
その他、ピエモンテ州南部クーネオ県のDOP(Denominazione D'Origine Protetta:原産地呼称)のチーズ Raschera(ラスケラ)も買ってあります。

昨日、ワインの輸入の関係でロエロ地方のワイナリー DEMARIEのパオロと打ち合わせで
ノヴァーラ県のチーズと違い、以前、試飲の時のチーズがとても興味深かったという話になり
どんなチーズと一緒に偉大な赤ワイン ロエロ リゼルヴァなどと楽しむことが多いか話題になりました。

写真は、ロエロのワイナリー DEMARIEのパオロの家のチーズ。
最近、評論家と一緒にワインを試飲した時。

Murazzano(ムラッツァーノ 羊のミルクと牛乳のミックス) 右上白くて円形のチーズ
Pecorino di Langa( ランゲ地方のペコリーノチーズ  羊のミルク)右下
そしてトーマチーズは、フランス国境付近のアルプス モンヴィーゾの近くの町の農家から
Toma di Pradleves (プラドレーヴェスのトーマチーズ 牛乳) 左下
Toma di capra di Crissolo( クリッソーロのトーマチーズ ヤギのミルク)左上

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今日、帰宅途中に立ち寄る予定のノヴァーラ県スーノにあるワイナリーのフランチェスコの家では
ピエモンテ州北部 スイス国境 モンテローザが近づくヴェルバーノ・クジオ・オッソラ県の
ドモドッソラの酪農家のトーマチーズやマッジョレー湖畔の町の農家のトーマチーズとなり

モンフェラートのワイナリーでは、ワイナリーだけでなく酪農でチーズも造っているので
試飲の時には、ヤギのミルクの熟成したトーマチーズが出てくるのです。

同じピエモンテ州でもチーズだけで普段、食卓にあるチーズがこんなにも違うのです。

食事とでなく、休憩時間にチーズとワインだけでほんの少しワインをゆっくり楽しむ時は、
いつもより少し高級なワイン、バローロ、バルバレスコ、ロエロ リゼルヴァ、そしてゲンメ。

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日曜日の町の風景。

三日月が綺麗な朝。2℃と温かい朝であるけれど、今週、雪が降る予想もあり
ゲンメの丘には、雪が積もるかもしれません。天気予報は、当たるのでしょうか。
それでも昨年よりもずっと暖かい冬です。

冬の日々は、明け方前にいつも温かいスープを飲んで出発して
オフィス到着後にカフェとクッキーと2度の朝食です。

通勤中の短い更新です。
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1月は、ノヴァーラのサラミを毎年、1年分家で造っているところでは、
1月の最も寒い日を選んでいると聞いたことがあります。
それは、クリスマスに食べ終わって、1月に造リ熟成後、真っ白なラードの下で保存され、
ちょうど次のクリスマスまで美味しく食べることことが出来るようにと町の人たちとの会話にありました。

養豚農家のサラミ工房では、1年中安定した供給が出来るように大型冷蔵庫になっている作業場
熟成の段階に応じて温度が1℃単位で変化するように調節された貯蔵庫となっていますが

昔の人々の暮らしでは、1月の最も寒い日を選び、その後のわずかな気温差を利用しながら
保存食で栄養もあり、郷土料理のリゾットにも使われるこのサラミを大切に造っていたのでしょう。

そして夏でも涼しいghiacciaia(貯氷庫)のお部屋が昔の時代にあり、
ラードの下で眠るサラミやチーズなど食糧が保管されていました。

この湿地帯では地下には、そのような倉庫が出来なく、通常は、農場の片隅にあり、
そこでチーズなどを保存していた昔の籠を見たことがあります。
籠は、天井などから下げて使っていたようで動物が来ないように工夫してありました。

2006年のブログの写真から
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ノヴァーラ県のワイン産地になると、地下になった部分にghiacciaia(貯氷庫)があり、
現在では、そこでワインが熟成されています。

ここは、ゲンメ市民の昔のghiacciaia(貯氷庫)の奥の部屋で
今ではゲンメのワイナリーのアントネッロが、家族の歴史としてのワインを保管しています。

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夕暮れ時に町を散策する。近所の農家の入り口。

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田園に、いくつのものラインが描かれているのは、灌漑協会で各農家に義務付けている
水路の清掃のためにトラクターが通過した跡です。
トラクターにクレーンと専用のシャベルが取り付けられ、その後、その表面を平らに固めていくのです。

現在では、トラクター1台で約100へクタール以上の敷地内の水路の清掃作業をしていきますが
昔の時代、たくさんの農家の男性たちが並んで、ほうきのようなものを持って
水路の部分を整えているセピア色の写真が町役場に残っています。

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清掃の終わった水路

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教会の鐘の音が田園に響き渡り、町の教会、自宅を眺めました。
きっとねこが入り口で待っていることでしょう。さあ 早く帰ろう。

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気持ちのいい週末の日々でした。
これから始まる月曜日からの1週間を充実させて送っていきたいものです。
もう1年のうちの1ヶ月が過ぎようとしているのですから。

それでは、行って来ます。ミラノに着いたら、まずは、カフェタイム。

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バローロ・ブルナーテ2009

朝、野菜を数種類、昆布、お味噌、オリーブオイルの温かいお味噌汁を飲んで出発しました。
(お味噌は、宮崎大学の学生さんが実習で造ったものです。どうもありがとうございます!)

オフィスに到着したら、まずはカフェの時間。
そんな幸せな朝のスタートになりそうです。

金曜日。午後から、土日にかけてはワイン関係の仕事に専念できる日ですが
今日は、ミラノの地下鉄の一部の時間帯がストライキのようなので
13時過ぎにタクシーでバスターミナルまで向かうか、ミラノのどこかで仕事をしながら待つことになります。

ピエモンテの自宅近くの高速出口に到着する時間帯は、すでに夕暮れ後になってしまうかもしれません。

今日も週末に向けて充実した1日になりますように。
通勤中の短い更新です。

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昨日、ゲンメ・リゼルヴァ 1998年 完売し、すでにバローロも足りない状態なので
2月の輸入に向けて発送書類の準備中です。

2月中旬には販売、発送開始するワインは、バローロ ブルナーテ2009になります。
Tavola e Gustoというワイン、レストラン、郷土料理、食材、レシピなどの情報を提供する団体から
バローロ・ブルナーテ2009がGrappolo d'Oro(黄金のブドウ)という賞を受賞しました。

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Barolo Brunate. 2009 ( Borgogno Francesco ボルゴーニョ フランチェスコ )

ワイナリーの友達、シルヴィアの次女のルチアちゃん。

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小学校のノートには、ブドウやワイン造りの様子の家族の絵が書いてあったことがありました。
現在では、機械ですべて圧搾して、ステンレスタンクの中で発酵となりますが
昔の時代に行われたブドウの足踏むを体験して、ブドウがどのように
ワインとなっていくか勉強したようです。
もちろん、このブドウは、ルチアちゃんの体験用なのでワインとはなりません。

以前、ヴィクトリオがノヴァーラの市内中心地にある小学校の生徒を水田地域にある小さな町の
農場や牛舎を案内することになった時にチーズもお米も工場で出来るという子供が何人もいたことに
とても驚いたと話していたことを以前、ブログに書いたこともあります。
ワインや稲作だけでなく、子供の食育に関することも、いろいろと現場を見て知っていきたいです。

それでは、良い週末をお過ごし下さい。

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ワインの協同組合の仕組み

車の窓も凍ることなく穏やかな朝が続いています。

時々、朝、ミラノの地下鉄で同じ車両に乗る高校生のハーフの女の子は、
リュックに湯島天神のお守りをつけています。
それは、まだ私が小学生6年生の時に買った当時から、ずっと変わらないデザインの朱色のお守りです。

私は、今、車の鍵に湯島天神の交通安全の鍵がついていて、この鈴の音で
ねこのぴーちゃんが遠くにいても、すぐに私を見つけて走ってきます。

次の一時帰国では、私も昔、よく持っていたこの学業お守りにしようか。
まだまだこれから勉強していきたいことがあるから。
朝は、至急のメールに追われていたので、今日は、帰りのバスからの更新です。

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昨日のブログで動画で、ワインの協同組合で運び込まれたブドウの一部を粉砕して
果汁をバケツに取って運んでいるのは、そのブドウの糖度を測定、その他分析のためで
ブドウの糖度が高ければ、その農家のブドウが高く見積もられるからです。

各協同組合には、それぞれに規約がありますが、私が知っているところの多くの場合は、
ブドウからワインがボトル詰めされて販売されるので、最終的には、ボトルが販売されるまでに
かかったすべての経費を計算して

利益からその部分を差し引き、提供したブドウの品種、糖度、量に応じて報酬として分担されます。
糖度が高い高品質なブドウであればより報酬が高くなるのです。

栽培したブドウを協同組合に販売というよりは、ワイン造りのためにブドウを提供、
そして提供したブドウに応じて報酬があるということになります。

もちろん、組合員からの醸造家、販売スタッフなど彼らの仕事も経費として計算されるようです。

ノヴァーラ県のファーラに住む知り合いの実家は、かつてワイナリーでしたが
すでに高齢となったその女性の父親ひとりがワイン造りまで すべてひとりでするのは、
体力的に難しいということで協同組合にブドウを提供してワインとなるのを
毎年楽しみにしていると聞きました。

日本でも最も良く知られているのは、バルバレスコの協同組合のワインでしょう。

バルバレスコのワインの協同組合は、品種は、ネッビオーロのみで56の組合員
そのブドウ畑の面積は、100へクタールということなので、地域全体の約6分の1を占めています。

