気持ちのいい日曜日の朝で、目の前の教会の鐘の音が響いています。

木曜日から品種エルバルーチェの収穫直前のノヴァーラ県のブドウ畑に行きますが、
今日から水曜日までは、稲作関係の施設や農家に通う日々が続くので
今日は、先日のブログの続きでゲンメの街並みとワインについての短い更新です。
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ゲンメと私の暮らす町の中間にある小さな町にも、中世の古城があり
その古城から続く邸宅が廃墟となって残っています。

廃墟

廃墟で暮らすのらねこが食事中。えさが置かれているのは、屋根瓦。

noraneko2

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ゲンメの旧市街の建物は、ちょうど以前のブログで私の暮らす町に残るピエモンテ州によって
保存管理されている農民の避難所と同じ時期の建物になります。

ピエモンテとロンバルディアの戦いがあった1300年代は、農民たちの避難所として
”農民たちの要塞であったお城”だった場所で、現在、居住している人もいて
綺麗にお花など飾られているところもあり、ワイナリーもその農民のお城の中です。

この写真の部分は、現在、扉がついていますが、かつての城壁部分であり
この道路の部分は、お城の周囲の土地を掘って水をたたえていたお堀でした。

各農民の家の地上階には、必ず避難生活の中でも必要な水を得るための井戸があり
セージア川も近いこの辺りは、地下を掘ると水があるのでしょう。

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その農民たちのお城の中にあるワインの大樽の並ぶ小さな一室の天井に近い部分に
古いボトルが置き去りになっています。

”ワインは、人生と同じようにいつか終わりを迎えなければならない”と話していた
ゲンメのワイナリーのアントネッロ。

人生と同じ、年数とともに少しずつ味が出てきて、必ずピークを迎える年齢があり、
そこから、少しずつ衰えていき、やがていつかは、死を迎えるように、
ワインは、いつか生命を終えなければならないと言って
祖父が保存していたというワインを取り出しました。

”水平に保存していないから、いい状態といえず、3本に1本は、ダメになってしまっていて
美味しくないが、必ず何かの機会で家族で飲むことにしている。”

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そう言われてみると、少しずつ棚にあった古いワインが少なくなっていました。
ラベルには、薄く1947の数字が残っていました。1947年は、ゲンメでは、とてもいい収穫年で
それを何本か保存していたワインのうちの1本でした。

”何十年も前のボトルを長期保存して飾ることでなく、飲んでもらうことでワインは、
その役割を果たすからそうしてあげなけれなばらない。”

1947年に秋に収穫され、ワインが醸造されて大樽の中で眠ったいた時期は、
ちょうど、当時のこの地方の風景と人々の暮らしは、水田で働くモンディーネが
出てくる日本語のタイトル『にがい米』(イタリア語: Riso amaro)の頃 でしょうか。
1949年製作・公開された映画です。撮影は、ヴェルチェッリでしたが、
昔モンディーネだった女性によると(数年前のブログののえみちゃんのおばあちゃん)
多くのエキストラは、私の暮らすノヴァーラ県の町の近郊から出演。

Riso Amaro(1949)
risoamaro

稲作の機械化とともに消えて行ったモンディーネが存在した頃のゲンメのワイン。

IMG_6455 (2)


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