星が綺麗な朝、左右に田園が続く街灯がない道が続き
ヘッドライトをハイビームにして高速バスの停留所まで急ぎました。

朝の高速バスの車内は、すでに暖房が入っていて
急に先週の今頃のことを思い出しました。

気温が高かった東京、スーツで仕事は、少し暑かった。
汐留から、ゆりかもめに乗ってお台場に向かう風景、レインボブリッジと次々に目の前に現れる風景を
見ながら、いつもと少し違った分野の仕事だったので、どんな風に話そうかとシュミレーションしたり
車窓のお台場を撮影したり、今、考えてみると素敵な時間の流れがありました。

通勤中の短い更新です。
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東京に出発する前日、私は、エルバルーチェのスプマンテが眠る
中世の建物の倉庫の暗い空間にいました。

アントネッロと話していると、外から大きな声がしてきました。

”劇の練習が始まったな。あいにく、RIEが東京に行っている間で残念だ。”
とアントネッロが言って、扉を開くと明るい陽射しが差し込み目の前が舞台になっていました。

それは、中世の頃ロンバルディアとピエモンテの戦いが終わり
ゲンメの旧市街に平和が訪れるようになった年を記念してその当時の逸話を劇にしているのです。

La Rievocazione della PACE di GHEMME del 1467
20140921_144457

戦いがあった頃、ゲンメ市民の要塞として築かれた旧市街の農民たちの"古城"に
現在、エルバルーチェ、ヴェスポリーナ、ネッビオーロ、
そして高級ワイン、ゲンメとなるネッビオーロが静かに眠っています。

窓のないこの空間の地上階は、家畜がいて井戸がありました。
そして開閉できる天井穴からはしごをおろし、行き来していた上の階の空間で
ゲンメ市民は、隠れて暮らしていました。

やがて、ゲンメに平和が訪れると中世の農民の敵から身を守るために造られた
石造りの要塞がワインの香りでいっぱいになっていきます。

当時、 ゲンメの旧市街は、数多くのワイン生産者が存在していました。
その生産者数は300近くあったとのことです。

現在では、この中世の農民の敵から身を守るために造られた石造りの避難所だった空間に
今でもあるのは、アントネッロのワイナリー、ROVELLOTTI(ロヴェロッティ)だけとなりました。

この劇が上演されたイベントの日には、もちろんゲンメの旧市街でワインの試飲会が行われました。
それは、品種ネッビオーロでなく、1460年代にミラノを支配していたスフォルツァ家(Sforza)から
ノヴァーラの丘のワイン特にゲンメの丘のワインの注文があった
品種ヴェスポリーナばかりの試飲会でした。

****お知らせ****
10月になりましたが、先週の東京の気温を考え、9月末までのワインの配送の冷蔵便期間を
もう少し延長し、ヤマト運輸のクール便、または、ゆうパックのチルド便でお届けします。

アントネッロのヴェスポリーナは、先月、レストランさんへの入荷を最後に完売となりました。
エルバルーチェのスプマンテと一緒に今月下旬か来月(日程は、スプマンテの状況次第。。。)の
入荷予定です。
ノヴァーラ県のワイナリー、フランチェスコのヴェスポリーナも残り数本のみになっています。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします。


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