バルバレスコの中には、通常のクラッシックなラベルの他に、畑の名前がついたものが販売されています。
これは、とてもポテンシャルの高い畑のブドウということで、
ブドウが協同組合の醸造施設に運ばれて来た時に、畑ごとに分けてワインを醸造するようにします。

協同組合のバルバレスコで畑名が書かれているものの中であるひとつの畑は、
実際には、ある一軒の農家だけの畑となっていますが
彼らの名前は、ラベルに表示されることなく協同組合のバルバレスコであることと
その畑名だけが書かれているのです。

バルバレスコの協同組合に入っているワイン農家は、協同組合に運んだブドウとは、別に
自分たちでブドウを醸造したワインをワイナリーの名前をつけて販売できるのかと尋ねたところ
それは、できないということでした。

厳密に言うと、バルバレスコを造ることが出来ないということなので
ドルチェットやシャルドネなどの品種でドルチェット・ダルバやランゲ・シャルドネを販売することは
許されるのですが、この地域の重要な品種ネッビオーロは、自分たちのブランドで販売できないので
実際には、協同組合のためにブドウを栽培しているだけのところがほとんどのようです。

このようにそれぞれのワイン協同組合には、それぞれの規約があるのです。

稲作農家のヴィクトリオによると、ノヴァーラでお米に関して協同組合は、存在はしているものの
現在は、協同組合でなく自分たちの独自のブランドで国内、海外と販売経路を
探して取引しているため、あまり機能していないとも語っていました。

私は、その後、協同組合というのでなく、 ワイン、お米、チーズ、サラミと
それそれが独自の分野で農作物を生産(その基準は高く、生産に関して多くのことが要求されています。)
それを加工、自らで販売までしていく
イタリアの農家の方たちのグループに出会うことになるのです。

これは、スローフードとは、全く別の農家の人たちのグループで
そこには、 ゲンメのワイナリーのアントネッロも、オリーブ農家のヴァレンティーノも

近所の養豚農家・サラミ工房、酪農家・チーズ工房、
そして近所のアグリツーリズモで稲作農家のグイードも

モンフェラートからグリニョリーノのワインを輸入しているヤギのチーズ造りとワイナリーを
経営する農家も、偶然にもみな同じ農業仲間としてのグループに入っていることを知りました。

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最近、よく来るぴーちゃんの友達のねこ ミーちゃん。

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以前、ぴーちゃんが見当たらなかった時に、駐車場を探していると何度も私の前を
うろうろして、何か知らせようとしていた見知らぬねこでした。

私に向かって鳴くので、そちらを見ると近くの茂みから弱りきった病気のぴーちゃんが
渾身の力で一生懸命私に向かってきたのでした。

以前、ブログにねこを病院に連れて行った日のことを書きました。
その前日に、このミーちゃんが私に知らせてくれたのです。

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ワインの協同組合(Cantina Sociale)

朝、気温2℃と、とても暖かく、まだ真っ暗な時間帯であるけれど
教会前の木の上で黒歌鳥の鳴き声が響き、月がとても強い光で輝いています。
今日もきっと晴れるのでしょう。
通勤中の短い更新です。
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写真は、昨日の午後、ミラノからの高速道路バスを降りて、駐車場からの風景です。
アルプス、モンテローザが綺麗に見える冬の晴れた日は、自宅に向かう前に
ノヴァーラのワイン産地に向かい、時間を過ごします。

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ロマニャーノ・セージア、ゲンメの帰りに、今年のカレンダーをもらいに
ノヴァーラ県、ファーラにあるワインの協同組合に立ち寄りました。

入り口

イタリアの最初のワインの協同組合(Cantina Sociale)は、ノヴァーラの丘のワインで
1891年にマルペンサ空港近くの街、オレッジョにOLEGGIO 、その後1954年に
FARA NOVARESEにも作られたのです。

協同組合のものは、決して美味しいワインというわけではないのですが、
その年によって醸造する人が交代で変わります。
知り合いになった醸造をする男性の組合員のひとりの話は、とても興味深く、
地下の大きな樽の前で、まるで目の前にこの地方のワインの昔の様子が次々に目に浮かぶのです。

かつては、多くのブドウが運び込まれてきた時代があり、大きなワイン産地でした。

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これらの写真と同じ場所から、昨年の秋、ブドウの運び込まれる様子を撮影したものがあります。
ブドウ収穫時にそのブドウを納品する農家の人たち、そしてその糖度をその場で計って記録され
取引されていくところを見ていました。



同じ時間にいっせいに運び込まれるわけではないですが、夕方に時折、トラックが1,2台入ってくる様子は
かつての賑わいとは、大きく違っている中でこれからの時代のワインの協同組合を考えて
ブランド化していきたいと願う組合員の女性と話しながら、
クリスマスパッケージの残りのワインを手に取り、会計をしてもらう。

今日もまた、このワインで温かいお豆と野菜のスープにしよう。

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今まで何度かブログに登場したモンフェラートのオリーブ農家Veglio Piero(ヴェリオ・ピエロ)の
ヴァレンティーノは、路線のバスの運転手さんであり、お父さんのピエロさんは、ワイン農家でした。

自宅で使うワインは、醸造していましたが、主にブドウをモンフェラートにあるワイン協同組合に
販売し生計を立てていました。このモンフェラートの協同組合は、1960年に作られています。

以前、会社のfacebookぺージに写真入りでこのモンフェラートのワインの協同組合を紹介しました。

モンフェラートでは、数多くの生産者が組合に入っていた時代があり、
その後、自動車産業、フィアット社のブームの時代が来て、
多くの労働力が必要になると、たくさんの農家の人がトリノ移住しブドウ畑を手放すようになりました。

その後、時代が変わり、トリノでなく外国に多くの工場を作るようになると、
故郷に戻り、ブドウ畑など土地を買い戻し、農耕に必要なものを投資して農業に従事するようになりました。
モンフェラートでは、3世代前まで農業、そして再び、その孫の世代に農業を始めたため、
若いワイン生産者も多いのです。

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GattinaraとGhemme

今朝は、深い霧の中、出発しました。
天気予報の通り、仕事が終わってオフィスを出ると暖かくうっすらと日が差しています。
通勤中に、下のブログを書いていましたが、最後まで書き終わらず
またまたミラノの地下鉄で少し文章をつけたして、ブログを更新。

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昨日の帰り道は、ガッティナーラ、ロマニャーノ・セージア、そしてゲンメ、シッツァーノと
ピエモンテ北部のワイン産地をドライブしてから帰宅。

セージア川を境にワインが変わり、ワイナリーの中には、ヴェルチェッリ県側にも畑と醸造所を持ち
ゲンメと一緒にガッティナーラを生産するところもあります。
写真は、そのワイナリーのひとつ。
この地方のワイン造りの古い農耕具と一緒にスラヴォニア産オーク材の古い大きな樽が並ぶ。

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ワイナリー:Bianchi
*本数が少ない関係で、札幌にファンが多く、ワイン会などにしか出していなかったのですが
近日中、再びショッピングカートに今まで販売していた、この写真のワイナリーの
ガッティナーラ2004の2種類を掲載することにします。


以前、ソムリエさんなど何人からか、ソムリエの講習をするので
ゲンメとガッティナーラの違いを一言でいいから、どうか教えて欲しい問い合わせが何回かありました。

ピエモンテ北部のネッビオーロの品種、地域は、セージア川を境に隣同士であっても
地元では、まったく違うワインという認識があり、その合わせるお料理も違っています。

決してワインの法律の基準、醸造期間使われる品種の違い、造り手の醸造技術というわけでなく
セージア川を境にその土壌が違ってきているからです。
これについては、2年前に全国紙Repubblicaのトリノ版にも書かれていたことがあります。

ピエモンテ北部のブドウ畑の背景にあるモンテローザ、その氷河が渓谷を流れ
ノヴァーラの丘が生まれる。ミネラル分を豊富に含み地中深くには、そのミネラルを含んだ石、岩盤があります。
(ノヴァーラ県のフランチェスコのワイナリーの地下深くの
暖炉のある試飲室は、石で囲まれた洞窟のようになっています。)

そしてガッティナーラは、アルプスからの火山岩の土壌でフランスワインに味わいが近くなり
ゲンメと比較すると同じネッビオーロでも色彩がわずかにレンガ色に近づきます。
1845年、イタリアの国家統一に貢献した政治家カヴールは、書簡にガッティナーラのワインについて
"このワインは、フランスの中でも偉大なワインの要素を持っている。"と残しているのです。

アルトピエモンテ地方のネッビオーロの組合の小冊子には、一緒に合わせるお料理の例として
次のように書かれていました。これだけ2つのワインは、違ってくるのです。

ガッティナーラと合わせる食事として
プリモピアットのリゾット、鹿やノロジカなどのジビエ、肉類(赤ワイン煮込み、茹でたお肉)
硬質のチーズ


ゲンメと合わせる食事として
プリモピアットとしてサラミを使ったリゾットやミートソース、ジビエを使ったサラミ、
肉類(赤ワイン煮込み、ローストしたお肉)、鹿やロバ肉、熟成したチーズ。


私も以前、同じ町に住むヴィクトリオと秋にガッティナーラのお祭りに行った日
ポルチーニ茸のグリルやリゾットとガッティナーラのワインが出てきたことを覚えています。

以前、ガッティナーラのお祭りのために、ゲンメのアントネッロのところにワインの注文がありました。
アントネッロと話している時に、ちょうど受け取りに来たお祭りの準備の人たちは、
"ワイン産地なのに、すぐ近くの隣の県にワインを注文するのを変に思わないでくれ。
お料理によっては、ゲンメのヴェスポリーナやゲンメを好む人がいるからね。"と話して笑っていました。

********************
下の写真は、これは、ノヴァーラ県のアグリツーリズモのバールでのある日の夜。
この女性は、ヴェルチェッリ県のヴェルチェッリ風パニッサとノヴァーラ県のノヴァーラ風パニッシャが
そしてワインのガッティナーラとゲンメが地元では明らかに別のものであるように

目の前のグラッパの違いについて、ヴェネトとノヴァーラ県のシッツァーノ周辺の
グラッパの文化が違うということを語っていた時のものです。

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この場面で、私が20代の頃、ヨーロッパで、その土地の言語で、その国の人たちの中で
ワインを勉強したい、そしてワイン産地の地元の人たちと同じようなレベルで
いろいろなことが語れるようになりたいと思った日のことを思い出しました。
このことは、以前、ブログに書いたと思います。
とても充実していた仕事を退職してでも、イタリアかフランス、スペインに行こうと思ったきっかけは、
フランスのアルザス地方にある小さな地元レストランで過ごした夜でした。

古い木のテーブル、隣に座った地元の男性の言葉、コップに入ったワインの色彩、空気、
その忘れることのない風景が一瞬、アグリツーリズモのバールでの光景に重なったような気がしたのです。

ワインの勉強を試験の解答の正解という形で言葉を暗記するのでなく、
楽しみながら、その違いを感じたり、日々の暮らしの中で経験して、
会話をしながら食事が楽しくなるような、そして、遠くヨーロッパのそのワイン産地での
食文化を思い浮かべたりワインを通じて、楽しい食事の時間が生まれるようにと願っています。

今日も帰宅後、熟成したチーズとレバーの入ったサラミ、そして地元のワイン。

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ガッティナーラのワインのリゾット

朝 通勤中に更新できずに申し訳ありませんでした。
帰りの地下鉄で朝の原稿に追加して、急いで送信します。

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ゲンメやロマニャーノ・セージアの街に車で行くと、すぐ隣は、ヴェルチェッリ県。
稲作とガッティナーラなどのワインで知られ、ノヴァーラ県と同じようにお米とワインの産地で
セージア川を境にヴェルチェッリ県とノヴァーラ県に分かれています。

私が、今日も帰宅後に車で買い物をして帰るゲンメ、ロマニャーノ・セージアの街は
セージア川の対岸は、ヴェルチェッリ県のワイン産地のガッティナーラが広がっているのです。

稲作に関係する資料などは、ノヴァーラ県だけなく、ロンバルディア州パヴィア県、そして同じ州内の
ヴェルチェッリ県のものなども揃えて、お米の品種や郷土料理などについて読む機会も多く
今日は、ヴェルチェッリ県のお米とワインを使ったリゾットを紹介します。

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ヴェルチェッリ県の農業に関する行政機関が発行している小冊子には、ヴェルチェッリ県を代表する
お米の品種に関する分析とその品種に適した調理法が書かれてします。

私の自宅にもよくストックされていることの多いリゾットに美味しい品種 バルド(BALDO)米のぺージには、
郷土料理であるヴェルチェッリ風リゾットのレシピが書かれていいました。

アルファベット順だったので、最初のぺージは、ヴェルチェッリ県の町の名前が
そのまま品種名となった品種:ARBORIO

riso

お米(脱穀した状態)100gの中のたんぱく質、脂質、糖質(炭水化物)、繊維、灰分、アミロースの
含有量が数値で表され、最後にお料理法が書かれています。

ARBORIOの町は、ゲンメ、ガッティナーラとワイン産地も近くなります。お料理法に
ガッティナーラのワインのリゾットが紹介されていました。

400gのARBORIO、玉ねぎ1個のみじん切り、60gのバター(または、バター30g、牛の骨髄30g)
グラス2杯のガッティナーラのワイン、500mlのお肉のブイヨンスープ、
グラナ・パダーノチーズ、塩、胡椒
そして最後にトマトソースを少し入れるヴァリエーションもあるようです。


お米は、リゾットだけでなく、品種によって、サラダ、オーブンで焼いたもの、
スープ、デザートなど様々な用途があります。

お米が小さく丸い種類 品種 BALILLA のぺージは、リゾットでなく、用途がお菓子やスープとあり
そのレシピには、お米のジェラート、お米のタルト、お米のプリンが紹介されています。

この小冊子にヴェルチェッリ県を代表するお米の品種として
ARBORIO,BALDO,BALILLA,MARATELLI,ROMA,SANT'ANDREAが掲載されています。

こちらは以前、紹介した赤ワインのリゾットの写真です。
今夜は、どんな味にできるでしょうか。お米は、自宅にあるBALDO米か、
ガッティナーラ方面に行ってARBORIOを買うかもしれません。
そしてワインは、再び、輸入を検討しているガッティナーラを使って。
ネッビオーロの品種であるので、リゾットの色彩は、この写真のように柔らかな色合いになることでしょう。

risotto


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それでは、トリノ行きバス乗り場へ急ぎます。
また明日に。

読んでくださってありがとうございました。
明日は、そのガッティナーラについて。

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Fideghina (フィディギーナ)を使って。

日曜日なので、今日は、バスでなく、自宅からブログの更新です。

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今週末、大きなお鍋にいっぱいに作ったスープは、
ノヴァーラ風リゾット、パニッシャを作る時にも使えるような野菜スープです。

スープの中に、ノヴァーラ県の養豚農家で買ったレバーの入ったFideghina (フィディギーナ) という
サラミをバラバラに崩してオリーブオイルと玉ねぎで炒めて入れています。
そしてたっぷりのお豆(Borlotti:うずら豆)、縮緬キャベツ、赤ワイン(今回は、ゲンメ2006を使いました。)
ニンジン、玉ネギ、トマトソース、塩、オリーブオイル、ローリエの葉2枚を使いました。

このFideghina (フィディギーナ)は、豚の全ての部位のお肉+豚の肝臓13%、豚の脾臓7%が使われ、
真っ白なラードに覆われて保管されたサラミです。
以前、ブログにも養豚農家の大型冷蔵庫で撮影した写真を掲載したことがありますが、
サラミも一緒にわかりやすい写真がこの農家のカタログにあったのでこちらをご覧ください。

20140119_110846

プラスチックのケースに真っ白なラードが入っていて、この中にサラミが入っています。
この写真では、3本入りと2本入りのケースが写っています。
この地方では、お豆と一緒にチリメンキャベツがよく使われます。
白いラードを取り除き、キッチンペーパーなどで丁寧にラードをふき取ったものが
このサラミです。写真には、レバーを使ったFideghina (フィディギーナ)と

豚の全ての部位のお肉+30%が豚のバラ肉と豚の頬の下部の肉を使って作られた
ノヴァーラのサラミ Salame della duja(サラメ デッラ ドゥーヤ)が一緒に写っています。

もちろん、サラミとしてそのままワインと一緒に食べることが多いですが
ノヴァーラ県のサラミの特徴として、郷土料理に使われたりと調理に使われることも多いです。

写真は、近所のアグリツーリズモで、ノヴァーラ県のサラミの盛り合わせ。
手前が Salame della duja(サラメ デッラ ドゥーヤ)、その奥に並んでいるサラミが
Fideghina (フィディギーナ)、一番奥のハムは、Lonza stagionata(ロンツァ スタジョナータ)

サラミ


週末は、このスープを使って、小さなお鍋でひとりのブランチ用のリゾットにしたり
オーストリアやドイツを訪れた時、スープに入っていたポテトを使ったお団子”クヌーデル”を入れて
温かいスープとして仕事の合間に食べたり、そんな雨の冬の時間をゆっくりと過ごしています。

明け方、カフェとクッキーの朝食後に、この町の1日の始まりを告げる7時の教会の鐘が鳴り響く頃
スープを温めて、日曜日の1日の始まりとなりました。

以前のブログでノヴァーラ県のワイン産地ファーラ地方の方言( ファレーゼ: farese)に
“Favlee”という言葉があり、暖炉の炎の前で家族みんなが集まって
暖炉にある大きなお鍋は、お豆と野菜、サラミなどを煮込んだスープと書きましたが
その農家の冬の静かな夜のお料理を再現して、幸せな週末の時間にしました。

明日からまた、ミラノ、日本でたくさんいい仕事をしていこうと思う。

カフェタイム


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インターネットのニュースを見たら、日本では大学入試センター試験というのが
ちょうど行われていた日だったのですね。
私の時代は、共通一次試験という名前で5教科7科目で
当時、理系だったにも関わらず社会を2科目受験しなければなりませんでした。
とにかく一番、出来ない教科が世界史で、かなり点数が低く、
その分を物理、化学、数学の得点で、合格点にどうにか届くようにしていたわけです。

世界史が出来ないというのは、興味がなかったことだけでなく
外国人の名前などカタカナが覚えられないということにありました。
考えてみたら英語も出来ない教科のひとつでした。
それから長い月日が経ち、イタリアで暮らして現在、最も関心が深くなった分野が
問題だった世界史なので、時間の経過は、不思議なものです。

受験生の方が見ていらっしゃったら、どうかこれからの試験の日々、体調を整えて頑張って下さい。

La potatura invernale delle vigne (冬のブドウ畑の剪定作業)

朝、ブログが下書きのまま送信されていないことに気がつき、
帰り道の地下鉄の中でブログの更新を送信します。。。遅くなってしまい申し訳ありません。
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今朝もみぞれ。0℃。所々、水たまりとなって黒く光る道路。
こんな見通しが悪い日は、いつも以上に気を付けなければなりません。
街灯がなく車のライトだけが頼りの区間で、傘をさして2人が歩いているシルエットを確認する。

6km先にある近郊の町にある大型倉庫の夜間の商品荷卸など
倉庫管理の仕事をする移民の男性たちであり、いつもは自転車でライトが見えるけれど
雨の日は、傘を差して歩いて帰ってくるのです。

私がこの町に来た時は、この町にいる外国人は、インド人の夫婦と
クラウディオの大きな農場に雇われていた稲作の仕事をしている中国人家族4人だけでした。

その後、近郊の町に大きな物流倉庫がいくつか出来ると同時にそこで仕事を求める移民が、
この町にも住居を求めて暮らすようになっていきました。

その姿を見て、私は、ボローニャで約1ヶ月一緒に暮らしいていた
イタリアに仕事を求めてポーランドから来て、同じ語学学校にいた若い女性や
ヴェネツィアで暮らしていた時に出会った移民の友達を思い出す。

彼らの生きて生活するということに対する野心、力が日本で生まれて暮らしてきた私とは
決定的に何か違うということを感じていました。

でもこの町から見たら、アジア人の私も同じような移民に過ぎないわけであり、
私は、今日もイタリアで人生の大切な時間を過ごしていこうと思う。

スマートファンのイヤホンでラジオのニュースを聞く。
高速バスの中は、暖房が強く次第に眠くなってきました。

通勤中の短い更新です。
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冬のワイナリーでは、春の準備中。これは、ロエロのワイナリーのブドウ畑の一昨日の様子です。

ブドウの剪定作業中の様子。
今までソムリエの教科書などで見た剪定方法の説明のようなわかりやすい作業でなく
これは、ブドウの樹齢、品種、畑によって判断して、今年の秋、そして来年の収穫を考えて
不要な枝と必要になる枝を残していくわけであり、これがブドウの出来、
それは、ワインの品質につながっていくのです。

バローロのワイナリーでは、主にワイナリーのお母さんが防寒具で顔を多い寒さで鼻も真っ赤で
手の感覚がなくなるような中、黙々とこなしていき

ロエロのワイナリーでは、パオロのお兄さん、醸造を担当しているアルドが
そしてノヴァーラ県では、フランチェスコ 一人がすべての畑の剪定をして
お父さんがトラクターに乗って枝を粉砕していく、というように

収穫の時のように複数で畑に立つのでなく、時間をじっくりかけて寒い中、
慎重にこなしていく、一番重要な作業です。

1


この枝を粉砕して地面に返していく。
時には、この枝を使って焚き火をして作業の合間に暖まっている姿を見ることにあります。

2


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昨日の自宅でのワインは、ゲンメのワイナリー ROVELLOTTIでアントネッロが造るゲンメ2006。

これは、昨年、商工会議所のアルトピエモンテ(ピエモンテ北部)の
コンクールで赤ワイン部門で優勝したワインで
ゲンメ2007は、2月28日市場出荷開始であり、まだラベルの貼っていない状態で
ガンベロロッソの審査員とワイナリーの家族、私もその中に入れてもらって試飲させてもらったワイン。

これは、Gambero Rosso Tre Bicchieri 2014を受賞しているので、
日本ではこちらが人気になる可能性もあるけれど

2006のクラッシックなゲンメの力強さがあり
それは、決してスイス産の大樽の新樽にあたった年であるからだけではなく
ブドウの確かなポテンシャルがあることを感じる。

もし5年、10年後に比較したら大きな違いが出てくるかもしれない。
私は、2007の出荷開始時に、2007と一緒に昨年と同様に2006も多く購入しようか・・・。
次々にゲンメのワイナリーの風景が目に浮かび、最初にアントネッロと一緒に
ゲンメ2006を試飲した時のことを思い出す。

ゲンメ


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朝、移民の方たちが夜明け前の暗い朝、傘を差して歩いていたのを見て急に思い出しました。
*以前のブログ (2006年5月4日)
ピエモンテで暮らし始めてから、少しして懐かしいヴェネツィアを訪れ
ヴェネツィアで移民の友達がいた頃のことを思い出した昔のブログ。
一時期、私は、特殊な環境にいたかもしれませんが、考えてみると今では、もう得ることができない
イタリアでの日々、貴重な体験でした。

1866年に完成した水力を活用した灌漑施設

今朝は、教会のライトアップが消えていたので、中庭から駐車場まで真っ暗な中、ゆっくりと歩く。

車のライトを点けてフロントガラスを見ると、
静かに降っていたのは、冷たい雨だと思っていたら、みぞれでした。

今朝もそれほど寒くなく、氷点下1℃。
通勤中の短い更新です。
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最近のブログでゲンメのワイナリーの水力発電について書きました。
その時のアントネッロの何気ない会話の中に、たくさんの歴史が散りばめられていることに気づく。

セージア川の流れで川の石の大きさが変わることでアルプスに近くなる地域
そしてゲンメ、私の暮らす町と川の下流に少しずつ進むごとに、
それぞれの町で当時建築資材で使われていた石の大きさが異なること

水力発電と同時に広大な稲作地帯、そして農業用水で必要だった水を最初に今のように
水路が開発されたのは、いつだったのか

ワインだけでなく、ゲンメ、ノヴァーラ県の歴史について語るアントネッロを通じて知るようになったのです。

1866年、カブール運河の灌漑施設の完成した当時の様子。水力の動力を活かすように設計。

1

この運河の支流は、私の暮らす町の近所の水田地帯を通過、
今まで時々、ブログの写真にあった大きな川のような用水路です

その当時の設計図

3

その後、この施設は、この後、水力の動力設備が水力発電になります。
石油がエネルギーとして中心となった時代に設備が次第に衰退しましたが
現在の灌漑協会によって、新しく水力発電の設備が進められ
今後の計画予定箇所に色を塗ったパネルを見て、かなり多くの建設計画があることを知りました。

1871年5月29日に現在の灌漑協会のような組織があり、
この広大な水田地帯に必要な水を管理するための会議が行われました。

その代表者会議の中に記された名前のひとつに見覚えがあり
よく読んでいくと、私の暮らす水田の小さな町の名前も記されていたのです。
それは、近所の歴史建造物となった農場、優雅な邸宅の持ち主であった領主の名前でした。

この地方の小さな町が水田によって繁栄した輝かしい時代が確かにあったことを感じ
霧の中、自宅近くの廃墟となった保存建築でもある農民のお城であるリチェットを見上げました。

*1871年ということは、イタリア統一直後であり、この灌漑設備の完成、
その設計が行われたのはイタリア統一前になります。

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これからミラノに到着したら、いつものようにパソコンの電源を入れて
エスプレッソマシーンで淹れたカフェを飲む。
そんな冬の1日の始まりがとても好きな時間です。

それでは、良い1日を!

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霧の夕方の食前酒タイムに

霧で氷点下の朝。車全体が白く凍っていました。
氷点下3℃、いつもの年は、もっと夜明け前の気温は低いので、やはり暖かい。
スマートフォンの表示では、これから向かうミラノは、5℃。すでに朝の気温で8℃も違いがあります。
ミラノは、今日も暖かいのだろうか… 
窓の氷が固く削って解凍するのに時間がかかり
今朝は、いつものバスでなく、次のビエッラの街の高速入口から始発のミラノ行きに乗車。
運転手さんから、″君がこれに乗るということは、前のアントニオの運転するバスに乗り遅れたんだね。"と大きな声で言われてしまいました。。。。。。。
通勤中の短い更新です。
********************
暖かい冬もいいけれど、霧の水蒸気が凍結する暗い冬の1日の夕方に
温かい室内でオレンジ色のライトの下で熟成したワインとチーズで過ごす時間は、
この季節ならではの楽しみのひとつです。

783_40515817

何種類かいつも冷蔵庫にあるのは、Toma (トーマ)のチーズ
チーズの専門コーナーで、買ってきているToma Oropa(オロ−パ)などビエッラ県のチーズ

そして素朴でシンプルな近くの町の酪農家で造られ、工房で販売されている 
ノヴァーラ県で造っているToma Piemontese 
 
秋の終わりの11月から2ヶ月近く経つので、そろそろノヴァーラ県の赤ワインの搾りかすに
包まれて熟成されたチーズを買いに行こう。
また牛舎内をのんびりとパトロールしているロバに会いに。

そして食前酒タイムの夕方に電話があり、ロエロ地方のワイナリーのパオロと話していました。

もう最後の1本だったロエロ アルネイスのスプマンテ2008年を発送し
次の2010年を何本を保管、キープして2月初めに到着予定の輸入分には、
そのうちの何本をするかを決めなければならない。

霧でぼんやりとしている教会を眺めながら、チーズとワインで
いろいろなことを考えながら過ごす時間は、大切で
ミラノで買った赤い大きなノートに思いついたことや予定を次々に書き込んでいく。

ROERO ARNEIS  Metodo classico DOCG  FOR YOU  
スプマンテ

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電話の向こうで。

昨夜から強い雨。
今朝のバスは、観光用で座席にイヤホンの差込口、テーブルもあり、
まるで飛行機のようだと思い、同時に帰国した時のことを次々に思い出す。

日本で訪問した都市の風景と出会った人々のこと
その誰かがこのブログを読んで、ピエモンテの日々の暮らしを
過ごしているかのように感じているかもしれない。

そう思って、真っ暗なバスの車内で、液晶画面を見つめて今日も通勤中の短い更新です。
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昨日、帰宅後の夕方、バローロのワイナリーに連絡があり電話すると
すぐに"チャオ,RIE!!!"とシルヴィアの声と一緒に女の子の賑やかな笑い声も聞こえてきました。
それは、シルヴィアの子供、ルチアちゃんの声でした。

いつもワイナリーの一室でシルヴィアと話していると、それが小学校から帰った時間帯の時には、
2人の子供たちは大きなノートと何十色も入っているペンケースを抱えて
2階から降りてきて、隣に座り宿題を始め、時々、楽しそうのこちらをちらりと見ながら
ワインの隣にあるサラミやチーズに手を伸ばし食べ始めるのです。

ワイナリーの敷地内でおじいちゃん、おばあちゃん、家族、そして叔父さんとみんなで暮らし
ワイナリーの1日の仕事をじっと見て暮らし、そんな毎日を送っている子供たちの
ピエモンテのワイン産地、農業地での子供たちの暮らしを考える。

電話の向こうの賑やかな声を聞きながら、バローロのワイナリーの1室にいるような気持ちになって
そのワインのことを考える。隣の並ぶワイン樽の光景を思い浮かべました。

それぞれの世代で50ヘクトリットルの大樽を2つずつ買っていて、
どれもスラヴォニア産のオーク材を使った大樽であるけれど、収穫年が変わると、
購入時期の異なる大樽を使用するので少しずつ変化するのです。

バローロ2009と今年、市場出荷可能になるバローロ2010、
続いて来年出荷の2011と、この3年の収穫年の違いが大きくある可能性が高く
来月、会う時には、グラスを片手に下に降りて樽からこれらの収穫年のワインの試飲させてもらおう。

霧の中

シルヴィアの家族のワイナリー ボルゴーニョ フランチェスコ(Borgogno Francesco)で

このワイナリーのバローロのブドウ畑では、毎年11月末から剪定を開始し、2月中旬までかかるようです。
1月になり、剪定を終えた枝を巻きつける作業も始まりました。これは、3月までかかります。
毎年、冷たい空気の中、ワイナリーのお母さん、ジュゼッピーナさんが中心に行います。

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黒米の新しい品種"Artemide "

昨夜から霧が深く、ドアの外の世界は、水滴でいっぱいです。
暖かい朝。氷点下でなく気温が高いのが、どこか怖く感じます。
夜明け前の真っ暗な空が霧でぼんやり白く、今日は、フォグランプも点灯して運転。
通勤中の短い更新です。
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教会前から車で出発すると、州政府によって保存されている
昔の農民の避難所であったリチェット(Ricetto)をはじめ
中世時代からのレンガの大きな農家、牛舎、サヴォイア家の邸宅だった建物が続きます。

霧の中 ぼんやりと看板がライトで照らされていました。
古く崩れ落ちそうなレンガの廃墟だった農場が改築され 
農家のお米の販売所、そして居住空間もある大きな農場になったのです。

看板には、販売しているお米の品種が書かれていました。
この地方のリゾットで最もよく使われる高級な品種、カルナローリ米と
黒米の新しい品種名"Artemide "。

稲作農家のヴィクトリオから、生産したお米を自ら販売所を持つ権利、許可など
イタリアでの手続きが大変なだけでなく、金銭的にも大変だと聞いたことがあります。

そのため、ヴィクトリオは、精米後、国のお米協会の倉庫に保管して市場を見て
国内の大手お米を販売する食品メーカーなどに販売、海外に輸出などを行っています。

実際に、昨年秋に稲作の取材を兼ねて、周辺の稲作農家に協力してもらい、
経済に関する調査をすると、200ヘクタールを超えるようなこの町の富裕な農場であっても
家族、従業員1,2名まででないと経営が成り立たず,EUの援助金で
かろうじて経営していける状況であることも知りました。

農場の改築と言っても、その規模は、この地方の小さなお城くらいあります。
新たに販売の許可をもらい販売すること

税金が高いイタリアで、それだけでも大変であるのに、経済不況の中
莫大な費用を新たに投資する、昨年から、そういう農業経営者を多く見てきました。

イタリアは、経済不況であっても農業に関しては、その影響がほとんどないという
稲作農家、畜産農家の経営者もいましたが

農業の中でもワイナリーは、高級ワインなどの売れ行きにイタリアの経済状況が関係しています。
それでも、昨年、取引先のワイナリー、ロエロとバルバレスコで2つの家族経営のワイナリーは、
大きな改築を行い、アスティ県とノヴァーラ県の家族経営のワイナリーは、
新たに丘の斜面を購入しました。

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新しいお米の販売所の看板に書かれていたArtemideという品種は
それまでの黒米(Venere )が交配をジャポニカ米の白米の品種と行っていたのを
インディカ米の品種の白米としています。
そのため、さらに香りのある黒米となり、アントシアニンがVenere の4倍になります。
ただジャポニカ米であっても、交配されたインディカ米の特徴もあり、お料理法など少し変わってきます。

新品種のための交配作業、そして新しい品種が誕生して市場出荷可能なものは
そのほんの一握りで、それまでに費やされる期間は平均約15年以上かかるといわれています。
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様々な品種のお米を使ってパーティメニュー

これは、夜、この町で行われたパーティのビュッフェメニューです。
お米が綺麗なプリン型になっているのは、
白米がBALDO
赤米がERMES
黒米がVENERE

仕上げは、上からソースをかけます。
BALDOには、トマトとリコッタチーズのソース、ERMESには、かぼちゃのソース
VENEREには、ゴルゴンゾーラチーズと胡桃のソース

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マロラクティック醗酵中

土曜日は、グレーの空と霧の一日でしたが、今朝は、青空になりそうです。
ここ数日、暖かく教会前にある大きな邸宅の屋根にいる黒歌鳥(Merlo)の綺麗な鳴き声が
ずっと響き渡っています。

asa

昨日は、まだ取り外しが終わっていないクリスマスからの星のイルミネーションが
最後、夜の町に輝き続けていました。
間違えて電源が入ってしまったのかもしれません。
週末、楽しい空気になるので、今日もそのままついていればいいなあ。

自宅から朝の短い更新です。
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ここ最近、穏やかな気温が続いているけれど、ゲンメの旧市街の夜間、朝の気温は低く
赤ワインは、マロラクティック醗酵のためにワイナリーの気温を少し暖かくするために暖房を使っています。

*マロラクティック醗酵
リンゴ酸を乳酸と二酸化炭素にする発酵で酸味を和らげる作用です。
イタリア語では、La fermentazione malolattica
COOH-CHOH-CH2-COOH ⇒ COOH-CHOH-CH3 + CO2

この石造りの各部屋を1日中、一定に温めるには、電力が必要になります。
このエネルギーにかかる費用が莫大です。

ゲンメで

そしてマロラクティック醗酵をしない白ワイン、ロゼワインは、スペースの関係もあり
室内は、赤ワインに明け渡し、外に移されていました。
グラスを持って外で、アントネッロと2013年のエルバルーチェと2013年のネッビオーロのロゼを試飲。

*新しく、ゲンメのネッビオーロのロゼ2013の入荷を決めました。
外

ワイナリーで使われる電力は、現在、水力発電を用いています。

以前にブログで何度か登場したピエモンテの水力発電。
アントネッロは、協力者と会社を作り、電力を生み出し、その電力でワイナリーに必要な電気
そして余剰分を電力会社に買い取ってもらうことを実現しています。

水が高いところから低いところへ落ちる時の力で水車を回し、
その力で発電機が電気を起こす水力発電。
ピエモンテでは、アルプスから平野へと自然の高低差があるので、それを利用しています。

ピエモンテ、ゲンメ周辺を流れるセージア川、自然豊かな渓谷にあるセージア川の支流に
施設に川から水を取り込むための運河作りの様子。

1

施設内に水が入り、発電するのに使われ再び、セージア川の支流に戻っていきます。
写真を見てもわかるように、施設は新しい建設でなく昔の建物を利用して改築しています。
これらの赤いレンガは、ノヴァーラの丘陵地帯の土から。

2

これは、2基の発電機が電力を生み、ゲンメのワイナリーの事務室にいながら、
パソコンによって、現在の電力、水量などが刻々と記録を見ることができます。
この写真からは、水の落差をそのまま位置エネルギーとしているのか
運動エネルギーに変えて、水の勢いでタービンを回しているのかわからなかったのですが
おそらく自然の高低差をそのまま使っているように思えます。

*ノヴァーラの市街地にある水力発電所を見学した時は、街の中で高低差が少ないので
運動エネルギーに変えていました。

3

イタリアの農家の多くの人は、それぞれ農業経営者として自らの事業に取り組んでいます。

ノヴァーラ県の畜産農家兼サラミ工房がバイオマスエネルギーで電力を生み出し
ノヴァーラ県の稲作農家のダニエーレは、広大な水田地帯の農家の屋根に太陽光パネルを取り付け
お米の乾燥室などで必要な膨大なエネルギーをすべて太陽光でまかない、
その余剰分を電力会社に買い取ってもらっています。

ちょうど教会の鐘の音が響いてきました。ミサの時間なのでしょう。
私は、今日もこの町で、素敵な時間を過ごしていきたいです。
良い日曜日を!

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いつものねこのコーナ―です。
私が外に行くのを見送ってくれます。
週末、家にいて、外に出ても、私がすぐに戻って来るので、不思議そうに見ているぴーちゃん。
???
ぴー


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ロエロのワイナリーで。

写真は、ミラノからの帰り道 高速道路出口に近い町のお店の駐車場から
モンテローザと紫色にたなびく雲。

20140109_151250

電線があるので、写真が少し見えにくくなっています。
周辺は、湿地帯で田んぼに溝を入れると、湿った土壌が現れます。
そのため地下に電線を埋めることができないので水田の上に電線。
そして田んぼの中を斜めに横切るように電柱が並ぶ地区もあります。

ミラノのスーパーでも少し買い物をしてきたのですが、近くで足りないお米を買って帰る。
今日は、帰宅後の短い更新です。

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私が、一番最初に輸入したワインの第一号のワイナリーは、有名なバローロやバルバレスコでも
地元のノヴァーラ県ゲンメのワイナリーからでもなく、実は、ロエロ地方の
ヴェッツァ・ダルバという小さな町のワイナリーからでした。

ローマからピエモンテに引っ越してきて、最初に訪れたワイン生産地がロエロ地方でした。

それまでに暮らしていたローマのバチカン近くの大通りに面していた家での生活から
この稲作地域の小さな町での生活へと大きく変わっていったのですが

変わっていったのは、生活だけでなく、ワインに対しての情熱やそれまでに感じていた魅力が
それまでと少し違った方向に向かって、ますます関心が深まっていったのです。

ローマでのソムリエの試飲会は、いつも高級ホテルで開催され、
有名で高級なワイナリーをはじめ、様々なワインのボトルがずらりと並び、
試飲してソムリエ同士の意見交換が行われて、行くのがとても楽しみでした。

それまで大好きだったかけがえのないこれらの時間とは、また別の世界が
ピエモンテので暮らしの中で待っていました。

農業地域でのワイナリーの家族の暮らしを知ることができ、彼らから大切な仲間としていれてもらい
新しい収穫年のワインの誕生を待ち、試飲して外国人である私の意見を一生懸命聞こうと
耳を傾けてくれる彼らの姿があり

時には、ワイン以外の話、
例えば、それは、稲作地域での農家の人たちの中での暮らしであったりしました。

その時、新しい一筋の道が目の前に開かれていくのが見えたように思えました。

*****************************************
急なロエロの丘を車で上っていくと、ブドウ畑が広がり、遠くまで一望でき
その後、ゆるやかに下りながら小さな町をいくつか越えていくと

門のところで、2匹の犬と一緒にワイナリーのパオロのお父さんであるジョヴァンニさんが
優しい笑顔で待っていてくれたのを思い出します。

あの日は、霧が深い静かな日だったように記憶しています。
ロエロ地方の昔の暮らしを暖炉の前でたくさん語ってくれたことがいつまでも大切な思い出です。

その時のブログ(2011年1月)とジョヴァンニさんの写真 
http://blog.livedoor.jp/airone0219/archives/51678448.html

ロエロの冬のブドウ畑の夕暮れ
(ワイナリー:DEMARIE)
ROERO1

ローマで暮らしていた時には、想像もつかなかったことのひとつは、

ロエロのワイナリー、DEMARIEのパオロに新しいスプマンテのワイン造りをお願いして、
ラベルの色なども一緒に考えて、ひとつのワインをプロデュースすることができ、誕生したこと。

そして、ピエモンテのワイン生産者と協力して、同じ目標を持って仕事ができる日々。
そこで接することのできたピエモンテの人々との暮らしとワインのある風景。

アルネイス

私は、次にまた考えていることがあり、その赤ワインの味を何度も想像しては
その空想の中で醸造時間、熟成期間を修正してみたり、
頭の中でぐるぐると考え出すと止まらない、そんな楽しい時間。

さて、これから夕食の準備。

今日から週末にかけて、少しずつ飲みながら、その変化を楽しみたいので
今晩は、ゲンメ2006を開けよう。

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ロエロのブドウ畑とモンヴィーゾ

今日の高速道路バスには、次の停留所が表示されています。
当たり前のようだけれど、今までなかったので、初めてです。

景色と高速出口の看板を見ながら降りるところが近づくとバスの扉に近づいて、
次に降りるという意思表示を運転手さんにしていただけで、もちろん、アナウンスもないのです。

真っ暗で薄明かりの中、車内をよく見たら新車のバスでした。
きっとこのバスだけ特別で帰りのバスは いつも通りでしょう。

通勤中の短い更新です。
********************
一昨日、昨日とアルプスの山々がくっきり見える日が続いています。
ゲンメのワイナリーからの帰り道もそうでした。
夕暮れが近づき、桃色に染まったモンテローザが大きく目の前に見えていて

遠く、南西の方向に小さくピラミッドのような三角の山のシルエットがくっきりと見えていて、
素晴らしい風景でした。
モンヴィーゾ、そのすぐ隣に小さく尖って見えるVisolotto のシルエットもありました。
*Monviso:イタリア、フランス国境にそびえるは、標高3841mイタリア最長のポー川は、
モンヴィーゾが水源です。

昨日、ロエロのワイナリー DEMARIEのパオロからブドウ畑の写真が送られてきました。
ブドウ畑の背景の山がモンヴィーゾです。

roero


先日のブログのように、ゲンメでは、まだスプマンテが完成していないですが、
輸入しているもので同じくメトド・クラシコのスプマンテは、アスティのカネッリ
そして、このブドウ畑からも生まれています。

スプマンテ ロエロ アルネイス メトドクラシコ
(ROERO ARNEIS Metodo classico DOCG)
ミネラルが豊富な冷涼な土地、ピエモンテのエレガントな白ワインが人気の産地であり
スプマンテにふさわしいと思い、最初にワイナリーで造ってもらったワインです。
酸味も穏やかで最初の年は、リキュールの添加なして行いました。
(現在、残り1本なので、完売状態です)
次回の輸入分は、リキュールの添加を行ってみたスプマンテです。

もうミラノに到着してしまったので、ロエロのワイナリーのことは、また明日の朝のブログで。

今日も、張り切って行って来ます。
どうか皆さんにとって、素敵な1日になりますように。

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ゲンメのワイナリーで。

エピファニアの祝日も終わり、2日に続いて、
今年2回目の初出勤のような気持ちです。

いつものように車の窓ガラスは、凍っていましたが
昨年と比べると比較的暖かい日々です。
今日も仕事が終わったら、バスの出発時間まで30分時間があるので
ミラノの街を歩いてその空気を楽しんでから帰ることにしよう。
通勤中の短い更新です。
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昨日は、祝日でゲンメの旧市街は、人通りも少なく静かでした。
クリスマス前から旧市街を飾っていたプレゼピオやクリスマスリースなども
昨日のエピファニアの祝日が終わったので、少しずつかたづけられていくことでしょう。
もちろん、私の暮らしている町の大通りの小さなイルミネーションも。
冬の真っ暗な朝に静かに輝く星のペンダントのようで
霧の日は、特に幻想的で素敵でした。

昨日、ゲンメの旧市街で。

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この日は、ゲンメのワイナリーで品種エルバルーチェのスプマンテ(発泡性ワイン)の
市場出荷時期を考えるためにアントネッロと約束をしていた日でした。

中世時代、農民の避難所であった一角は、内部に行くと迷路のように
部屋を奥に進むと扉が現れ、そして別の建物をいくつか通過して
また別の部屋が目の前に現れて、扉を何度か開けた一室に
スプマンテのボトルが眠っていました。

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瓶内二次発酵によるスパークリングワインの製法メトド・クラシコ(Metodo Classico)です。
フランスのシャンパーニュも、メトド・クラシコで造られています。

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ワイナリーのオフィスに戻って試飲。
数日前からこの日の試飲のために、ボトルを逆さにして澱を瓶口に沈殿させていました。
"さっそく栓を抜いて始めよう。"

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"ふむ・・・。RIEは、どう思うか。"
その後、仕上げのリキュールを添加するかどうか、そんな話になった時
ワインに詳しくなった私の家族が、このワイナリーの素晴らしいデザートワイン
エルバルーチェのパッシートを使ったらどうかと提案する。

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試飲用に開けてあったデザートワインのパッシートを取り出し
"なるほど・・・。" 

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"RIE,来月でも2月28日出荷開始のゲンメ2007と一緒でなく、これは夏以降と決意した。“と笑う
アントネッロ。

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この後、リキュールを入れる割合の実験もあり、
出荷まで毎月、試飲して意見交換していくことになります。

このワインを待っていただいている方、レストランの方、まだ時間かかります。
これだけ時間がかかって、研究しているのでいいものにして出荷させたいので。
どうかよろしくお願いします。
ちょうどロエロアルネイスのスプマンテを私がプロデュースした年の直後から
アントネッロはこの作業に取り掛かりました。
それだけ長い年月がかかっています。

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こちらは、以前のブログにもリンクしましたが、
カネッリ地方の家族経営のワイナリー Avezzaのスプマンテ造りです。

すべての工程を手作業で動画の方がわかりやすいので、興味のある方
ワイン勉強中の方は、どうかご覧下さい。
途中、栓を抜いた後、飛び出して分量が減ったものに、同じワインと
その後にリキュールを添加する場面があります。

アントネッロは、このリキュールの部分にデザートワインのエルバルーチェのパッシートを検討中です。

*撮影に協力してくれたパオロさんは、撮影後のビデオを家族で見て
まるで俳優のようだと大笑いして満足していました。

アントネッロとパオロさんは、私のワインをマルペンサ空港に運ぶ際に、
二人で協力してくれることになり、カネッリのパオロさんがゲンメまで行き
ワイン生産者同士で友人となったようです。

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ネッビオーロのDNA調査

以前、ゲンメのワイナリー、Rovellottiのアントネッロがサンプルとして協力した
大学薬学部で調査した結果のデータを受取りました。その一部を紹介します。

*以前のブログ(2012年2月29日)に北部ピエモンテのネッビオーロのDNA調査のための
東ピエモンテ大学の薬学部の小樽がワイナリーに置かれていた写真がありますが
その結果についてです。

2012年2月のブログ
http://blog.livedoor.jp/airone0219/archives/2012-02.html
2012年2月のブログの写真を見ると雪が多かったようです。
この冬は、(私が一時帰国の時は、わからないですが)霧と凍結だけでまだ雪は、積もっていないです。

ネッビオーロのサンプルについて
ピエモンテ州の地場品種であるネッビオーロをランゲ、ロエロ、北部ゲンメで生育するネッビオーロ4種類
同時にランゲ、ロエロから地域的に離れた北部に関しては、
その地域の特徴を知るために、他の2種類の地場品種ウーヴァラーラとヴェスポリーナも同時に調査。

ゲンメは、アントネッロのワイナリー名(苗字)がROVELLOTTIなのでサンプル名にROがついています。
それぞれワイナリーの頭文字を後半につけています。ピオベージ・ダルバだけバローロと同じワイナリーが
持つ畑なので、CAでなくPIとしています。

品種 ネッビオーロ
地域名
バローロ(カヌッビの区画) サンプル名 NBCA T1, NBCA T2, NBCA T3
ラ・モッラ(コンカの区画) サンプル名 NBRR T1, NBRR T2, NBRR T3
ピオベージ・ダルバ     サンプル名  NBPI T1, NBPI T2, NBPI T3
ゲンメ             サンプル名 NBRO T1, NBRO T2, NBRO T3

品種 ウーヴァラーラ
ゲンメ             サンプル名 URRO T3

品種 ヴェスポリーナ
ゲンメ             サンプル名 VERO T3

* T1 に関しては、すべて2011年8月4日にサンプリング)
T2、T3と9月上旬、9月下旬とサンプリング時期がワイナリーによって多少差があります。 
すべて果皮と種を取り除き10%のエタノールを添加、4℃で16時間浸漬(マセラシオン)でサンプルを抽出
化学分析を行います。

アントシアニン含有量
アントシアニンは、赤、青、紫などを呈する花や果実の色の原因となる水溶性色素。

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これを見るとT2、T3と収穫が遅くなるにつれて多く含まれるようになり、北部ゲンメのネッビオーロに多く
含まれ、同じネッビオーロでも色彩が濃くなります。
そして右の2つは、それぞれ品種ウーヴァ・ラーラとヴェスポリーナですが、かなり高い数値です。

ヴェスポリーナは、昔から北部ノヴァーラ県のワインのコッリーネ・ノヴァレージなどでも
ネッビオーロだけでなく、ウーヴァ・ラーラ、ヴェスポリーナも一緒に使われることが多いですが
色彩を助ける役割もありました。特にアントシアニンの高いヴェスポリーナは、美しい色に仕上がるので
北部 ゲンメ周辺の地域では、ネッビオーロよりもヴェスポリーナが
赤ワインのリゾットに使われることが多いです。

ポリフェノール含有量
複数の水酸基が結合したベンゼン環を持っている有機化合物で抗酸化作用を持っています。
フラボノイド、カテキン、タンニンなどの形で植物に含まれています。

やはりここでも北部ゲンメが他の地域よりも高い数値ですが、熟す前の若いブドウに多いようです。(T1)
ポリフェノールに関しては、サンプリング時期が遅いT3と熟した状態であっても
ヴェスポリーナが突出しています。
3

抗酸化作用
やはりここでも北部ゲンメが他の地域よりも高い数値なのですが、やはりヴェスポリーナが最も高いです。
4

これは、調査結果の一部なのですが冷涼な土地北部ゲンメのネッビオーロに
アントシアニン、ポリフェノール、抗酸化作用が高い数値になっています。
特に品種として古い歴史を持つヴェスポリーナが興味深いデータです。

ロンバルディアとピエモンテの戦いが終わった中世、1400年代にミラノにヴィスコンティ家から注文が
あった書類には、ヴェスポリーナと記載されていることから、ピエモンテ北部の古い品種です。

またこの地域では、戦後、貧しい中、栄養を補うため、赤ワインを摂取(アルコール度数は、今と
比べると低いです。)していた歴史がありますが、この地方に関しては、当時多く栽培していたのは
ネッビオーロでなくヴェスポリーナだったことから、このヴェスポリーナを飲んでいたことでしょう。

DNAがヴェスポリーナと北部のネッビオーロと似ていることも聞きました。

79年にベズビオ火山の爆発で亡くなった古代ローマの博物学者、政治家、軍人である
Gaio Plinio Secondo(Plinio il Vecchio:プリニウス )の
著書 La Naturalis historia(博物誌)の中に記載されていたワイン産地にゲンメの古代名が
登場していて、ブドウに関しては、歴史書や中世の注文票からしか想像することしかできないのですが
その当時は、どんな品種が栽培されていたのでしょう。
(稲作に関しては、国立の研究所にかなり古代の品種までサンプルがあることを知りました。)

ヴェスポリーナ

明日は、いよいよこの調査に協力したゲンメのワイナリーのアントネッロのところで
新しいワインの試飲に行きます。
試飲によって市場に出荷時期を決める重要な日であり、アントネッロと一緒に試飲して意見交換です。
スプマンテ エルバルーチェのメトドクラシコ。

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深夜、広場前のカフェで。

里帰りをしていたロミーナとアニーバレは、土曜日にサントドミンゴに向けて出発する。
金曜日の夜20時過ぎに広場前のカフェに行き、帰宅したらすでに深夜1時半でした。

イタリアの小さな町のカフェでの町の人々の様子です。
カフェの奥には、小さな暖炉があり、その前でアコーディオンの伴奏と一緒に歌ったり、踊ったりで

その様子は、以前、この町の記録で見た戦前に農家の人たちのアコーディオンとワインと歌で
楽しんだ寒い冬の日、暖炉の前で過ごしていた時間の様子に近いです。

アコーディオン奏者は、南イタリア カラブリア出身の男性で
(メッシーナ海峡を隔ててシチリア島という位置にあります。)、北イタリアに移住してきました。
カフェに持ち込みのパスタは、カラブリアの郷土料理である
トウガラシ入りの熟成させた豚肉の腸詰のスプレッドソーセージが入った辛いパスタ。

20時から深夜過ぎまで、いろいろな人たちがこの空間を訪れ、スプマンテや赤ワイン
ソフトドリンクなどを飲んで、ロミーナに声をかけて挨拶する。
私は、最後までいてもグラスワインは、3杯で、それでもきっと他の人よりも多いかもしれません。
そんなゆっくり楽しむワインと素朴な持ち込み料理、
パネットーネ(Panettone:クリスマス時期に食べるイタリアの伝統的なお菓子)
ロミーナのお父さんは、自家製のワインを持参。

日本では、飲食業でこんなに長時間、少ない注文ではやっていかれないから
現実的でないかもしれないですが
ここは、小さな町で人々がカフェやグラスワインで毎日訪れる空間であり
カフェのマスターも楽しい夜のために協力してくれるのです。

そんな私もミラノから帰ってきて、駐車場から家に入ろうとすると、ねこがいない時は、
広場に面した別の入り口から自宅へ。誰かが広場にいると、声をかけられ
コッリーネ・ノヴァレージの地元ワイン1杯飲んでから家に入るのですから

1ユーロのカフェであっても、次々に町の人たちが順番に朝から立ち寄って
立ち話をしたり、新聞を読んだり、それでどうにか経営していくのかもしれません。

集まる人々の年齢も様々で、イタリアの地元カフェでの楽しみ方を是非、ご覧下さい。
たくさんスマートフォンで動画も撮りましたが、多すぎるので、
最後に深夜過ぎに踊って楽しむロミーナを選び、You Tubeにアップロードしたものを紹介。
このアコーディオンの曲で最後で、みんな家に帰っていきました。

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20時過ぎにカフェに行くと、すでにカウンターにロミーナとアニーバレを囲む町の人々。

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30分くらいカウンターで立ちながら話して、カフェの奥の席にみんなで移動。
パスタが入ったお鍋がカフェに運ばれてきて、準備をするロミーナと近所のガブリエラさん。
”カラブリアの味でパスタ辛いんだって。私は、食べられるかしら。”と言いながら楽しそうにしている
カブリエラさんは、結局2皿目も食べていました。

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ロミーナのお父さんのジョヴァンニさんがスプマンテを開けて、アコーディオンの音楽も開始。
スプマンテは、カフェでオーダーしたもの。

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続いて持ち込みで、ジョヴァンニさんが袋から取り出したのは、自分のワイナリーで造ったワイン。
ジョヴァンニさんは、ボトル入りのワインでなく、量り売りのワインを販売しているので
この日”バローロ”の空きボトルに詰めて持ってきました。

町の人に、”RIE、このワインは何のワインだ。”と何人から聞かれたので
”ジョヴァンニがオレッジョ(ノヴァーラ県の地名。マルペンサ空港の近く)で造ったバローロ”と答えてみると

”おおそうか。バローロか・・・。”とワインに詳しくない人は、信じてしまうので、
私は、慌てて”オレッジョでは、バローロは出来ないわ。でもバローロのように美味しいから
このバローロのボトルに入れたのだと思う。”と説明すると
その様子を見て、ジョヴァンニさんが嬉しそうに笑ってウィンクする。

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楽しそうなロミーナ。

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カフェが用意してくれたピッツァとアコーディオンの音楽、踊る子供。

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私もジョヴァンニさんの造った赤ワインを楽しむ。
これは、品種ドルチェットとウーヴァラーラを混ぜて造ったワインです。

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最後に踊るロミーナ。


以前、ロミーナたちとは、よく週末の夜にミラノやノヴァーラに食事や踊りに行ったりしていたこともあり
帰ってきてからイタリアのどこの都市に出かけたのか聞いてみると、

”ずっとここに。一度だけ友達に会いに”カルペーニャ(ここから近くの町)”に行ったけれどね。”
遠くには、行かなかった、ずっとここにいたかったというロミーナ。

みんなにサントドミンゴは、どういうところかと聞かれて、ロミーナは、嬉しそうに答える。

”カリブ海に面していて、私たちは、空港から車で15分弱のところだから、ここから
ミラノ マルペンサ空港も近いでしょ。直行便だし、飛行時間はとても長いけれど飛行機に
乗っている時間だけだから、近く感じる。みんなもバカンスで来て欲しい。
ここと違って、1年中暖かくて、薄着で海が見える。”

そういえば、Aventura - Obsesionの音楽がロミーナは、とても好きだった。
ラテン音楽で、きっとその曲が似合うような街なのだろうと想像する。

イタリアでは、音楽番組で数年前の古い音楽が流れることも多く、今回の大晦日でも
MTVでAventura - Obsesionが流れた時に、口ずさんで画面をじっと見ていた姿を思い出しました。

それに何年か前に、ロミーナがサントドミンゴへの移住を考えてもなかった時期に
バールで見ていたMTVでこの曲が流れると
カウンターからリモコンで音声を大きくしていたのを見て、
ああ、この曲が好きなんだなと思っていたのです。

きっとロミーナは、ずっとラテン音楽が似合う暖かい海の街に憧れていたのでしょう。

1年半前までインターネットもしたこともなかった全くパソコンが使えなかったロミーナ。
ノヴァーラ県とモンブランの麓の街などでレストラン、バールとこれまでの仕事は
ずっと飲食業だけでしたが、

サントドミンゴでは、外国人用の不動産会社でPCを使いこなし、
英語、スペイン語も使い仕事をしています。
顧客には、ニューヨーク在住の有名な日本人もいるそうです。

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ピエモンテ北部のオリーブ農家とワイナリー

新しいワインの試飲と1月以降のスケジュールの相談で
ゲンメのワイナリーのアントネッロに連絡すると、
大晦日の夕方まで助手と二人でワイナリーで仕事をしていて、
元旦になってやっと一段落したと言っていました。

確かワイナリーの入り口のところに
"閉まっていても、電話を受け取って5分以内にかけつけます。
もし下記の電話が通じない場合 例:クリスマス、復活祭の日など それは不運です。と
書いてあったことを思い出しました。

ピエモンテのオリーブ農家のヴァレンティーノからは、新年の挨拶と
2014年に私が購入する予定本数の確認の連絡で、今日は何をしていたのか聞くと
"バスの運転手の方の仕事をして、今、帰ってきたところ。これからオリーブの勉強だ。"

私は、借りていた大学の本を返さなければならないから、
近いうちにモンフェラートに行かなければならない。

冷涼な土地でオリーブを栽培するにあたって、
寒波で氷点下20度になった日もあった年や雪で木が裂けてしまったり折れてしまったこともあった。

それでも丘の一区画に多くの種類のオリーブの木を実験として栽培し
冷涼な土地であるため、品種によっては、生育できないものもあったけれども
何種類かは、可能だと確信して始めたオリーブ農家であり

これからさらに良い品質にしていこうと、専門書を探し、イタリア南部の大学の研究所の文献を見つけ
今年は、これを一から勉強していきたいと張り切っていました。

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冷涼なピエモンテでオリーブ農家をはじめるにあたって
やはり安定した職業があってこそ、ここまでやってこれたとヴァレンティーノは、言い
まだ、今後も路線バスの運転手は、続けていく。

バカンス休暇は、オリーブの収穫や農家としての仕事が忙しい時のためであり
"イタリアでオフィス勤務をしているRIEと同じ状況だよ。"と楽しそうに笑う。

ヴァレンティーノが2つの異なる仕事に取り組み、勉強をして毎日が充実していて
楽しんで生きている様子を見て、私は、もっとピエモンテの生活が楽しくなる。

そんなピエモンテの農家の人との出会いがあった人生に感謝しています。

*私も一緒にこの本で勉強することになったので、日本でオリーブについて、農業について
早ければ今年の冬にでも、学んだことを少しずつ皆さんに紹介できるようにしていきたいです。

そして、ここまで書いてもうミラノに到着してしまったので、

もうひとりのピエモンテの農家の人、
"うふふ・・・。全部一人でこなすには、時間がない・・・カタログを作ってみたい、なんてことだ
もう何年、カタログを・・・なんて言っているだ。ちっとも進まないが、一体誰がやるというのだ。俺だ・・・。
ひとりで日本でワインを売っているRIEと同じ状態だ。"と笑いながら私を見ていたアントネッロと

ピエモンテ北部で栽培するネッビオーロとランゲ、ロエロ地方のネッビオーロの違いの
大学薬学部の実験、調査結果については、明日のブログで。
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1月2日。

暖かく真っ暗な高速道路バスの車内。外はみぞれで、水に濡れて黒く光る路面が続いています。
バスを次々に追い抜いていく乗用車のに水しぶきの音、
そして、運転席か流れてくるラジオから哀愁漂う歌が低く流れてきています。

2014年初出勤、まだ真っ暗でオレンジ色の街灯が綺麗な朝です。
通勤中の短い更新です。
********************

深夜過ぎに目が覚めて、スマートフォンの液晶画面を見ると
綺麗な雪の結晶のイラストがサラサラと落ちていき、外を見ると細かい雪でした。

それが次第にみぞれとなっていき
朝出発する頃には、冷たい雨が降った後のようにしっとりと濡れているだけでした。

町が寝静まった頃、人知れずひっそりと降っていた雪に出会うことが出来ました。

写真は、水田近くの凍ったクローバー。
午前中11時くらいまで、この状態で、やがて氷が溶けていき、再び夕方から凍っていく。
そんな冬の日々。明け方前の氷点下の今も太陽が氷を溶かしてくれるのを、じっと待っているのでしょう。

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facebookで見ると、日本では、今日から営業しているレストランさんも多いようです。
イタリアでは、1月6日の Epifania(エピファニア)の祝日までの期間、休暇を取っている人も多いですが
今日から通常勤務で、朝の始発のミラノ行き通勤の大型バスは、半分くらい埋まっていました。

1月2日、帰宅後のために用意しているのは、今日も特別なワイン。
DEMARIEのRoero Riserva 2007と近所の酪農家の熟成したTomaチーズ 
その前にきっと広場にあるカフェでロミーナたちと会うことでしょう。

*昨年末にお正月用のワインでDEMARIEのRoero Riserva 2007を
購入され方が多かったのでお知らせです。
Roero Riserva 2007は、I Vini di Veronelli 2013で☆☆でした。
1月2日、そんな皆さんと同じワインにすることにしました。乾杯!
VERONELLIの表紙


ミラノで大晦日に買った新しい2冊のダイアリーノ−ト
日本で昨年の一時帰国時に新しくした湯島天神のお守り持って2014年の初出勤です。
新しい気持ちになれる1月2日、今日からいろいろなことを楽しく始めていきたいです。
どうか良い一日になれるように、今日も大切に時間を過ごしていきましょう。

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2014年のはじまり。

大晦日の深夜から2014年のカウントダウンの時、町の友達の家で過ごしていました。

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あと5分で2014年になろうとしていて、ソムリエの資格を持ち、ワイン仲間である
ピエロさんがスプマンテを開ける準備を始めます。
このスプマンテは、ロエロアルネイスのメトドクラシコ。

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開ける瞬間は、テレビのカウントダウン合わせてで、電気を消して一瞬、真っ暗な中
スプマンテが開けられました。

その後、みんなで順番に挨拶のキスを交わし、スプマンテで乾杯。
携帯電話に新年のメッセージが次々に届き、電話をチェックして忙しい。

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このワインは、私が何年か前にワイナリーと相談して造ってもらったワインです。
ラベルを見ると嬉しそうだったあの頃のRIEを思い出すからと
ロミーナがテレビの前でラベルの写真を撮っています。

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スプマンテ ロエロ アルネイス / ROERO ARNEIS 
Metodo classico DOCG 2010  FOR YOU  
ピエモンテ州ロエロ(ROERO)地方ヴェッツァ・ダルバ(VEZZA D'ALBA)にワイナリー
DEMARIE
ミネラルが豊富な冷涼な土地、ピエモンテのエレガントな白ワインが人気の産地で
ピエモンテの品種アルネイスを使って、フランスのシャンパーニュ地方と同じく
伝統的な瓶内2次発酵方式、メトド・クラシコのスプマンテです。
ブドウの品種:アルネイス100% 

私が最初にプロデゥ―スしたのは、収穫年2008のもので、今では、アメリカや北欧などにも
輸出されて、ワイナリーの主力のワインともなりました。
よかったです。2008は、特別に造ってもらったこともあり、多くを買い取った2008もほぼ完売になり
(あと残り2本ありますが)、2008と違って仕上げのリキュールを添加した2010を
昨年の初夏に、山形県米沢市の小野川温泉亀屋万年閣さんでの創作和食とのワイン会で
使用しました。今月から来月にかけての輸入では、この時と同じ収穫年2010年になります。

深夜1時半過ぎに帰る時、ロミーナが”じゃあ また明日ね。”と言って手を振っていました。
また明日か・・・と不思議な思いになります。
ロミーナは、土曜日の朝の飛行機でサントドミンゴに帰るので、まだこの町にいます。

学生時代のように、友達に当たり前のように”また明日。”と言って帰りに挨拶した遠い昔を思い出す。
その時には、当たり前だった”また明日。”という言葉が、
大人になってからは、そう簡単なことではないことに気づきました。

ロミーナたちと別れて、暖かくしてゆっくり眠る。起きれば、2014年の朝がやってきます。

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目が覚めた私は、カメラを持って元旦の朝、田園を歩く。
湿った空気だったので、ところどころ塩がまかれていた道路がうっすらと凍結しています。

IMG_6667 (2)

すでに自宅からまっすぐ1劼鯤發い臣賄澄見渡す限り人の気配がなく
私の後方1辧△修靴徳以数キロメートル続く広大な水田には、動物や鳥以外は存在しないことでしょう。
湿地帯でもある地域で、田園の水たまりになったところは、厚い氷で覆われていました。

スマートフォンの表示によると、この時の温度、氷点下7度。

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やがてモンテローザが桃色に輝きはじめ、日の出が近いことを知ります。

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教会前を通り、自宅に戻ろうとすると、いつの間にか、私の少し前をねこがちょろちょろと歩いていました。
寒いから、早く一緒に帰ろう。

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